和泉の日記。

気が向いたときに、ちょっとだけ。

Libido

2022-02-04 16:35:53 | 小説。
いわゆるセックスレスという状態になってしばらく経つ。

妻は、最初から性的な接触が嫌いだったそうだ。
それでも仕方なく私に付き合ってくれていたのだが、ある日限界が来た。
彼女は泣きながら、全てのセックスは強姦と同義だと言う。
なるほど、女性の観点からするとそれは一理あるのかも知れない。
知らず知らずのうちに妻を傷つけていたとなれば、夫として面目ないことである。

それから、妻にはなるべく触れないよう心がけた。
妻も私の姿勢に満足そうだった。

しかし、私にも性欲というものがある。
妻を愛している、という言葉の中には性的な意味も含まれるのだ。
気持ちとしては、もう不要な接触は二度とすまいと思っている。
しかし、体はそう上手く言うことを聞いてくれない。
当然だ。

今は便利な時代である。
その気になればパソコンで隠れてAVなどを見ることもできる。
私はめぼしいサイトに登録し、一人で楽しんでいた。
これならば、DVDなどの実物が手元に残ることはない。
妻を傷つけず、ひっそりと安心して楽しめると思った。
そこで、ああ、私は人並み以上に性欲が強いのだなと実感した。
生きている実感を、性的な営みで得ようとしていることに気づいたのだ。
これは歳を取ってそう変化したと考えるべきだろうか。
若い頃はここまでではなかった。
ともかく私は、一人の時間をアダルトサイトで満たすようになった。

妻には、思っていた以上に早く露見した。
ひどく怒られるかと思ったが、そうでもなく――
いや、あれは激怒していたのか。
必要以上のことは言われなかった。
ただ、私は、妻の目の前で全てのアダルトサイトの解約をさせられた。
他のサイトなどの解約漏れがあったら即消させる、との注意も受けた。

妻は、私が性的なものに触れていることそのものに嫌悪感があるらしい。
自分に向けられた性欲だけではなく。
何故なら彼女は、全ての性欲は罪だと思っているから。

それは貴方に性欲がないから言えることなのだ、とは言えなかった。
彼女にとってはそうなのだ。
それが全てだ。
所詮は他人である私が、どうこう口出しすることはできない。

無菌状態。
性的なものに一切触れることが許されない。
そんな日々は、すぐに異常をきたした。
常に苛々している。
眠れなくなる。
終いには――妻に暴力を振るいそうになってしまう。

そして今に至る。

私は、家から、妻から逃げ出した。
このままでは取り返しのつかないことになってしまう。
何も言わずに外へ出て、あてもなく歩き、近所の公園のベンチに落ち着いた。

私は罪深い人間だ。
妻の要望ひとつ聞いてやれず、挙げ句暴力に走りそうになる。
なるほど、性欲とは恐ろしいものである。
これは、私だけなのだろうか。
世間一般の男性は、こういった悩みを抱えてはいないのか。
性欲が思うように満たせないだけで、暴れ回りそうになる。
そんな衝動とは無縁だというのか。

いや、私には信じられない。
このような、頭が煮え滾りそうな欲求に振り回されるのが私だけとは思えない。
性格とか性分とか、そういう範疇を超えて、本能的な何かとしか。

もちろん、本能といえばそうである。
種の保存。
生物であれば全てのものが有する。
しかし、人間は理性を持った。
ここで、理性と本能のせめぎ合いが起こる。
その解決方法は人それぞれであると言っていいだろう。

私はこれまで妻との性交で解決してきた。
その後は一人で解決する術も見つけた。
だが、それらは全て悪だと断罪されたのだ。

性欲は悪だろうか。

――悪である、と今の私は思う。
妻に厭な思いをさせてしまった。
妻に手を上げてしまいそうになった。
全ての根源は、この性欲なのだ。

では、その性欲を満たした時に感じられる気持ちも悪なのか。
種の保存という本能に根差した安堵感。
高揚感、陶酔感、万能感。
煙草よりもアルコールよりも強く、かつ安全な快感。
その全てが悪だと言うのだろうか。

一歩考えを進めよう。
性欲は悪だが上手く折り合いをつければ大丈夫、とはならないか。
女性を美しいと思う気持ちも、また性欲に準ずるものである。
そこで、暴力的な手段に出ることこそ悪なのだ。
ここは切り分けられるポイントだと私は思う。

思想の自由、という言葉がある。
頭の中で如何様な思いを巡らせようと、それは個人の自由だということだ。
自分の中で完結してしまえば、悪ではない。
そうならないだろうか。

落ち着こう。
落ち着いて、家に帰ろう。
私はこの気持ちと上手く折り合いをつけてみせる。

――ふわりといい香りがした。
赤いランドセル。
目の前を長髪の美しい少女が通り過ぎていく。

私は

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