新年度。
僕が入学した高校は、必ず部活に所属しなくてはならない決まりがある。
部活案内のパンフレットを眺めつつ、僕は部活棟へと向かった。
気になる部活がある。
新しい学校、新しい環境、新しい友達。
それらを想像して、ワクワクしながら僕はその扉を叩く――
自殺部。
「やあやあ初めまして。
私は自殺部部長であり現在唯一の部員、花園きりんと申します。
君は、体験入部ということでいいかな?」
小柄な僕よりも背の低い少女――花園きりん先輩が問う。
「はい、よろしくお願いします。入江いるかです」
「うん、よろしくね、入江クン。
ではまずこの部の説明から。
ここはその名の通り自殺志願者が集う部活だね。
部員が少ないのは、優秀な部員は皆自殺するからだ。
成績優秀な部でね、私は自殺部の劣等生というわけ」
なるほど、と僕は思う。
自殺を推奨する部。
優秀な部員は早々に自殺してこの世からいなくなる。
部長は、だから、自殺できなかった「劣等生」なのか。
「ちなみに私は3年生だ。何としても今年中に自殺したい」
「なるほど」
高校在学中に目標達成すべく努力している、ということか。
「入江クンは、理想の自殺ってある?」
花園先輩はそんな質問を投げかけてきた。
「まだ、ピンとこないんですけど。痛いのは嫌かな・・・」
「ふむふむ。男性は特に痛みに弱いというね。
いや、何も馬鹿にしているわけじゃないよ。
それもひとつの立派な理想さ」
僕のぼんやりした回答に呆れもせず、花園先輩はにこやかに言った。
そして、
「私の理想はね――心中さ」
と続ける。
心中、恋人との死、ということか。
なるほどそれは美しい。
「私のひとつ上の先輩が、昨年心中してね。
相手はなんと、我が自殺部の男性顧問さ。
ふたり揃って顧問宅で練炭自殺だった。
残念ながら現場は見せて貰えなかったが、見事な心中だったそうだよ」
「それは壮絶ですね」
「そう、壮絶さ。
先輩が1年の時からの恋仲だったらしい。
私も薄々感づいてはいたんだけどね。
とにかく、元々憧れだった心中を、憧れの先輩が成し遂げた。
これはもう、私も後を追うしかないな、と思ったわけだ」
「なるほど、それは理解できます」
僕は大きく頷いた。
尊敬する先輩が、禁断の恋の末心中した。
これは花園先輩の未来を決定付ける出来事だったのだろう。
理想を語る花園先輩は、誇らしくも嬉しいという感情を露わにする。
「心中は素晴らしいね。想い合う恋人同士の最高の愛だ。
だが、私には決して真似できないことでもある」
「え、どうしてですか?」
「そりゃあキミ、相手がいないからさ」
花園先輩は自嘲した。
相手がいないから心中できない。それはそうだ。
「さて、入江クンは、どんな自殺をするんだろうね」
一転して、優しい瞳で僕を見つめる花園先輩。
もう既に、僕のことを後輩として認めてくれている瞳だった。
光栄に思う。
「花園先輩――僕、この部に入部します」
「おお、本当かい?」
「ええ、僕も、花園先輩と語り合いたいと思いました。
先輩が楽しそうに自殺を語るのを見て、いいなって。
まだ、理想も何もはっきりしないんですけどね」
「いいさいいさ。大事なことだ、話し合ってしっかり固めていこう」
花園先輩は嬉しそうに笑う。
そして、渡された入部届に記入をし、花園先輩に渡す。
「はい、確かに。
明日から沢山語り合っていこう。最初の主な活動だね」
「ええ、よろしくお願いします」
こうして僕は自殺部に入部した。
ここで僕らは存分に語り合い――
翌年の卒業式の日に、心中することになる。