和泉の日記。

気が向いたときに、ちょっとだけ。

悪夢の終わり、物語の続き:7(完)

2011-03-04 15:53:32 | 小説――「RUMOR」
一夜明けて、翌日の放課後、部室にて。
僕は何故か、床に直で正座させられている。
冬の部室は寒く、その床となるともう氷なんじゃないかと思うくらいの冷たさだ。
ただでさえ床に正座は難易度が高いというのに。
「何でこんなことに・・・」
一体どんなプレイだと言うのか。
「・・・何でだと思いますか?」
嫌な笑顔の委員長。
「サッパリ分かりません」
僕は正直に答える。
床に正座、そしてそれを見下ろす委員長。
このシチュエーションに、僕は久我さんを思い出していた。
・・・ごめん久我さん。これが気持ちいいっていう心情は、一生理解できそうにないや。
「柊君。貴方はちょっと自己犠牲が過ぎます。自ら進んでロアそのものになるなんて・・・。
 これはもう正気の沙汰じゃありません。しかも、その手助けをよりによって私にさせましたね?
 正直に全てを話したならまだしも、『ロアになる』なんて重要なことを隠したままで。
 これが、許さずにいられましょうか!ああ、腹立たしい!憎らしい!ムッカつくううう!」
きいい!と奇声を上げる委員長。
「委員長、あんま興奮すると傷に障るぞ?」
「誰のせいですか!誰の!」
うへえ、こんな取り乱した委員長は初めて見るぜ・・・。
しかし、何だ。
やっぱりどう考えても僕が悪いみたいだし。
このくらいのことは仕方ないのだろう。
「うん・・・心配かけて、ごめん」
素直に謝ってみた。
「ふん、謝ったって、許せることではありません」
駄目だった。
これはもう、しばらく時間を置くしかないのかなぁ。
「まぁまぁ、いいんちょさん」
そこに助け舟を出したのは、意外なことに小麦だった。
「別に――いいんじゃないかな。ロアでも、人間でも、さ」
「何をのんきなことを・・・神荻さん、事態の深刻さが分かってないのですか?」
「ロアになっても、ハル君はハル君でしょ。何か困ることある?」
「だから、先生が言っていたじゃないですか。いつ消えても不思議じゃないと」
「それって、ハル君の噂が消えた時のことでしょ?だったら――」
そして、小麦はいつものように。
満面の笑みで言ってのけるのだった。
「あたしたちが、その噂を消さなきゃいいだけだよ」

学校を出ると、昼から降りだした雪はすっかり止んでいた。
積もってもおらず、わずかにアスファルトが濡れている程度だ。
雲の切れ間から夕日が差している。
実に平和な情景の中、僕と小麦は帰路に着く。
――あの後。
夕月は二度と小麦の前に姿を現さないと誓い、夜の闇へと消え去っていった。
結局、あいつは――小麦が心配だったのだろう。
遠野輪廻の娘である小麦のことが。
・・・そう言うと何だかいい人みたいで寒気がする。
どんな裏があろうと、あいつが最悪であることは変りない。
だから僕は、決してあいつを許さないし賛美することもしない。
二度と会いたいくもないという気持ちでいっぱいだ。
ともあれ、それも無事終わって。
僕は久しぶりに、地味な調査をしたり策を弄したりする必要がなくなった。
しばらくはロアと関わりたくもないぜ。
「そういえばハル君、今度からは二人一緒に闘えるね!」
・・・などと考えているそばから、隣を歩くバトルマニアが嬉しそうに言う。
何だお前は。少年漫画の主人公か何かなのか。
いずれ世界を救ったりする気なのか。
「嫌だよ、僕は直接闘ったりするのは嫌いなんだ」
「えー。だってハル君、あたしより強いんでしょ?」
「それは、まぁ・・・そういう設定ではあるけど」
「だったら、闘ってそれを証明し続けなきゃ。噂が消えちゃうよ?」
「・・・・・・」
一理あるな・・・。
小麦のくせに。小麦のくせに――!
それに、僕のロアとしての能力はまだ安定していない。
遠野輪廻と闘った時も、実は時間的にギリギリだったのだ。
あれ以上長引いていれば、僕の体が急速な変化に耐えられなかったかも知れない。
だから、そういう意味においても経験を積むに越したことはないと言える。
「・・・はいはい、考えとくよー」
僕は半ばヤケに答えた。
「やった!」
ああ、これで僕も人外バトルに参戦決定というわけか。
どんどん理想の自分から遠ざかって行く気がする。
そもそも、遠野輪廻と直接闘うハメになった時点でアウトだ。
僕はあくまでも参謀に徹するつもりだったんだけどなぁ。
未熟だからと言えばそれまでなんだけれども。
この点だけは、多分これからもずっと引きずることになりそうだった。
「ハル君っ」
不意に、小麦は楽しそうに僕の名を呼んで。
ぎゅっと僕の手を握ってきた。
「小麦・・・」
この程度で動じる僕ではない!
・・・と言いたいところだが、正直少しドキっとした。
「これからも、よろしくね!」
「・・・ああ、よろしく」
言って、僕は眩しい夕日に目を細めた。
――明日は暖かい日になりそうだ。

脅威は去って、悪夢は終わって。
ひとつの物語は幕を閉じる。
誰もが知っている、ありふれた物語。
そして、誰も知らない、意味不明な物語。
だけど。
道はまだまだ、果てしなく。
僕らは肩を並べて歩く。
嘘のような、本当の物語。
有り得ない、矛盾だらけの物語。
これからも続いていく――小麦と、僕と、都市伝説フォークロアの物語。
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悪夢の終わり、物語の続き:6

2011-03-03 14:35:37 | 小説――「RUMOR」
言霊、という言葉がある。
言葉に宿る霊的な力、という意味だ。
日本人ならきっと、大多数の人がその存在を感じたことがあるだろう。
ここでは――僕をどこまでも強くする、そんな素敵な言葉。

「あたしの――恋人」
ぽーっとした顔で、小麦が呟く。
「・・・嫌か?」
「ううん!そ、そんなことないっ!ちょっと、びっくりしただけだよ!」
「遅くなってゴメンな。本当は、もっと早く覚悟を決めるべきだったんだ」
「・・・覚悟?」
「ま、小麦が気にすることじゃないよ」
それじゃあ、小麦を――大切な恋人を守るために。
ぶちかますとしましょうか。

「虎春君・・・まさかとは思うが、君が直接闘おうと言うつもりじゃあるまいね?」
「んだよ、悪ぃか?」
すると、夕月はさも哀れなものを見るような目で笑った。
「ふふふ、残念だ。残念だよ虎春君。君はもう少し賢い人間だと思っていたんだがね」
「そりゃあ、過大評価だよ」
僕はいつだって馬鹿だ。
ここまで追い詰められないと、小麦を命がけで守る決意すらできない愚か者だ。
みんなが言うほど――僕は万能なんかじゃない。
「分かっているのかい虎春君。君と輪廻の――小麦ちゃんとの力の差が」
「分かってるさ」
「ふふふ、そうか、まぁそれもいい。自分自身で体験しないと分からないこともある」
輪廻、と一言、強く夕月が命じる。
それを合図に、漆黒の巫女が動いた。

「――風舞カザマイウラ

来た。風舞カザマイウラから炎舞エンブのコンボ。
この凶悪な連携技は、超スピードによる移動と次の攻撃へのタメを同時に行うのがポイントだ。
と、いうことは。
「こんなもん――炎舞エンブが避けられれば、意味ねぇよな」
ひょい、と体をそらして炎の拳をかわす。
「――なん、だと?」
「何驚いてんだよ、夕月」
「ちっ、ならば遠距離攻撃だ!」
ザッ、と後ろへ下がり、そのまま炎の槍を生成。
唱える呪文は――
「――炎舞エンブ香車ヤリ
炎の槍を投擲する、遠距離攻撃だ。
信じがたい速度で飛来する槍。
しかし僕の目には、その軌道がはっきりと見える。
見えてしまえば、かわすことなど造作もない。
半歩ずらし、直撃を避けた。
が、相手の攻撃はそれだけでは終わらない。
避けた直後の隙を狙って、もう一発の槍が飛んでくる。
「おっと」
仕方なく、僕はそれを右手でひょいと掴む。
勢いをなくした炎の槍は、やがて夜の闇へと消えていく。
香車ヤリを、掴んだ――だと!?」
明らかに動揺する夕月。
「さてと」
次はこっちの番だ。
僕は投擲を終えた遠野輪廻へと詰め寄る。
勿論、体勢を立て直す隙など与えないほどの速度で、だ。
多分、夕月からすればそれは瞬間移動に見えるだろう。
そして、隙だらけの遠野輪廻の顔面へデタラメなパンチ。
・・・仕方ねーだろ、格闘技とかやったことねーんだよ。
「でもまぁ、手応えはあったぜ?」
軽く4、5メートルほど吹き飛んだ遠野輪廻。
小麦と同じその顔には――明らかに、大きなヒビが入っていた。
「一撃で!?馬鹿な、バカな、ばかなァァァ!き、君はただの『語り部』のはず!」
「さっき先生も言ってたけどよ、『語り部』は闘っちゃダメなんてルールは知らねえぜ」
「ふざけるな!そんなことは不可能のはずだ!ただの高校生に過ぎない君が――!?」
「あー、うるせー。こっちは時間がないんだよ。話はあとにしてくれ」
言って、よろよろと立ち上がる遠野輪廻にとどめを刺す――
が、密着したこの距離は。
「――炎舞エンブ玉将ギョク
炎の渦による全方位攻撃。
そして恐らく、遠野輪廻最強の技。
その範囲内だった。
炎は柱となり、周囲の全てを拒絶する――!
だけど、
「――っと。まぁ、大したことはないか」
そんなものは、僕には当然通じない。
ちょっと熱かったけど、それだけだ。普通に我慢できるレベルである。
「じゃあ――」
炎の渦の消失に合わせて、僕は遠野輪廻の顔を、仮面を掴む。
「――バイバイ、未来の小麦」
そのままグッと力をこめて。
小麦と同じ顔をした仮面を、粉々に握り潰した。

「――有り得ない」
膝から崩れ落ちる夕月明。
そして、護衛のなくなった彼を取り囲む僕ら。
「虎春君、君は一体・・・どんなマジックを使ったというのだ」
怯えにも似た表情で、僕に問いかける。
「言っただろ――僕は、小麦の恋人だって」
「それがどうしたというのだ!そんなもの、強さの証明には――」
「『最強美少女・神荻小麦に彼氏ができた』」
「・・・何だと?」
「今、校内で噂になってるんだよな?委員長」
そこで、未だ立つのがやっとの委員長に声をかける。
「――ええ、確かに・・・」
「それ、半分は僕が流した噂なんだよね」
「確かに、あの時柊君が私にした『お願い』――」
「そう、その噂をもっと広めて欲しかったんだ」
「それは・・・分かりますけれど」
僕は、その噂の知名度を上げたかった。
小麦が恐ろしく強い、という噂。
そして、その小麦に彼氏ができたという噂。
「だから、その彼氏が柊君なのでしょう?」
「うん、それは、たった今正式にそうなったね」
「そんなことが!そんなことが・・・何の意味を持つというのだ!?」
割り込む夕月。
「それを下地に、僕は少しだけ色を付けたんだよ」
つまり。

「『その彼氏は、神荻小麦よりも強い』――ってね」

「なん・・・だと・・・!?」
「さすが思春期真っ盛りの高校生。この手の噂はすぐに広まったぜ」
小麦の噂を流しながら、そっと付け足すだけで。
それは面白いように伝播し、派生した。
だから彼氏である僕は――未来の姿であれ「小麦」に負ける道理などなかったわけだ。
「虎春・・・てめェ!」
そこで、先生が僕の胸ぐらを掴んで怒りをあらわにする。
「自分のしたこと・・・分かッてんのか!?」
「分かってますよ、先生。僕は――ロアになる、、、、、
僕の宣告に、先生以外の全員が驚愕する。
そう。
自ら噂を受け入れ、その化物じみた力を利用した僕は。
もう、人間じゃない。
「軽く言ッてくれるな・・・それは、お前がいつ消えても、、、、、、おかしくない、、、、、、ッてことだぞ?」
その目には、わずかに涙をためて。
先生は厳しくも・・・優しくそう言った。
分かっている。分かっているのだ。
ロアは――人々の噂の産物。
囁かれ、妄想され、騒がれることでその存在が維持される。
ならば、人を辞め、噂を具現化した怪物になった僕は。
――噂の消失と共に消え去るだろう。
正直なところ、僕は怖かった。
だから、傷つくみんなを見ながらも・・・ぎりぎりまで覚悟ができなかった。
なんて情けない男だろう。
好きな人が傷つく姿を目前に、自分の命の心配をしているなんて。
「――ふ、ふふふ。ははははは。あははははははは!」
突如、大声で笑う夕月。
「そうか。そうかそうか。虎春君、さすがだよ。さすが小麦ちゃんの隣に居続けた男だ。
 人を辞め、ロアとなり――まさに命をかけて小麦ちゃんを守ったというわけか。
 参った、その狂気あいじょうは間違いなく俺以上だ」
ごろん、と大の字に寝転ぶ。
怯えた表情から一転、晴れ晴れとした顔。
それは、夕月のものとは思えないほど、邪気のない笑顔だった。

「なあ、虎春君。ひとつだけ――約束してくれるか」
「何だ?」
「小麦ちゃんを――これからも、守ってくれ。幸せにしてやってくれ。
 俺には――できなかった。だからせめて、輪廻の子だけでも幸せに――」
「・・・てめーに言われるまでもねえよ、ロリコン野郎」
「そうか。ありがとう」

――こうして、長い闘いは終わって。
僕らは、日常に戻っていく。
人を辞めた僕と。
人でない小麦と。
今までと変わらない、人としての日常へ。
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悪夢の終わり、物語の続き:5

2011-03-02 16:05:51 | 小説――「RUMOR」
敵は攻守完璧、難攻不落。
さあ、どう攻める?どう守る?
一触即発の睨み合いは、いつ均衡が崩れても不思議はない。
――違うな。
この均衡すら、きっと相手の掌の上。
遠野輪廻はまだ全力を出していない。
根拠は、夕月の余裕の態度。
手の内を自ら語ったということは、更に奥の手を秘めていることの裏返しだ。
対して、こちらの切り札は――実は2枚ある。
さて、いつまでも後手に回るわけにもいかない。
それじゃあまずは、1枚目のカードを切ろうか。

「おう、虎春。あのコスプレ野郎スーパー強ェぞ。何か手はあるか?」
睨み合いを崩さないまま、先生が僕に問う。
「ありますよ」
「上等ォ」
改めて煙管を咥え、ひひ、と汚く笑う。
信頼されているというのは実に有り難いことだ。
「先生は近接戦が得意でしたよね?」
「おう」
「じゃあ、接近して押さえこんでください。ヤツの大技には基本タメが必要ですから」
「それを封じ込めてしまえばいいんだな?」
「はい。倒す必要はありません。封じることに専念して欲しいんです」
「了解ィ」
「で、小麦」
今度は小麦に指示を出す。
「お前は、もっと好きに闘え」
「・・・へ?」
ぽかんとする小麦。
「連携がどうのとか、そんな小さいこと考えるな。自由に、思うままに闘っていいんだ」
「うーん、そんなんで大丈夫なの?」
不安がるのも無理はない。
相手は、自分の未来の姿――。
「大丈夫。小麦は小麦、だろ?」
「・・・そっか。うん、ハル君が言うなら――そうするよ」
楽しそうに頷く。
そう、いつもの小麦でいいんだ。
ワケわからなくて、支離滅裂で、考えなしで――無敵の小麦。

「作戦会議は終わったかい?」
笑いを堪えるような、夕月の声。
「ああ、またせた――なッ!」
言い終わらない内に、先生が走りだす。
距離は一瞬で詰まった。
待ち構えたように、遠野輪廻は拳に炎を灯す。
そのまま両手で弧を描き、
「――炎舞エンブ
近距離用、通常の炎舞エンブ
威力は高いが、これさえかわしてしまえば――!
「喰らうかよッ!」
そのまま突進するかのように見せかけ、敢えてのバックステップ。
炎の拳が鼻先ギリギリに迫るものの、届かない。
よし、かわした!
そして今度こそ、本気のステップイン。
小さく、コンパクトに――まるでボクサーのような、丁寧なボディへの連打。
この人、本当に近距離専門なんだな。慣れてるなんてもんじゃねえ。
たまらずガードに集中する遠野輪廻。
一撃、二撃とガードの上からパンチが当たるが、さすがにこれは効果が薄い。
更に一歩バックしてついに攻撃がかわされる。
そこからすかさず反撃が飛んでくる!
右手刀による袈裟切り。
先生はこれを左手でいなし気味に回避し、がら空きの顔面へ掌底!
かん、という金属音――。
改めてコイツはロアなのだと、その小麦と同じ顔は仮面なのだなと感じる。
だったら、という訳でもないが。
容赦はいらない。
ノックバックする遠野輪廻。そのまま、
「――風舞カザマイ
瞬間移動で逃げる。
出現地点は――

僕の、目の前。

この野郎、非戦闘員を狙いに来やがった!?
しかしそうなると彼女が守るべき夕月明もがら空きになるのでは?
いや、ダメだ。夕月はこちらの攻撃圏外にいる。
もし今からダッシュで攻撃に向かっても、風舞カザマイの前には意味がない。
畜生!
「さっせるかぁぁぁ!」
けたたましい叫び声。
どこから現れたのか、小麦の回し蹴りが脇腹にクリーンヒットした。敵は大きくはじけ飛ぶ。
「うおお、こ、小麦っ!?お前、よく今の間に合ったなぁ」
正直、一撃は喰らう気でいた。
「うん、まぁ、あたしの思考回路と似てるみたいだからね。何となく読めたよ」
マジか。ちゃんと考えて行動したのか。意外だ・・・。
「じゃ、追撃行ってきまーす!」
言って、吹き飛んだ遠野輪廻へ向かってダッシュ――というより、ほぼ瞬間移動。
そしてそのまま、空高くジャンプする。
人間離れした跳躍で、そのまま空中で一回転。そして遠野輪廻へ向かって、
「これで、どうだぁっ!」
渾身のかかと落とし!
脳天に直撃し、そのまま転倒する。
「とどめ!」
ぐるん、と右手を大きく振り回して。
炎舞エンブ!」
炎を灯し、突き下ろす!
ぐしゃ、という嫌な音と共に、遠野輪廻の頭は地面に大きくめり込んだ。
「えりゃあっ!」
密着状態から、燃える拳が更に激しく輝く。
ドン、という衝撃が地面を通して伝わった。
砂煙が舞い、状況がいまいち飲み込めない。
――何をした!?
「へへ。炎の力を一点集中で注ぎこんで、爆発させてみた!」
一歩距離を取って砂煙から抜け出した小麦が、こちらを振り返りニコリと笑った。
なるほど、ここにきて新技である。
「おお――素晴らしい」
砂煙の向こう側から聞こえる、癪に障る声。
「この戦闘を通して小麦ちゃんは更に強くなっているね。実に見事だ」
しかし。
と、夕月は言う。
クリアになった視界には、まるで平気な顔をした遠野輪廻が。
そして、彼女は呪文のように唱える。
「――風舞カザマイウラ
それは瞬間移動、ではなく。
しかし、異常な速度で瞬きの間に距離を詰めてくる。
「まさしく裏技さ。瞬間移動の速度を敢えて落としたものだ。その代わり――」
「――炎舞エンブ
「硬直時間をなくし、次の技へ直結することができるというわけだ」
夕月の言う通り、接近した遠野輪廻の拳には既に炎が灯っていた。
そのまま小麦の腹へと直撃する!
「ぐはぁっ!」
――更に。

「名付けて――炎舞エンブ歩兵、というのはどうだろう?」

ドン、と。
小麦の腹に突き刺さった拳が、激しく燃焼・爆発する!
僕の方へ向かって大きく吹き飛ばされる小麦。
「小麦ぃッ!」
慌てて駆け寄り、抱き起こす。
「オイオイ、大丈夫かッ!?」
そこに、先生も到着。心配そうな顔で覗き込む。
「・・・っく、い、痛ったぁー・・・」
体操服の腹部は焼け焦げ、大きく穴が空いていた。
更に臍の周りは赤く腫れ上がっていて、明らかに打撃と火傷のダメージがある。
だが、むしろあの爆発で生き延びたことを褒めるべきだろう。
「何・・・だよっ、今のっ!あたしが今考えた技だろっ!?」
そう。
本当に問題なのはそこである。
「ふふふ、近距離・中距離・遠距離・全方位に加えて零距離攻撃だ。
 どうだい小麦ちゃん。輪廻は強いだろう?」
むかつく笑みをたたえながら夕月が言う。
・・・まさか、ここまでとは。
「遠野輪廻は、未来の小麦――だったな?」
「ああ、そうだよ虎春君」
「だから、小麦が将来使えるはずの技が使える――そして。
 今使える技も、、、、、、リアルタイムに、、、、、、、増えていく、、、、、
「ご名答」
答える夕月に、
「・・・有り得ねェ。チートにも程があんだろ畜生」
と悪態を吐く先生。
・・・つまり。
小麦が今この場で考えた新技も、遠野輪廻は使えるようになるというわけだ。
僕の狙いは、この辺りにあった。
小麦が自由に闘えば、きっと闘いを通して成長していく。
その成長度合が「未来の小麦」へ反映されるには、タイムラグが生じると僕は予想した。
事実、対遠野輪廻戦の1戦目は勝っている。
夕月が「育成する」と言ったのはこのタイムラグを利用するものだという推測だ。
それはさながら蠱毒のように――小麦にロアを「けしかけ」、「食わせ」、強くする。
すると、いくらかのタイムラグを経て遠野輪廻も同じだけ強くなる。
これを夕月は「育成」と呼んだのだろう、と。
だったら、そのタイムラグの間に倒してしまえばいい。
そう思い、僕は小麦が戦闘中に新技を編み出すよう促した。
――だが。
「タイムラグなしで、小麦の成長が反映される・・・ということか?」
「その通り。俺が輪廻を育てると言ったのは、そのラグをゼロに近づけるという意味だ」
「・・・マジかよ」
僕の推測は、見当違いではなかった。
だが、一歩及ばなかった。
そしてその一歩は、致命傷になりうる一歩だった。
「・・・ごめんな、小麦」
「ハル君・・・」
小麦は、勝てない。
何せ相手は自分自身である。
どんなに強くなっても、策を弄しても、即時的に反映されるなら勝ち目がない。
「小麦ちゃん、虎春君。分かったかい?分かったら素直に負けを認めるんだ」
ふふふ、と愉快そうに笑う。
「ハル君・・・あたし、まだ強くなるよ!もっと、もっと強く――」
「ダメなんだ。それじゃあ、意味がないんだ」
「でも!」
「小麦が強くなれば、その分相手も強くなる。だから、このままじゃ勝てない」
「・・・そん、な・・・ハル君・・・?」
小麦の顔が絶望に染まる。
目にはみるみる涙が溢れ、流れ出す。
・・・そんな顔、するなよ。お前のそんな顔、見たくねぇよ。
だったら。
その涙を止めるのは――いつだって、僕の役割だ。

さあ。
怖がってなんていられない。
出し惜しみなんてしていられない。
僕に残された最後の切り札を、使おうか。

「――泣くなよ、小麦」
「ハル、君・・・」
「僕が――何とかしてやるからさ」
「虎春、まだ・・・何か手があんのか?」
小麦と同じく、絶望したような顔の先生。
それは、状況を理解した者ならば誰もが浮かべるであろう表情。
「大丈夫ですよ」
だからこそ僕は――できるだけ、明るく朗らかに。
「小麦も、先生も。僕に任せて」
この胸の内がバレないように、にっこりと笑って言った。

「だって僕は、小麦のことが好きだから」

「え――、えええええ!? は、はははハル君!?」
「うお、虎春てめェ!この状況で何言ッてやがる!?」

「夕月も、聞けよ。僕は――負けなんて認めない。お前なんかに絶対小麦は渡さない」

だって、僕は。
柊虎春は。

「僕は――神荻小麦の恋人、、、、、、、だから!」
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悪夢の終わり、物語の続き:4

2011-02-28 21:03:10 | 小説――「RUMOR」
小麦、委員長、伊崎先生の3人が、一瞬だけ視線を合わせる。
そのわずかなコンタクトだけで、息を合わせて遠野輪廻へと突撃。
「夕月!」
僕は、その後ろに隠れるように立つ男へと声をかける。
「3対1が卑怯とか言わねえよな?」
「言うよ。卑怯じゃないか」
「は、うるせえ。勝てばいいんだ」
「ふふふ、ごもっとも」
などと、どちらが悪者なのか分からない会話。
まぁ、元より善人のつもりなどないのだけど。

小麦の拳をいなし、委員長の剃刀を紙一重でかわし、先生の煙管を手刀で打ち落とす。
遠野輪廻の動きはやはり異常だった。
しかし、勝負はまだまだ始まったばかりだ。
「二人とも、引いてくださいっ!」
最初に行動を起こしたのは、やはり委員長。
彼女の持ち味は、小麦すら凌駕するスピードである。
軽快なフットワークで左右から流れるように斬りかかる。
正直、僕には分身と変わらないレベルに見えた。
つまり、左右二択、、、、ではなく、左右同時、、、、攻撃。
もはや、目で追える領域を逸脱している。
「――風舞カザマイ
これに対し、瞬間移動スキルで回避する遠野輪廻。
出現地点は、委員長から見て奥。わずかにバックしたことになる。
「まだまだですっ!」
それを確認すらせず、委員長が追撃する。
そう、委員長には敵の行動が簡単に予測できたのだ。
左右同時攻撃は、両手を犠牲にしたガード、または回避の2択を迫るもの。
そして、回避の場合――出現地点は今遠野輪廻が現れた、その場所しか有り得ない。
なぜなら、委員長の後方には小麦と先生が控えているのだから。
故に委員長は迷わず次の一歩を踏み出し――今度は剃刀をガードさせることに成功する。
勿論、委員長の刃を完全に防ぎきることなど不可能だ。
ざっくりと切れる腕。一瞬遅れて、血飛沫の花が咲いた。
「――ほう」
感心したような夕月の声。
「輪廻が出血するとは。生徒会長殿はかなり特殊な攻撃ができると見える」
やはりロアが血を流すことは珍しい現象らしい。

「ビビッてんなよ、化物」
流血に怯む遠野輪廻の懐に、すかさず先生が潜り込む。
「――俺は接近戦が得意でね」
煙管を咥えた先生が、何を血迷ったか素手でボディブローを打ち込む。
「先生!?」
そんなことをすれば、やられるのは手の方だ!
しかし。
わずかではあるが、足が浮くほどの衝撃を与えているではないか。
「はん、いらん心配だぜ、虎春」
不敵な言葉。
そんな!素手で――何故?
「なるほど、ドーピングアイテムか」
「ドーピング?」
夕月の声に、思わず聞き返す。
「その煙管、なかなか厄介だな。恐らく吸うことで一時的に能力を跳ね上げるものだろう。
 ――名付けて『活性の煙管アクティブ・パイプ』というのはいかがでしょう、先生?」
「ヒトの武器に勝手な名前付けんなゴルァ!」
夕月の中二行動にキレる先生。そりゃそうだ。
――しかし、なるほどそういうことか。
でも、そうなると煙管で殴りかかった最初の一撃は?
あれを見て僕はてっきり直接攻撃用の武器だと思っていたのだが。
要するに・・・僕まで騙されていたというわけか。
「まだまだァ!」
煙管の力を上乗せしたパワーでボディを激しく連打する。
その衝撃に、遠野輪廻の体躯が、今度は明らかに浮く。
何という腕力。
「おッッッらァァァ!」
そしてシメの蹴り上げ。黒い影が大きく宙を舞った。

今だ――!

「準備万端っ!いっくよ――炎舞エンブ香車ヤリィ!」
後方で両手に炎を溜めた小麦が、槍を撃ち出す!
遠野輪廻にできることは、小麦にだってできるのだ。
そして、その方向――遠野輪廻のすぐ背後には、夕月明。
これはかわせない。かわせば攻撃を喰らうのは夕月だ。
遠野輪廻は、瞬間移動することなくその炎の槍を両手で受け止める。
が、手だけで受け止めることができるわけもなく。
槍は深々と腹に突き刺さる!
「よし、入った!」
思わず拳を握り叫んでしまった。
しかし敵も只者ではない。
槍が刺さった状態でも見事体勢を立て直し、夕月へ攻撃が通ることは完全に防いでしまった。
となると、問題は――超回復能力。
ここで畳み掛けなくては、折角の3人の連撃が無駄になってしまう。
腹に刺さった炎の槍はその役目を終え、霧消する。
いけない、早くとどめを――否!
「待て、止まれェェェ!」
僕は全力で叫んだ。
その言語に驚くように、追撃態勢に入った3人の挙動が止まる。
「な――何でよハル君!?今とどめ刺さないと――」
僕を振り返り抗議する小麦。
「危ない、引くんだ!」
そして、僕の悪い予感は見事に当たる。

「――炎舞エンブ桂馬ケイ

漆黒の巫女が、右腕に炎を灯して前方を薙ぐ。
当然ノックバックした今の位置からの攻撃など届かないはずだが。
――ゴウ
熱風とそれに伴う爆音。
静止した3人の目の前を、炎のカーテンが真横にかすめて行った。
「な――!」
何だ、今のは!?
僕の疑問に答えるのは、饒舌なペテン師。
炎舞エンブ桂馬ケイ。輪廻の中距離攻撃だ」
玩具を自慢する子供のような、誇らしげな声音。
今のは・・・かなり危なかった。
追撃の寸前に嫌らしく笑う夕月が見えてなければ、3人を止めることなどなかっただろう。
そうなれば・・・今の炎に、全員焼かれていた。
これはまずい。危険だ。
「近距離の通常炎舞エンブ、中距離の桂馬ケイ、遠距離の香車ヤリ、ってことか」
「さすが虎春君、よく気付いたね。じゃあ」
間髪入れず、黒巫女はダッシュで距離を縮める。
「次の展開も、読めるだろう?」
彼女がぬるりと忍び寄ったのは、比較的密集してしまった3人のおよそ中心。
――ヤバい!
「みんな!散れッ!」
予感に従い、絶叫。
しかし今度は、みんなが僕の声に反応するより早く。

「――炎舞エンブ玉将ギョク

遠野輪廻を中心に、炎の渦が巻き上がる!
紅い渦は柱となって、小麦を、委員長を、先生を、拒絶するように跳ね飛ばした。
「全方位攻撃の炎舞エンブ玉将ギョク。どうだい、見事だろう?」
近距離攻撃。中距離攻撃。遠距離攻撃。全方位攻撃。
――言われてみれば。
理想を語れば。
これだけの手駒は欲しいところだ。
だから、本来ならばこの展開は読めていなければならなかった。
「だからって、本当に全部できるとか・・・有り得ねえだろ」
愚痴るようにこぼす。
誰にも聞こえない程度に。
弾き飛ばされた3人は、よろよろと起き上がっているところだ。
良かった。致命傷にはなっていないらしい。
「みんな、無事か!?」
3人に声をかける。
「大丈夫っ、これくらい何ともないよ!」
と小麦。明らかに一番元気そうだ。
「ッてェな畜生・・・うお、髪燃えてる!」
先生も何とか無事。しかし衣服がだいぶ燃えてボロボロだ。
「・・・くぅッ・・・」
そして、一度立ち上がりながらもよろめく委員長。
慌てて彼女のもとへ駆け寄る。
「委員長っ!」
ふらり、と倒れる委員長を、間一髪抱きとめた。
どうやら彼女のダメージが最も深刻らしい。
「柊君・・・ごめんなさい」
「大丈夫、動くな!」
委員長を抱え、邪魔にならないよう戦線から離脱する。
衣服のみならず、腕や足も明らかに焼け爛れている。
これほどまでの高熱なのか――。
「ふっ・・・防御に力を割かなかった報い、でしょうか」
自嘲するように、そんなことを言う。
小麦は全能力がチート級、且つ超回復能力がある。
先生はドーピングで力を底上げしている。
無防備だったのは・・・委員長だけだったというわけか。
「仕方ねえよ、とにかく今は引くんだ」
「・・・クッ。そうですね、この手足では、足手まといにしか・・・」
思い通りに動かないであろう手足に涙を浮かべ、唇を噛む。
彼女は――最も、久我さんと縁があったから。
この闘いにかける意気込みも並々ならぬものがあったのだろう。
でも、大丈夫だ。
「あとは二人が――何とかしてくれるから」
黙ったまま、委員長は頷いた。

とにかく、いつまでも彼女を抱えているわけにもいかない。
距離を置いた安全な場所に座らせる。
戦況は――?
僕は改めて状態を確認する。
幸い、僕と委員長をかばうように二人が立ち塞がっており、睨み合いになっているらしい。
次は、どう動く?
この闘いを一歩引いて俯瞰できるのは僕だけなのだ。
ここで的確な指示を出すことが、今の僕にできること。
これまでのやりとりは、僕のミス。負けだ。
相手のカードが、こちらの予想以上にキレていた。
もうこれ以上ヘタは打てない。
これ以上無駄にみんなを傷つけるわけにはいかない。
責任は重大。
素早く、深く、抜かりなく――考えろ。
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悪夢の終わり、物語の続き:3

2011-02-25 22:36:10 | 小説――「RUMOR」
「柊君っ!」
部室で顔を合わせるなり、委員長――二条三咲は僕に詰め寄った。
「な、なな、何ですか委員長」
「私は委員長じゃありません。って!そんなことはどうでもいいんです!」
どうでもよくない。
僕と委員長の、大事なお約束というやつである。
「聞きましたよ?ついにお付き合いを始めたんですね!?」
何が楽しいのか、委員長らしからぬハイテンションで問い詰めてくる。
「・・・誰が?」
「柊君が」
「誰と?」
「神荻さんと」
「・・・ええぇ?」
「だって、噂になっていますよ?」
「どんな噂?」
「『あの最強美少女・神荻小麦に彼氏ができた!』とかなんとか」
「それ、彼氏が僕だって判明してないよね?」
「まぁそうですけども。柊君以外にいないでしょう?」
「・・・ノーコメントで」
「ず、ずるいっ!教えてくださいよ、ひーいーらーぎーくぅーん!」
がくがくと僕の襟首を掴み揺さぶる。
や、やめやめっ!委員長だって小麦ほどじゃなくても強いんだからな!?
全くもって、僕の周囲は恐ろしい女性ばかりだ。
女性恐怖症になったらどうしてくれる。

どうにかこうにか委員長をなだめ、落ち着かせる。
所要時間10分程度。
・・・めんどくせぇー。
落ち着きを取り戻した委員長だが、しかし追求を諦めたわけではなさそうだった。
「だって、同じ部の仲間ですよ?知りたいじゃないですか・・・」
少しいじけたように呟く。
可愛く言われても、今はノーコメントである。
「というか」
気を取り直して――話を逸らす。
「夕月との決戦に委員長も来るって、本当?」
「当たり前です」
そうか・・・当たり前なんだ・・・。
「仲間外れは、なしですよ?」
「別に面白いこともないと思うんだけどな」
それに、夕月の手下はもう概ね倒した。
この決戦が終われば、委員長たちに迷惑をかけることもなくなるはずである。
「友達の一大事ですからね。それに、先生も来るって言ってましたよ」
「伊崎先生も?」
そりゃまた、オオゴトになったものだ。
まぁ、実際オオゴトなんだけどさ。
「そっか。先生も来るなら、夜の校内に無断侵入して怒られる心配もないな」
「そうですね」
こういうときくらい、先生の権力を利用させてもらうことにしよう。
大した権力でもないけどねー。
「それにしても」
と、そこで急にシリアスモードの委員長。
「大変なことに・・・なりましたね」
「確かにね。でも――これも全部ヤツの思惑通りなんだよな」
そう思うと本当に腹立たしい限りだ。
ヤツさえいなければ、きっと最近のロアとの闘いは避けられたはず。
何より、久我さんも――。
だからせめて、ここでヤツとはしっかり決着をつけて。
小麦だけでも、守らなくては。
「柊君、先に言っておきますけど――」
「ん、何?」
「闘いに手を出すな、とか腑抜けたことを言ったら、殺しますからね」
笑顔で、怖いことを言う。
目が本気だ。
やばい、下手すると僕殺されるの!?
「・・・言わねえよ」
正直、委員長が手出しすれば小麦が黙っていないと思う。
しかしここでは、委員長が言うことの方が正論なのだ。
僕もできる限りの手出しはするつもりだし。小麦が、何と言おうと。
ただし。
「あいつ――遠野輪廻は、強いよ」
もしかすると、小麦と委員長が協力してかかっても尚歯が立たないかも知れない。
「そんなこと分かってます。未来の神荻さん、なんでしょう?」
言って、ニヤリと口元だけで笑う。
そうか――彼女は、小麦をライバルだと思っているフシがあるから。
そんな相手と、何のためらいもなく、全力でぶつかれることが嬉しいのだろう。
小麦も委員長も、二人揃ってとんだバトルマニアだよ、全く。

「あ、そうだ委員長」
「はい?」
「ちょっとお願いがあるんだけど」
「お願い、ですか?私に?」
「うん。まぁ大したことじゃないんだけどさ――」

そうして――あっという間に、時間は過ぎて。
約束の日。
約束の場所。
僕と小麦、委員長と伊崎先生。
勢揃い、である。
季節はまだ冬。夜風は特に冷たい。
しかし、ある程度動きやすい服装である必要もあり、みんな比較的軽装だ。
小麦に至っては――体操服である。
そりゃまぁ、動きやすさという点では最強だわな・・・。
しかし、半袖シャツにブルマって。こいつ寒くねーのかな。
・・・寒くないんだろうなぁ。バカだから。バカだから。バカだから。
取り敢えず3回繰り返してみた。まだ足りないかも知れないがこれくらいにしておく。
「で、夕月のヤローはいつ来るんだ?」
少しイライラ気味に先生が訊く。
「詳しい時間は指定してませんでしたけど・・・夜、としか」
ちなみに、現在19時。日はすっかり落ちて、完全に夜である。
「時間が決まってないって・・・アバウト過ぎません?」
委員長は呆れている。
「うん・・・ごめん、何か、頭に血が上っててさ?」
言い訳してみた。
委員長は苦笑し、それ以上何も言ってこない。
これは許してくれたと取っていいだろう。多分。

「オイ――虎春」
先生が静かに僕に近寄り、耳打ちするように何やら囁く。
「実際のところ、どうなんだ。勝ち目は」
「・・・ぶっちゃけ五分五分?」
「マジで!?オイオイ、頼むよ・・・自分の部活で生徒が失踪とか勘弁だぞ?」
「うわぁ、この状況で保身発言?」
まさかの最低教師っぷりを発揮である。
この人にはそろそろ腹パンしてもいいかも知れない。
「これでも、心配してんだぞ」
ちょっとだけ真面目な声で、付け足す。
「はい、分かってますよ。現時点では、最善を尽くしますとしか」
「『尽くします』?『尽くしました』だろ?虎春の場合は」
「――今回は、もっと頑張ろうと思いまして」
「・・・そうか。まァ何だ。無理だけはすんなよな、お前弱ェんだから」
本当に一言多い大人である。
でも、まあ。
心配してくれているのは確かみたいだ。

「柊君」
今度は、委員長。
「この前も言いましたけど、私、思いっきり手出ししますから」
「――ああ、分かってる。小麦もそれでいいな?」
準備運動にラジオ体操をやっている小麦に確認を取る。
「・・・うん、いいけど」
少し不服そうではあるものの、案外素直だった。
さすがにコトの重大さが分かっているらしい。何つっても自分の身がかかってるからな。
「了解が頂けて何よりです」
「委員長は怒ると怖ぇからなぁ」
より正確に言うなら、キレると見境がなくなるという感じか。
「何か言いました?」
ぐりっ、と足を踏んでくる。勿論超痛い。
「いいえ、何も言ってません・・・」
「よろしい」
僕は多分、今後もこの人には絶対勝てないと思った。

「ハル君」
そして最後に、小麦。
ラジオ体操を続けながら、僕へ問いかける。
「あたし、勝てるよね?」
どうも小麦らしくない、妙に殊勝な発言。
ただ、顔を覗き込んでも不安そうな様子はない。
「珍しいな。いつもなら『絶対勝つ』の一言だろ?」
「そうだけど。ハル君はどう思ってるかなって」
「そりゃ――勝つだろ。小麦だしな」
「本当に?」
ラジオ体操を途中で止め、じっと真っ直ぐ僕の瞳を見つめる。
「本当に、あたしが勝つと思ってる?」
「・・・んー、もし小麦ひとりだったら、危ないかな」
「そっか」
「怒らねえの?」
「うん。あたしは・・・ひとりじゃないからね。だから、勝つよ。いつも通りに」
「ああ、それでいい。小麦には、僕が・・・みんながついてるからな」
優しく微笑む小麦の頭を、よしよしと撫でる。
「もぉー!子供扱いすーるーなー!」
膨れて抗議する小麦。
そんないつも通りの小麦が、やたら可愛いと思った。
そして。
――勝たなきゃな。
と、改めて感じた。

「ふふふ、これはみなさん――お揃いで」

どこからともなく聞こえる、低い声。
校庭のライトが照らし出すのは、全身真っ黒の男。
そして同じく全身真っ黒の女。
夜でさえ、この二人の異質さを和らげることができないらしい。
それは――実に忌まわしい、黒。
「役者はこれで、全て揃ったことになるのかな?」
「ああ、これで全部だ」
夕月明はゆったりとメンバー全員を確認し、最後に僕を見やる。
「どちらが勝っても――恐らく君と話すのは今日が最後になるね」
「そうだな」
改めて言われると、妙な因縁を感じてしまう。
結構長い時間、コイツとは水面下でやり合ってきたからな。
「テメーが、夕月か」
そこに割って入る、伊崎先生。
「貴方は?」
「俺は、コイツらの顧問の先生だよ」
「あぁ、これはこれは先生。小麦ちゃんがお世話になっています」
「はん、もう保護者ヅラかよ。気に食わねえな」
本当に気に食わないのだろう、先生は普段の猫かぶりキャラを最初から捨てている。
「ふふふ、これは酷い嫌われようだ」
「当ッたり前だろロリコン野郎。俺の生徒に手を出すヤツは殺す」
「おお、これは熱い。今時珍しい熱血先生じゃありませんか。ひとつお見知りおきを」
「うるせェ、俺も今日が終われば二度とテメーに会う気はねえよ」
ギロリと凶悪な目付きで夕月を睨み付ける先生。火花の散るような眼力だ。
そして――先生は、懐から煙管を取り出す。
あれは・・・いつもの煙管?
急に、何を?
「あー、虎春。今日は俺もガチで闘うぜ」
「・・・・・・は?」
「何寝惚けた声出してんだよ。俺も一緒に闘う、ッて言ッてんだ」
「・・・どうやって?」
「コレだよコレ」
コンコン、と僕の頭を煙管で叩く。
「・・・もしかして、『修正者』?」
「ま、そういうことだ」
「だって、先生は『語り部』なんじゃ・・・」
「ドッチかひとつしかできねー、なんて決め付けんなよ少年」
言って、ニッと歯を出して笑う。
畜生、またやられた。
確かにこの場にいる以上闘いに参加する可能性は考えていたのだが。
まさか、能力アリとは。
これはまぁ、頼もしいと思っておこう。
「虎春君、先生、私からもよろしいですか?」
「あ、うん」
僕と先生を押し退けるように、委員長が前に出る。
「初めまして。私は二条三咲――生徒会長と言えば分かってもらえます?」
「おお――貴方が生徒会長の二条さんですか。初めまして」
恭しく一礼。そんな仕草も、何だか人を小馬鹿にしているように感じられる。
「描が随分とお世話になっていたそうですね」
「ええ、だから今日は楽しみにしていました――ようやく、殺してあげられる!」
言って、剃刀を構える。
「久我さんの仇、討たせて貰います」
最初から本気だ。
こっちは頼もしいというより・・・若干怖いというのが本音だったりする。

「じゃ、自己紹介も終わったところで」
――開戦と、いきますか。
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悪夢の終わり、物語の続き:2

2011-02-24 22:10:33 | 小説――「RUMOR」
後手に回るのは好きじゃない。
僕は自らアクティブに動き回る方ではないけれど、主導権は持っておきたいタイプだ。
・・・客観的に述べるとすげぇワガママな人だな。
ともあれ、今は夕月の出方を待つしかできない。
そんな現状が、どうにも苛立たしかった。
勿論、僕にできることはできるだけやってるんだけどね、これでも。

さてさて、話は変わるが、ここで改めてロアについて語ろう。
ロアとは、特定の地域内で語られる噂が具現化した怪物のことだ。
この時、ロアの強さは噂を知る人の数とその深さ、信じる度合いで決まる。
つまり多くの人が強く「実在する」と信じる噂ほど強いロアになる。
これは僕らが実際に体験し、導き出した答えである。
後々伊崎先生に確認を取ったが、概ね間違ってないらしい。
ここで――例外に当たるケースがあることが分かるだろう。
それは、ロア・遠野輪廻の存在。
あれは元を辿れば電話ボックスの噂である。
そこに小麦の存在が加わり、「未来の小麦」となった。
未来の小麦ということは、当然現在の小麦と同等か、それ以上の強さとなる。
遠野輪廻は、存在するのに必要最低限の噂レベルで、その強さを発揮できるのだ。
遠野輪廻の特殊性は、ここにある。
実に厄介な存在と言えるだろう。
そして、僕は前々から考えていた。
・・・小麦は、強くなった。
じゃあ、「未来の小麦」は?
強くなった小麦に合わせて、より強くなるのではないか?
小麦はまだまだ成長途中だ。
遠野輪廻が具体的に何年後の小麦なのか不明だが、5年や10年では衰えないだろう。
むしろ、絶対強くなっているはずだ。
そうなると、「現在の小麦」は「未来の小麦」には絶対勝てない道理になってしまう。
僕らが勝つには、この道理を埋めなければならないのだ。
当然――それは、僕の役割。
夕月明と僕、どちらがパートナーとして優秀であるか。
この闘いは、それこそが問われている。
そして現在は、どう贔屓目に見ても・・・僕の完敗なのである。

ふう、とひとつ息を吐く。
放課後、小麦と歩く帰り道。
夕日を浴びながら通学路を歩いていると、何だか無性にさみしい気分になってくる。
「ハル君、疲れてる?」
そんな僕を、心配そうな顔で小麦が覗き込んだ。
「いや、んなことは――ないこと、ない、かな」
「どっちだよー」
咄嗟に嘘を吐き損ねた感じ。
いかんいかん。小麦に心配をかけているようではまだまだである。
何だかんだ言って、直接闘うのは小麦なのだから。
「大丈夫、気にすんな」
これ以上無駄に心配させるわけにもいくまい。
僕はいつも通り、笑顔を作って答える。
そんな僕の内心を知ってか知らずか――
「ハル君は、さ」
小麦は、進行方向を真っ直ぐ向いて、語りかけた。
「頑張ってると、思うよ」
「小麦・・・」
「あたしはバカだから。ムカつく奴がいたら殴る!蹴る!・・・そんだけなんだよね。
 でも――今回は、それじゃダメなんでしょ?それくらいは、あたしにも分かるよ。
 だからハル君は毎日頑張ってる。あたしには、絶対にできないことようなことを」
そんな小麦の言葉に、僕は少なからず驚いた。
意外にも、小麦は小麦なりに考えていたのだ。
「・・・僕はてっきり、毎度働かずにサボりやがって、程度に思われてるのかと」
「そんなわけないよ!」
それは何気に酷いよハル君!?と、頬を膨らませて不満を口にする。
が、すぐにまた真面目な顔に戻って、
「・・・でもまぁ、ちょっと前までは、ひとりでもやれる!とか思ってた、かな」
と付け足した。
――それはそうだろう。
小麦は強い。
今回のようなイレギュラーさえなければ、もう僕の事前調査や戦略など不要だ。
だけど。
「でもさ。やっぱりひとりじゃダメなんだよ。あたしだけじゃ、赤マントには勝てなかった」
そう――まれに、イレギュラーとしか言いようがない、理不尽な出来事が起こる。
ロアに、絶対ということはない。
そして、ひとつの手違いが、致命傷になりかねない。
僕は、そんな万が一の可能性すら潰してしまいたい。そうしなければならない。
慎重に慎重を重ねて。
「今回も、そうなんでしょ?多分、あのもうひとりのあたしは――赤マントより強いよ」
赤マントより、今の小麦は強い。
今の小麦より、遠野輪廻は強い。
だから、赤マントより遠野輪廻の方が圧倒的に強い。
そんなパワーバランスだ。
「だからさ、あたしには・・・ハル君が必要なんだよ」
僕が、必要。
必要にされる――頼られるというのは、何だか。
うん、何だか、こう。
悪い気はしない・・・かな。
そんな風に、僕は思った。
妙にムズ痒い胸の内をごまかすように、僕は呟く。
「そうか。だったら、お兄さん頑張んないとなー」
「・・・もぉー、い、いつまでもお兄ちゃんじゃないってばぁ!」
「ふふん、いつまでたっても、小麦は小麦だろー」
「・・・そうだけど!そうだけど、違うもん。あたしは――」
急に、小麦の足が止まる。
そしてその身に纏う空気が変わる。
一体、どうしたって――

「あたしは、そんなハル君が、好き・・・だよ」

「え・・・?」
「なっ・・・何驚いてんの、今更。そんなの、当たり前・・・じゃない」
顔を赤くして、恥ずかしそうに小麦は言った。
え。
コムギさん。
マジですか。
・・・マジモードですか。
僕はもう一度小麦を見つめる。
嘘とか、冗談の類には見えない、かな。
好き・・・か。
うん、そりゃあ、嫌われてはないだろうと思ってたけども。
はっきりと言葉にされると、さすがにね。
「いつも一緒にいてくれて。助けてくれて。優しくしてくれて。子供の頃からずっと――。
 そ、それで好きにならないわけ、ないでしょ」
照れているのは小麦も一緒らしい。
いつも考えなしの小麦といえど、さすがにこういう状況では恥ずかしいんだな。
「ハル君は?あたしのこと・・・その、どう思ってるのかな?」
そして更に、そんな恥ずかしいことを聞く。
そそそ、そんなものは、そりゃあ――決まっているじゃないか。
「小麦は――小麦だよ」
「もう、またそんなこと言ってごまかすんだから!」
ぺしっ、と僕の肩を叩く。
「――ぐぉっ、痛ぇよ!?」
小麦の「ぺしっ」は、そんな可愛らしい擬音で表せるレベルをはるかに越えていた。
例えるなら、標準的男子高校生の全力正拳突きくらい?
「まーたまたぁ。本当ハル君は調子いいんだから!」
ぺしっ。ぺしっ。
「あがっ、ぬおっ!?」
やめて!マジでやめてください!
僕はお前みたいに近接パワータイプじゃないんだからね!?
「――で?」
がしっ。
今度は、回避態勢に入った僕の右腕袖口を掴む。
ほら、よくラブコメなんかであるじゃないか。
小さくて可愛い女の子が、きゅっと主人公の袖口を掴んでくるシーン。
あれを思い浮かべて欲しい。
で、そこに込められた力が万力クラスだと思って欲しい。
「きゅっ」じゃなくで、「ぎりぎりっ」とか「みちみちっ」とかそういう雰囲気。
完全に僕を拘束してるよねコイツ!?
「ちょ、小麦っ!や、やめっ、手首がちぎれる!?」
「だから。ハル君は・・・どう思ってるのかなって、聞いてるんだけどな?」
目が笑っていなかった。
なるほど、これがヤンデレですね。分かりました。
もしこの状態で「僕、別にお前のことなんか好きじゃねえし」とか言おうものなら。
そうだな。まぁ、よくて右手切断くらい?
・・・怖いなんてもんじゃねえ。
「おおお、落ち着け小麦。いいか、まずはこの手を離せ。話はそれからだ」
「・・・ちゃんと答えてくれる?」
「お、おう、大丈夫だから。安心していいぞ」
「うん・・・」
ようやく小麦が僕を解放してくれる。
ふう、まずは第一関門突破、である。
しかし、さてこれはどうしたものか・・・。
「いいか、小麦」
「うん」
「ぼ、僕は」
「うん」
「僕はっ、その・・・こ、小麦のことをどう思ってるかというと、だな」
「うん」
「・・・その・・・す」

「ちょっと待ってもらおうか」

――絶妙のタイミングで待ったがかかる。
た、助かった!
僕は驚きと安堵の気持ちで声のした方を振り向いた。
「危ない危ない。目を離すとすぐこれだ――」
そこには。
「ふふふ、久し振りだね、小麦ちゃんに虎春君」
どんな景色にも馴染まない、喪服の男――。
「・・・夕月・・・!」
そう。
災の元凶、夕月明。
いつからいたのか。どこから現れたのか。
奴はさも当然のように、そこに立っていた。
小麦は無言で臨戦態勢に入る。
「おお、怖い怖い――輪廻」
その言葉に反応するように、夕月の前に黒い巫女装束の女性が現れた。
遠野輪廻。
彼女は「風舞カザマイ」という瞬間移動スキルを持っている。
こんな風に出現することなど造作もない。
そして、その遠野輪廻も戦闘モードに切り替わる。
「まあ待て、輪廻。今日は――話をしにきたんだから」
「話・・・だと?」
夕月の言葉は全て癇に障る。僕は苛立ちを隠すこともせず、答えた。
「もう、あんたと話すことなんか何もねぇはずだけどな」
「そう言うなよ虎春君。つれないなぁ」
「はん。虫唾が走るぜ、人殺しめ・・・ッ」
そうだ。こいつは――仲間であるはずの久我さんを殺した。
役に立たなくなったからなのか。情報を漏らされるのが怖かったのか。
それとも、完全に気まぐれなのか。
どんな理由にしても、許せるはずもなかった。
小麦の件もあるから、とうに許す気もなかったのだが――もはや決定的だ。
「それは描のことか?いやいや、殺したのは俺じゃないよ。俺が殺せるわけないだろう?」
「ふざけんな!お前以外に誰がやるってんだ!」
「だから、俺じゃないよ。描を殺したのは輪廻だ」
「き、貴様ァ・・・ッ!」
そんな詭弁にもならないことを、よくも平然と言えるものだ。
癇に障る、どころではない。
おぞましい。忌まわしい。呪わしい。
「ま、そんなことはもうどうでもいいじゃないか」
「どうでもいいだと!?テメェ!」
「いや、そりゃ止められなかったのは俺にも責任がある。
 しおらしく悔い改めれば描が生き返る、というならそうするさ。
 俺としても、彼女を失うのは辛いからね。
 何せ・・・彼女は俺の言うことなら何でも聞くいい玩具だったから」
平然と。
あくまでも悪びれることなく、夕月はそう言ってのけた。
「ふふふ、知ってるかい。描は俺が命じれば靴だって平気で舐めたんだぜ?」
そんなことを、自慢気に――。
僕の頭の中で、何かが音を立てて切れる。
刹那。
小麦が何も言わずに夕月めがけて突進していった。
瞬間移動のようなその瞬発力で、距離は瞬時にゼロになる。
激しい衝突音。
それはまるで、いつかの再現のように。
「・・・ありがとう、輪廻」
小麦の右腕は、遠野輪廻によって遮断された。
ギリ、と小麦が足を踏みしめる音が聞こえる。
「オマエは、人間じゃない!」
・・・小麦。
怒りや悔しさが綯い交ぜになった表情で、彼女は責める。
「仲間を殺して!バカにして!平気で笑って!オマエなんか、人間じゃない!」
「ふふふ、おかしいな小麦ちゃん。人間じゃないのは――」
言いかけた夕月の顔が、大きく歪む。
――僕の拳が、夕月にクリーンヒットした。
遠野輪廻を小麦が押さえてくれていたお陰だ。
「あんたはもう、喋るなよ。耳が腐りそうだ」
「ぐっ・・・なかなかやるじゃないか、虎春君。やっぱり若さは素晴らしいね」
殴られてバランスを崩した夕月は、しかしまだ不敵に笑っている。
この野郎・・・何度でもぶん殴ってやる!
「ハル君っ」
追撃しようとしたところを、小麦に無理矢理引き戻された。
次の瞬間、目の前を炎の槍が横切る。
「――炎舞エンブ香車ヤリ
あッ・・・ぶねええええ!
小麦に引っ張られてなければ、今の遠野輪廻の一撃で僕なんか即死だ。
冷静に・・・冷静になれ。
僕は直接闘えない。あくまでも、参謀のポジションなのだ。
「輪廻――もういい、やりすぎだ」
口元に滲む血を拭いながら、夕月は遠野輪廻に命じた。
くそ、やはり簡単にはいかない、か。
「虎春君、まずは冷静になって、聞いて欲しい」
「・・・何を、だよ?」
あれだけのことを言ってこちらの動揺を誘っておきながら、滅茶苦茶な言い分だ。
しかし、これ以上熱くなっても遠野輪廻に返り討ちにあってしまう。
「今日俺はメッセージを伝えにきただけなんだ」
「メッセージ?」
「ああ。ようやく、輪廻の育成が終わった、とね」
遠野輪廻を育て、小麦と再戦すること。
それが、約束だった。
確かに夕月にいいようにあしらわれている感はある。
だがそれを打ち倒してこその勝利であり、真の撃退と言えるのも間違いない。
僕らが目指すのは、夕月と二度と接触しないで済むことなのだ。
「へえ。じゃあ、今からでもやってやる!」
息巻く小麦。
「まあ、落ち着き給えよ小麦ちゃん。こういうのは、セッティングも大事なんだ」
「ちっ、めんどくさいなあ」
「小麦、ちょっと黙って」
僕は、小麦を制して続きを促す。
「場所と日時を決めて、正式に闘うってことだな?」
「その通り」
ふふふ、と不気味に笑う夕月。
「そうだな、3日後の夜、君たちの学園の校庭でどうかな」
「・・・分かった」
「俺が――輪廻が勝ったら、小麦ちゃんは俺のものだ」
「小麦が勝ったら、あんたは二度と僕らの前に顔を出すな」
「いいだろう、約束だ――輪廻、帰るぞ」
言いたいことを言い切って。
夕月は、遠野輪廻を呼び寄せてその腰に手を回した。
「では、3日後に。楽しみにしているよ、小麦ちゃん」
「ふん。あたしは絶対負けない。今度こそあたしが最強だって分からせてあげる」
「ふふふ――」
そんな、気持ちの悪い言葉を残して。
「――風舞カザマイ
夕月明と遠野輪廻は、僕らの視界から掻き消えた。

負けられない。
僕は拳を握りしめる。
――勝負は、3日後。
僕にできることは、残りわずかだ。
「ハル君」
先程までの緊張が嘘のように、小麦は柔らかく笑った。
「大丈夫。あたしたちなら、勝てるよ」
あたしたち、、
そう、僕と小麦なら。
ふたりなら――きっと、勝てるはずだ。
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悪夢の終わり、物語の続き:1

2011-02-23 21:47:36 | 小説――「RUMOR」
例の「赤マント」騒動から数日。

最強のロア・赤マントは見事撃破。事件も一段落し、何事もなかったような日々が戻った。
平和だ。
実に、平和だ。
それが僕には――異常に見えた。
今回は死人が出ているというのに。それも、超有名人、生徒会副会長久我描だ。
それなのに、たった数日でまるで何事もなかったように元の生活に戻るなんて。
少なくとも僕は、僕ひとりだけは、その影響を断ちきれずにいた。

「辛気臭ェツラしてんなァ、オイ」
部室に現れるなりそう言ってのけたのは、顧問である伊崎先生。
どうにも気まぐれで、部室に来る日と来ない日がまちまちである。
「――あれ?小麦と委員長はどうした?」
「委員長は生徒会、小麦は掃除当番です」
「あー。で、虎春ひとりなわけか。つーかお前マジ暗くねェ?」
半笑いで僕をからかいつつ、僕がいるテーブルの対面に座る先生。
「まぁ・・・色々、考える事が多くて」
「相変わらず苦労性だな、お前はよ」
「そりゃあ、あんなことがあれば誰だってそうなりますよ」
「・・・副会長のこと、か」
言って、スーツのポケットから煙管を取り出す。
先端に何やら詰め込んで口に咥え、すうっと大きく一息。
「先生」
「んー?」
「そろそろ、教えてもらってもいいですか」
「あー・・・」
「もうのらりくらりと躱すのはやめてくださいよ。何たって――今回は死人が出てる」
そう。
この人は、きっと何か知っている。
もしかしたらそれは、もの凄く大きく、重要なことなのかも知れない。
今の僕は、とにかく情報が欲しいのだ。
攻めるにしても、守るにしても。
どうも話したくないらしいが、こっちだってもうなりふりかまっていられない。
「そう、だな」
観念したように呟き、溜息を吐く。
「これ以上隠すのも、無意味か」
「やっぱり何か、知ってるんですね」
「ああ、ま、大したことは知らねェ。だからあんまり期待はすんな」
さて、どこから話したモンかねェ――と苦笑混じりに呟き、伊崎先生は語り始める。

「俺は・・・まァなんだ。結構嘘を吐いてる」
「・・・嘘?」
「そうだ。例えば――俺は、夕月明を、、、、知っている、、、、、
・・・驚いた。全く予想してなかったわけではないが、それでも充分驚愕に値した。
目の前にいるのが僕が知る伊崎先生ではない別の誰かのような、そんな違和感さえ覚えた。
夕月明。
忌まわしく疎ましく憎らしく腹立たしい、呪われた喪服の男。
「言ッとくが、別に仲間ッてオチはねーぞ。ただ、俺も『友達の友達F.O.A.F.』の一員だからな」
「な――そんな!」
「あー、隠してたことは謝る。でもな、あの組織はもう何の力も意味もねェ」
「それでも・・・ロアのことだって、闘い方のことだって、知ってたんじゃないですか!?」
「おう、知ッてたぜ。だから、たまにトレーニングしてやッてただろ?」
――トレーニング。
僕はその言葉にハッとする。
そう。切断魔ジャック・ザ・リッパー――あれは、伊崎先生が作り出したロアだった。
つまり。
語り部、、、――」
「ああ、夕月のヤローはそんな名前を付けたらしいな」
そうか。伊崎先生は、ロアと語り部のことを知った上で、狙ってロアを作り出したのか。
それって。
「小麦を鍛えるため、だったんですか?」
「だから、それは最初からそうだと言ッてただろ?」
・・・そうだったような気もする。
でも、そんなもん完全に嘘かテキトーなことを言ってるだけだと思っていた。
っていうかこの人にそんな思慮があったとは到底思えな
「お前は今失礼なことを考えているな?」
「ハハハとんでもない!」
笑ってごまかしてみた。
ぶっちゃけ超意外だった。黙っておこう。
「ま、それよりも、だ」
こほん、と小さく咳払い。先生が話を続ける。
「組織内で夕月はそこそこ有名だ。勝手に下部組織作ッたりな。でもそれだけだ」
「処罰とか、そういうのはなかったんですか?」
「下部組織を作るな、という規定はないからな」
「適当だ・・・」
「そう、テキトーなのさ、あの組織は。だから俺も、正直何も知らないのと大差はない」
末端まで情報が行き渡らない。
命令が伝わらない。
管理できない。
大きな組織というものは、往々にしてそういうものだと聞く。
「だが――更に有名なのは、神荻小麦、、、、遠野輪廻、、、、だ」
「なっ――小麦と、小麦のお母さん?」
「そう。遠野は、組織の実験台だッた。そして小麦はその実験結果――サンプル、、、、だ」
実験結果・・・だと?
何だ、その忌々しい言葉は。
小麦のお母さんが、実験台?
小麦が、サンプル?
腹の中に泥のような憎悪が渦巻く。
何が、何を、何で、何故、なぜ――!?
額に嫌な汗が浮かぶ。
ああ、頭が痛い――。
そんな中でも、僕は自然と、その意味を導き出す。
それは、つまり。

「小麦は、人間とロアのハーフだ」

――人間と、ロアの、ハーフ。
人間・遠野輪廻は、ロアと・・・怪物との間に子供を作らされた。
その子供が、小麦だと。
そう言うのか。
「賢いお前のことだ、これまで全く気付かなかッた・・・わけでも、ないだろ?」
「・・・気付きませんよ、そんなこと。気付くわけが、ない」
「そうか?」
「ええ」
「ま――それならそれで、いいんだけどよ」
それから。
先生は、補足するように語ってくれた。
実験は、組織内の極少数による過激派によって独自に行われたこと。
その過激派は他のグループによって既に消され、遠野輪廻と小麦の存在が知れ渡ったこと。
組織の暗部であり罪の象徴であるとして、小麦は保護対象となっていること。
小麦を引き取った小萩さんも組織の一員であり、学内での監視役が伊崎先生であること。
「誤解だけはしないで欲しい。俺も神荻さんも――小麦に幸せになッて欲しいんだ」
酷い実験の犠牲者ではあるけれど。
ひとりの人間として、当たり前に幸せになる権利がある。
そう願っている――。
小萩さんを知る僕には、それは疑う余地もないことだった。
それは、先生だって。
信用に足る人物だと、僕は思っているから。

長い沈黙が続いた。
部室の外から聞こえる運動部の掛け声。演劇部の発声練習。ブラスバンドの奏でる音色。
淡い夕日が差し込む部屋の中、僕は頭を抱えるようにして冷静さを取り戻そうとしている。
普段ならこんな雰囲気に耐えられないであろう伊崎先生も、今は黙って煙管をふかしていた。
――小麦は小麦。
生い立ちも何も、別に関係ない。
だから僕も、これまでと態度を変える必要はないし、むしろ変えちゃいけない。
そんな当然の結論は、既に出ている。
あとはただ冷静になるだけ。
新しい事実を、当然のこととして受け入れるだけ。
「――よし」
顔を上げ、パンッと強く両頬を張る。
「オッケー、飲み込みました」
「ハッ、さすがだよ、ハル君」
わざとらしい。
これくらいは受け入れろと、乗り越えてみせろと、そういう意図だったくせに。
さて。
事実を事実として、しっかりと乗り越えて。問題は、そこから先なのだ。
「先生。例えば、夕月が操るロアの弱点とか知りませんか?」
「あー、知らんなァ」
「じゃあ、夕月の居場所とか?」
「知らん」
「次の夕月の狙いは?」
「知るわけねーだろ」
「・・・役に立たねえ!」
「だから最初から言ッてるだろうが!俺に頼るな!」
うわぁ!逆ギレかよ!
何だこの大人。最低だ・・・。
「そもそも俺ァ、夕月のそもそもの目的も分からねえんだよ」
「あー。それはアレですよ、ロリコンだから」
「それそれ。意味が分からん。どこまでマジなんだ?」
「目を見た感じ、全部マジっぽかったですよ」
「やッぱりそうかー・・・理解できねー」
今度は先生が頭を抱える番だった。
まあ、あんな奴は理解しなくていいと思うんだけどね。
しかし・・・こうなると、本気で困ったな。
敵は夕月明。そして、「未来の小麦」――ロア・遠野輪廻。
小麦は強くなった。
それはもう、見違えるほどに。
しかし、これでいいのか?
勝てるのか?
不安は尽きない。
それほどに、不気味だった。

と、そこで勢いよく部室の扉が開く。
「ハル君ー、遅くなってごめん!」
小麦だった。
「っと、園絵ちゃんもいたの?久しぶりー」
「おー。元気か小麦ィー」
「うん!元気元気!」
言って、にっこりと笑う。
コイツは・・・多分、何も考えてないな。
いや、自分は勝てるとしか思ってない。
それが小麦の長所であり、強さなのだ。
僕は小さく溜息を吐いて。
「小麦、帰るぞー」
「うん!」
取り敢えず、いつものように。
ありのままの小麦を、尊重すべきなのだと思った。
そして。
それで足りない分は――僕が補ってやればいい。
ただそれだけのことなのだ。
誰にも気付かれないように、僕はひとり、覚悟を決めた。
小麦と、小麦がいる僕の世界を守るために。
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柊虎春にできること:7(完)

2010-03-11 20:40:04 | 小説――「RUMOR」
廃倉庫の扉は完全に歪んでしまい、簡単には開けることができなくなっていた。
蹴っ飛ばそうか?と小麦は言ったが、僕はおとなしく窓から出る方を選んだ。
・・・1階だしね、ここ。

「よォ、虎春、小麦」
「大丈夫ですか、お二人とも」
そこに待ち構えていたのは、伊崎先生と委員長。
「あれ、何で二人がここに?」
「バッカ、もう忘れたのかオマエ」
・・・あ、そうだった。二人は後ろからこっそりついてくる手はずになっていたのだ。
はい、すみません。完全に忘れてました。
「はァ。ま、良いけどよ。倒したんだろ、赤マント」
「ええ」
「入口のドアが壊れてたから直接は見てませんが、音で大体の様子は掴めました」
と、委員長。
「結構、楽勝だったみたいじゃないですか?」
楽勝、ね。
うん、確かに結果を見れば楽勝なのだろう。
しかし、小麦は特に勝ち誇った様子もなく、
「よく分かんないや」
とだけ言った。
「赤マント相手に、怪我もしてないじゃないですか。誇って良いと思いますけど?」
委員長の言葉には、何だか少し刺があるなぁ。ライバル視してるからだろうか。
ちなみに、厳密には全く怪我をしなかったわけではない。何度かナイフがかすった。
ただ、その程度の傷は小麦の超回復の前ではノーダメージと同じだ。
それでも、小麦はやっぱり微妙な表情。
「小麦も威張りにくいだろ。今回は、虎春がひとりで倒したようなモンだしな」
・・・先生にはしっかりバレていたようだ。
そう、今回は、実のところ8割方僕が闘ったと言っていいだろう。
「噂を操作して、おびき出して、闘わせて・・・もうその時点で虎春の勝ちだ」
小麦が闘いやすい屋内、攻撃方法の限定、そして弱点の付加。
幾重にも仕掛けを絡め、弱体化させた。
赤マントは飛車角落ちで闘ったようなものだ。
そんな相手に、今の小麦が負けるはずもない。
つまり、今回のバトルはそういう事前準備の段階で詰んでいたのだ。
だから、結果を見れば楽勝なのだが、大局的に見れば結構苦労している。
決着までに10日もかけちゃったし。
「でも、匣詰一理なら、もう少し上手くやったんじゃないでしょうか」
その考えは、やはりどうしてもぬぐい切れなかった。
もっと上手くできたんじゃないか。
もっと楽に勝てたんじゃないか。
僕にできることは全てやったつもりだけど、それでもまだ足りなかったんじゃないか。
「匣詰ねェ・・・例の、ぱんでみっく?ッてヤツか」
「ええ、彼女の得意技みたいですから。情報操作」
「妹とツルんで、とかいう設定らしいな」
この前聞いたのだが、やはり伊崎先生は妹――匣詰一会を認識していなかった。
切断魔ジャック・ザ・リッパーの件で、先生は直接彼女と接触したはずなのだが。
そのあたりは、ロアとしての特性が見事に効いたということだろう。
「ま、何にしてもそう卑屈になるこたァねェ」
伊崎先生は、優しく微笑う。そして、
「――大したモンだよ、オマエは」
そう言って、乱暴に僕の頭を撫でた。
「ちょっ、痛い痛い、ヤメてくださいよ小学生じゃあるまいし!?」
抵抗しながら、それでも僕はちょっとだけ、嬉しかった。

以下、余談。

小麦と二人で帰宅中。
「そういえば、ハル君。あたし、また強くなったよ」
「おー」
そういえばそうだった。
トドメの「炎舞」は、遠野輪廻のそれと比べてまだ炎が小さかったが、十分強力だった。
「ついに小麦も人外の仲間入りだな」
「人外!?」
「普通の人は手から炎とか出ません」
「頑張れば出るんじゃない?」
「無理だろ」
「可能性を否定しちゃあいけないよ!」
何やら小麦の人格が変わっていた。その無駄な前向きキャラうざいよ。
「ちなみに、今出せる?」
「んー、どーかなー?」
ぐるんぐるん、と派手に腕を回す小麦。
しかし、炎が出る気配は微塵もなかった。
「無理っぽいねー」
「そうか・・・」
やっぱり、ロアと闘ってるとき限定らしい。超回復と同じだな。
「良かったよ、幼馴染がまだギリギリ人間で」
「ハル君からまた酷いことを言われた!」
まぁ、ぶっちゃけ結構前から人外だったような気がしないでもないけど。
その辺は空気を読んで伏せておいた。
「それにしても、さ」
珍しく、しおらしい口調で小麦が言った。
「ん?」
「ハル君は、やっぱり凄いね」
「何言ってんだよ、別に凄くねぇよ」
「んーん、凄いよ。ハル君超かっけーッス」
「・・・そりゃ、どうもな」
「副会長・・・久我さんも、きっと喜んでる」
「そうかなぁ」
あの娘が、そんなことで喜ぶのかな。
少し考えてみる。
・・・柊センパイも、なかなかやるっすね。
勝手な思い込みかも知れないれけど――そう言って、笑ってくれそうな気がした。
「ま、そうかもな」
「うん、間違いないよ」
小麦に言われると、何だか本当に間違いないような気がする。
死んだ人の気持ちなんて、推測できるわけもないけれど。
それでも、僕の中の久我さんは、完全に笑顔を失くしたわけじゃなさそうだ。
「・・・ん、そういえば」
「なぁに?ハル君」
「小麦の・・・絶無の剣アーティファクトって、結局何なんだろうな」
もはや、口にするのも恥ずかしいレベルの中二病単語だ。
久我さんで思い出した。
彼女は、割と真顔で言っていたけれども。洗脳って恐ろしい。
要は、性に合った武器ってことなんだろうな。
「今回は、ほら、素手だったろ?」
「うん、そうだね」
「何か良い武器ありそうか?」
「いやぁ、それがね。色々試してはいるんだけど、どれもいまひとつでさー」
実に残念そうに小麦は言った。
「そうなのか?こないだのリコーダーとか、日傘とか、結構よさげだったけど」
「うーん。どうも、愛着を感じないというかしっくりこないというか」
「そんなもんかね」
「そんなもんなの。むしろ、今日やったみたいに素手で闘った方が――あ」
急に、何か思いついたように立ち止まる。
「分かった!素手なんだよきっと!」
「な、何がだよ!?」
「あたしの武器!素手が一番闘いやすいもん!」
「は?意味分かんねぇよ!武器じゃないじゃんそれ!」
「ほら、ドラクエのぶとうかみたいな。あるいは虚刀流」
「微妙な例えを出すんじゃねえ!」
分かりやすいようでいて、微妙に分かりにくかった。
ま、まぁ、要するに、武器なんかない方がよっぽど強い、ってことなんだろう。
・・・小麦らしいと言えば小麦らしいし、実際ありそうなセンではある。
「でもさ」
「あん?」
「結局、あたしが闘いやすければそれでおっけーなんでしょ?」
それもまた、ごもっともだった。
絶無の剣アーティファクトなんて言葉に捕われても意味がない。
小麦が、小麦らしく闘えればそれでいいのだ。
「だったら、ごちゃごちゃ考えなくて良いんだよ、やっぱり」
小麦は、勝ち誇ったようにそう言った。
珍しく、彼女の言う通りだと思った。
全く、もう。
小麦にかかれば、僕がどんな名参謀でも無意味なのかも知れないな。
だけど・・・それでも僕は、これまで通り。
僕にできることを、全力でやっていこうと思う。
これからもずっと――小麦の隣にいるために。
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柊虎春にできること:6

2010-03-10 20:48:06 | 小説――「RUMOR」
それは、目で追うのがやっとの闘いだった。
無数に繰り出される拳を食らいながらも、一向にダメージを感じさせない赤マント。
あらゆる角度から飛び出してくるナイフを、紙一重で避け続ける小麦。
予想していたことだけど、つくづく一般人が入り込めるバトルじゃねえな。
ようやく息を整えた僕は、それでも目の前の闘いを注意深く眺めている。
――僕が動くべきタイミングを、決して逃さないように。

「ヒャハハッ、ハ、ハァ!やるねやるね、やるじゃねーか嬢ちゃん!」
赤マントは楽しげに叫ぶ。
「ふふん、だからあたしは最強だって言ってるでしょ!」
小麦も、つられたのか心なしか楽しそうだ。
どちらも、バトルマニアという点では似通っているのだ。無理もない。
「あー、間違いねえ、嬢ちゃんは最強だ。人間の中では、な!」
凄まじい速さで突き出されるナイフが小麦の頬に薄く触れ、わずかに血が滲む。
が、小麦はそのまま赤マントの腕を取り、乱暴に放り投げた。
受け身も取れず、壁に叩きつけられる赤マント。
「人間とかロアとか、そんなの関係ない。全部ひっくるめて、あたしが最強なのよ」
「ケケケ、痛ェ痛ェ。しかし・・・」
よろけるのも一瞬のこと。
赤マントは即座に小麦に向かって突進する。
「持久戦になれば、俺様の勝ちだろォ?」
まるで闇雲にナイフを振るう。
ひとつひとつをかわすのは、今の小麦なら造作もないだろう。
しかし、確かに持久戦勝負となると不利だ。
小麦の体力は無限じゃない。だけど、ロアの体力はほぼ無限なのだ。
少なくとも、これまでに体力切れを起こしたロアなんて見たことない。
さて――それじゃあ取り敢えず、ここらで種を撒こうかな。
「おい、赤マント」
「ああん?ニイちゃんは戦闘要員じゃねぇんだろ?すっこんでな!」
「その1――赤マントは、廃墟で人を殺す」
「・・・・・・何だと?」
ぴくり、と赤マントが反応した。
小麦に対する警戒は解かないまま、視線だけ僕へと向ける。
「人気もなく、近場。お前とバトるには、ここが最適だったんだ」
「ハッ。だから、何だってンだ」
「その2――赤マントは、ナイフで人を殺す」
「・・・テメェ」
今度は、明らかに動揺の色が混じった。
「小麦、だからコイツの攻撃はナイフだけに気を付ければ良い」
了解、、
小麦は素直に頷いた。
今回は、僕を立ててくれるつもりらしい。空気の読める子は、好きだな。
「はん。何を言ってやがる。俺様って結構足癖も悪いんだゼェ?」
「ハッタリだ、無視していいぞ」
了解、、
再び素直に頷く小麦。
赤マントは、もはや苛立ちを隠そうともしない。
「テメェら、サイコーにゴキゲンじゃねえか!どんだけナカヨシなんだよ!?」
体ごと、僕の方へと向き直る。
その隙を、小麦が見逃すはずがなかった。
ズン、と一際重い、背後からの一撃。背中が関節とは逆に折れ曲がる。
慌てて飛び退くも、そこに更なる追撃。
再び入口側へと弾き飛ばされ、歪んだ扉に叩きつけられる。
「あああ!畜生、ムカつくなァ!ムカつくぜェ!」
跳ねるように、扉を蹴って小麦へと一直線に向かってくる。
真っすぐに伸びたナイフを、小麦はいとも容易く手刀で弾いた。
「これで、オマエは何もできないってわけね?」
「・・・こ、このヤロォ・・・ッ!」
小麦はニヤリと笑う。
赤マントは――もうなす術もない。
カァン!と、金属音が響いた。小麦の右ストレートが、仮面に直撃したのだ。
床に仰向けに倒れこむ赤マント。
その仮面には、小さくヒビが入っていた。
よし、もう少しだ。
――赤マントは尚も立ち上がる。いや、跳ね起きるという方が正確だろうか。
そして、次の瞬間、僕の視界から消えた。

「だったら、これでどうだい。嬢ちゃん」

背後から聞こえる声。
ガバッと両手で抱えられるようにして、僕の自由は奪われた。
「近づくんじゃねえぞ」
「はん、アンタ――ナイフがなきゃ、何もできないんでしょ?」
「ナイフが1本とは限らねえだろ?」
ごそごそと懐からもう一本のナイフを取り出し、僕の首にあてがう。
予備、か。
まあ、ありえる話である。
「うわ、汚ッ!」
小麦が嫌悪感たっぷりに吐き捨てた。
「お前らに言われたかァねえよ!どっちが汚ェんだっつー話だ!」
・・・ごもっともである。
これに関しては、実質2対1で闘おうとした僕らに非があるだろう。
「人質の方が汚いのー!」
しかし、小麦にはそんな理屈が通用するはずもなかった。
「うわぁ、スゲエ子供がいる・・・ニイちゃんも大変だなぁオイ」
どうしよう。ロアに同情されたのは初めてだ。
「まぁ、何にしても。卑怯上等、これで俺様の勝ちってワケだ」
ヒャハハ!と耳元で奇声を上げる。
それ、耳が凄く痛いんでヤメてもらえませんかね。
「くっそー・・・」
迂闊に手が出せない状況になり、苦い顔の小麦。
「さて、俺様はここからどうするでしょう?」
「ハル君を殺されたくなかったら動くな、とでも言うつもり?」
「ハズレ。何で俺様がそんな要求しなきゃなんねーんだよ」
くっくっく、と今度は押し殺すような笑い声。
「今、サクッと殺しちゃった方が楽だよなァ。どう考えても!」
「なっ!」
そう、赤マントとしては、僕さえいなくなれば従来通りに闘える。
そして、持久戦に持ち込むにはそれで十全なのだ。
だったら、ここで僕を生かしておく道理はない。
「じゃ、ニイちゃん。悪ィけど死んでくれ」
「やめろォォォ!」
小麦の絶叫。
――心配すんなよ、小麦。

「『青マント、、、、身に付けた、、、、、』」

僕が呟いたその呪文キーワードに、赤マントの動きが止まる。
そして、僕を抑え込んでいた腕から力が抜け、カタカタと震え始めた。
僕はゆっくり余裕を持ってそこから抜け出し、小麦の方へと歩み寄る。
「だから、大丈夫だって言っただろ?」
キョトンとした小麦に、そう言ってやった。
「・・・な、何したの?ハル君」
「その3――赤マントに襲われたら『青マント身に付けた』という言葉で逃れられる」
振り返り、赤マントに向けて宣言する。

「以上3つ、僕が改変した赤マントの噂だ」

「て、ててテメェ・・・一体、ナニモンだ!?」
「僕は・・・ただの語り部、さ」
「じょ、冗談じゃ、ねェよ。聞いてねえぞマジで。俺様を、か、改変だと・・・?」
「別に不可能なことじゃないだろ」
「可能とか不可能とか、それ以前だっつーの。俺様は、赤マント・・・伝説レジェンドだぞ?」
「ロアには変わりないだろ。どれだけ有名な噂でも、局所的な流行の差異はあるさ。
 そして、ロアは少なからずその影響を受けるわけだ。
 だったら、この辺で流れる赤マントの噂に足して、、、やればいい」
「軽々しく、言いやがって・・・それを実行したってのか、こんな短期間で」
匣詰一理パンデミックにできたんだ。僕にもできるさ」
殺害場所を制限して。
殺害方法を指定して。
弱点を、設定した。
「あ、そうそう、番外――赤マントは、男女二人組を襲う。出現条件の整理だな」
合計4点の改変。
これだけの噂を広めるのに、10日かかったというわけだ。
匣詰一理だったら、もっと早くできたのだろうか?
だけどまぁ、今回は初めてのことだったし、こんなもんかな。
「ちなみに、最後の呪文キーワードは久我さん風にしてみた」
一応、弔い合戦のつもりだったのだ。
「さっすがハル君。かっけーッス」
ぐっ!と親指を立てて、満面の笑顔を見せる小麦。
「じゃ、最強美少女小麦サン。トドメをどーぞ」
「了解」
ぐるんぐるんぐるんぐるん――と、豪快に右腕を振り回す。
「トドメは、やっぱ派手にいかなきゃだよね、ハル君」
「ああ、ヒーローの鉄則だからな」
「じゃあ、行っくよ――」

「――炎舞、、っ!」

回転速度を増す右拳に、薄らと炎が灯る。
それは――未来の小麦が使った技。
小麦が、いずれ使えるようになるであろう技。
その「いずれ」が、今だったというわけだ。
未だ動きの鈍い赤マントに、その攻撃が避けられるはずもなかった。
――パキィッ!
無機質な音を立てて、仮面は粉々に砕け散った。
仮面の下には噂を流した張本人の顔があるはずなのだが、何だかうまく認識できなかった。
はっきりと見えているはずなのに、脳が拒否しているかのような。
男のような気もする。
女のような気もする。
子供のような気もする。
老人のような気もする。
それら全てが、入り混じったもののような気もする。
多分、あまりにも巨大すぎる噂は、出元も分からなくなってしまうということなのだろう。
跡形もなく消え去ってしまうまで、その顔には霞がかかったままだった。

でも、それで良かったような気もする。
最強のロア・赤マント。
それを生み出したのが誰かなんて、知ってしまうのも興醒めだ。
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柊虎春にできること:5

2010-03-04 23:07:01 | 小説――「RUMOR」
怪人赤マント。
その知名度の高さとは裏腹に、実体は曖昧だ。
これまでの噂のような、確かな出現手順も分かっていない。
人を殺し返り血を浴びたからマントが赤いとも言われているが、それも定かでない。
何もかも、不明で不定で不確実だった。
ただ――その強さは推して知ることができよう。
語られることが多い、いわば流行りの噂ほどその力が強くなるのは以前にも述べた通り。
そもそも実体が曖昧というのは、噂の規模が大きすぎてバリエーションが多いということだ。
加えて、赤マントをモチーフにした噂では、たいてい人が殺される。
それも八つ裂きになったり失血死したり、かなり残酷な死に様だ。
つまり、暴力に特化した噂と言えるだろう。
最強、、
人々の想像が膨らみ畏怖の対象にまでなった、まさに誇大妄想レジェンドである。
奇しくも、久我さんは自身のロアを最強と言ったばかりだった。
しかし、その自信はあっけなく打ち砕かれたということになる。
ロアと生身の人間では、いくら彼女が語り部であるとはいえ比べようもないが。
何にせよ、史上最強と言って差し支えない敵である。
僕は、動く。
僕にできる全てのことを、手抜かりなく、できる限り迅速に。

「じゃあ、しばらくはあたしひとりで下校した方が良いのかな」
放課後の部室、小麦は僕に確認するようにそう訊ねた。
「いや、小麦ひとりだと危なっかしいから、僕も一緒にいるよ。これまで通りでいこう」
「んー、でも、赤マントの野郎はひとりの時しか現れねェんだろ?」
同じく、部室内のパイプ椅子に胡坐をかく伊崎先生。
「そこは、まぁ・・・大丈夫ですよ。多分」
「多分てオマエ。ま、虎春の言うことだから信用はしてるけどよ」
言って、煙管を咥えて大きく息を吸い込んだ。
「ただ、どうしても成功率というか、遭遇率は低いと思う」
今回、明らかな手順がほとんどないのだ。偶然に頼るところは大きい。
それでも、なるべく可能性を上げる手段を取っているつもりだが。
「それはそうでしょうね。念のため、私もご一緒しましょうか?」
委員長は、心配そうに提案した。
「うーん、僕としては、二人が良いんだよね」
「む、そうですか?では、少し離れた場所から付いて行くのは?」
どうしても同行したいらしかった。
本当に、ありがたい限りだね。
「それならまあ、構わないかな」
「了解です。では、そのように」
不満を漏らすこともなく、委員長は頷く。
「一応、委員長には俺が付いておくよ。その方が安心だろう?」
「あ、じゃあ先生、よろしくお願いします」
「あいよ」
仲間が多いというのは、実に頼もしいことだな――なんてことを今更感じる僕だった。
さて、それでは作戦決行といきますか。
・・・といっても、何度も言うように相手は不確実な存在だ。
すぐに出てきてくれるとは限らない。ある種、持久戦である。
取り敢えず、主な方策は二つ。

・夕方、できるだけ遅くに下校する。
・下校の際は、二人一組とする。

これを、何日も繰り返すだけ。早いうちに出てきてくれれば良いけれど・・・。
しかし、そう遠くない内に現れるだろう確信は、持っていた。
僕だって、無能ではないからね。
・・・多分。

そして3日後、またしても被害が出た。
今度も、ひとりで下校していた女子生徒。
腕に傷を負ったらしいが、幸い命に別状はなく、軽傷らしい。

更に3日後、今度は女子二人で帰っているところに現れた。
声をかけられただけで、二人に怪我はなかった。
明らかに異常な、赤いマントを羽織った男に声をかけられたという。

更に更に次の日。
今度は、男女二人で下校しているところに出現。
こちらも声かけだけで、怪我はなかったとのことだった。

これを受けて学校は、複数人――できれば三人以上での下校を推奨するようになった。
本当に今回は学校側の動きが早い。それだけ被害が現実的だということだ。
・・・しかしこれは、概ね僕の想定通りの展開と言える。
さあ、そろそろ来るんじゃないかね。
だけど、焦るな。
焦れば怒る。怒れば鈍る。鈍れば――仕留め損なうぞ。
そして、久我さんが殺されてから丁度10日後。

「よう――そこの少年少女」

それは唐突に、僕らの前に、現れた。

「ちょっくら、死んでくれねーかな」

ヒャッハハハハァァーーーッ!
けたたましい奇声が、人気のない住宅街に響き渡る。
それを聞いた小麦は、僕の反応速度をはるかに超えた素早さで目の前に立ちはだかった。
十字路の陰から飛び出したロアは、僕らの頭上を飛び越え、背後に回る。
「ンンン~、スゲェなオイ。そこの嬢ちゃん。お前マジハンパねェ」
にやにやと笑う男。
頭にはシルクハットをかぶり、赤いマントを羽織っている。
赤マント、、、、
よく見れば、その気味の悪い笑顔は仮面である。
ロアが付ける仮面の表情は結構ランダムなのだが、最近妙に笑顔率が高いな。
とはいえ、こんな不気味な、人を馬鹿にしたような顔は初めて見るが。
「・・・アンタ、やる気ないでしょ?」
小麦が、イラついた声で赤マントに向けて言い放った。
「ナメてんの?それとも、攻撃もできないの?」
「デキるけどヤんねぇの。気分だよ、気分。分かるゥ?」
「それが、ナメてるって言ってんのよッ!」
赤マントへ向けてステップインからの回し蹴り。
鋭い攻撃――しかし小麦の脚は空を切る。
瞬間移動のようなバックステップにより、かわされていたのだ。
「ヒュウゥ、あっぶねー!お前、殺す気マンマンだろ。いいねいいねェ、ヒャハ!」
左右に素早くステップを刻みながら、尚も余裕の赤マント。
さすがは最強、といったところか。
「お前が、赤マントだな?」
余裕を見せている今のうちに、僕は確認を取る。
「オゥイエス!いかにも、俺様が怪人赤マントだぜ!ヨロシクな!」
シルクハットを脱いで、恭しく一礼。
何というふざけたキャラだろう。テンションが高すぎてついていけない。
「お前は、夕月明とはどういう関係だ?」
「あー、あのニイちゃんか。何だろうね、オトモダチってカンジ?」
「主従関係だったりはしないよな?」
「主従関係ィ?ヤメてくれよ気持ち悪ィな!男と主従関係とかガチホモかっつーの!」
ケケケ、と耳障りな声で笑う。
なるほど、そこまで密な関係ではないということか。
この赤マントは、あくまでも――既存の噂に過ぎないということだ。
だったら、勝ち目はあるな。
僕は、小麦に小さく耳打ちする。
「小麦。逃げるぞ」
「はぁ!?」
「大丈夫」
「だって、副会長の仇――」
僕が、、大丈夫だと、、、、、言ってるんだ、、、、、、
「――うん」
その一言で納得したらしく、小麦はカチリとモードを切り替えた。
「学校の廃倉庫」
「おっけー」
頷きあって、僕らは同時に走り出す。
「お、お?何ナニ?お前ら何逃げてんの!?」
案の定、赤マントは一瞬戸惑うものの僕らを追ってきた。
さて、足の速い小麦はともかく、僕は上手く逃げれるだろうか?
「ヒャハハハ!待て待てェ!」
しばらく走って振り返ると、赤マントはまだかなり後方にいた。
――よし。
先ほど確認した赤マントの運動能力からして、僕に追いつけないはずがない。
なのに、追いつこうとしていない。
これは赤マントの意図であり、本人としては遊んでいるつもりなのだろう。
僕は思わず笑みをこぼす。
「・・・大丈夫?ハル君」
そんな僕に、何やら心配そうな顔で小麦が聞いてきた。
いや、恐怖でおかしくなったとかじゃないですから。

体育館裏の今は使われていない元体育倉庫。
扉を開け、僕らは中へ飛び込んだ。
――あ、やべ。息できねえ。
結構な距離を走って、僕はすっかり息が上がっていた。
隣の小麦は、全然平気な模様。ええい化物め。
僕は、懸命に息を整えながらもぐるりと倉庫内を見回す。
それなりに広い室内は相当に埃っぽく、しかしまずまずの広さだ。
具体的には、小麦が多少暴れても大丈夫なくらい。
木造で、壁は今にも崩れそうだし窓ガラスもところどころ割れている。
もしかしたら雨漏りもするかもしれない。
だがしかし、取り敢えずはこれでいい。十分だ。
「見ィつけたァッ!ヒャハハハハ!鬼ゴッコはもう終わりかオイ?」
甲高い笑い声と共に、赤マント、登場。
「ハル君、アレ、やっつけちゃっていいの?」
僕は無言で頷く。まだ喋れる状態じゃなかった。情けねー。
「ほー、嬢ちゃん、俺様をヤるつもりだな?いいねいいねェ!」
「副会長の仇、ここで取ってやる」
「副会長?仇?ナニ、俺様にオトモダチが殺されたのかい?」
「ふん、アンタどーせ覚えてないでしょう?久我描って娘のこと」
「ん?エガク?」
くい?くい?と疑問顔でしきりに首を捻る赤マント。
やがて、何かを思い出したように、
「あー、アレか。夕月のニイちゃんのペットの」
・・・・・・ペットて。
いやまぁ、合ってるけども。
「あの嬢ちゃんなー、ぶっちゃけあんま殺したくなかったんだけどよォ」
「・・・どういうことよ?」
「いやね、どうしても殺して欲しいって言われたもんでさ。仕方なく」
殺して欲しい。
それは、匣詰一理の「背中を押した」人物。
匣詰一理を使って赤マントを具現化させ、久我描を殺させた人物。
僕は、一瞬にして犯人の顔を思い描くことができた。

「あのニイちゃんも、大概ヘンタイだよな。自分のペット殺して欲しいってよォ」

「――オマエ、もう黙れ」
低い声でそう言って、小麦が消えた。
衝撃音。
赤マントはもの凄い勢いで後方へ吹き飛び、そのまま鉄製の扉に激突した。
倉庫全体が揺らぐ。
「ヒャハッ!いいィィィ蹴りだ、嬢ちゃん」
瞬時に体勢を立て直し、こともなげに言ってのける赤マント。
「俺様じゃなかったら、イッパツで死んでたぜェ、オイ。ヒャハハハ!」
「黙れって、言ってるでしょ」
もう一発、今度はボディに拳を打ち込んだ。
衝撃で、扉に赤マントの体がめり込む。
連打。
連打。
乱打。
背後の扉は歪み、ひしゃげ、もはや使い物にならないレベルになっていた。
そして顔面に、とどめの一撃。
カツン、という仮面特有の金属音――。
しかし、赤マントのそれにはヒビひとつ入っていなかった。
次の瞬間、小麦は何かを察知したのか慌てて距離を取る。
「オエェッ。今のは、結構キたぜ・・・嬢ちゃん」
ゆらり、ゆらりと・・・赤マントは忍び寄る。
覚束ない足取りは、少しずつ軽くなり、やがて軽やかなステップとなった。
「んじゃ、そろそろ俺様も本気出しちゃおっかナ――ッと。シャキーン!」
言って、懐から鋭く光る得物を取りだした。
「・・・ナイフ、ね。ベタな武器持ち出しちゃって」
「まァそう言うなよ。シンプルイズベストって言うだろ?」
ひょいひょい、とジャグリングでもするようにナイフを玩ぶ。
「ふふん。そんなもんでこの最強美少女小麦ちゃんに勝てると思わないでよね」
「おお、そいつァ奇遇だな。俺様も、自称最強ってヤツでね――」
パシッ、と右手でナイフを掴み、小麦に狙いを定める。
「ンじゃ、最強のタイトルマッチ、おっぱじめっかァ!ヒャッハハハハハァ!」
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