一夜明けて、翌日の放課後、部室にて。
僕は何故か、床に直で正座させられている。
冬の部室は寒く、その床となるともう氷なんじゃないかと思うくらいの冷たさだ。
ただでさえ床に正座は難易度が高いというのに。
「何でこんなことに・・・」
一体どんなプレイだと言うのか。
「・・・何でだと思いますか?」
嫌な笑顔の委員長。
「サッパリ分かりません」
僕は正直に答える。
床に正座、そしてそれを見下ろす委員長。
このシチュエーションに、僕は久我さんを思い出していた。
・・・ごめん久我さん。これが気持ちいいっていう心情は、一生理解できそうにないや。
「柊君。貴方はちょっと自己犠牲が過ぎます。自ら進んでロアそのものになるなんて・・・。
これはもう正気の沙汰じゃありません。しかも、その手助けをよりによって私にさせましたね?
正直に全てを話したならまだしも、『ロアになる』なんて重要なことを隠したままで。
これが、許さずにいられましょうか!ああ、腹立たしい!憎らしい!ムッカつくううう!」
きいい!と奇声を上げる委員長。
「委員長、あんま興奮すると傷に障るぞ?」
「誰のせいですか!誰の!」
うへえ、こんな取り乱した委員長は初めて見るぜ・・・。
しかし、何だ。
やっぱりどう考えても僕が悪いみたいだし。
このくらいのことは仕方ないのだろう。
「うん・・・心配かけて、ごめん」
素直に謝ってみた。
「ふん、謝ったって、許せることではありません」
駄目だった。
これはもう、しばらく時間を置くしかないのかなぁ。
「まぁまぁ、いいんちょさん」
そこに助け舟を出したのは、意外なことに小麦だった。
「別に――いいんじゃないかな。ロアでも、人間でも、さ」
「何をのんきなことを・・・神荻さん、事態の深刻さが分かってないのですか?」
「ロアになっても、ハル君はハル君でしょ。何か困ることある?」
「だから、先生が言っていたじゃないですか。いつ消えても不思議じゃないと」
「それって、ハル君の噂が消えた時のことでしょ?だったら――」
そして、小麦はいつものように。
満面の笑みで言ってのけるのだった。
「あたしたちが、その噂を消さなきゃいいだけだよ」
学校を出ると、昼から降りだした雪はすっかり止んでいた。
積もってもおらず、わずかにアスファルトが濡れている程度だ。
雲の切れ間から夕日が差している。
実に平和な情景の中、僕と小麦は帰路に着く。
――あの後。
夕月は二度と小麦の前に姿を現さないと誓い、夜の闇へと消え去っていった。
結局、あいつは――小麦が心配だったのだろう。
遠野輪廻の娘である小麦のことが。
・・・そう言うと何だかいい人みたいで寒気がする。
どんな裏があろうと、あいつが最悪であることは変りない。
だから僕は、決してあいつを許さないし賛美することもしない。
二度と会いたいくもないという気持ちでいっぱいだ。
ともあれ、それも無事終わって。
僕は久しぶりに、地味な調査をしたり策を弄したりする必要がなくなった。
しばらくはロアと関わりたくもないぜ。
「そういえばハル君、今度からは二人一緒に闘えるね!」
・・・などと考えているそばから、隣を歩くバトルマニアが嬉しそうに言う。
何だお前は。少年漫画の主人公か何かなのか。
いずれ世界を救ったりする気なのか。
「嫌だよ、僕は直接闘ったりするのは嫌いなんだ」
「えー。だってハル君、あたしより強いんでしょ?」
「それは、まぁ・・・そういう設定ではあるけど」
「だったら、闘ってそれを証明し続けなきゃ。噂が消えちゃうよ?」
「・・・・・・」
一理あるな・・・。
小麦のくせに。小麦のくせに――!
それに、僕のロアとしての能力はまだ安定していない。
遠野輪廻と闘った時も、実は時間的にギリギリだったのだ。
あれ以上長引いていれば、僕の体が急速な変化に耐えられなかったかも知れない。
だから、そういう意味においても経験を積むに越したことはないと言える。
「・・・はいはい、考えとくよー」
僕は半ばヤケに答えた。
「やった!」
ああ、これで僕も人外バトルに参戦決定というわけか。
どんどん理想の自分から遠ざかって行く気がする。
そもそも、遠野輪廻と直接闘うハメになった時点でアウトだ。
僕はあくまでも参謀に徹するつもりだったんだけどなぁ。
未熟だからと言えばそれまでなんだけれども。
この点だけは、多分これからもずっと引きずることになりそうだった。
「ハル君っ」
不意に、小麦は楽しそうに僕の名を呼んで。
ぎゅっと僕の手を握ってきた。
「小麦・・・」
この程度で動じる僕ではない!
・・・と言いたいところだが、正直少しドキっとした。
「これからも、よろしくね!」
「・・・ああ、よろしく」
言って、僕は眩しい夕日に目を細めた。
――明日は暖かい日になりそうだ。
脅威は去って、悪夢は終わって。
ひとつの物語は幕を閉じる。
誰もが知っている、ありふれた物語。
そして、誰も知らない、意味不明な物語。
だけど。
道はまだまだ、果てしなく。
僕らは肩を並べて歩く。
嘘のような、本当の物語。
有り得ない、矛盾だらけの物語。
これからも続いていく――小麦と、僕と、都市伝説の物語。
僕は何故か、床に直で正座させられている。
冬の部室は寒く、その床となるともう氷なんじゃないかと思うくらいの冷たさだ。
ただでさえ床に正座は難易度が高いというのに。
「何でこんなことに・・・」
一体どんなプレイだと言うのか。
「・・・何でだと思いますか?」
嫌な笑顔の委員長。
「サッパリ分かりません」
僕は正直に答える。
床に正座、そしてそれを見下ろす委員長。
このシチュエーションに、僕は久我さんを思い出していた。
・・・ごめん久我さん。これが気持ちいいっていう心情は、一生理解できそうにないや。
「柊君。貴方はちょっと自己犠牲が過ぎます。自ら進んでロアそのものになるなんて・・・。
これはもう正気の沙汰じゃありません。しかも、その手助けをよりによって私にさせましたね?
正直に全てを話したならまだしも、『ロアになる』なんて重要なことを隠したままで。
これが、許さずにいられましょうか!ああ、腹立たしい!憎らしい!ムッカつくううう!」
きいい!と奇声を上げる委員長。
「委員長、あんま興奮すると傷に障るぞ?」
「誰のせいですか!誰の!」
うへえ、こんな取り乱した委員長は初めて見るぜ・・・。
しかし、何だ。
やっぱりどう考えても僕が悪いみたいだし。
このくらいのことは仕方ないのだろう。
「うん・・・心配かけて、ごめん」
素直に謝ってみた。
「ふん、謝ったって、許せることではありません」
駄目だった。
これはもう、しばらく時間を置くしかないのかなぁ。
「まぁまぁ、いいんちょさん」
そこに助け舟を出したのは、意外なことに小麦だった。
「別に――いいんじゃないかな。ロアでも、人間でも、さ」
「何をのんきなことを・・・神荻さん、事態の深刻さが分かってないのですか?」
「ロアになっても、ハル君はハル君でしょ。何か困ることある?」
「だから、先生が言っていたじゃないですか。いつ消えても不思議じゃないと」
「それって、ハル君の噂が消えた時のことでしょ?だったら――」
そして、小麦はいつものように。
満面の笑みで言ってのけるのだった。
「あたしたちが、その噂を消さなきゃいいだけだよ」
学校を出ると、昼から降りだした雪はすっかり止んでいた。
積もってもおらず、わずかにアスファルトが濡れている程度だ。
雲の切れ間から夕日が差している。
実に平和な情景の中、僕と小麦は帰路に着く。
――あの後。
夕月は二度と小麦の前に姿を現さないと誓い、夜の闇へと消え去っていった。
結局、あいつは――小麦が心配だったのだろう。
遠野輪廻の娘である小麦のことが。
・・・そう言うと何だかいい人みたいで寒気がする。
どんな裏があろうと、あいつが最悪であることは変りない。
だから僕は、決してあいつを許さないし賛美することもしない。
二度と会いたいくもないという気持ちでいっぱいだ。
ともあれ、それも無事終わって。
僕は久しぶりに、地味な調査をしたり策を弄したりする必要がなくなった。
しばらくはロアと関わりたくもないぜ。
「そういえばハル君、今度からは二人一緒に闘えるね!」
・・・などと考えているそばから、隣を歩くバトルマニアが嬉しそうに言う。
何だお前は。少年漫画の主人公か何かなのか。
いずれ世界を救ったりする気なのか。
「嫌だよ、僕は直接闘ったりするのは嫌いなんだ」
「えー。だってハル君、あたしより強いんでしょ?」
「それは、まぁ・・・そういう設定ではあるけど」
「だったら、闘ってそれを証明し続けなきゃ。噂が消えちゃうよ?」
「・・・・・・」
一理あるな・・・。
小麦のくせに。小麦のくせに――!
それに、僕のロアとしての能力はまだ安定していない。
遠野輪廻と闘った時も、実は時間的にギリギリだったのだ。
あれ以上長引いていれば、僕の体が急速な変化に耐えられなかったかも知れない。
だから、そういう意味においても経験を積むに越したことはないと言える。
「・・・はいはい、考えとくよー」
僕は半ばヤケに答えた。
「やった!」
ああ、これで僕も人外バトルに参戦決定というわけか。
どんどん理想の自分から遠ざかって行く気がする。
そもそも、遠野輪廻と直接闘うハメになった時点でアウトだ。
僕はあくまでも参謀に徹するつもりだったんだけどなぁ。
未熟だからと言えばそれまでなんだけれども。
この点だけは、多分これからもずっと引きずることになりそうだった。
「ハル君っ」
不意に、小麦は楽しそうに僕の名を呼んで。
ぎゅっと僕の手を握ってきた。
「小麦・・・」
この程度で動じる僕ではない!
・・・と言いたいところだが、正直少しドキっとした。
「これからも、よろしくね!」
「・・・ああ、よろしく」
言って、僕は眩しい夕日に目を細めた。
――明日は暖かい日になりそうだ。
脅威は去って、悪夢は終わって。
ひとつの物語は幕を閉じる。
誰もが知っている、ありふれた物語。
そして、誰も知らない、意味不明な物語。
だけど。
道はまだまだ、果てしなく。
僕らは肩を並べて歩く。
嘘のような、本当の物語。
有り得ない、矛盾だらけの物語。
これからも続いていく――小麦と、僕と、都市伝説の物語。