小麦、委員長、伊崎先生の3人が、一瞬だけ視線を合わせる。
そのわずかなコンタクトだけで、息を合わせて遠野輪廻へと突撃。
「夕月!」
僕は、その後ろに隠れるように立つ男へと声をかける。
「3対1が卑怯とか言わねえよな?」
「言うよ。卑怯じゃないか」
「は、うるせえ。勝てばいいんだ」
「ふふふ、ごもっとも」
などと、どちらが悪者なのか分からない会話。
まぁ、元より善人のつもりなどないのだけど。
小麦の拳をいなし、委員長の剃刀を紙一重でかわし、先生の煙管を手刀で打ち落とす。
遠野輪廻の動きはやはり異常だった。
しかし、勝負はまだまだ始まったばかりだ。
「二人とも、引いてくださいっ!」
最初に行動を起こしたのは、やはり委員長。
彼女の持ち味は、小麦すら凌駕するスピードである。
軽快なフットワークで左右から流れるように斬りかかる。
正直、僕には分身と変わらないレベルに見えた。
つまり、左右二択ではなく、左右同時攻撃。
もはや、目で追える領域を逸脱している。
「――風舞」
これに対し、瞬間移動スキルで回避する遠野輪廻。
出現地点は、委員長から見て奥。わずかにバックしたことになる。
「まだまだですっ!」
それを確認すらせず、委員長が追撃する。
そう、委員長には敵の行動が簡単に予測できたのだ。
左右同時攻撃は、両手を犠牲にしたガード、または回避の2択を迫るもの。
そして、回避の場合――出現地点は今遠野輪廻が現れた、その場所しか有り得ない。
なぜなら、委員長の後方には小麦と先生が控えているのだから。
故に委員長は迷わず次の一歩を踏み出し――今度は剃刀をガードさせることに成功する。
勿論、委員長の刃を完全に防ぎきることなど不可能だ。
ざっくりと切れる腕。一瞬遅れて、血飛沫の花が咲いた。
「――ほう」
感心したような夕月の声。
「輪廻が出血するとは。生徒会長殿はかなり特殊な攻撃ができると見える」
やはりロアが血を流すことは珍しい現象らしい。
「ビビッてんなよ、化物」
流血に怯む遠野輪廻の懐に、すかさず先生が潜り込む。
「――俺は接近戦が得意でね」
煙管を咥えた先生が、何を血迷ったか素手でボディブローを打ち込む。
「先生!?」
そんなことをすれば、やられるのは手の方だ!
しかし。
わずかではあるが、足が浮くほどの衝撃を与えているではないか。
「はん、いらん心配だぜ、虎春」
不敵な言葉。
そんな!素手で――何故?
「なるほど、ドーピングアイテムか」
「ドーピング?」
夕月の声に、思わず聞き返す。
「その煙管、なかなか厄介だな。恐らく吸うことで一時的に能力を跳ね上げるものだろう。
――名付けて『活性の煙管』というのはいかがでしょう、先生?」
「ヒトの武器に勝手な名前付けんなゴルァ!」
夕月の中二行動にキレる先生。そりゃそうだ。
――しかし、なるほどそういうことか。
でも、そうなると煙管で殴りかかった最初の一撃は?
あれを見て僕はてっきり直接攻撃用の武器だと思っていたのだが。
要するに・・・僕まで騙されていたというわけか。
「まだまだァ!」
煙管の力を上乗せしたパワーでボディを激しく連打する。
その衝撃に、遠野輪廻の体躯が、今度は明らかに浮く。
何という腕力。
「おッッッらァァァ!」
そしてシメの蹴り上げ。黒い影が大きく宙を舞った。
今だ――!
「準備万端っ!いっくよ――炎舞:香車ィ!」
後方で両手に炎を溜めた小麦が、槍を撃ち出す!
遠野輪廻にできることは、小麦にだってできるのだ。
そして、その方向――遠野輪廻のすぐ背後には、夕月明。
これはかわせない。かわせば攻撃を喰らうのは夕月だ。
遠野輪廻は、瞬間移動することなくその炎の槍を両手で受け止める。
が、手だけで受け止めることができるわけもなく。
槍は深々と腹に突き刺さる!
「よし、入った!」
思わず拳を握り叫んでしまった。
しかし敵も只者ではない。
槍が刺さった状態でも見事体勢を立て直し、夕月へ攻撃が通ることは完全に防いでしまった。
となると、問題は――超回復能力。
ここで畳み掛けなくては、折角の3人の連撃が無駄になってしまう。
腹に刺さった炎の槍はその役目を終え、霧消する。
いけない、早くとどめを――否!
「待て、止まれェェェ!」
僕は全力で叫んだ。
その言語に驚くように、追撃態勢に入った3人の挙動が止まる。
「な――何でよハル君!?今とどめ刺さないと――」
僕を振り返り抗議する小麦。
「危ない、引くんだ!」
そして、僕の悪い予感は見事に当たる。
「――炎舞:桂馬」
漆黒の巫女が、右腕に炎を灯して前方を薙ぐ。
当然ノックバックした今の位置からの攻撃など届かないはずだが。
――轟!
熱風とそれに伴う爆音。
静止した3人の目の前を、炎のカーテンが真横にかすめて行った。
「な――!」
何だ、今のは!?
僕の疑問に答えるのは、饒舌なペテン師。
「炎舞:桂馬。輪廻の中距離攻撃だ」
玩具を自慢する子供のような、誇らしげな声音。
今のは・・・かなり危なかった。
追撃の寸前に嫌らしく笑う夕月が見えてなければ、3人を止めることなどなかっただろう。
そうなれば・・・今の炎に、全員焼かれていた。
これはまずい。危険だ。
「近距離の通常炎舞、中距離の桂馬、遠距離の香車、ってことか」
「さすが虎春君、よく気付いたね。じゃあ」
間髪入れず、黒巫女はダッシュで距離を縮める。
「次の展開も、読めるだろう?」
彼女がぬるりと忍び寄ったのは、比較的密集してしまった3人のおよそ中心。
――ヤバい!
「みんな!散れッ!」
予感に従い、絶叫。
しかし今度は、みんなが僕の声に反応するより早く。
「――炎舞:玉将」
遠野輪廻を中心に、炎の渦が巻き上がる!
紅い渦は柱となって、小麦を、委員長を、先生を、拒絶するように跳ね飛ばした。
「全方位攻撃の炎舞:玉将。どうだい、見事だろう?」
近距離攻撃。中距離攻撃。遠距離攻撃。全方位攻撃。
――言われてみれば。
理想を語れば。
これだけの手駒は欲しいところだ。
だから、本来ならばこの展開は読めていなければならなかった。
「だからって、本当に全部できるとか・・・有り得ねえだろ」
愚痴るようにこぼす。
誰にも聞こえない程度に。
弾き飛ばされた3人は、よろよろと起き上がっているところだ。
良かった。致命傷にはなっていないらしい。
「みんな、無事か!?」
3人に声をかける。
「大丈夫っ、これくらい何ともないよ!」
と小麦。明らかに一番元気そうだ。
「ッてェな畜生・・・うお、髪燃えてる!」
先生も何とか無事。しかし衣服がだいぶ燃えてボロボロだ。
「・・・くぅッ・・・」
そして、一度立ち上がりながらもよろめく委員長。
慌てて彼女のもとへ駆け寄る。
「委員長っ!」
ふらり、と倒れる委員長を、間一髪抱きとめた。
どうやら彼女のダメージが最も深刻らしい。
「柊君・・・ごめんなさい」
「大丈夫、動くな!」
委員長を抱え、邪魔にならないよう戦線から離脱する。
衣服のみならず、腕や足も明らかに焼け爛れている。
これほどまでの高熱なのか――。
「ふっ・・・防御に力を割かなかった報い、でしょうか」
自嘲するように、そんなことを言う。
小麦は全能力がチート級、且つ超回復能力がある。
先生はドーピングで力を底上げしている。
無防備だったのは・・・委員長だけだったというわけか。
「仕方ねえよ、とにかく今は引くんだ」
「・・・クッ。そうですね、この手足では、足手まといにしか・・・」
思い通りに動かないであろう手足に涙を浮かべ、唇を噛む。
彼女は――最も、久我さんと縁があったから。
この闘いにかける意気込みも並々ならぬものがあったのだろう。
でも、大丈夫だ。
「あとは二人が――何とかしてくれるから」
黙ったまま、委員長は頷いた。
とにかく、いつまでも彼女を抱えているわけにもいかない。
距離を置いた安全な場所に座らせる。
戦況は――?
僕は改めて状態を確認する。
幸い、僕と委員長をかばうように二人が立ち塞がっており、睨み合いになっているらしい。
次は、どう動く?
この闘いを一歩引いて俯瞰できるのは僕だけなのだ。
ここで的確な指示を出すことが、今の僕にできること。
これまでのやりとりは、僕のミス。負けだ。
相手のカードが、こちらの予想以上にキレていた。
もうこれ以上ヘタは打てない。
これ以上無駄にみんなを傷つけるわけにはいかない。
責任は重大。
素早く、深く、抜かりなく――考えろ。
そのわずかなコンタクトだけで、息を合わせて遠野輪廻へと突撃。
「夕月!」
僕は、その後ろに隠れるように立つ男へと声をかける。
「3対1が卑怯とか言わねえよな?」
「言うよ。卑怯じゃないか」
「は、うるせえ。勝てばいいんだ」
「ふふふ、ごもっとも」
などと、どちらが悪者なのか分からない会話。
まぁ、元より善人のつもりなどないのだけど。
小麦の拳をいなし、委員長の剃刀を紙一重でかわし、先生の煙管を手刀で打ち落とす。
遠野輪廻の動きはやはり異常だった。
しかし、勝負はまだまだ始まったばかりだ。
「二人とも、引いてくださいっ!」
最初に行動を起こしたのは、やはり委員長。
彼女の持ち味は、小麦すら凌駕するスピードである。
軽快なフットワークで左右から流れるように斬りかかる。
正直、僕には分身と変わらないレベルに見えた。
つまり、左右二択ではなく、左右同時攻撃。
もはや、目で追える領域を逸脱している。
「――風舞」
これに対し、瞬間移動スキルで回避する遠野輪廻。
出現地点は、委員長から見て奥。わずかにバックしたことになる。
「まだまだですっ!」
それを確認すらせず、委員長が追撃する。
そう、委員長には敵の行動が簡単に予測できたのだ。
左右同時攻撃は、両手を犠牲にしたガード、または回避の2択を迫るもの。
そして、回避の場合――出現地点は今遠野輪廻が現れた、その場所しか有り得ない。
なぜなら、委員長の後方には小麦と先生が控えているのだから。
故に委員長は迷わず次の一歩を踏み出し――今度は剃刀をガードさせることに成功する。
勿論、委員長の刃を完全に防ぎきることなど不可能だ。
ざっくりと切れる腕。一瞬遅れて、血飛沫の花が咲いた。
「――ほう」
感心したような夕月の声。
「輪廻が出血するとは。生徒会長殿はかなり特殊な攻撃ができると見える」
やはりロアが血を流すことは珍しい現象らしい。
「ビビッてんなよ、化物」
流血に怯む遠野輪廻の懐に、すかさず先生が潜り込む。
「――俺は接近戦が得意でね」
煙管を咥えた先生が、何を血迷ったか素手でボディブローを打ち込む。
「先生!?」
そんなことをすれば、やられるのは手の方だ!
しかし。
わずかではあるが、足が浮くほどの衝撃を与えているではないか。
「はん、いらん心配だぜ、虎春」
不敵な言葉。
そんな!素手で――何故?
「なるほど、ドーピングアイテムか」
「ドーピング?」
夕月の声に、思わず聞き返す。
「その煙管、なかなか厄介だな。恐らく吸うことで一時的に能力を跳ね上げるものだろう。
――名付けて『活性の煙管』というのはいかがでしょう、先生?」
「ヒトの武器に勝手な名前付けんなゴルァ!」
夕月の中二行動にキレる先生。そりゃそうだ。
――しかし、なるほどそういうことか。
でも、そうなると煙管で殴りかかった最初の一撃は?
あれを見て僕はてっきり直接攻撃用の武器だと思っていたのだが。
要するに・・・僕まで騙されていたというわけか。
「まだまだァ!」
煙管の力を上乗せしたパワーでボディを激しく連打する。
その衝撃に、遠野輪廻の体躯が、今度は明らかに浮く。
何という腕力。
「おッッッらァァァ!」
そしてシメの蹴り上げ。黒い影が大きく宙を舞った。
今だ――!
「準備万端っ!いっくよ――炎舞:香車ィ!」
後方で両手に炎を溜めた小麦が、槍を撃ち出す!
遠野輪廻にできることは、小麦にだってできるのだ。
そして、その方向――遠野輪廻のすぐ背後には、夕月明。
これはかわせない。かわせば攻撃を喰らうのは夕月だ。
遠野輪廻は、瞬間移動することなくその炎の槍を両手で受け止める。
が、手だけで受け止めることができるわけもなく。
槍は深々と腹に突き刺さる!
「よし、入った!」
思わず拳を握り叫んでしまった。
しかし敵も只者ではない。
槍が刺さった状態でも見事体勢を立て直し、夕月へ攻撃が通ることは完全に防いでしまった。
となると、問題は――超回復能力。
ここで畳み掛けなくては、折角の3人の連撃が無駄になってしまう。
腹に刺さった炎の槍はその役目を終え、霧消する。
いけない、早くとどめを――否!
「待て、止まれェェェ!」
僕は全力で叫んだ。
その言語に驚くように、追撃態勢に入った3人の挙動が止まる。
「な――何でよハル君!?今とどめ刺さないと――」
僕を振り返り抗議する小麦。
「危ない、引くんだ!」
そして、僕の悪い予感は見事に当たる。
「――炎舞:桂馬」
漆黒の巫女が、右腕に炎を灯して前方を薙ぐ。
当然ノックバックした今の位置からの攻撃など届かないはずだが。
――轟!
熱風とそれに伴う爆音。
静止した3人の目の前を、炎のカーテンが真横にかすめて行った。
「な――!」
何だ、今のは!?
僕の疑問に答えるのは、饒舌なペテン師。
「炎舞:桂馬。輪廻の中距離攻撃だ」
玩具を自慢する子供のような、誇らしげな声音。
今のは・・・かなり危なかった。
追撃の寸前に嫌らしく笑う夕月が見えてなければ、3人を止めることなどなかっただろう。
そうなれば・・・今の炎に、全員焼かれていた。
これはまずい。危険だ。
「近距離の通常炎舞、中距離の桂馬、遠距離の香車、ってことか」
「さすが虎春君、よく気付いたね。じゃあ」
間髪入れず、黒巫女はダッシュで距離を縮める。
「次の展開も、読めるだろう?」
彼女がぬるりと忍び寄ったのは、比較的密集してしまった3人のおよそ中心。
――ヤバい!
「みんな!散れッ!」
予感に従い、絶叫。
しかし今度は、みんなが僕の声に反応するより早く。
「――炎舞:玉将」
遠野輪廻を中心に、炎の渦が巻き上がる!
紅い渦は柱となって、小麦を、委員長を、先生を、拒絶するように跳ね飛ばした。
「全方位攻撃の炎舞:玉将。どうだい、見事だろう?」
近距離攻撃。中距離攻撃。遠距離攻撃。全方位攻撃。
――言われてみれば。
理想を語れば。
これだけの手駒は欲しいところだ。
だから、本来ならばこの展開は読めていなければならなかった。
「だからって、本当に全部できるとか・・・有り得ねえだろ」
愚痴るようにこぼす。
誰にも聞こえない程度に。
弾き飛ばされた3人は、よろよろと起き上がっているところだ。
良かった。致命傷にはなっていないらしい。
「みんな、無事か!?」
3人に声をかける。
「大丈夫っ、これくらい何ともないよ!」
と小麦。明らかに一番元気そうだ。
「ッてェな畜生・・・うお、髪燃えてる!」
先生も何とか無事。しかし衣服がだいぶ燃えてボロボロだ。
「・・・くぅッ・・・」
そして、一度立ち上がりながらもよろめく委員長。
慌てて彼女のもとへ駆け寄る。
「委員長っ!」
ふらり、と倒れる委員長を、間一髪抱きとめた。
どうやら彼女のダメージが最も深刻らしい。
「柊君・・・ごめんなさい」
「大丈夫、動くな!」
委員長を抱え、邪魔にならないよう戦線から離脱する。
衣服のみならず、腕や足も明らかに焼け爛れている。
これほどまでの高熱なのか――。
「ふっ・・・防御に力を割かなかった報い、でしょうか」
自嘲するように、そんなことを言う。
小麦は全能力がチート級、且つ超回復能力がある。
先生はドーピングで力を底上げしている。
無防備だったのは・・・委員長だけだったというわけか。
「仕方ねえよ、とにかく今は引くんだ」
「・・・クッ。そうですね、この手足では、足手まといにしか・・・」
思い通りに動かないであろう手足に涙を浮かべ、唇を噛む。
彼女は――最も、久我さんと縁があったから。
この闘いにかける意気込みも並々ならぬものがあったのだろう。
でも、大丈夫だ。
「あとは二人が――何とかしてくれるから」
黙ったまま、委員長は頷いた。
とにかく、いつまでも彼女を抱えているわけにもいかない。
距離を置いた安全な場所に座らせる。
戦況は――?
僕は改めて状態を確認する。
幸い、僕と委員長をかばうように二人が立ち塞がっており、睨み合いになっているらしい。
次は、どう動く?
この闘いを一歩引いて俯瞰できるのは僕だけなのだ。
ここで的確な指示を出すことが、今の僕にできること。
これまでのやりとりは、僕のミス。負けだ。
相手のカードが、こちらの予想以上にキレていた。
もうこれ以上ヘタは打てない。
これ以上無駄にみんなを傷つけるわけにはいかない。
責任は重大。
素早く、深く、抜かりなく――考えろ。