和泉の日記。

気が向いたときに、ちょっとだけ。

加害妄想

2024-11-22 15:15:23 | 小説。
例えば、見知らぬ人が子犬の散歩をしているとする。
そばを歩く俺は、それが凄く怖い。

何の凶暴性もない、実に平和な光景のはずなのに。
猛犬でもなければ、ご主人も温和そうな人なのに。

説明をしよう。
子犬は弱い。
非常に脆い、儚い生き物である。
俺はそれを、無性に蹴りたくて仕方ない。
何せ弱点の塊である。
わざわざ頭や目を狙わなくても。
足をちょっと蹴るだけで骨折くらいはするだろう。
ひ弱な俺が、更に弱い存在を加害することができる。
こんなに楽しいことはそうそうない。
だから、子犬を見ると蹴りたくなるのだ。

さて、そこで実際に蹴ってみたら、という話である。
これは今の法律では「器物損壊」に当たるらしい。
要するに、その温和そうなご主人の所有物を壊した罪。
3年以下の懲役または30万円以下の罰金だとか。
こんな弱点丸出しで、いかにも攻撃してくれと言わんばかりの子犬。
それを本当に攻撃したら、30万ものお金を取られるという。

怖い。
何と恐ろしいことだろう。
だから俺は、散歩中の子犬が怖いのだ。

加害してしまったら――そう、加害妄想。
自分より弱いものを見るたび、この恐怖がよぎる。
加害したい、という気持ちを下敷きにして。

「なんて勝手な理論だ」
と非難されるのは分かっている。
しかし、そんな思いが全くないと断言できる人がどれほどいるだろう。
これが国と国なら、間違いなく戦争になるというのに。
善人が、その善性を傘に着て俺を非難するのか。
未だに戦争をなくせないのが、俺の意見を補強する証拠だ。

みんな、誰かを加害したがっている。

理性だとかそういうものが歯止めをかけているだけで。
そして相互監視が生まれ、ご立派な意見が生き残る。
加害してはいけない。
加害した奴を罰せよ。
俺はそれが、とても怖い。
いつ自分が罰せられるか分からない。
子犬は、そのきっかけになり得るのだ。

だから俺は、怯えながら生きている。
散歩中の子犬に。
車椅子の老人に。
一人歩きの女性に。

やめてくれ、これ以上俺の加害妄想を加速させないでくれ――。
こんなにも弱い俺は、さらなる弱者に迫害されている。
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FACE TO FACE

2024-09-06 14:39:14 | 小説。
「夢ヶ崎(ゆめがさき)はさ、真っ直ぐ私の顔を見て話すよね」

友人の石動巫女姫(いするぎみこひめ)は僕に当然のことを言う。
「そりゃ、人と話す時は顔を見て話すことが多いけど」
もっと言うと目か。
会話の基本として、幼い頃から躾けられていたことだし。
そんなに大層なことではない。

「でも、私って巨乳じゃん?」
「は?」
「美巨乳じゃん?」
言い直しやがったこの女。
何が言いたいのだ、話が見えない。

「男の人は大体私のおっぱい見て話すから、夢ヶ崎は変わってるなって」
「は?」
「ソレ何、おっぱいに興味がないの? それとも我慢してる?」

「我慢してるんだよ悪いかコノヤロウ」

正直な思いだった。
この夢ヶ崎懐疑(かいぎ)、人一倍まともでありたい。
そして同じくらいおっぱいが大好きである。

石動は巨乳だ。いや美巨乳だ。
だからこそ、僕は意図的にそこを避けている。
顔と顔を突き合わせて話すべき、という言い訳をしながら。

「なるほどダサいな」
「ダサい!?」
「いや、失礼。夢ヶ崎なりに気を使ってるんだろうけど」
「そりゃ最低限気は使うだろ。おっぱい見て話すわけにもいかないし」
と言うと、石動は語り始める。

「人間の皮膚って全身繋がってるよね。
 じゃあ、顔とその他の境目ってどこだろう。
 例えば、頭皮は顔と一緒、みたいな。
 デコルテまでは顔、とか言う人もいるよね。
 私の場合――『おっぱいまでは顔の一部』」

こいつ、強いな!

「だから、夢ヶ崎に気を使わせてるなら申し訳ないなって。
 私は全然気にしてないし、何なら自慢のおっぱいだから。
 服の上からなら全然見てもらって構わないよ」

人によってはコンプレックスにさえなりかねないところを。
石動は軽々と、自分の美点だと言ってのける。

「し・・・しかし、女子のおっぱいを見ながら話すなど・・・」
「私がいいって言ってるんだから、いいんじゃないの?」
「いい、のかなぁ?」
「他の人は知らないけどね。私は全く気にしない」

公認が下りてしまった。
これで僕は石動と話す時はおっぱいを見ながら話すことが確定した。

ありがとう、石動巫女姫。
早速僕は視線を下へとおろす。

「尚――ワンチャンあるとは思わないこと」

デカい釘を刺された。
はい、僕ら仲のいい友達ですもんね。
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ある日記

2024-08-24 21:21:01 | 小説。
ネットで、僕が生まれる前に書かれたある日記を読んだ。

年齢性別不詳の日記の主は、髪が緑色だったそうだ。
血筋で代々そうだったという。

当然のように迫害を受けていた。

僕はそんな人がいるなんて聞いたこともなかった。
緑の髪なんて、目立つから見聞きすることくらいあるはずなのに。

読み進めると、どうも緑の一族はこの地の先住民だという。
あとからやってきた我々の先祖に奴隷として扱われた。
そして、様々な差別を受け、ついには主ただ一人になったのだ。

主は我々を強く恨んでいた。
先祖代々差別を受けていたのだ、当然だろう。
何より、歴史から緑の一族の存在が消されたことが最も屈辱だという。
歴史は勝者が作る。

先住民などいなかった。
差別などなかった。
我々の先祖は何も悪いことはしていなかった。

確かに、今この地に生きる僕らは緑の一族など知らない。
義務教育にも、人々の噂の中にもいなかった。
完璧な隠蔽がなされていたのだ。

そんな中、ネット上の日記だけが生き残っていた。
アクセスカウンターは127。
誰も見ていないに等しい。
故に、これまで放置され、残っていたのだろう。

僕は、キレイな血でできていると思っていた。
こんな外道の血が流れているなど、考えたこともなかった。

日記は、日常生活について書かれたどうでもいい投稿で終わっていた。
――主がそこで書くのをやめたのか、死んでしまったのか。

ともかく、緑の一族は絶滅した。
我々は、その復讐を受けることもなく、これからも平和に過ごすだろう。
夥しい犠牲の上で。

腐った血が流れる僕は、脳味噌まで腐っていくような気がした。
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Ark

2024-07-27 21:45:31 | 小説。
「貴方は選ばれました」
という通知が、政府から届いた。

気候変動により数年内に大規模な洪水が起こるという。
それは、日本が沈没するレベルなのだとか。
そこで、政府は秘密裏に大型船の製造に着手した。
納税額の多い理想的な国民100人を、その船に乗せてくれる。

私は、選ばれたのだ。

なるほど、私の納税額は並外れている。
日本人上位100位以内ということか。
いや、それも当然といえば当然かも知れない。
私は常々思っていた。
よく働き、稼ぎ、納税しているのに、メリットがまるでない。
大して納税しない怠惰な国民と、受けられるサービスはほぼ同等だ。
これは理不尽ではないか。

しかし、ここで多額の納税が活きた。
その船に乗せてくれるのなら、多額の税金を払ったのも無駄ではない。
命には代えられないのだから。

ここで「よかった」と思い、思考停止するのが凡人だ。
私は違う。
大型船に乗せてもらえる上級国民は僅か100名だという。
その僅かな人口の「国」に、通貨など必要だろうか?
そう考えた場合。
手持ちの金は全て、洪水までに使い切ってしまうべきではないか。

それから私は連日遊び倒した。
仕事もストップし、ただ莫大な財産を垂れ流すことに心血を注ぐ。
何せとんでもない額である。
普通に遊んだところで一生なくならない。

土地を買ったり、
ビルを買ったり、
人を買ったりした。

大半の無茶は、現金で押し通すことができた。
それで大勢から恨みも買っただろうが、それこそどうでもいい。
どうせ洪水で死ぬ下級国民共である。
文句があるなら上位100位以内の納税をしろと言いたい。
この国では納税をすればするほど偉いのだ。

そして1年ほど経ったある日、再度政府から通知が届く。
「皆さんの努力の結果、洪水は避けられました」
私に残されたのは、下級国民共から買った恨みだけだった。
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教育

2024-06-17 14:19:46 | 小説。
何故この男は人を殺めたのか――?

至極当然な疑問。
動機の解明。
人を殺す程の強い思いとは何なのか。

怨恨にしては、被害者との接点がなさすぎる。
金銭にしては、被害者は何も奪われていない。
着衣の乱れもなく、強姦目的でもない。

たまたますれ違ったから殺した。
そうとしか思えない。

40がらみの男は、この疑問にこう答えている。

「パパが死んだから」

・・・父親の死で錯乱状態にあった、ということだろうか?

「違うよ。パパが死んで、悪いことをしても怒られなくなったからさ」

調べてみると、確かに犯行の前日に男の父親が亡くなっている。
死因は癌。
不審な点は見受けられない。

つまり、本当に、ただ父親に怒られなくなったから?
だから、悪いことをしても咎められることはないと?
逮捕され、裁かれるというのに?

「パパに怒られることに比べたら何でもないよ」

男は無邪気に笑った。
ただ人を殺してみたかっただけ。
今までやらなかったのは、父親に怒られるのが怖かったから。
父親が死んだ今、やりたいことは何でもできる。
手始めに殺人を――と、そういうことだろうか。

父の死によってタガが外れた、ただそれだけのこと。

何のことはない、男は最初から狂っていたのだ。
それを、おそらくは暴力で父は封じていた。
この歳になるまで、倫理観や道徳を持つことがなく。
ただ、悪いことをすると父に叱られる、という指針だけで生きてきた。

ここまで長期間、その狂気を表に出さなかったことこそ奇跡。
父親のこの教育は、果たして成功と言えるのだろうか。
自身が死んで――いなくなってしまえば何も残らない教育。

否、それもやむを得ない程の狂気だった、ということか。

とにかく、この男を放免してはいけない。
できれば死刑に処すべきだ。
それが世のためというものである。
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命の価値

2024-04-27 13:16:14 | 小説。
お前に生きる価値はないと言われ続けている。
世間が、社会が、政治が。
僕を殺そうと躍起になっている。

病に臥せって10年以上経つ。
「死ぬまで働け」
と社長に明言され、幸い死にはしなかったものの動けなくなった。
さあ会社の言う通りにしたぞ、どう責任を取ってくれる?
と思っていたらそのままクビになった。
お前を養う余力はウチの会社にはないと。
要するに、最初から使い捨ての命だったのだ。

じゃあ、責任はブラック企業を許している社会にあると思った。
社会は僕の命の責任を取れ。
そう呪いながら、10年以上・・・というわけだ。

いよいよ、体調が悪くなってきた。
僕の心はもう生きていくのに耐えられない。
死を選ぼう、と思った。

そして、どうせ死ぬなら一人で逝くのは寂しいな、と思った。

僕は弱い。
それはシンプルに肉体的な意味で弱い。
大の男を殺すのは無理だろう。
ならば、僕でも殺せて、僕よりも遥かに命の価値が高い女子供を選ぼう。
社会を呪い続けた僕は、すんなりとその考えに至った。

ねえ、あの時の社長さん。
僕は貴方を殺せない。
だから、貴方の奥さんを、子供を、あるいは孫を殺すよ。

社会の皆さん。
貴方達が屑だゴミだと蔑んだ僕は、貴方達の一番大事なものを壊すよ。
命の価値に明確な違いを付けたんだ。
その違いを利用するのは当然だよねえ?

価値のない僕が、価値のある者を殺す。
それができるのは、最早社会のバグみたいなものだろう。
そのバグに、精々怯えながら過ごすといい。

僕の気持ちを、少しでも分かってくれるかい?
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Monster

2024-04-19 19:58:58 | 小説。
今年、妻の実家に帰省した際に「魔法」の存在を知った。

酔った義父が口を滑らせたのである。
ウチは代々魔法を継いできた家系なのだと。
後を継ぐ男子が産まれなかったからここで途絶えるのだと。

即座に義母に遮られ、酔っぱらいの戯言ですよと否定された。
あの表情と口調は、戯言を諌めるだけとは思えないものだった。

魔法。
それは例えば――人を蘇らせることもできるのだろうか。

すぐに連想したのはそれだった。
妻の額には、大きな傷痕がある。
普段は前髪に隠れて見えないし、本人も見せたがらない。
何でも子供の頃に交通事故にあったのだという。
私も、まあそんなこともあるだろうと特に気にしたことはなかった。

しかし。
あれがもし、致命傷であったとしたら。
そして魔法によって蘇生されたのだとしたら。
私はあれからずっと考えている。

妻は、今日も笑って仕事帰りの私を迎えてくれる。
その笑顔も、一度死に、蘇った怪物のそれではないだろうか。
そう、蘇った死者など怪物以外の何物でもない。
幽霊、ゾンビ、ゴースト・・・お化け。
私達と同じ人間だとは到底言えない。

たとえ、妻が――
魔法自体も、自分が蘇った死者なのだということも――
何も知らないのだとしても。
私は、妻を、同じ人間だとは、到底思えない。

「なあお前、その傷痕は実は致命傷だったんじゃないか」

怪物かも知れない妻に、私はその疑問を言い出せずにいる。
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Underdog

2024-03-25 14:21:28 | 小説。
我が国の音楽は麻薬によって作られている。

過去の名曲も、現代のヒット曲も、間違いない。
例外があるとすればそれこそ「天才」の存在だ。
我々凡夫は、麻薬によって底上げして初めて勝負の舞台に立てる。

これまで大した問題にもならなかった麻薬。
隠そうと思えばいくらでも隠し通せた。
それが、今度大規模な調査が入るという。
事務所からも麻薬の使用などがないように、と念を押された。
これまで見て見ぬふりをしてきた共犯者のくせに。

近く、警察から聞き取りがなされるという。
勿論使っていないと嘘を吐くつもりではある。
だが、尿検査などをされれば一発でバレるだろう。
・・・聞き取りで済めばいいのだが。

それよりも、音楽を全く作れなくなったことが大きい。
麻薬を絶って、禁断症状よりも辛いのがこれだ。

楽器を持つ気になれない。
楽譜に向かう気になれない。

音楽生命を絶たれた、というと大げさではある。
明日になればケロッと歌っているかも知れない。
しかし、作品のクオリティは確実に下がる。
私は天才ではないのだ。
麻薬の下駄を履かなければ、できる作品は並以下だろう。
それはもう、死んだと同じことだ。

仕事仲間に電話をかけた。
今度の聞き取りの件について話を向けると、やむを得ないと返ってきた。
何を取り繕っているのだ。
同業の私に対して。
お前も黙って使っているのだろう?
伝わってくるんだよ、曲の端々から。
麻薬の臭いが。

適当に会話をして電話を切ると、豪華なベッドに身を沈めた。
麻薬のない私には何もできない。
音楽を作ることも――生きることも。
仲間にも裏切られた気分だ。

負け犬め。

そんな声が聞こえた気がした。
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岐路

2023-10-17 13:36:45 | 小説。
僕は超能力者だ。
触れた者の記憶を自由に読み取ることができる。

そんな僕が今、人助けをするか否かの岐路に立たされている。

目の前で、年配の男が轢き逃げされた。
駆け寄った時には虫の息だった。
その時、僕の超能力が発動し、男のことが分かった。

男は南米から日本へ金を輸入する事業を行う社長だった。
しかし、問題はその金が違法金山から産出されたものだったことだ。
現地で何百という労働者を奴隷同然に働かせていた。
産業廃棄物も垂れ流し放題、森林も伐採し放題。

男をこのまま見捨てれば、この男しかルートを持たない会社を潰せる。
つまり、現地の労働者は解放され、違法金山はダメージを受けるだろう。
とても有益なこととすら言える。

しかし、この男を生かせば、これまで通り違法金山は動き続け――
日本はその莫大な利益の恩恵を受け続けることができる。
スマホや家電が安く作れるのはこの男のおかげと言っていい。
それに何より、目の前の困った人を助けるのは気分がいい。

迷うまでもないな、と思った。

男を助けよう。

僕はスマホで救急車を呼ぶ。
これで男は助かるだろう。

地球の裏で何人の労働者が奴隷扱いされているのかは知らない。
知ったことじゃない。
しかし――この男のお陰で、僕はスマホを安く買うことができている。
貧しい者にとって、この選択は決して間違いではない。

一時の正義感にかられて男を殺せばどうなるか。
日本は格安の金を失い、様々なものの値段が上がるだろう。
そうすれば、次に苦しむのは日本人であり――僕や僕の家族だ。
今の日本は、それを受け入れられるほど豊かではない。
僕だって、普段は社畜と呼ばれる地位にいる。
同僚が次々と病み、脱落していく。
これは奴隷とどう違うというのだろう。

金持ちの残飯にありつくことが、僕達の生きる唯一の道なのだ。
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奴隷と商人

2023-10-06 13:03:17 | 小説。
私の主は商人だ。
それも、豪商といっていいくらいの。
カネを稼ぎ、それを元手に更なるカネを稼ぐ。

奴隷の身分でその心を知ることは許されないが――

一度噂を耳にしたことがある。
主の野望は不老不死なのだと。
永遠に生き、永遠にカネを稼ぎ続けるのだと。
この世に不老不死があるのかは知らない。
が、もし存在するのなら、主は必ず到達するだろう。
永遠の玉座に。

その話を聞いて、私は主を殺す計画を立て始めた。
許せなかった。
不老不死?
永遠の命?
こんな腐った世の中を、世界の方が尽きるまで生きたいと?

馬鹿らしい。

我ら奴隷は明日死ぬとも限らないし、むしろ死は安らぎですらある。
首を括る者も少なくない。
一刻も早く死んで楽になりたい。
それが奴隷の基本的な思想である。

主は世界が楽しくて仕方ないのだろう。
悪徳が栄え、政治は腐敗し、支配階級以外はゴミ同様。
そんな世界が。
何という隔たりだ。
同じ人間であるはずなのに。

到底、許せるはずがなかった。
自分が死ぬより先に、主こそが死ぬべきだと思った。

この刃は――
いかにすれば、主に届くだろうか。
私は刃を磨き、策を練る。
無駄に終わるかも知れないが、これこそが私の生きる意味だ。
そう考えずにはいられない。

世界は平等ではない。
しかし、刃で貫かれれば死ぬ。
それだけは平等だと願いながら。
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