ごじゃっぺ日記(旧、看悶日記)

京都生まれのにわか茨城県民による雑多な日記です。内容に一貫性はありませんが、どうかひとつ長~い目で見てください。

地名考、東日本に特有の「連雀」地名

2010-11-24 08:07:34 | ぐぐっと群馬
昨日、スズランで買い物をした高崎の中心市街地で発見。連雀町交差点。

「連雀」東日本ではよく目にする地名です。「連尺」と書く場合もあります。

ざっと知っているだけでも高崎のほかに、埼玉県川越市、静岡県掛川市、愛知県岡崎市。
すべて共通するのは、城下町の商業一等地であること。
多分、連雀町で商売しているといえばちょっとしたステータスだったのではないでしょうか?
今では都心空洞化のシャッター通りのイメージが強い場合もありますが。
東京では三鷹市に上連雀、下連雀、連雀通りがあります。
これは江戸時代、江戸城下、神田連雀町が大火(明暦の大火)に見舞われ住人がこの地に集団移住した名残といわれています。
本家である神田連雀町は関東大震災後、地名変更で消滅したようですね。

このような東日本でメジャーな「連雀・連尺」地名ですが、西日本では見られない地名です。
連雀・連尺とは、江戸時代に行商人が使用した背負子のこと。東日本では行商人が集まった城下の商業地に「連雀町」の地名が残ります。
この行商人を「連尺衆」いいますが、西日本では店を持たない身分の低い商人とみなされ差別対象になったようです。
少し話が飛んで、被差別民に対する差別戒名の問題があります。このことを論ずるだけの知識はありませんが、
被差別民を示す戒名として「連雀」という文字が使われた例があると本で読んだことがあります。

このように西では差別的な意味合いを強くし、東では一等地を示す地名に。
非常に東西で意味合いを強く変える言葉が「連雀・連尺」なのです。
西日本でも例外的に彦根城下には存在したようですが、地図を見ると載ってません。地名変更か、それとも勘違いか。
彦根藩主井伊氏は徳川家康三河以来の譜代なので、岡崎市連尺に関係していると思っていたのですが。

にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 群馬県情報へにほんブログ村

最新の画像もっと見る

コメントを投稿