心身社会研究所 自然堂のブログ

からだ・こころ・社会をめぐる日々の雑感・随想

魚類のあくび

2023-01-19 16:05:15 | 生命・生物と進化

北海道大学がきのう18日に発表したところでは、同大学院水産科学院博士後期課程3年の山田寛之氏(27歳)と同大学院水産科学研究院の和田哲教授が、北海道に生息するイワナの稚魚が頻繁にあくびをすることを発見し、稚魚のあくびが、着底行動から遊泳行動への行動変化が起こる直前に集中していることを明らかにしました。すでに10日にオンライン上のJournal of Ethology誌に発表されています* 。

あくびは、内温動物(恒温動物)では、行動変化しようとするその直前に起こることが従来から知られています。また近年の研究から、あくびの持つ生理学的な覚醒作用(血流促進効果や脳の冷却機能など)が確認され、これは「状態変化仮説」(state-change hypothesis)と呼ばれますが、これによって生じる生理的覚醒度の高まりが動物の行動状態の変化を引き起こすこともわかってきています** 。

これに対して魚類など外温動物では、これまでせいぜい、あくびに似た行動様式を示すことが断片的に知られる程度で、逸話的な観察記録しかありませんでした。このため、外温動物で「状態変化仮説」を定量的に検証する研究が行われたこともなく、そこで研究チームは、イワナの稚魚を用いて「状態変化仮説」の検証を行なうことにしたそうです。

 

この実験では、野外で採集されたイワナの稚魚41個体を対象とし、観察水槽を用いて行動が録画されました。その10分間の動画をもとに、稚魚のあくびと着底行動、および遊泳行動をデータ化した上で、観察されたすべてのあくびについて、発生から行動変化までの時間が記録されました。

その結果、41個体のうち23個体で計48回のあくびが観察され、うち32回は遊泳時よりも着底行動中に多く観察され、特に着底行動から遊泳行動への行動変化が起こる直前に集中していることが明瞭に確認されました。

             

この研究は、あくびの「状態変化仮説」を魚類で実証した世界初の研究です。今やここに、外温動物である魚類のあくびも、内温動物のあくびと、少なくとも部分的には共通の機能を持つ可能性が示唆されています。さらには、魚類は地球上で最初にあくびをした動物と考えられますから、今回の研究結果は、魚類だけでなく動物界全体のあくびの起源を理解するうえでも、重要な貢献を果たすことが期待されます。

<文献>

* Yamada, H. & Wada, S., 2023 Fish yawn: the state-change hypothesis in juvenile white-spotted char Salvelinus leucomaenis, in Journal of Ethology, 2023 January 10. 

  →https://doi.org/10.1007/s10164-023-00777-2

 

** Massen, J. J. M., Hartlieb, M.,  Martin, J. S., Leitgeb, E. B.,  Hockl, J., Kocourek, M., Olkowicz, S.,  Zhang, Y., Osadnik, C.,  Verkleij, J. W.,  Bugnyar, T., Němec, P., Gallup, A.

   C., 2021  Brain size and neuron numbers drive differences in yawn duration across mammals and birds in Communicartions Biology, vol.4, issue1:503.

           doi: 10.1038/s42003-021-02019-y.

 

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クモも夢を見る⁉

2023-01-06 13:50:03 | 生命・生物と進化

ドイツ・コンスタンツ大学の生態学者ダニエラ・レスラー(Daniela Rößler)氏は、アマゾンの奥地でフィールドワークを行なう研究者とのことですが、

コロナ禍でフィールドワークに行けず、仕方なく自宅近くの草むらをかき分けていたところ、

そこにうごめく小さなハエトリグモ(Evarcha arcuata)にたちまち魅了されてしまったそうです。

なかでもある個体が、夜休むとき、1本の糸の先に逆さにぶら下がり、足をくるっと丸めてじっとしている最中、

時折周期的にピクッと体を震わせるのを見つけました。

それはまるで、イヌやネコが夢を見ているときに見せる動きによく似ていました。

そこで研究室に頭部がまだ透明な生後10日の幼体のクモの寝床を作り、拡大鏡を装着した暗視カメラで本格的に観察してみると、

レム睡眠中のヒトと同様、「網膜管」というクモの眼を動かす部分もピクピクと動いているではありませんか。

つまり、レム睡眠のような状態で、もしそうなら無脊椎動物では初めての画期的な発見ということになります。

ただし、彼らが私たちの見ている視覚的な夢と同じように、夢を見ているのかどうかについては、レスラー氏は慎重です。

クモのレム睡眠に似た状態が科学的な意味で本当に睡眠と言えるのか、そしてその状態に入ると彼ら自身にとってどんな利益があるのか、

検証する研究をさらに計画しているとのことです。

彼らも夢見る動物であるとわかったら、果たして私たちは、依然、彼らを叩き潰すことができるでしょうか?

 

<原著論文>

Rößler, D.C., Kimd, K., De Agrò, M., Jordan, A., Galizia, C. G.  & Shamble, P. S., 2022  Regularly occurring bouts of retinal movements suggest an REM sleep–like state in

    jumping spiders, in Proceedings of the National Academy of Sciences of U.S.A., vol.119, no.33 : e2204754119. →こちら(動画もあります)

 

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猫と人の社会的関わり

2022-12-01 19:59:56 | 生命・生物と進化

人の声を介した、猫と人の社会的関わり、社会的な絆がたしかに存在することを

初めて科学的に確認する研究が、フランスのナンテール大学のシャルロット・ド・ムーゾン(Charlotte de Mouzon)氏らにより発表されました。

 

そこで明らかにされたのは、

猫は飼い主の声を認識しており、飼い主の声とそうでない知らない人の声を識別していること。

つまり飼い主の声には反応し、そうでない知らない人の声には反応しないこと。

また、飼い主が自分に話しかけているかどうかを理解しており、

自分に話しかけているときには反応し、他の人に話しかけている時は反応しないこと。

そして、飼い主でない人の声を聞くときには、その人が自分に話しかけているときも、他の人に話しかけている時も、反応しないこと。

 

ここで「反応」というのは、声の方向への耳の動き、尻尾の動き、瞳孔の開き具合、室内を動き回る動作、休憩の姿勢の維持などです。

猫好きの人には、どれもよくよく知り尽くしていることですね。

こんなふうに、科学の方が後ろから着いてくることも少なくありません。

 

<原著論文>

De Mouzon,Ch.,Gonthier,M. & Leboucher, G., 2022  Discrimination of cat-directed speech from human-directed speech in a population of indoor companion cats

    (Felis catus), in Animal cognition ; doi: 10.1007/s10071-022-01674-w.

 

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イヌは人間のストレスを嗅ぎ分ける

2022-10-21 17:19:52 | 生命・生物と進化

イヌが鋭い嗅覚があることは、私たちもみんなよく知っていますよね。

 

実際、科学的な実験においても、隠された爆弾のにおいを検知して知らせることができたり、血糖値の変動など人間の体内の変化をにおいだけから検

知できたり、がんやパーキンソン病、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)といった病気の存在を嗅ぎ分ける能力もあることが、これまですでに知

られてきています。

 

ところが今回、人間が吐いた息や汗に含まれるストレスのにおいまで、イヌは嗅ぎ分けられることが明らかにされました。物理的・生理的な状態だけ

でなく、心理的な状態までもが、嗅ぎ分けられるのです。

 

イギリスのクイーンズ大学ベルファストのウィルソンらによる研究で、つい最近、「PLOS ONE」誌の9月28日号に発表されています。

 

この研究では、まず参加者36人に、ストレスを誘発する暗算の課題を課し、その前と後の参加者の汗と呼気のサンプル(それぞれベースラインサンプ

ルとストレスサンプル)を採取しました。あわせて参加者には自分のストレスレベルを自己評価してもらい、また参加者の血圧と心拍も測定され、血

圧も心拍も上昇していた場合のサンプルだけが残されました。これにブランクサンプル(未使用のサンプル採取用のガーゼ)を加えて、これら3つの

ンプルを4頭の犬に合計36回提示して、そのなかからストレスサンプルを検知できるかを調べたところ、何とその検知の正確度は93.75%にものぼる

ことが明らかになったとのことです。

 

原著論文  

Wilson, C., Campbell, K., Petzel, Z. & Reeve, C., 2022  Dogs can discriminate between human baseline and psychological stress condition odours, in PLoS One,vol.17, no.9

:e0274143. →こちら

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動物とヒトの磁気感覚

2022-08-06 12:57:18 | 生命・生物と進化

動物が磁気を感覚刺激として利用するためには、特殊な光受容タンパク質「クリプトクロム」と、「ISCA1」(Iron-Sulfur Cluster Assembly 1)というタンパク質の結合が少なくとも必要であることがわかってきています。現にこの結合は、伝書鳩として用いられてきたカワラバトの体内でその仕組みが明らかにされ[Arai et als.2022]、のみならず、磁気感覚をもつことが判明しているショウジョウバエやオオカバマダラ(渡りをする蝶)でも存在が見い出され、またやはり近年磁気感覚をもつことが指摘されるようになったクジラでも見い出されているそうです[出村 2002,p.56]。

そもそも「クリプトクロム」は、光受容タンパク質として青色光を受容し、概日リズムの形成に関わるとされるような、多くの動物種に不可欠のタンパク質ですし、「ISCA1」もまた、もとは細胞内のミトコンドリアで、代謝反応に必要な鉄硫黄クラスターを運ぶタンパク質ですから、ミトコンドリアをもつようになった真核生物には広く共有されるタンパク質です。とするなら磁気感覚とは、一部の限られた動物の特殊な能力というよりは、多くの動物にありふれた、視覚や聴覚に近い一般的な感覚である可能性が示唆されます[出村 2002,p.56]。

とくに「クリプトクロム」は、光受容というその性質上、目の網膜に発現するタンパク質ですから、カワラバトや、あるいはヨーロッパコマドリのような渡り鳥では、地球の磁力線の方向が実際に見えている、いいかえれば磁気感覚は視覚の一環である可能性すらあることになります(ここでは詳述できませんが、その実際のメカニズムがホアとモウリットセンらにより、示されてきています[Hore&Mouritsen 2022=2022])。しかし実際のところ、それはどんな景色となって見えているのでしょう⁉

もちろんまだよくわかってはいません。もし「クリプトクロム」と「ISCA1」の結合からシグナルを受け取る受容体タンパク質が、網膜の中でも桿体細胞に働くなら、磁気の強弱が明暗のちがいとして、錐体細胞で働くなら、色のちがいとして、あるいは網膜内で分布のパターンをつくるなら、磁気の強弱や磁力線の方向が縞模様などの模様になって見えるのかもしれません。

しかし、鳥類のように見えはしなくても、他のさまざまな動物でも、磁気感覚の存在を前提するほかない行動が報告されています。世界中の数百の放牧地の8000頭のウシと3000頭のシカをグーグルアースの衛星写真で調べたところ、安静時には北(正確には磁北極)の方角を向いていることを、2008年にドイツのグループが明らかにしていますし[Begall et al. 2008]、2011年にはアカギツネが草藪や雪の下の小動物を捕獲するとき、75%の割合で磁北極に対して20°東の方角に頭を向けていたことも報じられています[Červený et al. 2011]。魚類ではメバルの回遊行動に磁場が影響することも報告されています[出村 2002,p.57]。いずれも、磁気感覚が前庭感覚等に絡みついて生じている現象かもしれません。実際、磁気感覚が磁力を通して地球との関係性を示すセンサーだとすれば、前庭感覚は重力を通して地球との関係性を示すセンサーですから。

そして最後に、驚くべきことに、私たちヒトにおいても、「クリプトクロム」と「ISCA1」の結合は立派に存在することが明らかになっているのです![出村 2002, p.57] しかし私たちには、ふつう磁気感覚などあるようにはみえません。あるいは少なくとも意識できません。それはおそらく、「クリプトクロム」と「ISCA1」の結合からのシグナルを神経系の電気信号に変換するメカニズムが失われたり退化したのかもしれません。しかし例外というべきかどうなのか、「霊感」の強い人やHSPの人などには、磁気感覚が強い方があります。この方々には、この動物たちの磁気感覚が退化することなく保存されているということでしょうか。ここから「霊感」やHSPの謎の一端が明らかになるなら面白いことです。

それにしてもなぜヒトでは、わざわざこの動物たちの共有財産、磁気感覚を喪失したのでしょうか? いやいや、喪失したそのおかげで、少なくともこの100年来、私たちは実に様々な電子機器を自由に使いまくる自由を手に入れることができたのだ、という意見もあります。しかしだとすれば私たちは、それと知らずに、あるいは無害と思い込んだまま、他の多くの生物種に、人工磁場の悪影響を及ぼしてしまっている可能性も否定できなくなってしまうかもしれませんね。

 

<文献>

Begall, S.,Červený, J., Neef, J., Vojtech, O. & Burda, H., 2008. Magnetic alignment in grazing and resting cattle and deer, in Proceedings of the National Academy of Sciences of the

 U.S.A., vol.105, pp.13451–5.  

Červený, J.,  Begall, S., Koubek,P., Nováková, P. &Burda,H.,2011  Directional preference may enhance hunting accuracy in foraging foxes, in Biological Letters, vol.7, pp.355–7.

出村正彬、2022 「動物たちの磁気感覚」『日経サイエンス』第52巻8号、pp.55-7。

Hore, P. J. & Mouritsen,H., 2022  The quantum nature of bird migration, in Scientific American, vol.326, no.4, pp.27-31. =熊谷玲美訳、2022「鳥には地磁気が見えている」『日経サイエンス』第52巻8号、pp.49-54.

 


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