心身社会研究所 自然堂のブログ

からだ・こころ・社会をめぐる日々の雑感・随想

オオカミに眼輪筋はないか?

2022-06-16 20:14:15 | 生命・生物と進化

6月15日に放送された、NHK「ヒューマニエンスクエスト」は、イヌの言語能力や社会性についての興味深い特集でした。

 

そのなかで、このジャンルの権威でもある麻布大学の菊水健史教授は、イヌが目の表情を豊かにし、上目遣いをする時に動かす筋肉として、眼輪筋につい

て、祖先のオオカミには存在していなかったのが、イヌがヒトと一緒に生活するようになってから獲得したものと語っていました。それは2019年に発表さ

た、ポーツマス大学のジュリアン・カミンスキーらの研究[Kaminski et al. 2019]に依拠するものと思われます。

 

しかし、以前のブログオオカミにないイヌの眼輪筋の進化」で紹介したように、この研究が明らかにしたのは、眼輪筋がオオカミにはなくてイヌにはあった

ということではなく、眼輪筋はオオカミにもイヌにもどの種にも例外なくあって、イヌはさらにそこから目の周りに新しい2つの筋肉、「内側眼角挙筋」

(LAOM)と「外側眼後引筋」(RAOL)を独立させて、これが目の表情を豊かにし、ヒトとの親密なコミュニケーションを可能にしたということでし

た。オオカミにはなくてイヌにあるのは、眼輪筋ではなく、眼輪筋の外側に眼輪筋から独立した「内側眼角挙筋」(LAOM)と「外側眼角後引筋」

(RAOL)なのです。下図のように、イヌにもオオカミにも、しっかりと目の周りを取り巻く筋肉、眼輪筋の存在が描かれています。

 

眼輪筋は、両生類のカエルにすら存在する、進化の歴史の古い代物です。もっとも、カエルでは眼球底が口蓋部に張り出している関係上、眼輪筋が嚥下

にも関与し、目を閉じることで嚥下筋を動かし、食塊を食道にまで送り込みます。どうりでカエルは餌を食べながら(呑み込みながら)、よく目をつぶる

のですね。しかしここに、眼輪筋を司る顔面神経と、嚥下筋を司る舌咽神経・迷走神経との直接的な関連を見て取ることもできます。

 


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踊るチンパンジー

2019-12-27 20:44:00 | 生命・生物と進化

音楽のリズムに合わせて、身体を揺するといった反応は、霊長類でもほとんどヒトだけのものとされてきましたが(私自身も本にそう書いています!)、チンパンジーでも確認されたことが、京大霊長類研究所の服部裕子・友永雅巳両氏によってPNAS誌に報告されました。画期的ですね。

https://www.pnas.org/content/pnas/early/2019/12/17/1910318116.full.pdf

またこちらも
https://phys.org/news/2019-12-chimpanzees-spontaneously-music.html
 http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2019/documents/191224_1/01.pdf

動画はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=uhlYqn3swaY


ここでふと思い出すのは、1917年に最初の報告がなされた、ゲシュタルト心理学者ヴォルフガンク・ケーラーの永遠の名著『類人猿の知恵試験』(岩波書店)に活写された、何匹ものチンパンジーたちに自発的に出現する原始的な「輪舞」様のリズム運動です(pp.88,308-9)。ちなみにこの本のこの箇所は、私が大学時代に読んで最も強く感銘を受けた件の1つでもありました。

彼らは「歓極わまるときには、頭を上下に振り振り、大きく開けた口(攻撃の場合とは全く違う)はあらゆる筋肉をだらりとさせ、若いサル共と輪を作って堂々めぐりをする。この連中がその時真実遊んでいることは、彼らがめいめいのうしろについて輪を作り、一足ごとにあるいは一足おきに[……]足踏み鳴らし、またほかの者共は大げさに進行運動に抑揚をつけながら、行進するのを見た人は誰も見誤らないであろう。」(p.88)

「ただ歩くのでなく跑歩(だく)で、殊に片足は強く踏みしめ片足は軽く地につけ、それでリズムに近いものが発生し、全員が拍子をとって足並みを揃えるようになった。足のリズムは時折頭にも及んで、足並に合せて、だらりと垂れた下あごと一緒に、頭を上下にがくがくさせた。チンパンジー共はみんなこの素朴な輪舞に熱中し、満足している様子であった。」(p.308)

しかしこれはまだ、お互いの身体がじかに見えていて、身体どうしの動きのリズムを合わせるところから生じてくるシンクロニーでした。これに対して今回の発見は、他者の身体が直接に見えていない場での、音楽といういわば抽象的なリズムに合わせるところから生じてくるシンクロニーであることに、画期的な水準のちがいがあることに瞠目せずにはいられません。

 


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オオカミにないイヌの眼輪筋の進化

2019-06-29 17:34:06 | 生命・生物と進化

拙著でも書いたように[津田 2019,pp.250-1]、白目と黒目が明確に区別できる動物は、類人猿でもヒトを措いて他にないのですが[Kobayashi &

Kohshima 1997;小林・幸島 1999]、何と興味深いことに、イヌ科の社会性肉食動物は、霊長類をも差しおいて、白目と黒目の明確な区別をもっており、

オカミなど互いに協力しあうとき、ほとんど鳴かずに視線で意思を疎通しあうのです:オオカミでは目の周りの毛の色も、霊長類の傾向とは反対に、で

るだけ視線が明瞭となるように彩色されているとのことです[Ueda et als. 2014]。これがイヌにも受け継がれ、彼らの霊長類をも凌ぐ向社会的な視覚的

コミュニケーョン(アイ・コンタクト!)能力を支えているのでしょう

 

 ところがイヌはさらに、その眼の周りの筋肉において、オオカミにはない特別な進化を遂げていることを最近明らかにした研究[Kaminski et al. 2019]

が、6月27日のNewsweek日本版紹介されています。ポーツマス大学のジュリアン・カミンスキーらの研究によると、3万3000年前に始まったとされる

ハイイロオオカミ (Canis lupus) からイエイヌ  (Canis familiaris) への家畜化の過程で、イヌの顔面の筋肉の構造が変化し、眼輪筋の周りに、眼輪筋からさら

に独立して、「眼角挙筋」(LAOM)と「外側眼角後引筋」(RAOL)と呼ばれる2つの筋肉が発達し、ヒトとの間で高度なコミュニケーションを行な

うことができるようになたというのです[Ibid.]。

 

 LAOMは、オオカミではどの種でも眼輪筋から独立した筋としては存在せず、せいぜい小腱としてのみ存在するのに対して、イヌではオオに最も近

シベリアンアスキー(Siberian husky)を唯一の例外として、すべて眼輪筋から独立の筋として 存在します; RAOLは、イヌではどの種もつねに存在する

のに対し、オオカミでは様々で、存在しない種もあるとのことです[Ibid. 2019 p.14678]。

 

 この2つの筋肉によってイヌは、「AU101」という、眼を大きくつぶらで可愛らしい幼児のような(幼形進化的な)表情にすることができ、それはヒトが

悲しい時にする表情にも似ており、そのためヒトに保護してもらいやすく、子孫を残す確率を高め、いっそうこの形質を強化してきたとみられています

[Ibid.,p.14679。オオカミはこの「AU101」をする頻度がはるかに劣るようです[Ibid. p.14678]。

 しかしだとすれば逆に、イヌの社会的コミュニケーション能力は、哺乳類全般が分け持つ能力ではなく、ヒトとの3万年以上にわたる親密な共生関係と

う、他の種にはない特殊な条件の賜物であることを忘れるわけにはいきません。

 

<文献>

Kaminski, J., Waller, B., M., Diogo, R., Hartstone-Rose, A. & Burrows, A. M., 2019  Evolution of facial muscle anatomy in dogs, in Proceedings of the National Academy of Sciences of the U.S.A ., vol.116, no.29, pp.14677-81.

Kobayashi, H. & Kohshima, S., 1997  Unique morphology of the human eye, in Nature, vol.387, pp.767-8.

小林洋美、幸島司郎、1999 「コミュニケーション装置としてのヒトの目の進化」 『電子情報通信学会誌』第82巻6号、pp.601-3。

津田真人、2019 『「ポリヴェーガル理論」を読む――からだ・こころ・社会』星和書店。

Ueda, S., Kumagai, G., Otaki, Y., Yamaguchi, S & Kohshima,S.,2014  A Comparaison of Facial Color Pattern and Gazing Behavior in Canid Species Suggests Gaze Communication in Gray Wolves (Canis, lupus), in Plos One , vol.9, no.6, pp.1-8.

 


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しゃっくり(吃逆)と上陸革命

2017-08-31 09:04:00 | 生命・生物と進化

しゃっくり(吃逆)はなぜおこるのでしょう。吸気運動(横隔膜収縮)と吸気停止(声門閉鎖)
は、なぜ同時発生しなければならないのでしょう。

実は興味深いことに、それは鰓呼吸ながら肺を持ち始め、しかもなお鰓呼吸を守ろうとしたオタマジャクシの呼吸様式の再演なのです(ヒトの胎児でも、羊水に浸かりながら、胎生8週頃から吃逆は見られます)。水中で肺呼吸の運動=横隔膜の収縮がうっかり始まってしまったとき、肺に水が入るのを阻止するために、声門をただちに閉じること・・・ヒックヒックと咽喉では喘ぎながら、横隔膜は痙攣のようにさかんに収縮するのは、まさにその現われです。

だとすれば、声帯とはそもそも、発声以前にまず、気道閉鎖の役割を担って登場した一種の防衛器官だったのではないかと考えられます。しかもそれは当初は、厳重に組み上げられた喉頭蓋・仮声帯・声帯の堅牢な3段階構造の1つでした。

それをあえてまた、発声器官として華々しく開花させた哺乳類、なかでもヒトの創造力には、あらためて舌を巻かずにいられません。
     
しかしさらに驚くべきことには、この防衛反応は、個体発生的にみればこのようにオタマジャクシが典型ですが、もっと前身の肺魚は成体でこれを年周的に行ない(乾季は眠りながら肺呼吸、雨季は水中で鰓呼吸)、さらには三木成夫がくり返し強調するように、“上陸革命”のその頃、ヴァリスカン造山運動の猛烈な大地殻変動に曝された他の多くの脊椎動物も、海に戻るか陸に上がるか逡巡しながら、次第に肺を備え、ある時は鰓で呼吸し、ある時は肺で呼吸し、長い間浜辺で迷い暮らした数千万年の歴史があったのでした。最古の両生類、鰓も肺も持つアカントステガ
(Acanthostega)は、水中で鰓呼吸し、時に水面から上体を持ち上げて肺呼吸を行なっていました。系統発生的にみるなら、しゃっくりは、まさにこの“上陸革命”という一大革命前夜のクライマックスの再演でもあるのです。

 


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チンパンジーの社会的関わりと腸内フローラの多様性

2017-01-06 15:09:26 | 生命・生物と進化

タンザニアのゴンベ・ストリーム国立公園の中心的な研究地域であるカサケラで生活するチンパンジーの群れは、食物が豊富な雨季になると、集団で採餌行動をとり、盛んにグルーミングをし合います。一方、エサが少なくなる乾季になると、小集団か単独生活の時間が多くなり、多数との交流は少なくなります。

そこで米デューク大学の研究チームが、成体チンパンジー40頭を2000-08年にわたって追跡調査し、季節ごとに変化するチンパンジーの食生活や活動パターンと、個々のチンパンジーから採取された腸内細菌叢のDNAとの関連性を調べてみたところ――

毎年食べ物が豊富な雨季には、チンパンジーの腸内細菌の種類(多様性)は、乾季と比べて20~25%ほど増えていました。チンパンジーの主食となるフルーツ、昆虫、葉などの食物が多様になるためでもありましょう。しかし、そのように食物だけからみるのでは、季節ごとの腸内フローラの構成には一貫性がなく、むしろ季節ごとに変容する他個体との交流が関与していることが明らかになってきたのです。

その際とくに興味深いのは、非血縁個体間の腸内フローラの構成が、親子のものと同じほど似通っていたことです。赤ん坊の腸内細菌なら、母から子へと垂直的に受け継がれますが、それだけでなくここでは、腸内細菌が次第に群れの他個体からも水平的に共有されることを示唆しています。雨季には、集団で採餌行動をすることが多いので、グルーミング、生殖行為、そして多数の排泄物に触れる機会などが増加するからとみられています。

<原著文献>

Moeller, A.H., Foerster, S., Wilson, M.L.,Pusey, A.E., Hahn, B.H. & Ochman, H., 2016  Social behavior shapes the chimpanzee pan-microbiome, in Science Advances, vol 2, issue 1,pp.1-6.

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