Dr. 讃井の集中治療のススメ

集中治療+αの話題をつれづれに

M&Mの書籍が二冊刊行になりました

2013-10-23 01:20:39 | M&M



M&M(Morbidity and mortality:合併症および死亡)カンファレンスに関する本が二冊刊行されました。

 M&Mカンファレンスとは、院内で起こる重大事象、インシデント、アクシデントに関して、1. 何が起こったか、2. なぜ起こったか、3. 今後どうすべきか、を明らかにして、プロトコールやルールの作成・改変や自らの行動変容を通じて診療の質を改善しようとするカンファレンスです。

1. ER症例を通じてM&Mを成功させるまでの道のりを学びたいという方は、志賀 隆先生を始めとする東京ベイ市川・浦安医療センター救急科の皆様が中心となって作られた

エラーを防ごう! 救急M&Mカンファレンス: 成功するM&M導入のためのStep by Step(学研メディカル秀潤社)

2. ICU症例でM&Mの精神、やり方、ピットフォールを学びたいという方は、

M&Mで改善する! ICUの重症患者管理(羊土社)

http://www.amazon.co.jp/Mで改善する-ICUの重症患者管理~何が起きたか-なぜ起きたか-今後どうすべきか-同じエラーをくり返さないために/dp/4758117446/ref=pd_rhf_gw_p_t_2_WB54

をご覧下さい。

 どちらの本も、インシデント・アクシデントや多彩な困難症例が掲載されており、症例を通してM&Mの精神、やり方、ピットフォール、成功させるまでの道のりを学ぶことができますし、新たな医学的知識を増やすことが可能です。急性期が舞台ですが先生がたのさまざまな診療場面に置き換えて読むことができると思います。

 院内でM&Mを始めてみたいという方、途中で頓挫してしまったが復活を目指したい方、単純に症例ベースに勉強したい方にお薦めです。

以下、「M&Mで改善する! ICUの重症患者管理」のまえがきです。

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本書を手に取ってくださったみなさまへ

 随分長いこと集中治療室(ICU)で働いてきました。少なからず、いや多くの、人の死に立ち会って来ました。おそらくダメだろうと半ば諦めていたら回復し、人間の生命力に単純に感動したり、病勢が強すぎて何をやっても反応せず、こんなに人間はあっさり亡くなるのだと呆然とし、医療者としての無力感に苛まれたこともあります。

 救命できた患者さんよりもできなかった患者さんの方が長く記憶に残っています。おそらくみなさんもそうではないでしょうか。患者さんの死に直面する度に、そこに至るまでのプロセスを振り返り、何か異なる転帰をもたらすような介入ができたかどうか思いを巡らせます。みなさんも、もう少し早く介入ができていれば、あのときに違う選択をしていれば、もしかしたら転帰は変わっていたかもしれないと自然に考えますよね。

 ICUの代表的疾患である敗血症、急性呼吸促迫症候群の死亡率は依然として20~30%台と高く、多臓器不全になれば死亡率はうなぎのぼりに上昇します。ギリギリの分岐点に立たされたときに、選択の違いや決断の遅れで異なる転帰をもたらすこともあるのは確かです。しかし、あくまで後ろ向きに振り返り想定した分岐点ですし、異なる道を選択したら果たして結果が異なったかどうか決して明らかにはなりません。

 この「もし……」は、急性期に関わる多くの医師が患者さんの死に当たり自然に行う“振り返り”です。そして死から何か未来につながるものを得ようとします。本書の14例のケースカンファレンスのなかに、そのような患者さんの死や重大事象を未来に活かすべく、もがいている真摯な医療者の態度を垣間みることができます。一人でもがくのではなくチームでもがき、診療を改善しようとする医療者たちです。

 

本書の目的と対象読者

 本書を制作するに当たり2つの目的を設定しました。そして、それに応じた読者を想定しました。

 第一の目的は、M&Mカンファレンスになじみの薄い読者に、M&Mカンファレンスとは一体どのようなものかイメージをもってもらい、自分の部署で行う際のヒントとして活用してもらうというものです。したがって、対象とする読者は、

・医療の安全や質が問われる昨今、M&Mがどのようなモノか知りたい

・実際にM&Mを開催したいが、どのようにやったらよいかわからない

・院内でM&Mを開催したが頓挫した。復活したいができないでいる

 方でしょうか。職種や経験は特に問いません。14例のケースカンファレンスも、急性期で働く医療者以外にもできるだけわかりやすく共感できるように書かれています。

 第二の目的は、他人が経験した重大事象を純粋に教材として自己学習してもらうというものです。したがって対象の読者は

・急性期重症患者診療に関して症例を通して自分の知識を増やしたい

・他人の経験した重大事象から学び、自分の未来の診療に役立てたい

方で、ICUや救急部門で勉強中の若手医師ということになるでしょう。

 前者の“M&M知りたい派”の読者はいずれかのタイミングで「総論:M&Mを始めようM&Mとは何か?」や各ケースカンファレンスの最後に登場するコラム「M&Mを終えてDr. 讃井の一言」をお読みになることをお勧めします。

 一方、後者の“自己学習派”の読者は、総論を飛ばして興味が湧いたケースから気の向くままに読んでください。少し飽きたら箸休めに総論や「Dr. 讃井の一言」を覗いてみてください。臨床に役立つヒントが隠されているのに気づくでしょう。

 本邦でも、病院内の医療安全と質を高める動きが普及してきました。しかし、誤解が多かったり用語が一人歩きしたり、まだまだそのポテンシャルを十分に発揮できているとはいえません。筆者は、M&Mを通して

・失敗を認めそれを公開、共有し、そこから冷静に学び質の改善に結びつける文化を育て、

・医療者、病院システムとして一種の生涯学習を継続し、

・医療の安全と質を高めることに貢献する 

という、いささか不遜な野望をもっています。

 

本書内のカンファレンスについて

 以下にケースカンファレンスを読むに当たっての注意事項をお示しします。

・実際の症例がヒントになっているが細部は大幅に変更してある

・会話は記録や録音を書き取ったものではなく、完全な創作である

・会話に口語らしくない表現や説明的な表現が含まれている

・会話中に、良い会話例、悪い会話例を用いてカンファレンス運営上のヒントをちりばめた

 会話を読んで違和感を感じる読者がいらっしゃるかもしれませんが、文章としての読みやすさを求め、M&Mとはどんなものかをお知らせしたいという意図があっての結果であることをご了解いただければ幸いです。

 最後に、今まで私と一緒に院内や学会レべルで開催したM&Mカンファレンスに協力していただいた関係者のみなさま、寝る間を惜しんで文献を調べスライドを作ってくれた心熱い若きドクターたちに、特に本書のケースカンファレンスを創作してくれた将来有望な若き急性期ドクターたちにこの場を借りて御礼申し上げます。また、羊土社編集部の皆さん、特に職場まで頻繁にご足労願った保坂早苗さん、迅速に製作作業を進めてくれた中林雄高さん、そして今まで勉強させていただいた患者さんおよびその家族に感謝の意を表したいと思います。

 

2013年9月

自治医科大学附属さいたま医療センター 麻酔科・集中治療部

讃井將満


M&Mとは何か:総論2

2012-01-09 15:05:31 | M&M

 

 前回からの続きです。

 M&Mは、1900年頃にマサチューセッツ総合病院外科医であったErnest A Codmanによって始められたとされています。その後、外科系を中心に広まり、主として医師個人の教育、資質向上を目的として、全米のレジデントプログラムに組み込まれるようになりました[1]。

 一方、現代の医療安全を追求する社会的要求に呼応して、“医療システムの安全性と質の向上”を主眼として開催されるM&Mも増加し、米国では米国保健医療政策研究庁(Agency for Healthcare Research and Quality: AHRQ)がインターネット上で“web M&M”を公開するようになりました[2](注1)。日本でも医療安全全国共同行動という団体によって“地域におけるM&Mの開催”が奨励されています[3]。これらの2つは、Ernest A CodmanのM&M原型とは少し方向性を異にした医療安全型のM&Mと言えるかもしれません。究極の医療安全型M&Mは、いわゆる事故調査委員会になるのでしょうか。

 つまり、M&Mは大きく両極のかたち、すなわち医療者教育型と医療安全型にわけられ、“極論“で色分けすると、

医療者教育型

・症例:教訓的、教育的症例

・目的:個人の診療を改善

・やり方:要点を絞る

・参加者:医師のみ

・議論の根拠:文献ベース

 

医療安全型

・症例:医療事故、過誤のあった症例

・目的:チーム診療、院内診療を改善

・やり方:時間をかけた十分なRCA

・参加者:多職種

・議論の根拠:院内ローカルルール

と言えます。ただし両者を厳密に区分することは難しく、筆者は目的や参加者に応じてあらかじめどちらの型に近くなるか意識しながら準備、運営すればよいと考えています。

 ちなみに、Root cause analysis(RCA: 根本要因分析)の手法による原因追及のプロセスは以下の通りです。前回述べた起こった事象に関わる多様な因子、すなわち、1. 人的要因/コミュニケーション、2. 人的要因/教育、3. 人的要因/疲労/労働環境、4. 設備・機器の運用、5. 設備・機器の設定、6. 規則/方針/手順、7. 防止策、8. 患者・家族の対応、9. 管理などの、いわゆるスイスチーズの一切れずつ、それぞれに穴があいていなかったかどうかチェックします(前回参照)。そこであげられた事象や問題点について、なぜ起こったかその要因を見つけていきます。同定が可能な要因がたった一つで他に関与する要因が見つからない、あるいは、さらに遡って考えうる根本原因(root cause)が見つからないと言った、要因と事象が1対1対応で独立するケースは稀です。通常は考察の過程はすぐには終わらず、ひとつ要因が見つかれば、それがなぜ起こったか関連要因や根本要因を考察していく作業が必要になります。このようにして、要因の連鎖を見つけ、最終的に究極の原因(root cause)を探す行程がRCAという作業なのです。

 このRCAは、表面的な問題をあげつらって、それに対処をすることで満足しがちな我々にとって最適の「原因同定のやり方モデル」になるでしょう。実際、RCAのような系統的手法を使わずに、目についた問題をあげてそれに関して議論を行って満足し、根本的に解決されるべき問題に関する議論が抜けてしまうということも起こります(医療者教育型M&Mに起こることが多いかもしれません)。

 たとえば誤投薬という事象があったときに、薬剤自体の問題(たとえばラベルが他のと似ている)、医療者自身の知識不足、仕事量、時間帯、環境、機器など多種にわたるはずで、結論・提案が「この薬はラベルが似ていて間違いやすいから注意するように」で終わってしまえば、他の薬剤で、違うシチュエーションで、M&Mに参加しなかった他の医療従事者で同様の誤投与が起こる可能性を防止できないかもしれませんよね。

 一方で、このようなRCAの作業は、時間もかかり忙しい医療者にとっては大きな重荷になりシステムとして挫折したり、早急に解決策を提出したいときなどに対応できなかったり、何回も会議を行っているうちに事象の記憶が薄れたり、いくつも上がった要因の中で最も改善すべき「重要かつ本質的な1個か2個」へ注ぐべきエネルギーが切れてしまうかもしれないという欠点を持っています。

 したがって、筆者は、正式なRCAをすべてのM&Mで行うことは現実的ではなく、表層的な原因分析と対処に終始しないように“RCAの精神を尊重”すればいいのだ、と割り切っています。繰り返しになりますが、施設ごと、部門ごと、事象ごと、最終的な“その”M&Mの目的ごとに可変式にしておく、という“いい加減さ”を残しておくと長続きすると信じています。

 以下、筆者が好むM&Mの例です。医療者の負担を考えて一回の開催でできるだけ多くの参加者が集れる時間を選び、議論のテーマを「重要かつ本質的な」ものに絞って、(1)何が起きたか、(2)なぜ起きたか、(3)どうすべきであったか、3つのキーワードを念頭に1時間で1個か2個の結論を導くようにします。その後のプロトコール作成、改訂作業が必要なときには、ワーキングチームを作って行います。

 良いM&Mは、記憶が鮮明な早期に開催され、司会進行者、発表者、コメンテーターが十分に文献をレビューの上、事前に打ち合わせを行い、「誰が何をどうした」と言わずに「何がどのようにおこなわれた」という言い回しを使い、司会進行者が個人攻撃や本論とかけ離れた質問をコントロールしながら、できるだけ文献ベースにディスカッションする。一方、悪いM&Mは、参加者が主旨を理解しておらず、表面的な原因の指摘に終始し、体系的に要因を分析できず、改善のための有効な解決策を導くことができないと言ってもよいでしょう。

 つまり、良いM&Mのイメージは

1. 記憶がフレッシュな早期に開催する

2.「誰が何をどうした」という言葉を使わず「何がどのようにおこなわれた」という言葉を使う

3. シニアレジデントクラスが症例提示を担当(指導医クラスでは参加者が厳しい質問をしにくくなり、ジュニアではプレゼンするだけで精一杯になる)

4. 外部、内部のコメンテーターがいるとbetter

5. 司会進行者、発表者(当事者)、コメンテーターがよく下調べし、打ち合わせする

6. 参加者の意見もできるだけ文献ベースに

7. 年長者の発言は支配的になりがちなので注意する

8. 本論とかけ離れた質問には司会進行者が制限を

9. 個人攻撃と取れる発言には警告を

10. 最後に司会者がtake home messageを発する

11. その後のプロトコール作成とその周知徹底

になるでしょうし、悪いM&Mのイメージは

1. 主催者がRCAの概念を知らない

2. プレゼンテーションがよく準備されていない

3. 参加者が趣旨を理解していない

4. 本論と関連のない質問をおこなう

5. ただの「原因指摘会」になってしまう

6. 改善のための有効な決定打を打ち出せない

になるでしょうか。

 すこしイメージが湧いてきたでしょうか。まだ湧かない方は、2月28日~3月1日に幕張メッセで開催される第39回日本集中治療医学会学術集会のワークショップ 「M&Mカンファレンスを始めよう」を、是非覗きにきて下さい(3月1日(木)9:00~10:00 第11会場(104))。

 最後に一言。M&Mカンファレンスをやったらやりっ放しにせず、プロトコール改変などの何らかの診療の改善につなげることが必須です。失敗から学んだことは患者さんの診療に活かさないと意味がありませんよね(注2)。我々医療者の基本姿勢です。

 さらに、プロトコール作成だけでも満足してはならない、ということを最後につけ加えて終わりにします。作成したプロトコールが日々の臨床で遵守されているか、そのプロトコールが患者診療の役に立っているかなどの視点からの評価と、それにもとづく弛まない改善が必要です。

 2000年以降、医療安全、チーム医療、医療教育など、今までこの世界で注目を浴びて来なかった分野が脚光を浴びるようになりました。院内外で、耳障りの良い受け入れやすい目標、テクニック、プロトコールが披露されるようになりました。それらを掲げるのは大歓迎ですが、我々は掲げること自体に満足してしまいがちで、その内容が根拠にもとづくものなのか吟味が不足しているな、と感じることもしばしばあります。さらに、そのような介入、変更によって患者アウトカムが改善されたのか、という視点がまだ見えてこない気がしてなりません。

 すると、「じゃあM&Mはどうなのよ」とおっしゃる読者がいらっしゃると思います。残念ながらM&Mが患者診療に有用か否かも実は現段階では不明と言わざるをえません。これについてはすこし文献検索をしましたので、また別の機会に述べたいと思います。

 

参考:1. http://en.wikipedia.org/wiki/Morbidity_and_mortality_conference、2. http://www.webmm.ahrq.gov/、3. http://kyodokodo.jp/index_b.html

 

注:

注1: AHRQ web M&Mは、各種の重大事象やエラーの宝庫です。えっ、そんなことあるの、と驚くものもあります。自分の周囲に何か起きたら、もちろんPubMedなどの通常の文献検索を行うことも有用ですが、このAHRQ web M&Mを除いてみることもお薦めします。

 

注2:「失敗から学んだことは患者さんの診療に活かさないと意味がありません」という一文の、「失敗から学んだこと」は、「文献から学んだこと」、「EBMのステップ1~4で得た結論」、「自らの臨床研究で得た結果」、「朝の回診で学んだこと」、「朝の回診で決まった治療方針」、「指導医から教わったこと」「レジデントから教わったこと」、「患者やその家族から教わったこと」など、いくらでもいい替えが可能ですね。

 

 


M & Mとは何か:総論1

2012-01-01 00:20:13 | M&M

 

M&Mケース1ディスカッションが続くかと思わせておいて、いったんあらためてM&Mとは何か整理してみたいと思いましたので、まず総論1です。

 Morbidity & Mortality(合併症および死亡: M&M)カンファレンスは、診療の質および安全性を改善する目的で、不幸にして合併症が起きたケース、死亡したケースを同僚間で振り返る事例検討会の一つと言えるでしょうか。もう少し具体的には、事例を通して

(1)何が起きたか

(2)なぜ起きたか

(3)どうすべきであったか

の三つのキーワードを呪文のように唱えながら明らかにし、最終的にプロトコールの導入や診療の改善を図るものと筆者は定義しています(注1)。“失敗を認めそれを共有し、それまでの医療者個人や病院システムとしての判断や行動を修正する文化”が広まればいいのにと思い、ここ5年ほど院内外で活動してきました。

 では、M&Mと症例報告(検討)会はどのように違うのでしょうか。

 症例報告会は、外部公開が原則で、珍しい症例、困難だったが成功した症例を主な題材とし、ディスカッションは、「私たちは世界に珍しいこんな凄いことを行いました」ので「是非同じような経験をしたら試してみてください」という少し(かなり?)自慢の匂いのする、かつ学術的な内容がメインになると言えます。

 一方M&Mは外部非公開を前提とし、日常遭遇する症例の中から「やっちゃった」、「通常起らないとんでもないことが起った」教訓的な症例を題材として、root cause analysis(RCA: 根本要因分析)の手法を用いて体系的に要因を解析し、「そのとき何がどのような順序で起ったのですか」、「なぜそれをしたのですか(あるいはしなかったのですか)」、「どうすればよかったのですか」などの解析を行います。M&Mの究極の目標は、診療をより良くすることであり、決して「誰がそんなとんでもないことしたんだ」、「やったのはきみか」、「きみは明日からもう病院に来なくてよい」的な個人攻撃を決してせず、自由に議論できる雰囲気づくりを心がけ、ディスカッション後にtake home messages(お持ち帰るべき教訓)を持って帰ってもらうだけでなく、後日プロトコールやルールの改訂や作成、さらにその周知徹底を心がけます。

 ただし、事故の起り方として一般的に言われているように、事象は故意に起るものでは極めて稀ですし、単独の過失によって起るものも少なく、たとえば以下の要因が複数重なって起るものです。

 

人的要因/コミュニケーション

人的要因/教育

人的要因/疲労/労働環境

設備・機器の運用

設備・機器の設定

規則/方針/手順

防止策

患者・家族の対応

管理

 

いわゆるスイスチーズ・モデルですね(注2)。自分のM&M歴上もまったく同感です。

 ですから、医療ミスと騒ぎ立てられるべきものは本来的に少数派と思います。すなわち、医療ミスの正確な定義は知りませんが、多くの医療者が当然行うべき(または行ってはならない)標準的な医療行為を、怠った(またはやってしまった)結果、患者さんに不利益がもたらされたもので、明白な因果関係が認められるものと定義するとすれば、そのようなケースはむしろ少数派のようだ、ということです。実際は、それ単独では患者さんに害を及ぼさない程度の小さい過失や怠慢、リスクがあるのは承知で止むにやまれぬ理由があり行った(または行わなかった)結果起った合併症などがいくつも重なって起ることが多いでしょう。

 静かな当直中にブログを書いていたらいつの間にか年を越してしまいました。サンデーモーニング(TBS)の張本さんに“あっぱれ”をもらえるような一年にしたいと思います(日曜朝の寝ぼけた耳には“喝”はつらい)。

 つづく。

 

注1:実はM&Mの正確な定義、型が確立されているわけではありません。できるだけ事実関係をクリアーにしてRCAを行う事故調査委員会に近いもの、症例検討会に近いもの、レジデントと対話をしながらのインターアクティブカンファレンスに近いものなど、施設、目的、好みに合わせて変幻自在であってよいと考えています。

 ただし忘れてはならないのは、(1)何が起きたか、(2)なぜ起きたか、(3)どうすべきであったか、の3つの呪文です。これを忘れてしまうと、“失敗から学ぶ”モードから逸脱してしまいます。失敗は我々に強烈なイメージを与え、学ぶのに最も有用な材料に違いありませんが、同時に人間は忘れやすい動物でもあります。失敗から学ぶだけでなく“失敗しないシステムを作る”ところまで昇華させなければなりません。

 

注2:http://www.niph.go.jp/entrance/pdf_file/chapter5.pdf

 何スライスか重なったスイスチーズの一つのスライスに穴がいくつか開いていても、スライスが重なっていれば、通常はその穴が一直線に結ばれることはないので事故は起らない。事故が起る時にはその穴が一直線に連なった時である、というモデル。有名ですね。

 筆者は米国のサンドイッチチェーン店で始めてサンドイッチを注文する時にどのチーズを選ぶか店員に尋ねられ、雪印プロセスチーズ、カマンベール、ブルーチーズ、雪印ストリングチーズ以外にこんなにチーズの種類があるのかと、気を失いそうになった記憶があります。そもそも、このサンドイッチチェーン店は、パン、ハム、野菜、調味料などすべて自分で選ぶオーダーメイドシステムを採用しており、それらを英単語で店員に伝えなければならない、(鶏肉はムネでもモモでも同じ鶏肉じゃねーか [育ちが悪くてすいません]とか、ターキーとチキンどう違うんだろうと真剣に悩んだり、tomatoやmayonnaiseの発音に自信がない多くの)日本人(紛れもなく私もそうでした)にとっては大変面倒なシステムを採用しています。ただ、半年我慢して通いつづけると、everything(全部入れ)という便利なマジックワードも覚えるので餓死せずにすむようになり、スイスチーズなんか発音通じやすいから、注文できれば初級編クリアーということになります。ちなみにこのチェーン店はSubwayで日本にもできましたが、店員さんはあんまりこちらの我がままを聞いてくれず、さすが“マニュアルお客様対応天国”日本と感心した覚えがあります。

 


M&M ケース1 経過

2011-12-22 13:02:27 | M&M

 

前回につづいて、経過を示します。ここに登場する症例は現実の症例からヒントを得ていますが架空の症例であり、内容はすべて医療者自身および医療の質の向上を目的としたものですので、ご理解ください。

 PT-INRの軽度延長を認めたため、FFP4単位輸血終了後に型の如く経皮的気管切開を行った。気管支鏡ガイド下に穿刺、ガイドワイヤー挿入、ダイレーターによる拡張、チューブ挿入ともスムーズであった。術者は、若干出血が多い印象をもったが問題ない範囲と判定した。皮膚切開面を縫合し手技を終了した。この時点で人工呼吸器はPCV、PC圧15、吸気時間 1.0秒、換気回数 20回/分、PEEP 8cmH20、FiO20.5でSpO2 は97%であった。

 術後15分ほど経過してSpO2 が92%前後に低下した。FiO2を1.0にして気管支鏡を施行したところ気管分岐部から左右(右に多い)の主気管支に凝血塊と血液の貯留を確認した。吸引で凝血塊の除去を試みるが粘稠なゲル状の血塊となっており、除去が困難であった。その後、断続的に気管支鏡により除去を試みた。換気不良を考えてPC圧22cmH2O、換気回数を 30回/分 に変更した。SpO2は96%前後で、非気管支鏡時の一回換気量が350cc程度であった。

 気管切開口の出血状況の確認をするため、気切チューブを抜去し経口で再挿管した。耳鼻科医師に術野の確認・止血を依頼した。SpO2は94%前後であった。

 経口挿管チューブより気管内の血液・凝血塊の除去を継続した。脈拍数130程度の洞性頻脈で著変なかったが、徐々に血圧の低下を認め、フェニレフリンの単回静脈内投与およびノルアドレナリンの持続投与を開始した。非気管支鏡時の一回換気量が80~140cc、分時換気量が3~5L/分、SpO2は86~90%であった。CPA(PEA)となった。ただちにCPR(胸骨圧迫・エピネフリン投与・吸引による気道確保・輸血)を施行し、4分後自己心拍が再開した。

 気管切開部の出血は、耳鼻科医師にて可及的に電気メスを用いて止血処置を行った。その後も気管支鏡で鉗子を使用し、破砕しながら、約5時間かけて確認できる範囲のものは除去した。

 術後は意識障害、呼吸不全が遷延した。5週間後再度の肺炎を契機に無尿になり、家族の同意のもとDNRで、昇圧剤も使用しない方針であることを確認した。入院50日に死亡した。

 


M&M ケース1

2011-12-14 18:26:28 | M&M

 

6月5日にM&Mを始めよう(1)はじめにを書いてから6ヶ月が過ぎてしまった。そろそろ続編を書かねば、と思いそのままになっていました。適宜思いついたものから書き足していこうと思います。というわけで、いきなり各論1。


 

http://blog.goo.ne.jp/jseptic/e/7824d4c04c5e9478c32d68f03daf7177

 

最初に確認。

 

M&Mは、要は

 

・何が起きたか

・なぜ起きたか

・どうすれば防げるか

 

を明らかにし、プロトコールの改良や自らの行動や意思決定の変容を期待する“院内(あるいは地域)会議”です。

 

ここに登場する症例は現実の症例からヒントを得ていますが架空の症例であり、内容はすべて医療者自身の資質の向上、医療の質の向上を目的としたものですので、ご理解ください。架空の症例なので細部は「おやっ?」と思うところがあるかもしれませんがご容赦ください。

 

<症例提示>

遷延性の人工呼吸離脱困難(prolonged weaning)82才男性。

肺炎、呼吸不全の診断で、気管挿管、人工呼吸。ICU day 17。

意識混濁、尿量は維持されている。

気管切開を行うか否かについて主治医、ICUチームの間でディスカッションを行った後、家族に現状と予想される将来について十分な情報を提供し、治療の差し控え(withhold)、撤退(withdraw)を含めて治療オプションを呈示した。

家族はなんとか治してほしい、少しでも長生きしてほしい、気管切開も構わない、急変時もできる限りのことをして欲しいという主張を繰り返した。

治療の継続という選択肢を取る限り、今後経過は長期にわたり、今後、ICUから病棟への転棟するときに安全な気道管理を行う上で、気管切開は不可避と考えられた。

 

<既往歴>

慢性腎傷害保存期(CKD stage 5透析前)、II型糖尿病、高血圧、狭心症、脳梗塞後遺症(軽度の右不全片麻痺)

 

<生活歴・嗜好・アレルギー>

ADLはベッド上~椅子、食事、トイレなどすべて要介助。週2回訪問介護を受ける以外は家族が面倒を見る。飲酒なし・喫煙なし。アレルギーなし。

 

<薬剤>

ラシックス、ダイクロトライド、ニューロタン、フェロミア、アロシトール、バイアスピリン(入院時から中断中)。

 

<身体所見>

意識は、呼びかけで目を開ける。調子が良いときには指示にしたがい離握手ができるが、ムラがあり、ほっておけば眠ってしまうことがほとんど。今回の肺炎のエピソード以前と比べて、明らかな麻痺の進行はない模様。その他、やせている以外は発熱なく、呼吸数24回/分、脈拍数96回/分、血圧130/70mmHg、身体所見上に著変なし。

呼吸器は、圧支持換気、FiO2 0.4、PEEP8cmH2O、PS8cmH2OでSpO2 96%。

 

<当日朝の検査>

WBC: 13.63×103 /μL ↑、Hb: 8.2 g/dL ↓、Plt: 178×103 /μL 

PT-INR: 1.5 ↑、APTT-sec: 42 sec、Fibrinogen 130 mg/dL ↓

AST: 170 mU/mL ↑、ALT: 68 mU/mL ↑、LD: 1084 mU/mL ↑

CRP: 17.7 mg/dL ↑

Na: 134 mmol/L、K: 5.2 mmol/L ↑、Cl: 98 mmol/L

BUN: 104 mg/dL ↑、Cre: 5.33 mg/dL ↑


つづく。


M&Mを始めよう(1)はじめに

2011-06-05 12:03:50 | M&M
せっかくJSEPTICホームページもリニュードしたことだし、ブログは継続して発信することが大切だし[1]、何かネタはないかな、と探しました。何か自分は皆様に有用な情報として発信できるネタを持っているかしら、と見回したら、意外に見つけるのは簡単でした(要は持ちネタが少ない、ということです)。院内外で、継続的に合併症・死亡(morbidity & mortality: M&M)カンファレンスを開催して今年で5年目になるので、これをテーマにしようと思いました。

予定している内容はM&Mの
・定義、歴史、方法、症例検討会との違い、分類、などの総論
・症例を通してそのやり方を学ぶ
・問題点、成功のためのキーワード
を予定しています。

想定した読者は
・単純に急性期医療、とくに重症患者診療に関して症例を通して勉強したい
・単純に他人の失敗、事象を見てそれを生かしたい
・医療安全・質が問われる昨今、 M&Mがどのようなモノか知りたい
・実際にM&Mを開催したいが、どのようにやったらよいかわからない
・院内でM&Mを開催したが頓挫した。復活したいができないでいる
方でしょうか。

この連載の一番の目的は、日本の医療界にも
 “失敗を認めそれを公開、共有し、そこから冷静に学び質の改善に結びつける文化を育てたい”
 “M&Mによって医療者、病院システムとして一種の生涯学習が可能である”
ということを伝えたい、ということになるでしょう。

1999年に、“To err is human”(医療は過誤という呪縛からは決して逃れることができない)という、驚愕の事実が確かなデータを持って公表されたました[2]。「入院させること自体が患者に新たな害を与え、退院後の生活の質を落とすばかりでなく死亡のリスクにさえ満ちている」、「病院ほど患者にとって危険な場所はない」などの耳の痛いコトバが喧伝されました。確かに、この事実は表向きは驚愕の事実に違いないのですが、多くの医療者は、「もしかしたらその通り病院は危険な場所であり、住み心地のよいところではない」と内心気づいていたが、その事実に真剣に目を向けずにいただけなのかもしれません。

このような背景から医療の安全と質に対する意識が高まりました。そのような思想に無垢(マジメ)な日本人も当然感化され、本家(米国)を凌駕する勢いで、全国の病院に雨後のタケノコのごとく医療安全委員会が設立されたました(余談ですが、日本の病院では、診療報酬の改訂があると雨後のタケノコのごとく◯◯部やXXチームができるのは日常茶飯事。お役所のチカラ、カネのチカラは大きいのです)。いずれにしても、実は病院は患者が害を被るリスクで充満しており、改善の余地が大きい。医療の安全と質を追求する社会的要請からは最早逃れられない。これらは疑う必要のない命題なのでしょう。

と、ここまで読んだ方は、ここで言うM&Mって医療安全の話なんだ、と思うかもしれません。いいえ、違います。実際、使い方によってM&Mが医療安全の向上に寄与するところも大ですが、このブログではむしろ医療者個人の知識、資質として改善できる点に比重が多く配分されることになるでしょう(詳細は後ほど)。ですから、“単純に急性期医療、とくに重症患者診療に関して症例を通して勉強したい”方や、“単純に他人の失敗、事象を見てそれを生かしたい” 方、大歓迎です。

最初に三つお断りです。第一に、本ブログに登場する症例は実際の症例がヒントになっていますが、内容は大きく変更してあり、個人情報が特定できないようにしてあります。第二に、このブログ内の情報の転載、転用は自由ですが、当方は一切責任を負いません。第三に、いままで私と一緒に院内、院外で開催したM&Mに協力してくれた多くの関係者のみなさま、とくに症例呈示や考察に関して寝る間を惜しんで手伝ってくれた心熱い若きドクターたちに、この場を借りて感謝申し上げます。

なんかこんなこと書くと、連載終了した気になってしまいますねー。先が思いやられますが、次回はM&Mの定義や歴史について整理したいと思います。

文献:
1. http://blog.goo.ne.jp/druchino
2. Kohn KT,et al, eds. To Err is Human: Building a Safer Health System. Washington, DC: Committee on Quality of Health Care in America, Institute of Medicine, National Academy Press; 1999.