外科ICU(Surgica ICU: SICU)とは何か。この問題に正面から答えるのは難しい。
ICUだから重症患者がいる場所でしょ、と同意を求められると、答えに窮することになる。たしかに、ICUのイメージは、意識がない(または鎮静されている)、挿管されている、人工呼吸器がついている、各種の回しものが回っている患者が多い、モニターがうるさい、看護師さんが仕事がよくできる(人が多い、ぐらいにしておきますか)、などであろう。しかし、すべてのSICU患者にこのイメージが当てはまるかというと、そうでもない。中には普通に日常会話が可能な患者さんもいたりする。これは、自分の経験を振り返っても米国でも日本でも当てはまる。
では、SICUとは、SICU患者とは、どう定義すればよいか。以下、答えの一型。SICUとは、1) 重症度スコアをつければきっと高い値をたたき出す重症患者、すなわち何らかの重要臓器の機能不全を持った患者、および、2) その予備軍が入室する場所である。この予備軍とは、現在の重症度は高くないものの術前リスク(たとえば患者が重度の心疾患を持っている)や手術リスク(たとえば術後出血や虚血の可能性が相対的に高い)により重要臓器の機能不全に陥る可能性が相対的に高い患者で、フルモニタリングによる早期発見、早期介入によってそのような重要臓器不全を未然に防ぐまたは重症化を軽減できる可能性が高くなる患者、ということができるだろう。
もう一つ忘れてならないのは、ICUにおける看護のマンパワーが充実していることを利用して、安定はしているが処置が多くて病棟では管理できない患者も入室することがあることである。浸出の多い大きな創の患者、洗浄などの処置が頻回の患者、などであろうか。このパターンの変形として、「ドレーンが入っている患者は内科系、循環器系ICUでは見れません」としばしば言われる(ドレーンが入っていた方がかえって安全な場合が多いはずであるが、管理の仕方を教わっていないとか、“事故抜去恐怖症”、などいろいろ理由はあるのですね)。
とすると、SICU患者は、外科系患者で、臓器不全があるまたはその予備軍、または高度の看護を必要とする患者と言うことができる。少しだけすっきりしたが、もやもやが残るのが、この“予備軍”や“高度な看護を要する患者”とは一体誰なのか、という点である。
“予備軍”や“高度な看護を要する患者”の、世界共通の確固たる定義はあるのだろうか。もちろんない。したがって、基準の設け方、解釈の仕方によってによっては、外科術後患者であれば、臓器不全を発症する確率が相対的に低い患者にも入室するチャンスができる。およそすべての手術に術後出血のリスクがあり、すべての全身麻酔後患者に何らかの呼吸障害の可能性があるからである。術後ドレーンが入っている患者も多い。とあるSICUでは、手術当日夕食から食事を開始できるほど元気なASAリスク1~2の患者(米国麻酔科学会の術前全身状態リスク分類で軽症の類い)が、動脈ラインが入っているから、ドレーンが入っているからという理由で入室する。入室基準やその解釈が大きなウェイトを占める。施設間、地域間、国間でも違ってくる。外科医の心配度によっても違ってくる。もちろん、経済的な動機もはたらくであろう。大多数が妥当と思う入室基準作りは難しいのであろうか。
しかし、実は妥当な基準作りはそう難しくはない。その基準が明記された文章さえ必要ないかもしれない。唯一必要なのは良識のあるSICU管理者である。紙は発言し判断し同意し反論しないが、人はする。理想的には、そのような管理者は、専門トレーニングを受け、プロ意識を持ち、良識、経験もある集中治療専門医が兼ねるべきと思う。判断の材料をたくさんもっているからである。といってもそんな厳密に考える必要もなくて、外科系に数年関わった経験があり、自分自身の経験、良識にもとづきつつ、上記のSICUの定義を当てはめて「SICUの適応」を考えれば、実は管理者としてSICU入室の適応を決める行為は、それほど難しいものではない。現実に「この患者さんICUテキオーないよねー」なんて声高に話すナースの判断は結構正しい。
しかし、現実の基準作成やその解釈に、そのようなプロや現場の感覚はあんまり反映されていないのかもしれない。すくなくとも「とあるSICU」では反映されていなさそうだ。
その背景に、集中治療のプロが少ないこと、集中治療のプロになっても浮かばれないこと(今まではね.....)、集中治療のプロを雇っても病院として得な感じがしなかったこと、1人の患者は1人の医師が担当して何から何まで責任をもとうとする“主治医文化”、などが背景にあるだろう。集中治療のプロを増やし、そのプロが浮かばれる医療界を作ることは、我々が果たすべき大きな仕事の一つである。
もう一つの背景は、医療界、ひいては社会全体に「手術=聖域」のイメージが遍在しているのではないか、という危惧である。多くの医師は専門領域以外のことを全く知らないし、知ろうともしない。専門医の専門性が高まるほど患者が恩恵を被る部分も大きいので、筆者はそれで良い、むしろ良いと思っているが、副作用として、専門医の言うことを素人なみに“鵜呑み”にする、または疑問に思うけど突っ込まない傾向が生じる。その他の科の先生にとって本能的に手術に関連する事柄は不可侵領域なのである(いわんや患者さんをや。「神の手」をもてはやすマスコミにつける薬もない)。つまりは、手術と記された印籠を見せるだけで、多くの人は思考停止してしまうのではないか、という危惧である。
実は予備軍は予備軍であり、予備軍のままであれば重症度スコアは高くない。コツさえつかめばドレーンの管理もたやすい。その証拠にSICUの最大の顧客である心臓血管外科患者(注1)でさえ、実は重症度は高くない。その証拠に、蘇生輸液としてのアルブミンが意味がないことを証明したSAFE研究(http://bit.ly/rqrzfV)というランドマーク研究で心臓外科患者が研究対象から除外されたのは、心外は特殊だから、輸液管理が難しいから、などではなく、本当の理由は重症度(APACHE II)が低かったからであることを、豪州でICUフェローだったある事情通から聞いた。
心外の重症度は高くないという事実は、いままで多くの心臓血管外科患者を診てきた自分の感覚にも合致している。手術がうまくいけばメジャーな術後トラブルは発生しないので、こっちの多少のヘマも吸収してくれる。生命を危機に陥れる原疾患が治ってからICUにやってくるので、比較的(心機能の悪い冠動脈疾患の非心臓手術に比べれば)気楽に管理できる(注2)。
私は、“予備軍”や“高度な看護を要する患者”にSICUが必要ないと言っているのではない。SICUは重症度が低いから集中治療専門医として勉強することはないと言っているのでもない(注3)。外科医に喧嘩を売っているわけでもない(売っているように見えるかもしれないが.... むしろ外科周術期チームの1人のメンバーとして、そんなにいがみ合わずに得意な分野を尊重すればよい、と思っている)。SICUの妥当な利用のためには、集中治療のプロの目を使うのがとりあえず簡単、確実ではないか、と思っているだけである。
今まであんまり意識しなかった(=強調してこなかった)が、病院に集中治療医がいることのポテンシャルベネフィットはココにもあった。なんだかかなり強引な展開、結びになった、と書いた本人が思っているので、読む人はもっと思うに違いない。
注1:米国では病院によってCSICUとかCTICUなどと別にハコを作っているところもあるし、日本ではCCUに心外術後患者が入室することも多いと聞くが、ICU患者全体に占める心臓外科患者の割合は高そうだ。いま話題になっている経静脈栄養を早くから使うのは良くないことを示したEPaNIC trial( http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1102662 )を見てもベルギーは混合ICUがメインなのか、それとも参加した施設の多くがバイアスされたいたのか、心臓外科患者が6割以上を占める事実は注目すべきである。
注2:むしろ心臓外科患者は、すべてのICU患者に共通するルーチーンを修得するには最も効率のよい教材である、と感じている。なぜなら気道管理、呼吸管理の基本が勉強でき、原疾患が治っているので循環管理の「実験」を行いやすい、AKIもある程度リスクがあり予防、治療の勉強ができる、腸も使いやすい、電解質管理、血糖管理、抗凝固療法、抗血小板療法、輸血なども勉強できる。もちろん各種の予防策(DVT、消化管出血、感染)も行わなくてはならない。
注3:世の中には、集中治療研修というと、上述のような各種の管、デバイス,モニター、回しものを駆使できるようになる、管理に長けるようになることだ、それがすべてだ、という誤解があるようだ。
聖マリ藤谷先生作の簡単アンケート調査お願いします。例によってすぐ終わります(今回計測し忘れましたが、感覚的には3分以内)。
http://www.jseptic.com/rinsho/questionnaire.html
重症患者における栄養管理については、海外のガイドライン内でも統一されていない事項が多く、標準的な治療が分かっていない分野も多く認められます。
経管栄養が臨床的アウトカムに影響することは知られていますが、実際に皆様の施設でどのような経管栄養投与をされているか情報を共有していただけますと今後の臨床現場での参考になります。
是非ご協力よろしくお願いいたします。
http://www.jseptic.com/rinsho/questionnaire.html
重症患者における栄養管理については、海外のガイドライン内でも統一されていない事項が多く、標準的な治療が分かっていない分野も多く認められます。
経管栄養が臨床的アウトカムに影響することは知られていますが、実際に皆様の施設でどのような経管栄養投与をされているか情報を共有していただけますと今後の臨床現場での参考になります。
是非ご協力よろしくお願いいたします。
本日朝の勉強会はストレス潰瘍予防に関する包括的レヴュー。
ストレス潰瘍の発見にはじまり、リスクファクターと言われる因子が形成されていった元論文の紹介や、PPI静脈内投与の根拠の希薄さについて検証されています。このスライドさえ見れば、ストレス潰瘍の主な研究の歴史が概観できるでしょう。
と同時に、世界中の集中治療医、いやドクターがいかにこの分野に対して無神経であったかもよくわかります。
まもなくJSEPTICホームページの「clinical Q & A」( http://www.jseptic.com/journal/clinical.html )にもアップされる予定です。ご覧下さい。
自分たちの、そして病院の、そして国内のプラクティスを改善するのは容易ではありませんが、“学ぶこと”=“実践すること”でなければ、“学ぶこと”の意味はありませんよね。
ストレス潰瘍の発見にはじまり、リスクファクターと言われる因子が形成されていった元論文の紹介や、PPI静脈内投与の根拠の希薄さについて検証されています。このスライドさえ見れば、ストレス潰瘍の主な研究の歴史が概観できるでしょう。
と同時に、世界中の集中治療医、いやドクターがいかにこの分野に対して無神経であったかもよくわかります。
まもなくJSEPTICホームページの「clinical Q & A」( http://www.jseptic.com/journal/clinical.html )にもアップされる予定です。ご覧下さい。
自分たちの、そして病院の、そして国内のプラクティスを改善するのは容易ではありませんが、“学ぶこと”=“実践すること”でなければ、“学ぶこと”の意味はありませんよね。
好評発売中の雑誌Intensivist4月号( http://www.medsi.co.jp/books/products/detail.php?product_id=3214 )の中のコラム「肺動脈カテーテル(PAC)必要説:やはり肺動脈カテーテルは集中治療に必要である」の「冒頭の意地悪な質問」に対する解答のつづき。
Q1~Q3までは「肺動脈カテーテルは不滅です(1)」( http://blog.goo.ne.jp/jseptic/e/00070391949d7b1c3331502caea2b24d )を参照してください。
Q4: 肺動脈破裂を防ぐために有効な予防手段は何か
重要なことは以下。
1. PACが留置されている間は、PA圧を持続的にモニターする
2. モニターを見る
3. 波形の意味を理解する
4. 少量(1 ml程度以内の)空気を入れただけでウエッジする位置は深い
5. 人工心肺開始時には少し引き抜く
6. バルーンをやたらめったら膨らまさない
7. 膨らましたバルーンは確実にデフレートする
などでしょうね。胸部写真で先端位置を定期的に確認することもみなさんおやりになっていると思いますが、左右の肺動脈主幹部に先端があればよいと思います。また、一般常識として、どの程度PACを深くいれたらバルーン閉塞位置に到達するかも知っておく必要があります。右内頸静脈穿刺部からですと、小さい体格、心臓の方で40cm程度、大きな体格、心臓でも60cmを越えると“恐い”。
「確かな目、慎重さを持つ人による持続的モニター」とまとめることができるでしょう。
Q5: PAOPと肺動脈拡張期圧(PAEDP)の相関が悪くなるのはどのような病態か?
PAOPの解釈を正しく行うためには、PAOPとPAEDPが相関しない状況ばかりでなく、PAOPが左室拡張終期圧(LVEDP)と解離する状況も理解しておく必要があります。これらを理解しておくと、PACを使用しない場合でも、最終的な目標である左室前負荷、すなわち左室拡張末期容量(LVEDV)の適正化を考える大きなヒントになります。以下簡単に。
1. PAOP > LVEDP
僧帽弁狭窄、閉鎖不全、左房粘液腫( LAP > LVEDP)
肺静脈疾患( PAOP > LAP)
高いPEEP( PAOP > LAP)
2. PAOP < LVEDP
左室コンプライアンス低下(LAP < LVEDP)
大動脈弁閉鎖不全(LAPのa 波 < LVEDP:拡張末期の早期僧帽弁閉鎖)
3. PAOP < PAEDP
肺高血圧、肺性心、肺塞栓症
Q6: PEEP付加時のPAOP測定をどのようにおこなうべきか? 測定値をどのように解釈すべきか?
答えは、一般的には無視して(PEEPをかけたまま呼吸回路をはずさずに)そのまま測定し、呼気終末の時点のa波の平均を採用すればよい、だと思います。
理由はいくつかありますが、以下。
生理学的には、まず理想的なPAOPを測定するポイント(肺動脈を閉塞する位置)はWest zone 3(肺動脈圧 > 肺毛細血管圧 > 肺胞圧)かつ左房レベル以下と言われ、その領域でバルーンが拡張し肺動脈を閉塞すれば、その先端から左房まで連なる一続きの血管コラムが作られ、内圧が反映されるはずです。PEEPを高くして、先端がWest zone 3の状態をはずれる場合には、肺胞内圧が反映され、PAOPの呼吸性変動の方が肺動脈圧の呼吸性変動よりも大きくなることでわかるともいわれます(UpToDate Pulmonary artery catheterization: Interpretation of tracings)。
昔、PEEPをかけたときの真の血管内圧をPAOP値から推測する簡易式として、肺コンプライアンスの正常な患者においては、かけたPEEPの2分の1をPAOP実測値から引く、ARDSのような肺コンプライアンスの悪い患者では、かけたPEEPの4分の1を実測値から引くなんていうことも教わりましたが(Miller‘s Anesthesia)、臨床上この簡易式をマジメに使っている場面に出くわしたことはありません。
実際臨床の現場では、以下のように考えておけばよいと思います。
1. PAOPは所詮指標の一つであり、常にその他の指標ととともに用いる総合判断が求められる
2. 数字そのものよりも、経時的トレンドやボーラス投与による時間的変化が大切
3. PEEPを外すことのデメリット(肺胞の虚脱およびそれにともなう低酸素血症)の方が大きい(ので、多くのエキスパートはPEEPを外して測定することを推薦しません。余談ですが、個人的にはPAOPやCVP測定のために頭部をフラットにすることもしません。頭部挙上されている場合 [というかいつでもですが]、トランスデューサーの位置を心臓の高さに合わせます)
4. 原理的には、PAOPが高いPEEPによる高い肺胞圧を反映するような状況では、適正な左心前負荷を得るためには十分に高い血管圧(肺静脈圧)が必要です。つまり十分な容量負荷が必要というわけですが、容量負荷は肺水分量、間質圧も上げてしまうので、高いPEEPが必要なガスが悪い患者に気軽に容量負荷は行いにくい。適切な状況判断、総合判断が重要です
Q7: 心機能の良好な患者が陽圧換気中と自発呼吸中でPAOPが8mmHgと同一の値を示した。同様な血行動態管理を行うべきか? 判断のためにどのような情報が必要か?
仮に8mmHgという結果が得られたとします。これを低値と考えて全例に輸液すべきでしょうか。
上述の議論から、陽圧換気、PEEPの影響により、PAOPは多かれ少なかれ上昇します。また上記の議論から、陽圧換気中は原則的に十分な容量負荷が必要にもなります。したがって、血行動態管理上の目安となるターゲットのPAOPは、陽圧換気中の方が自発呼吸患者よりも高くなるはずです。SSCGガイドライン2008でも、PAOPではなくCVPですが自発呼吸中は8mmHg以上、陽圧換気中は12mmHg以上としています(ちなみにPACをルーチーンには使わないように推薦していますね:グレード1A)。
たとえば心機能の良い自発呼吸患者が何らかの理由でPAOPを測定した場合8mmHgはおそらく十分でしょうが、敗血症性ショック患者で陽圧換気中ならもっと輸液が必要だ、となるはずですよね。
いずれにしてもそのほかの各種の血行動態パラメーター(平均動脈圧、脈拍数、尿量、皮膚の指針・触診、乳酸、混合静脈血酸素飽和度などなど)、次に述べる病勢、時間経過などからの総合判断が大切です。
Q8: ショック発症0日、5日でそれぞれPAOPが12mmHgと同一の値を示した。同様な血行動態管理を行うべきか? 判断のためにどのような情報が必要か?
以下、若干乱暴な議論をお許しいただけますよう。
ショック発症初期では、PAOPが12mmHgのように“まだ容量負荷をしても許される”だろう、“容量負荷を行って心拍出量が増加することが期待できそうな”患者を見たとしたら、さらに容量負荷を行って最も心拍出量が出るPAOPを探るべきと思います。
逆にショック発症5日に、同じPAOPが12mmHgという数字を見ても、輸液負荷をせずに逆に水を絞り、利尿をかけなければならないこともあるでしょう。たとえば、すでに利尿期に入り、利尿をかけてもかけてもPAOPが下がらない(間質から血管内に余剰水分がモービライズされている)状態が考えられます。
もう少し欲しい情報としては以下のようなものが上げられるでしょう。
1. ショック初期には陽圧換気していたが今は自発呼吸かもしれません(前述)
2. 病態が安定してカテコラミンがオフになっているかもしれませんし、逆に依然としてショックを離脱できていないかもしれません
3. 肺酸素化能が良いかもしれませんしこれ以上後がないほどに悪いかもしれません
4. 心拍出量、乳酸、尿量などのその他の循環の指標が、良い値かもしれませんし、不十分な値かもしれません
しつこいですが、「常に総合判断」が求められているのです。
もう一つ余談ですが、ある一つの心拍出量データを見たときに、その数字が基準範囲内に収まっていれば良いのでしょうか。そうではないですよね。この議論も上記と同様です。つまり、そのときに最適な心拍出量は、病態、経過によって変わってくるはずです。敗血症性ショックや肝不全の患者の心係数が3.0L/分/m2と正常範囲でも、もしかしたら不十分かもしれませんよね。逆に心係数が2.0L/分/m2でも、意識清明、尿が良く出て、乳酸も高くない、その他文句のつけようがないこともあるでしょう。
Q1~Q3までは「肺動脈カテーテルは不滅です(1)」( http://blog.goo.ne.jp/jseptic/e/00070391949d7b1c3331502caea2b24d )を参照してください。
Q4: 肺動脈破裂を防ぐために有効な予防手段は何か
重要なことは以下。
1. PACが留置されている間は、PA圧を持続的にモニターする
2. モニターを見る
3. 波形の意味を理解する
4. 少量(1 ml程度以内の)空気を入れただけでウエッジする位置は深い
5. 人工心肺開始時には少し引き抜く
6. バルーンをやたらめったら膨らまさない
7. 膨らましたバルーンは確実にデフレートする
などでしょうね。胸部写真で先端位置を定期的に確認することもみなさんおやりになっていると思いますが、左右の肺動脈主幹部に先端があればよいと思います。また、一般常識として、どの程度PACを深くいれたらバルーン閉塞位置に到達するかも知っておく必要があります。右内頸静脈穿刺部からですと、小さい体格、心臓の方で40cm程度、大きな体格、心臓でも60cmを越えると“恐い”。
「確かな目、慎重さを持つ人による持続的モニター」とまとめることができるでしょう。
Q5: PAOPと肺動脈拡張期圧(PAEDP)の相関が悪くなるのはどのような病態か?
PAOPの解釈を正しく行うためには、PAOPとPAEDPが相関しない状況ばかりでなく、PAOPが左室拡張終期圧(LVEDP)と解離する状況も理解しておく必要があります。これらを理解しておくと、PACを使用しない場合でも、最終的な目標である左室前負荷、すなわち左室拡張末期容量(LVEDV)の適正化を考える大きなヒントになります。以下簡単に。
1. PAOP > LVEDP
僧帽弁狭窄、閉鎖不全、左房粘液腫( LAP > LVEDP)
肺静脈疾患( PAOP > LAP)
高いPEEP( PAOP > LAP)
2. PAOP < LVEDP
左室コンプライアンス低下(LAP < LVEDP)
大動脈弁閉鎖不全(LAPのa 波 < LVEDP:拡張末期の早期僧帽弁閉鎖)
3. PAOP < PAEDP
肺高血圧、肺性心、肺塞栓症
Q6: PEEP付加時のPAOP測定をどのようにおこなうべきか? 測定値をどのように解釈すべきか?
答えは、一般的には無視して(PEEPをかけたまま呼吸回路をはずさずに)そのまま測定し、呼気終末の時点のa波の平均を採用すればよい、だと思います。
理由はいくつかありますが、以下。
生理学的には、まず理想的なPAOPを測定するポイント(肺動脈を閉塞する位置)はWest zone 3(肺動脈圧 > 肺毛細血管圧 > 肺胞圧)かつ左房レベル以下と言われ、その領域でバルーンが拡張し肺動脈を閉塞すれば、その先端から左房まで連なる一続きの血管コラムが作られ、内圧が反映されるはずです。PEEPを高くして、先端がWest zone 3の状態をはずれる場合には、肺胞内圧が反映され、PAOPの呼吸性変動の方が肺動脈圧の呼吸性変動よりも大きくなることでわかるともいわれます(UpToDate Pulmonary artery catheterization: Interpretation of tracings)。
昔、PEEPをかけたときの真の血管内圧をPAOP値から推測する簡易式として、肺コンプライアンスの正常な患者においては、かけたPEEPの2分の1をPAOP実測値から引く、ARDSのような肺コンプライアンスの悪い患者では、かけたPEEPの4分の1を実測値から引くなんていうことも教わりましたが(Miller‘s Anesthesia)、臨床上この簡易式をマジメに使っている場面に出くわしたことはありません。
実際臨床の現場では、以下のように考えておけばよいと思います。
1. PAOPは所詮指標の一つであり、常にその他の指標ととともに用いる総合判断が求められる
2. 数字そのものよりも、経時的トレンドやボーラス投与による時間的変化が大切
3. PEEPを外すことのデメリット(肺胞の虚脱およびそれにともなう低酸素血症)の方が大きい(ので、多くのエキスパートはPEEPを外して測定することを推薦しません。余談ですが、個人的にはPAOPやCVP測定のために頭部をフラットにすることもしません。頭部挙上されている場合 [というかいつでもですが]、トランスデューサーの位置を心臓の高さに合わせます)
4. 原理的には、PAOPが高いPEEPによる高い肺胞圧を反映するような状況では、適正な左心前負荷を得るためには十分に高い血管圧(肺静脈圧)が必要です。つまり十分な容量負荷が必要というわけですが、容量負荷は肺水分量、間質圧も上げてしまうので、高いPEEPが必要なガスが悪い患者に気軽に容量負荷は行いにくい。適切な状況判断、総合判断が重要です
Q7: 心機能の良好な患者が陽圧換気中と自発呼吸中でPAOPが8mmHgと同一の値を示した。同様な血行動態管理を行うべきか? 判断のためにどのような情報が必要か?
仮に8mmHgという結果が得られたとします。これを低値と考えて全例に輸液すべきでしょうか。
上述の議論から、陽圧換気、PEEPの影響により、PAOPは多かれ少なかれ上昇します。また上記の議論から、陽圧換気中は原則的に十分な容量負荷が必要にもなります。したがって、血行動態管理上の目安となるターゲットのPAOPは、陽圧換気中の方が自発呼吸患者よりも高くなるはずです。SSCGガイドライン2008でも、PAOPではなくCVPですが自発呼吸中は8mmHg以上、陽圧換気中は12mmHg以上としています(ちなみにPACをルーチーンには使わないように推薦していますね:グレード1A)。
たとえば心機能の良い自発呼吸患者が何らかの理由でPAOPを測定した場合8mmHgはおそらく十分でしょうが、敗血症性ショック患者で陽圧換気中ならもっと輸液が必要だ、となるはずですよね。
いずれにしてもそのほかの各種の血行動態パラメーター(平均動脈圧、脈拍数、尿量、皮膚の指針・触診、乳酸、混合静脈血酸素飽和度などなど)、次に述べる病勢、時間経過などからの総合判断が大切です。
Q8: ショック発症0日、5日でそれぞれPAOPが12mmHgと同一の値を示した。同様な血行動態管理を行うべきか? 判断のためにどのような情報が必要か?
以下、若干乱暴な議論をお許しいただけますよう。
ショック発症初期では、PAOPが12mmHgのように“まだ容量負荷をしても許される”だろう、“容量負荷を行って心拍出量が増加することが期待できそうな”患者を見たとしたら、さらに容量負荷を行って最も心拍出量が出るPAOPを探るべきと思います。
逆にショック発症5日に、同じPAOPが12mmHgという数字を見ても、輸液負荷をせずに逆に水を絞り、利尿をかけなければならないこともあるでしょう。たとえば、すでに利尿期に入り、利尿をかけてもかけてもPAOPが下がらない(間質から血管内に余剰水分がモービライズされている)状態が考えられます。
もう少し欲しい情報としては以下のようなものが上げられるでしょう。
1. ショック初期には陽圧換気していたが今は自発呼吸かもしれません(前述)
2. 病態が安定してカテコラミンがオフになっているかもしれませんし、逆に依然としてショックを離脱できていないかもしれません
3. 肺酸素化能が良いかもしれませんしこれ以上後がないほどに悪いかもしれません
4. 心拍出量、乳酸、尿量などのその他の循環の指標が、良い値かもしれませんし、不十分な値かもしれません
しつこいですが、「常に総合判断」が求められているのです。
もう一つ余談ですが、ある一つの心拍出量データを見たときに、その数字が基準範囲内に収まっていれば良いのでしょうか。そうではないですよね。この議論も上記と同様です。つまり、そのときに最適な心拍出量は、病態、経過によって変わってくるはずです。敗血症性ショックや肝不全の患者の心係数が3.0L/分/m2と正常範囲でも、もしかしたら不十分かもしれませんよね。逆に心係数が2.0L/分/m2でも、意識清明、尿が良く出て、乳酸も高くない、その他文句のつけようがないこともあるでしょう。