Dr. 讃井の集中治療のススメ

集中治療+αの話題をつれづれに

M&M ケース1 経過

2011-12-22 13:02:27 | M&M

 

前回につづいて、経過を示します。ここに登場する症例は現実の症例からヒントを得ていますが架空の症例であり、内容はすべて医療者自身および医療の質の向上を目的としたものですので、ご理解ください。

 PT-INRの軽度延長を認めたため、FFP4単位輸血終了後に型の如く経皮的気管切開を行った。気管支鏡ガイド下に穿刺、ガイドワイヤー挿入、ダイレーターによる拡張、チューブ挿入ともスムーズであった。術者は、若干出血が多い印象をもったが問題ない範囲と判定した。皮膚切開面を縫合し手技を終了した。この時点で人工呼吸器はPCV、PC圧15、吸気時間 1.0秒、換気回数 20回/分、PEEP 8cmH20、FiO20.5でSpO2 は97%であった。

 術後15分ほど経過してSpO2 が92%前後に低下した。FiO2を1.0にして気管支鏡を施行したところ気管分岐部から左右(右に多い)の主気管支に凝血塊と血液の貯留を確認した。吸引で凝血塊の除去を試みるが粘稠なゲル状の血塊となっており、除去が困難であった。その後、断続的に気管支鏡により除去を試みた。換気不良を考えてPC圧22cmH2O、換気回数を 30回/分 に変更した。SpO2は96%前後で、非気管支鏡時の一回換気量が350cc程度であった。

 気管切開口の出血状況の確認をするため、気切チューブを抜去し経口で再挿管した。耳鼻科医師に術野の確認・止血を依頼した。SpO2は94%前後であった。

 経口挿管チューブより気管内の血液・凝血塊の除去を継続した。脈拍数130程度の洞性頻脈で著変なかったが、徐々に血圧の低下を認め、フェニレフリンの単回静脈内投与およびノルアドレナリンの持続投与を開始した。非気管支鏡時の一回換気量が80~140cc、分時換気量が3~5L/分、SpO2は86~90%であった。CPA(PEA)となった。ただちにCPR(胸骨圧迫・エピネフリン投与・吸引による気道確保・輸血)を施行し、4分後自己心拍が再開した。

 気管切開部の出血は、耳鼻科医師にて可及的に電気メスを用いて止血処置を行った。その後も気管支鏡で鉗子を使用し、破砕しながら、約5時間かけて確認できる範囲のものは除去した。

 術後は意識障害、呼吸不全が遷延した。5週間後再度の肺炎を契機に無尿になり、家族の同意のもとDNRで、昇圧剤も使用しない方針であることを確認した。入院50日に死亡した。

 


M&M ケース1

2011-12-14 18:26:28 | M&M

 

6月5日にM&Mを始めよう(1)はじめにを書いてから6ヶ月が過ぎてしまった。そろそろ続編を書かねば、と思いそのままになっていました。適宜思いついたものから書き足していこうと思います。というわけで、いきなり各論1。


 

http://blog.goo.ne.jp/jseptic/e/7824d4c04c5e9478c32d68f03daf7177

 

最初に確認。

 

M&Mは、要は

 

・何が起きたか

・なぜ起きたか

・どうすれば防げるか

 

を明らかにし、プロトコールの改良や自らの行動や意思決定の変容を期待する“院内(あるいは地域)会議”です。

 

ここに登場する症例は現実の症例からヒントを得ていますが架空の症例であり、内容はすべて医療者自身の資質の向上、医療の質の向上を目的としたものですので、ご理解ください。架空の症例なので細部は「おやっ?」と思うところがあるかもしれませんがご容赦ください。

 

<症例提示>

遷延性の人工呼吸離脱困難(prolonged weaning)82才男性。

肺炎、呼吸不全の診断で、気管挿管、人工呼吸。ICU day 17。

意識混濁、尿量は維持されている。

気管切開を行うか否かについて主治医、ICUチームの間でディスカッションを行った後、家族に現状と予想される将来について十分な情報を提供し、治療の差し控え(withhold)、撤退(withdraw)を含めて治療オプションを呈示した。

家族はなんとか治してほしい、少しでも長生きしてほしい、気管切開も構わない、急変時もできる限りのことをして欲しいという主張を繰り返した。

治療の継続という選択肢を取る限り、今後経過は長期にわたり、今後、ICUから病棟への転棟するときに安全な気道管理を行う上で、気管切開は不可避と考えられた。

 

<既往歴>

慢性腎傷害保存期(CKD stage 5透析前)、II型糖尿病、高血圧、狭心症、脳梗塞後遺症(軽度の右不全片麻痺)

 

<生活歴・嗜好・アレルギー>

ADLはベッド上~椅子、食事、トイレなどすべて要介助。週2回訪問介護を受ける以外は家族が面倒を見る。飲酒なし・喫煙なし。アレルギーなし。

 

<薬剤>

ラシックス、ダイクロトライド、ニューロタン、フェロミア、アロシトール、バイアスピリン(入院時から中断中)。

 

<身体所見>

意識は、呼びかけで目を開ける。調子が良いときには指示にしたがい離握手ができるが、ムラがあり、ほっておけば眠ってしまうことがほとんど。今回の肺炎のエピソード以前と比べて、明らかな麻痺の進行はない模様。その他、やせている以外は発熱なく、呼吸数24回/分、脈拍数96回/分、血圧130/70mmHg、身体所見上に著変なし。

呼吸器は、圧支持換気、FiO2 0.4、PEEP8cmH2O、PS8cmH2OでSpO2 96%。

 

<当日朝の検査>

WBC: 13.63×103 /μL ↑、Hb: 8.2 g/dL ↓、Plt: 178×103 /μL 

PT-INR: 1.5 ↑、APTT-sec: 42 sec、Fibrinogen 130 mg/dL ↓

AST: 170 mU/mL ↑、ALT: 68 mU/mL ↑、LD: 1084 mU/mL ↑

CRP: 17.7 mg/dL ↑

Na: 134 mmol/L、K: 5.2 mmol/L ↑、Cl: 98 mmol/L

BUN: 104 mg/dL ↑、Cre: 5.33 mg/dL ↑


つづく。


免罪符としての周術期予防的冠動脈拡張薬

2011-12-07 14:29:06 | 循環

 

 朝7時のレジデントインターアクティブ講義をしている最中に、何かの拍子で周術期にしばしば予防的に用いる冠血管拡張薬の静脈内持続投与の話になりました。そこで、本邦の冠動脈疾患急性期や周術期冠動脈イベントリスク患者に対し、ときに“免罪符”的に予防的に投与されるニトログリセリンやニコランジルに [注1] 、その使用をサポートする強い根拠はないのではないか、という主旨の話をしたいと思います。

<ニコランジルについて>

 ニコランジルに関しては二編の大きなRCTが有名ですが、いずれも周術期の心筋虚血予防効果についての研究ではありません。また、対象、エンドポイントともヘテロジニアスです。

 ちなみにその一つは、IONA トライアル [文献1]。 5126人の慢性期安定狭心症患者に対して標準的治療に加えてニコランジルの経口投与を行うとプラセボに比べ、冠動脈死亡、非致死的な心筋梗塞、胸痛による入院などのコンポジットアウトカムの発生を減らし( 13.1% vs 15.5%; HR 0.83, 95% CI 0.72-0.97, p=0·014)、ACSの発生率を減らし( 6·1% vs 7·6%; HR 0·79, CI 0·64–0·9, p=0·028)、総心血管イベント率を減らしました(14·7% vs. 17·0%; HR 0·86, CI 0·75–0·98, p=0·027)。

 もう一つは、本邦の国立循環器病センターから提出されたJ-WIND-KATP で [文献2]、プラセボに比べて急性心筋梗塞後の梗塞サイズ、慢性期EFを減らさなかったというネガティブスタディです。

 いずれにしても“周術期におけるニコランジルの予防投与は有効か”というクリニカルクエスチョンに解答を出すための材料にはなりません。

 周術期のニコランジルに関しては、CABG関連でニコランジルの静脈内投与による術後の心筋逸脱酵素の改善などの生理学的アウトカムを改善する小さいRCTは見つかりますが[文献3] 、心血管イベントなどの臨床的に重要なアウトカムの改善を示すものは見つかりませんでした。

 非心臓手術患者では、術中ニコランジルを投与した前向きコホート研究 [文献4] が見つかりましたが、術中のみのニコランジル投与でなぜ術後のイベントが減るのか(イベントのリスクが高いのはむしろ術後24~48時間)、他の周術期血行動態管理はどうなっていたのか?、他の薬剤などの因子の関与は?、などの疑問が浮かびました。

 これら以外「ニコランジル vs 周術期心筋虚血」のトピックで、Journal of AnesthesiaやMasuiなどで発表されている症例報告以外でPubMedで引っかかる臨床研究は皆無と言ってよいと思います。

 

<ニトログリセリンについて>

 一方、ニトログリセリンにも周術期心筋虚血予防効果はないと考えてよいでしょう。泣く子も黙るかどうかはわかりませんが、世界のエキスパートの総意として尊重すべき、ACCF/AHA非心臓手術のための周術期評価およびケアのガイドライン2009 [文献5] には、予防的投与はClass IIb(考慮してもよい)エビデンスレベルC(エキスパートオピニオンレベル)で、

 「術中の予防的ニトログリセリンの効果は不明確で、用いるとしても、心臓前負荷を下げ(反射性に頻脈などを誘発し)かえって有害な可能性があるので、麻酔、血管内容量の状態による低血圧に十分配慮する必要がある」

“The usefulness of intraoperative nitroglycerin as a prophylactic agent to prevent myocardial ischemia and cardiac morbidity is unclear for high-risk patients undergoing noncardiac surgery, particularly those who have required nitrate therapy to control angina. The recommendation for prophylactic use of nitroglycerin must take into account the anesthetic plan and patient hemodynamics and must recognize that vasodilation and hypovolemia can readily occur during anesthesia and surgery.”

とされています。

 ただし、心筋虚血発作、すなわち狭心症発作におけるニトログリセリンの抗狭心症作用は失われているわけではありません(AHAのERにおける不安定狭心症およびNSTEMIのガイドライン2005) [文献6]、心不全における静脈拡張薬 [文献7]、冠動脈疾患患者で降圧薬を使用したい場合の選択肢 [文献7] としての役割は失われたわけではないでしょう。

 薬理的にニトログリセリンは耐性が生じやすい薬剤で、「ニトログリセリン軟膏も効果を取り戻すためには“少なくとも一日に8時間は休薬すべき”である」と、臨床薬理学の古典“グッドマン・ギルマン”に記載されています [文献8]。臨床的にも持続投与中にだんだん効かなくなる(血圧や肺動脈圧が下がらなくなる)ことを経験します。そもそも持続投与(やテープ)という投与法に向かない(か時間を決めて中断して用いる)薬剤なのかもしれません。

 もう一つ、トリビア的に知っておいてよい事実は、ニトログリセリンの抗狭心症作用は冠血管拡張作用によるものではなく、左室前負荷および後負荷軽減による心仕事量の軽減、心筋酸素消費量の低下によるということです [注2]。実際、「心臓カテーテル検査室で生じた狭心症発作に、冠動脈に直接ニトログリセリンを投与しても症状は軽快しなかったが、舌下投与したら軽快したという報告さえ存在する」と、前述の “グッドマン・ギルマン”に記載されています [文献8]。臨床的に静脈内投与で使用する量で、冠動脈を開く効果を得るのは難しいであろうと言うことも想像に難くないでしょう。

 ちなみに筆者が米国で麻酔科医、集中治療医として研修した6年間で、ニトログリセリンを含む硝酸薬、ジルチアゼム、ニコランジルなどの冠動脈拡張薬を周術期に予防的に静脈内持続投与(テープや軟膏も含む)した経験は、OPCABGでジルチアゼムを使用した一回だけでした(ニコランジルは米国未発売なので使用した経験がないのは当たり前ですね)。なぜ投与しないのか指導医に聞いたら、「もともと飲んでいる人は朝飲ませればいいじゃないか」、「有効であるというエビデンスがない」、「s◯◯p◯d」などと反論され、それよりずっと重要なのは、心筋の酸素供給を保ち、酸素需要を抑える血圧、心拍数、血管内容量の管理だよ、と叩き込まれました(当時は周術期高リスク患者におけるβ遮断薬の適応、使用法が今ほど厳格に定められていなかったので [文献5]、“術当日朝からのβ遮断薬の内服”なども行われていたのも事実ですけれどもねー)。

 以下、脱線的結論。

 ・ルーチンでやっているから、

 ・先輩に言われたから、

 ・コンサルタントの指示だから、

 ・やらないと不安だから、

 ・やっておかないと誰かに何か言われたときに言い訳が立たないから、

など「自分の不安症候群」を治療するのではなく、本当に患者のためになる有効な治療法なのか、という疑問を常に自分に発してみることが重要です。率直に、全国で行われているはずの“予防的な周術期冠血管拡張薬の使用”を止めるだけでいくら医療費が浮くんだろう、と思います。その一方で医療者は、自分に対する直接の影響がなく、患者に良いことをしているという“自分のココロのなぐさめ”になるなら「四の五の言わずに使っておけばいいじゃん」と思う人はなかなか減らないであろうという懸念は消えません。

 

<注です>

注1:以下、昔書いた文章(LiSA 2008; 15:606-610)の“冠動脈バイパス術周術期における冠血管拡張薬の役割”の引用改変になりますが、以下。

 本邦では、冠動脈バイパス術や心血管リスクをもつ非心臓手術におけるニトログリセリン、ジルチアゼム、ニコランジルなどの周術期持続投与が、あたかも虚血に対する“免罪符”のように一人歩きをしている。冠動脈疾患の既往歴のある患者の胃切除術中に硝酸薬の予防投与を行い、血管内容量が低下して血圧85/42mmHg、心拍数102/分になった場合でも「冠動脈発作予防のために中止すべきでない(あるいはテープの場合ならはがすな)」と考える人も多いのではないか。“冠動脈を開くから”、“使っておけば安心”という無思慮な使用になっていないだろうか。ニトログリセリンがなぜ狭心症発作を解除するかを知っていれば少しはこのような使用法が減るのではないだろうか(上記)。

 筆者が危惧するのは、若い麻酔科医や将来外科医や内科医になる麻酔ローテーターが、冠動脈疾患患者の周術期には、このような免罪符さえ投与しておけば安心と、勘違いすることである。一番重要なのは、冠動脈疾患患者の循環管理の基本、すなわち心筋の酸素需給バランスの理解にもとづいた管理を教えることではないか。

 

注2:麻酔科専門医レベルで知っておくべき“ニトログリセリンのトリビア”は、「ニトログリセリンがどのレベルの冠動脈を開くか」ですよね。わかりやすい解説は以下。

1. 冠動脈病変を含む虚血領域の末梢の“細い”心内膜下の冠動脈は、自己調節能により冠血流を増やそうとして最大限に拡張している

2. ジピリダモールやイソフルレンは、自己調節能を無効にして正常、異常領域に関わらず“細い”冠動脈を一様に拡張させるので、相対的に正常部領域の血流が増え、虚血領域の血流が減る(冠動脈盗血現象: コロナリー・スティール)

3. 一方、ニトログリセリンは心外膜側の比較的太い冠動脈を拡張し、自己調節能を温存するので コロナリー・スティール は起こさないので、虚血性心疾患患者に有利である

 

<文献>

文献1:PMID: 11965271

文献2:PMID: 17964349

文献3:PMID 18662629、PMID: 15454860など

文献4:PMID: 17321926

文献5:PMID: 19884473

文献6:PMID: 15911720

文献7:PMID: 20937981

文献8:Michel T.  Treatment of myocardial ischemia.  In: Brunton LL, Lazo JS, Parker KL.  Goodman and Gilman’s the pharmacological basis of therapeutics.  11th ed.  New York: McGraw-Hill, 2005