知的財産研究室

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自炊代行第2次訴訟控訴審判決についての一考察

2015-03-06 07:18:47 | 著作権

自炊代行第2次訴訟控訴審判決についての一考察

1 事案の概要
1-1 本件作家らの請求の概要
本件は、小説家、漫画家又は漫画原作者である本件作家ら(以下「本件作家ら」)が、ドライバレッジら有限会社ドライバレッジジャパン(以下「ドライバレッジ」)は、顧客から電子ファイル化の依頼があった書籍について、著作権者の許諾を受けることなく、スキャナーで書籍を読み取って電子ファイルを作成し、その電子ファイルを顧客に納品しているところ(以下、この一連のサービスを「本件サービス」)、注文を受けた書籍には、本件作家らが著作権を有する原判決別紙作品目録1~7記載の作品(以下、併せて「原告作品」)が多数含まれている蓋然性が高く、今後注文を受ける書籍にも含まれる蓋然性が高いから、本件作家らの著作権(複製権)が侵害されるおそれがあるなどと主張し、〈1〉著作権法112条1項に基づく差止請求として、ドライバレッジに対し、第三者から委託を受けて原告作品が印刷された書籍を電子的方法により複製することの禁止を求めるとともに、〈2〉不法行為に基づく損害賠償として、ドライバレッジらに対し、弁護士費用相当額として本件作家1名につき21万円(附帯請求として訴状送達の日の翌日〔ドライバレッジにつき平成24年12月2日、Xにつき同月7日〕から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)の連帯支払を求める事案である。
このような自炊代行業者に対する民事訴訟は二件目であり、自炊代行第2次訴訟と位置づけられる。

1-2 原判決の概要
原判決は、ドライバレッジの行為は本件作家らの著作権を侵害するおそれがあり、著作権法30条1項の私的使用のための複製の抗弁も理由がなく、同ドライバレッジらに対する差止めの必要性を否定する事情も見当たらないとして、本件作家らのドライバレッジらに対する著作権法112条1項に基づく差止請求を認容するとともに、本件作家らのドライバレッジらに対する不法行為に基づく損害賠償請求を本件作家1名につき10万円及び遅延損害金の連帯支払を求める限度で認容したため、ドライバレッジらがこれを不服として控訴したものである。

2 主たる争点
ア ドライバレッジによる複製行為の有無(複製行為の主体性及び複製該当性の判断)
イ 著作権法30条1項(私的使用のための複製)の適用の可否
ウ 差止めの必要性

3 判旨
3-1 争点アについて
(1)複製行為の主体性の判断
「著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。」(著作権法21条)ところ、「複製」とは、著作物を「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」である(同法2条1項15号)。そして、複製行為の主体とは、複製の意思をもって自ら複製行為を行う者をいうと解される。
本件サービスは、〈1〉利用者がドライバレッジに書籍の電子ファイル化を申し込む、〈2〉利用者は、ドライバレッジに書籍を送付する、〈3〉ドライバレッジは、書籍をスキャンしやすいように裁断する、〈4〉ドライバレッジは、裁断した書籍を控訴人ドライバレッジが管理するスキャナーで読み込み電子ファイル化する、〈5〉完成した電子ファイルを利用者がインターネットにより電子ファイルのままダウンロードするか又はDVD等の媒体に記録されたものとして受領するという一連の経過をたどるものであるが、このうち〈4〉の、裁断した書籍をスキャナーで読み込み電子ファイル化する行為が、本件サービスにおいて著作物である書籍について有形的再製をする行為、すなわち「複製」行為に当たることは明らかであって、この行為は、本件サービスを運営するドライバレッジのみが専ら業務として行っており、利用者は同行為には全く関与していない。
そして、ドライバレッジは、独立した事業者として、営利を目的として本件サービスの内容を自ら決定し、スキャン複製に必要な機器及び事務所を準備・確保した上で、インターネットで宣伝広告を行うことにより不特定多数の一般顧客である利用者を誘引し、その管理・支配の下で、利用者から送付された書籍を裁断し、スキャナで読み込んで電子ファイルを作成することにより書籍を複製し、当該電子ファイルの検品を行って利用者に納品し、利用者から対価を得る本件サービスを行っている。
そうすると、ドライバレッジは、利用者と対等な契約主体であり、営利を目的とする独立した事業主体として、本件サービスにおける複製行為を行っているのであるから、本件サービスにおける複製行為の主体であると認めるのが相当である。

(2) 「複製」該当性の判断
ドライバレッジらは、「複製」といえるためには、オリジナル又は複製物に格納された情報を格納する媒体を有形的に再製することに加え、当該再製行為により複製物の数を増加させることが必要であるが、本件サービスにおいては、複製物である書籍を裁断し、そこに格納された情報をスキャニングにより電子化して電子データに置換した上、原則として裁断本を廃棄するものであって、その過程全体において、複製物の数が増加するものではないから、「複製」行為は存在せず、著作権(複製権)侵害は成立しない旨主張する。
しかし、「複製」とは、著作物を「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」である(同法2条1項15号)。本件サービスにおいては、書籍をスキャナーで読みとり、電子化されたファイルが作成されており、著作物である書籍についての有形的再製が行われていることは明らかであるから、複製行為が存在するということができるのであって、有形的再製後の著作物及び複製物の個数によって「複製」の有無が左右されるものではない。

3-2 争点イについて
(1)ドライバレッジによる複製について
著作権法30条1項(以下、単に「法30条」ということがある)は、〈1〉「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用することを目的とする」こと、及び〈2〉「その使用する者が複製する」ことを要件として、私的使用のための複製に対して著作権者の複製権を制限している。
そして、ドライバレッジは本件サービスにおける複製行為の主体と認められるから、ドライバレッジについて、上記要件の有無を検討することとなる。しかるに、ドライバレッジは、営利を目的として、顧客である不特定多数の利用者に複製物である電子ファイルを納品・提供するために複製を行っているのであるから、「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用することを目的とする」ということはできず、上記〈1〉の要件を欠く。また、ドライバレッジは複製行為の主体であるのに対し、複製された電子ファイルを私的使用する者は利用者であることから、「その使用する者が複製する」ということはできず、上記〈2〉の要件も欠く。
したがって、ドライバレッジについて法30条1項を適用する余地はない。

(2)著作権法30条1項の拡張解釈の可否
ドライバレッジらは、著作権法30条1項の趣旨は、私的複製は零細、微々たるものであるから、これが行われても著作権者に与える影響が軽微なこと、私的領域内の私人の自由な行為を保障すべきことにあるところ、本件サービスは、利用者個人が、私的領域において自由かつ簡単にできる書籍の電子ファイル化を代行するものにすぎず、利用者が書籍の購入、電子ファイル化する書籍の選別、送付、電子ファイルの様式に関する具体的な指示等をしていることから、利用者の私的領域内における自由な行為を実現するものであり、また、本件サービスにおいては、利用者が適法に取得した書籍を対象としており、権利者に対価が還元されていること、電子ファイル化に供された書籍は廃棄され、同一書籍から複数回の複製がされることはなく、大量複製を誘発しないこと、明示的に電子ファイル化を拒否する権利者の書籍については不可作家として本件サービスを利用できないことなど、本件サービスは零細な事業であり、著作権者に経済的な不利益を与えるものではないことをも考慮すれば、本件サービスによる書籍の電子ファイル化については、同条項の趣旨が妥当し、仮に控訴人ドライバレッジが利用者の手足といえないような場合であっても、控訴人ドライバレッジによる複製は利用者である「その使用する者」がした複製に当たり、同条項の適用がある旨主張する。
著作権法30条1項は、個人の私的な領域における活動の自由を保障する必要性があり、また閉鎖的な私的領域内での零細な利用にとどまるのであれば、著作権者への経済的打撃が少ないことなどに鑑みて規定されたものである。そのため、同条項の要件として、著作物の使用範囲を「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用することを目的とする」(私的使用目的)ものに限定するとともに、これに加えて、複製行為の主体について「その使用する者が複製する」との限定を付すことによって、個人的又は家庭内のような閉鎖的な私的領域における零細な複製のみを許容し、私的複製の過程に外部の者が介入することを排除し、私的複製の量を抑制するとの趣旨・目的を実現しようとしたものと解される。そうすると、本件サービスにおける複製行為が、利用者個人が私的領域内で行い得る行為にすぎず、本件サービスにおいては、利用者が複製する著作物を決定するものであったとしても、独立した複製代行業者として本件サービスを営む控訴人ドライバレッジが著作物である書籍の電子ファイル化という複製をすることは、私的複製の過程に外部の者が介入することにほかならず、複製の量が増大し、私的複製の量を抑制するとの同条項の趣旨・目的が損なわれ、著作権者が実質的な不利益を被るおそれがあるから、「その使用する者が複製する」との要件を充足しないと解すべきである。

3-3 争点ウについて
ドライバレッジは、スキャン事業として、会員登録をした利用者から利用申込みがあると、有償で、書籍をスキャナーで読み取ることにより、書籍を電子的方法により複製して、電子ファイルを作成している。
そして、ドライバレッジは、被控訴人らを含む作家122名及び出版社7社から送付され、その内容として同作家らはスキャン事業における利用を許諾していないが、同作家らの作品について依頼があればスキャン事業を行う予定があるかなどの質問が記載された本件質問書に対し、同作家らの作品について、利用者の依頼があってもスキャン事業を行うことがない旨回答し、そのウェブサイトにスキャン対応不可の著作者一覧として被控訴人らを含む著作者120名を掲載しながらも、本件質問書において利用を許諾しない作家として記載され、かつ、ドライバレッジのウェブサイトのスキャン対応不可の著作者一覧に掲載されている本件作家らの各作品について、利用者の注文を受けて、スキャンによって作成したPDFファイルを収録したDVDを納品し、さらに、本件質問書に対して回答した翌月である平成23年10月から平成25年1月までの間に、原告作品を合計557冊スキャンし電子ファイル化して利用者に納品している。
そうすると、ドライバレッジは、今後も、本件サービスにおいて、原告作品をスキャナで読み取って電子ファイルを作成し、被控訴人らの著作権を侵害するおそれがあるというべきであるから、控訴人ドライバレッジに対し、第三者から委託を受けて原告作品が印刷された書籍を電子的方法により複製することを差し止める必要性がある。

4 検討
4-1 本件判決は、いわゆる自炊代行訴訟の控訴審判決である。筆者は、原審において被告らの代理人であったが、控訴審には関与していないので、本ブログにおいて暫定的な私見を述べることとする。

4-2 ドライバレッジによる複製行為の有無(複製行為の主体性及び複製該当性の判断)について
4-2-1 複製行為の主体性
本判決は、著作権法上の複製の定義規定から、端的に、ドライバレッジを複製の主体であると判断している。
「複製」該当性は後に検討するとして、この点については、まず、いわゆる「枢要行為」理論に基づき、利用者が複製の「主体」であるとの見解がある。確かに、利用者による対象書籍の購入、ドライバレッジに対する裁断・スキャンの依頼、対象書籍の送付等の行為は、対象書籍のスキャンを中核とする本件サービスを実現させるための不可欠な行為であり、「枢要行為」であるといえるものであり、そうとすれば、利用者が複製の「主体」であるとも解される。しかし、自動複写機による複写等の単純な複製の場合と異なり、一連の行為から構成される本件サービスにおいては、「枢要行為」が一つ(あるいは一組)しか存在しないと解する根拠はなく(複数の「枢要行為」が両立し得ることを否定する理由はないように思える)、利用者の行為が「枢要行為」であるからといって、ドライバレッジの行為が「枢要行為」該当しないとはいえないから、かかる見解は失当であると言わざるを得ないし.そもそも、物理的に複製行為を行っている者が複製の主体ではないという解釈は原則として無理である(中山「著作権法[第2版]」603ページ)。
また、ドライバレッジは利用者の手足にすぎないとの見解もあるが、ドライバレッジが独立した事業者の主たる業務として本件サービスを提供している以上(この点において、秘書等の補助者による複製がその提供するサービスの一要素を構成するものにすぎないこととは様相を異にする)、利用者の手足にすぎないとは評価できない。また、本件判決の認定するとおり、本件サービスは、保存したPDFファイルを修正作業のためJPEG形式に変換し、JPEG形式のファイルに対して、Hough変換処理(紙粉によるスジノイズ検知)や各頁の縦横サイズ計算(縦横のサイズが異なる頁を検知)を行った上で、検品システムに目視検品が可能なリストが表示され、リストに表示されたファイルを目視で全頁検品することにより、頁折れ、ゴミの付着の有無、紙粉スジの有無、傾斜、歪み、糊の跡、頁の順番、落丁、重複等がチェックされるのみならず、目視による検品の後、書籍をありのまま再現し、スキャンにより生じたノイズを取り除くために、画像編集ソフトによる修正作業を行うという独自の付加価値を提供する優れたものであるが故に、利用者が可能な行為を「手足」が代行しているとは言い難い。
このように考えてくると、むしろ、本件サービスが、利用者の行為とドライバレッジの行為とにより構成されるものであることに照らせば、本件サービスにおける「複製」は、利用者とドライバレッジの共同行為と評価すべきではないかと思われる(共同行為説)。

4-2-2 「複製」該当性
本件に特有の主張として、本件サービスの前後において複製物の数は増加しないから、本件サービスの中核行為たるスキャンは「複製」に該当しないとの見解がある。
思うに、複製物の数が増加しない以上、著作権者に経済的損害は生じないから、そのような有形的再製は、「複製」に該当しないとの見解は全く検討に値しないというものではあるまい。しかし、本件サービスにおいては、有形的再製により複製物の属性が書籍から電子ファイルに転換することにより(デジタル化することにより)、その後の無断複製の抽象的危険性が高まることは否定できないであろう。従って、刑事罰との関係は格別、差止請求権の要件としての「複製」該当性を否定する解釈は、少なくとも時期尚早であるといえよう。

4-3 著作権法30条1項(私的使用のための複製)の適用
4-3-1 法体系の一部としての著作権法
本判決は、ドライバレッジが複製行為の主体である以上、法30条1項の適用の余地はないと判断している。
確かに、ドライバレッジのみを複製行為の主体と把握すれば、このような結論になるだろう。
しかし、前記のとおり、本件サービスにおける「複製」は、利用者とドライバレッジの共同行為であると解されるところ、そうであるとすれば、利用者について、「使用する者が複製」という要件を充足し、当該「複製」行為は、適法と判断される可能性がある。そして、このように解するならば、共同行為者たる利用者の行為が適法である以上、共同行為者たるドライバレッジの行為も適法となるだろう。なぜなら、このように解さないと、利用者の行為が著作権法30条1項により憲法上保障される私的領域における活動の自由(私的活動の自由)の範囲内のものとして適法と評価されることが無意味になるからである。
この見解に対しては、同項の趣旨について、本判決のように、「個人の私的な領域における活動の自由を保障する必要性があり、また閉鎖的な私的領域内での零細な利用にとどまるのであれば、著作権者への経済的打撃が少ないことなどに鑑みて規定されたものであ」ると理解する立場からは、強い反対があることが当然に予想される。
確かに、立法担当者の見解によれば、同項の趣旨は、複製が禁圧されるべきことを当然の前提として、「閉鎖的な私的領域における零細な複製のみを許容」するものとされており、このように解するならば、本判決の理解が正しいことになろう。そして、この解釈を前提とする限り、本件サービスを利用者及びドライバレッジの共同行為と捉えたとしても、同項も適用を肯定することは難しい。けだし、前記のとおり、本件サービスは、独自の付加価値の高いものであり、従って、少なくともドライバレッジに関しては、他の低価格を売りにする業者とは異なり、利用者が可能な行為を単純に代行しているだけとは到底いえず、「閉鎖的な私的領域における零細な複製」がなされているだけとの主張は事実認定の問題として成立しないと言わざるを得ない。
しかし、そもそも、私的領域における活動の自由は一般的行為の自由の一環として、憲法13条により保障されているものではないだろうか。そうであるとすれば、知的財産の重要性を啓蒙する必要性が高かった立法当時は格別、現時点においては、複製が禁圧されるべきことを当然の前提と解するべきではなく、複製禁止が正当化されるのは、一般的行為の自由(私的領域における活動の自由)を不当に制約しない限度においてであり、同項は、「文化的所産の公正な利用」を不可欠の構成要素とする「文化の発展に寄与する」(著作権法1条参照)ため、著作者の利益を不当に害さない限度においてという制約の下、複製の自由を確保することを趣旨とするものであると理解すべきである。およそ全ての創作活動は先行作品を享受することから始まることに思いを致せば、創作活動の前提としての先行作品に対するアクセスを容易にするための「複製の自由」を一定限度において確保することは重要であるというべきである。このように、著作権法の解釈に憲法的視点を持ち込むことについては、中山教授の以下のご指摘が参考になろう。すなわち、中山教授は、「著作権法は,単に人絡椎と財産権を定めるだけの法ではなく,その背後に表現の自由,競争・産業政策の問題,芸術政策の問題等々の広い分野との関連を指摘することができる。これらは条文上,直接的に現れているものではないが,著作権法を考える際には,常に念頭においておく必要がある」(中山「著作権法[第2版]11ページ)、「従来の著作権法学は、著作権法解釈学が中心であり、著作権法単体で論じられることが多かった。しかし著作権法といえども国家の法体系の一部であり、他の分野と隔絶して存在することはあり得ない。特にデジタル時代においては、民法や独禁法や憲法を中心とした他の法分野との関わりが重要となろう。現実の社会の中では、著作権法は一つの歯車として機能しているのであり、他の諸法と有機的に結びついている。著作権法一つだけを取り出して検討しても。それは死体解剖にすぎず、生きた著作権法ではない」と述べておられるのである。
また、そもそも、著作権は「全き権利」であり、制限規定は特別に許される例外と考えるべきではない。この点については、中山教授も、「著作権法は情報の独占的利用帷を認める法であるために権利が強すぎる場合もあり,また独占的権利である以上,競争法的観点から強きに過ぎる権利を制限しなければならない場合もある。その手段としては,権利の制限という方法もあれば(30条以下),各支分権の条文の中で権利内容を画するという方法もあるが,いずれにせよ権利の制限規定は権利者から権利を奪うための規定ではなく,権利の本来あるべき姿を拙き出していると考えるべきである。そもそも著作権は天賦の人権ではなく,その内容は元来公共財である情報をどの範囲で切り取って,どのような内容の権利を創作者に分配することが情報の豊富化につながるか,あるいは情報の過小生産・社会的非効率を防ぐ手段として妥当なものであるのか,という観点から決められるべき性質のものである。著作権法は,創作者に独占的な権利を付与しているが,その目的は文化の発展にあり,そのためには著作者の経済的利益と情報を利用する社会一般との調和を図る必要があるから,権利に制限があるのは当然である。30条以下は制限規定であるがゆえに限定的に解釈しなければならないという考えもあるが,上述のように権利の制限にはそれなりの理由があるのであり,制限規定であるから限定的に解釈しなければならない理由はない」(中山「著作権法[第2版]281ページ)と述べておられるところである。
この中山教授のご指摘を私なりに推し進めれば、以下のような見解に至る。すなわち、著作物を利用する自由が原則であり、著作権による制限こそが例外なのであるから、制限規定を殊更狭く解釈するべきではなく、日本の著作権法の改正の歴史が権利範囲の拡大(支分権の追加)を先行させる歴史であり、また、日本の著作権法上、未だに包括的一般的な権利制限規定が存在しないことに照らせば、むしろ、「著作者の利益を不当に害さない限度」という制約条件の下、可能な限り拡大解釈を試みるべきとさえ思えるのである。

4-3ー2 私見
(1)著作権法の構造
著作権法は、著作物について、全ての利用行為を規制の対象とするものではなく、「私的でない複製」と「公に提示・提供する行為」のみを禁止するものである(前田「著作権の間接侵害論と私的な利用に関する権利制限の意義についての考察」(知的財産法政策学研究Vol.40)182頁)ところ、「複製」については、「複製」全般を禁止行為と規定した上で(著作権法21条)、30条以下の制限規定により、この禁止を解除するという仕組みを採用している。この仕組みを前提として、30条以下の制限規定は例外であって、厳格に解釈すべきとの見解もあるが、そもそも著作権による規制が情報の自由利用に対する例外なのであって、30条以下の制限規定は、原則に立ち返るものであるから、厳格に解釈すべきとの見解は成り立たず、むしろ、時代により変化する社会的要請に応じて「文化的所産である著作物の公正な利用」(著作権法1条)を確保するために柔軟に解釈されるべきものである。

(2)利用方法確保説
30条の立法趣旨は、情報の自由利用の原則を背景として、著作物の多様な利用方法を確保させることに求めるべきである。すなわち、書籍に即していえば、書籍の利用方法としては、書籍という媒体をそのまま閲覧することが典型的な利用方法であるが、これ以外にも、筆写することにより理解を深めたり、一部を複製してファイルすることにより自分なりのデータベースを作成することにより、自己の創作等の素材・インセンティブとする等、多様なものが想定される。このように、著作物について、個人の創意工夫に基づく多様な利用方法を確保することは、文化の発展に寄与する(著作権法1条)ものであり、著作権法の予定するところであるとともに、自由主義の理念に合致するといえる。
もっとも、たとえ、著作物の多様な利用方法の確保のためのものであっても、著作権者の正当な利益を害するような規律は許されない。
この点、書籍に即して言えば、著作権者は、書籍が販売される過程の必須の要素である複製と最初の譲渡について禁止権を有しており、この禁止権を背景として正当な対価を得る機会が与えられているから、読者が書籍を購入した後に行う複製については、原則として、著作権者に禁止権に与える必要はない。但し、その複製が、複製物を公衆に譲渡又は閲覧させる等の目的で行われる場合等は、著作権者の正当な利益を害することになるため、禁止権の対象にすべきであり、そのために、「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られて範囲内において使用すること(以下「私的使用」という)」を目的とするとき」という要件(以下「私的使用目的要件」)が設定されている。そして、使用者以外の者の発意に基づいて複製が行われる場合には、当該複製は、私的使用のためのものではないことが多いことから、私的使用目的要件の充足を担保するために、「使用する者が複製」という要件が設定されている。また、この場合の「使用者」は、著作物の媒体を正当に取得した者でなければならない。

(3)「使用する者が複製」の解釈
ア 委託複製含有説
このように、30条の立法趣旨を、著作物の多様な利用方法の確保に求めた上で、私的使用目的要件により著作権者の正当な利益が保護されていると解するならば、「使用する者が複製」という要件の意義は、当該複製の対象となる著作物を格納する媒体が正当に取得されたこと(著作権者に対価を得る機会が与えられていたこと)を担保するとともに、私的使用目的要件の充足を担保することにあることになる。
以上の理解を前提とすれば、「使用する者が複製」といえるためには、使用者自身が物理的に複製する場合のみならず、第三者に委託して複製させる(以下「委託複製」)場合も含まれると解すべきである(委託複製含有説)。けだし、委託複製を禁止権の対象としないことは、自ら複製する時間的余裕等のない者に対して私的使用目的の複製の機会を確保し著作物の多様な利用方法の確保を促進することにつながるものであり、30条の趣旨に合致するからである。
もっとも、前記の30条の趣旨に照らせば、「使用する者が複製」に該当する委託複製といえるためには、以下の要件が必要である(奧邸弘司「著作権法三0条一項の「使用する者が普請することができる」の意義(「紋谷古希記念「知的財産法と競争法の現代的意義」)927頁以下参照)。
第1に、「委託」である以上、使用者が当該複製を行うことを発意したことが必要である。
第2に、「使用する者が複製」という要件の意義は、当該複製の対象となる著作物を格納する媒体が正当に取得されたこと(著作権者に対価を得る機会が与えられていたこと)を担保することにあるから、委託者たる使用者が当該媒体を選択・調達することが必要である。
第3に、当該複製物は、当該媒体を正当に取得した者に対してのみ提供されることが必要である。けだし、当該媒体が第三者に提供されるとすれば、著作権者の正当な利益が害されるからである。

(4) あてはめ
これを本件について見ると、被告ドライバレッジの提供するサービスは、利用者の依頼に基づくものであるから、「使用者が当該複製を行うことを発意した」ものであるといえる。そして、対象の書籍は利用者が購入し、被告ドライバレッジに送付したものであるから、「委託者たる使用者が当該媒体を選択・調達したものである」といえる。さらに、被告ドライバレッジは、生成された電子データを利用者に納品しており、電子データ及び裁断本の販売は行っていないのであるから、「当該複製物は、当該媒体を正当に取得した者に対してのみ提供される」ものであるといえる。
。以上の点に照らせば、被告ドライバレッジの提供するサービスは、利用者の委託に基づくものであり、当該サービスの提供過程で生じる「複製」は30条により許容されるものであることが明らかである。 

4-4 差止めの必要性
本判決は、「本件質問に対する後の平成23年10月から平成25年1月までの間に、原告作品を合計557冊スキャンし電子ファイル化して利用者に納品してる」ことを根拠として、差止めの必要性を肯定している。しかし、本判決の口頭弁論終結日は平成26年10月22日である。認定された最後の納品行為から1年10ヶ月も経過しているにもかかわらず、差止めの必要性をあっさりと肯定したことには疑問が残る。
仮に、本件作家らの経済的利益が害されるとしても、そのことに対する救済は損害賠償請求によって十分なのであって(しかも請求されているのは弁護士費用のみである)、人間の生存・健康や人格に関わらない権利・利益の侵害について差止めという強力な救済手段を与えるためには、少なくとも解釈上、[1]回復不可能な損害の存在 、[2]損害賠償等の法による救済が不十分であること、[3]両当事者に生ずる不利益のバランス、[4]公共の利益が害されないこと等の要件を課すべきではなからうか。


4-5 補足
4-5-1 不法行為に基づく解決
ドライバレッジが、本件質問に対して、スキャンをしない旨の回答を送付しながら、557冊ものスキャンをしたことは非難されるべきであることは勿論である。本件作家らの自著に対する愛着を踏みにじっているからである。しかし、その行為は故意ではなく、チェック体制の不備という過失に基づくものにすぎない。従って、それに対する制裁は不法行為に基づく損害賠償請求がふさわしい。

4-5-2 原告らの訴訟戦略
今回の原告らの訴訟戦略は良く練られたものであり、流石という他ない。
第1に、本件サービスの書籍は正当な対価を支払って入手されたものであり、また、ドライバレッジが裁断本を廃棄している以上、本件作家らに経済的損害がないのではないかという論点を回避するために、損害賠償請求としては弁護士費用相当額のみを請求することによりこの論点を巧みに回避した(もっとも認容額10万円は不満であろう)。
第2に、本件質問に対する回答に反する行為をしたドライバレッジを第2次訴訟のターゲットとしていることである。比較的悪質性の高いドライバレッジを被告とすることにより勝訴判決を勝ち取り、本命の自炊代行業界大手企業を相手とする訴訟を優位に進めるつもりなのだろう。これは、JASRACがカラオケ法理を定着・拡大させるときに用いた戦略と同じであり、相応の効果があると思われる。
従って、自炊代行業界、クラウドサービスビジネスを展開している企業、常に著作権との戦いを強いられているIT企業としては、ドライバレッジが最高裁においても敗訴した場合、強烈なダメージを被るリスクがあることを認識し、ドライバレッジに対して、人的物的な最大限の支援を行うことを真摯に検討すべきではないか。勿論、電子書籍が普及した今日においては、法律問題としてではなく、ビジネス交渉としてコンテンツ業界と折り合いを付けていくこともあり得るが、そういう選択をするならば、それは、慎重に検討した結果としての「選択」でなければならない。

以上

 


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