醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより   1531号   白井一道

2020-09-26 07:47:30 | 随筆・小説



 元徴用工問題の解決は98年「日韓共同宣言」の精神に基づいて

「65年請求権協定への先祖返りでは日韓の友好は実現できない」                                                      内田雅敏さん(弁護士)

 植民地支配の清算問題を封じ込めた65年請求権協定
 韓国大法院が元徴用工への賠償を命ずる判決をなした時、1965年の日韓基本条約・請求権協定で解決済みと、裁判当事者の企業よりも声高にこの判決を批判したのが日本政府だった。元徴用工問題解決の鍵はこの辺りにある。
 類似の中国人強制労働問題で、花岡(鹿島建設)、西松建設、三菱マテリアルらが、それぞれの「企業哲学」に基づき、強制労働による加害の事実と責任を認め、謝罪、賠償をし、被害者・遺族らと和解したとき、当時の日本政府は、民間の問題として一切口を挟まなかった。各メディアも、和解を歓迎し、この問題の全面解決に向けて<次は政府が動き出す番だ>と主張した。
 然るに、韓国元徴用工問題については、日本政府は、当事者の企業による自発的解決を一切許さないばかりか、対抗策として輸出規制までした。歴史問題は経済制裁では解決できない。事態を悪化させるだけだ。
 日中の国交正常化をさせた1972年の日中共同声明は前文で、「日本側は、過去において日本国が戦争を通じて中国国民に対し重大な損害を与えたことについて責任を痛感し、深く反省する」と日本の中国侵略について認めた。その意味では日中両国は、歴史認識を共有している。
 日韓の国交正常化をさせた65年の日韓基本条約・請求権協定では、日韓間では交渉開始の当初から懸案となっていた日本の韓国に対する植民地支配に関する反省も謝罪もなかった。日韓両国は、歴史認識を共有しないまま、米国の強い「指導」の下に国交正常化をした。65年協定は当初から火種を抱えていたが冷戦がこれを封じ込めてきた。
 須之部量三元外務省事務次官は、退官後だが、日韓請求権協定について「(これらの賠償は)日本経済が本当に復興する以前のことで、どうしても日本の負担を『値切る』ことに重点がかかっていた」のであって、「条約的、法的には確かに済んだけれども何か釈然としない不満が残ってしまう」と率直に語っている(『外交フォーラム』1992年2月号)。
 栗山尚一元駐米大使も、「和解――日本外交の課題 反省を行動で示す努力を」(『外交フォーラム』2006年1月号」)で、
 「……国家が過ちを犯しやすい人間の産物である以上、歴史に暗い部分があるのは当然であり、恥ずべきことではないからである。むしろ、過去の過ちを過ちとして認めることは、その国の道義的立場を強くする。(中略)
 このような条約その他の文書(サンフランシスコ講和条約、日中共同声明、日韓請求権協定等―筆者注)は、戦争や植民地支配といった不正常な状態に終止符を打ち、正常な国家関係を樹立するためには欠かせない過程であるが、それだけでは和解は達成されない。(中略)
 加害者と被害者との間の和解には、世代を超えた双方の勇気と努力を必要とする。それは加害者にとっては、過去と正面から向き合う勇気と反省を忘れない努力を意味し、被害者にとっては、過去の歴史と現在を区別する勇気であり、そのうえで、相手を許して、受け入れる努力である」と述べている。

1998年「21世紀に向けての日韓パートナー宣言」
 植民地支配に関する日韓の歴史認識の共有は1998年、金大中大統領・小渕首相による日韓共同宣言まで待たねばならなかった。同宣言は「日韓両国が21世紀の確固たる善隣、友好、協力関係を構築していくためには、両国が過去を直視し、相互理解と信頼に基づく関係を発展させていくことが重要である」、「小渕総理大臣は、今世紀の日韓両国関係を回顧し、我が国が過去の一時期韓国国民に対し植民地支配により多大の損害と苦痛を与えたという歴史的事実を謙虚に受けとめ、これに対し、痛切な反省と心からのお詫びを述べた。
 金大中大統領は、かかる小渕総理大臣の歴史認識の表明を真摯に受けとめ、これを評価すると同時に、両国が過去の不幸な歴史を乗り越えて和解と善隣友好協力に基づいた未来志向的な関係を発展させるためにお互いに努力することが時代の要請である旨表明した」と述べる。同宣言は95年8月15日、戦後50年の節目に際し、植民地支配と侵略について痛切な反省と心からのお詫びを表明した村山首相談話を踏襲したものである。歴代政権は村山首相談話を踏襲してきた。
 このように植民地支配の不当性について認識を共有している今日の日韓関係では、安倍政権が「一歩も引かない」としている65年協定は、すでに克服され単独では存立しえない。
 韓国元徴用工問題の解決は、65年日韓基本条約・請求権協定に先祖返りするのでなく、これを補完・修正した98年日韓共同宣言に基づき、「過去を直視し」、当該各企業の自発的な解決に委ねられるべきだ。
捕虜酷使・虐待の賠償を規定したサンフランシスコ講和条約第16条
 サンフランシスコ講和条約第14条は日本の戦争賠償を免除しているが、他方で、捕虜の酷使・虐待については日本政府の賠償義務を認めている。同条約第16条[捕虜に対する賠償と非連合国にある日本資産]は以下のように述べている。
 「日本国の捕虜であった間に不当な苦難を被った連合国軍隊の構成員に償いをする願望の表現として、日本国は、戦争中中立であった国にある又は連合国のいずれかと戦争していた国にある日本国およびその国民の資産又は、日本国が選択するときは、これらの資産と等価のものを赤十字国際委員会に引き渡すものとし、同委員会はこれらの資産を清算し、且つ、その結果生ずる資金を、同委員会が衡平であると決定する基礎において捕虜であった者及びその家族のために適当な国内機関に対して分配しなければならない。」
 法律用語特有の「悪文」だが、その趣旨は、戦争相手の連合国以外の国にあった日本国、日本国民の資産を処分して、これを酷使・虐待された連合国軍捕虜に対する賠償に使いなさいというものだ(連合国内にあった日本の資産はもちろん没収)。
 この規定は、14条による賠償免除の例外規定だが、ポツダム宣言第10項前段「われ等の俘虜を虐待せる者を含む一切の戦争犯罪人に対しては厳重なる処罰を加えられるべし」を受けてのものであり、酷使・虐待された連合国軍捕虜らは、賠償免除に納得できず、彼らを宥めるために設けられた例外規定だ。
 この規定によりイギリス軍、オランダ軍の元捕虜らに対していくばくかの「賠償金」が支給されたが、その額はわずかのものであったようだ。
 これに関連して、村山政権以降、外務省の所管で元捕虜・遺族らを日本の故地(強制労働させられた地)に招いての「平和友好交流事業」が行われており、来日した元捕虜・遺族らはずいぶん気持ちを和らげて帰国されているようだ。2020年8月22日付朝日新聞は、「今は日本を許す、でも忘れない」という見出しで、戦時中、日本軍の捕虜として,泰緬鉄道建設現場で、強制労働させられた元オーストラリア軍兵士キース・ファウラーさんからの聴き取り記事を掲載している。
 苛酷な労働、粗末な食事、仲間が次々亡くなった。ただただ日本を憎んでいた。しかし、数年前、日本の外務省の交流事業で日本に招かれ、市民交流で経験を語った後、若い女性4,5人に囲まれた。「私たちに何がおきたのかに関心を共感し、悲しんでくれた。自分は日本兵の日本を知るだけだった、日本に来て、違う考え方をする新しい世代を知った。」「今は日本を許せる。でも忘れない。ただ、許さなければ、過去を乗り越えられないと思えるようになった。」と語った。こうした取組みがなされ、こうした取組みがなされていることがもっと知られるべきだ(内海愛子恵泉女学園大学名誉教授)。
 元徴用工・遺族らに対してもこのような取組みがなされるべきではないか。
韓国側からもドイツでの基金を参考にした柔軟な解決策の提示もなされている。判決の執行では真の解決とはならない。恨みが残るだけだ。


醸楽庵だより   1530号   白井一道

2020-09-25 12:59:17 | 随筆・小説



 森崎東映画監督を追悼する



 今年7月に亡くなった森崎東監督は、特に感銘を受けて夢中になって鑑賞した作り手だ。近年も、名画座の特集上映の際には中年はもちろん、若い男女の客からも容赦なく涙を搾り取っていた。わたしのようにすれてきて、古いコメディでこれみよがしに笑う客がキライだったり、古臭い人情噺には警戒心を怠らなかったりする人間ですら、森崎作品となると映画館の中で嗚咽が止められない。「泣かせる映画が良い」という話ではなく、森崎監督の作り出す映画は、どれもなにか尋常ならざる力で観客の心に波風を立てて、怒涛の如く平常心をなぎ倒していくのだ。抵抗したくてもアヴァンタイトルの映像がもはや魅力的で、アッと思った時には心を持っていかれている。とにかくその作品はエモーショナルで、下層社会への共鳴が深く、社会問題へ内側から鋭く切り込むような視点は他の追随を許さない。
これを読んでいる方々がこういった前口上に興味を持って、いざ配信で観ようとすると、そのタイトルで手が引っ込んでしまうかもしれない。「喜劇 女は度胸」「生まれかわった為五郎」「女咲かせます」……こんなすさまじくダサいのばかり。しかし映画本編は内容から細部の設定まで、現在に至っても最先端の問題提起が輝いている。たとえば森崎東の映画には、必ずセットや実際の建物に至るまで、廃品回収業者の人々が多く住んだ集落が映り込む。本数の多さからしてもたまたま見つけた気まぐれなロケなどではなく、撮影を行う地域の貧困集落をリサーチしているとしか思えない現場の見つけ方だ。かなり早い時期からダークツーリズムに取り組んだ映画監督として、「ハイパーハードボイルドグルメリポート」のような危険な場所への潜入撮影の先駆者といえる。
登場人物たちもストリッパー、ヒモ、ヤクザ、日雇い、斡旋師、原発作業員、実在した集落全体で泥棒をやっていた集団など、ちょっと(あるいは大きく)主流から外れてしまった者たちが主人公として描かれる。 松竹時代のストリッパーものでは森繁久彌とその妻役の中村メイコといった女優陣が、「新宿芸能社」という御座敷ストリッパーの斡旋業を営むシリーズが代表作だ。「喜劇 女は男のふるさとヨ」では、ストリッパーを志し、お金がないから片目ずつ整形をしていく緑魔子が不思議で可憐だった。緑魔子は薄幸さが似合う女優で、本作での彼女は街で出会った落ち込んだ青年を励ますために、なけなしの施せるものとして自分の体を与えようとしたところ、売春容疑で捕まってしまう。
一方、生まれ育ちはそういった界隈ではないのに、ある日社会の歯車から外れてしまって迷い込んでくる青年たちもいる。森崎作品でそんなドロップアウト組を演じる財津一郎がまた絶品だ。洗練された知的な青年なのに、ある日なぜか不思議の国のアリスのように、今まで見えていなかった下層社会に足を取られたようになる。そもそも森崎東は脚本も書く監督で、渥美清の「男はつらいよ」シリーズのキャラ作りに携わっていた。寅さんも下町の不良少年がテキヤの商いをするという、みずから流れ者になっている男だ。
今は時勢が荒んではいるけれど、多くの人が会社員となったり家業を継いだりして、死ぬまでが想像できてしまう生活に入るものだ。その日常は冒険がない代わり、安定した人生設計ができる。それはかけがえのないもので、多くの人がそうやって暮らしていっているのに、みすみす安定から脱落していく者たちはついていない、危うい星の下に生まれているのかもしれない。そんな上手く立ち回れない人間たちに対し、森崎映画は優しい。
森崎東の作品がフィーチャーするのは、一般的には非日常な仕事や暮らしを営む人々で、それは昔から周縁に広がっていた最後の手段的な社会といえる。ドロップアウトしても、気力さえあるうちはなんとか生きることの出来る場所。それは表の世界からは封をするように隠され、福祉の手が十分に行き届かなかったりする。福祉というのも表社会のルールに則って得られるものだから、周縁の社会に寝起きする暮らしの中では、不器用で保護を受けることすら難しい断絶もあるのだ。我々の生活と重なりながら別の層を作る、そんなマージナルな土地で猥雑に生きる人々を捉えたのが、森崎東の映画だった。

 映画評論家 真魚八重子


醸楽庵だより   1529号   白井一道

2020-09-24 12:26:20 | 随筆・小説



  日本の現実を知らいない自民党議員がいる



 二階俊博氏、叩き上げの庶民派扱いだが庶民の現実に疎い。資産家の政治家でも、庶民の生活実感、年金不足への危機感を感じ取ることができるなら、国民は政治に期待を託すことができる。だが、住居費も交通費も税金で賄われ、飲み代は政治資金、金銭感覚が完全に麻痺した政治家たちに、国民の痛みは分かるまい。
 いわゆる“老後資金2000万円不足問題”で、「年金がいくらとか自分の生活では心配したことありません」と言い切った麻生太郎氏。「福岡の炭鉱王」の御曹司として育ち、祖父は吉田茂・元首相。若い頃からカネに不自由したことはなく、学習院大学時代にはクレー射撃で当時の大卒初任給の4年分にあたる100万円を年間の弾丸代で使っていたと自慢げに語っている。
 また、安倍首相も岸信介・元首相を祖父に持ち、経済的に恵まれた家庭で育った。成蹊大学時代は赤いアルファロメオを乗り回していたという。
 世襲議員が多い政府・与党幹部の中で“叩き上げの庶民派”と見られがちな二階俊博・自民党幹事長も庶民の現実が見えていない。
「食べるのに困るような家はないんですよ。今、『今晩、飯を炊くのにお米が用意できない』という家は日本中にはないんですよ。だから、こんな素晴らしいというか、幸せな国はない」
 昨年6月の講演でそう語ったが、現実には日本の子供の「7人に1人」が貧困状態にあり、生活保護を打ち切られて「おにぎり食いたい」と書き残して死んだ北九州市の事件をはじめ、毎年、少なからぬ餓死者が出ている。
資産家の政治家でも、庶民の生活実感、年金不足への危機感を感じ取ることができるなら、国民は政治に期待を託すことができる。だが、住居費も交通費も税金で賄われ、飲み代は政治資金、金銭感覚が完全に麻痺した政治家たちに、国民の痛みは分かるまい。
 いわゆる“老後資金2000万円不足問題”で、「年金がいくらとか自分の生活では心配したことありません」と言い切った麻生太郎氏。「福岡の炭鉱王」の御曹司として育ち、祖父は吉田茂・元首相。若い頃からカネに不自由したことはなく、学習院大学時代にはクレー射撃で当時の大卒初任給の4年分にあたる100万円を年間の弾丸代で使っていたと自慢げに語っている。
 一方、2007年に発覚した次のような事件がある。
生活保護を止められた受給者が「おにぎり食べたい」と書き残して餓死した事件であると聞けば、なんとなくご記憶の方も多いであろう。
日本の生活保護の在り方に大きな一石を投じた事件であり、 生活保護が話題に上ることが多くなった昨今、知っておくべき事件であると思うのだがいかがだろうか。
事件の背景はかつて、北九州市長は谷伍平という人物がいた。谷が市長であった当時、北九州市では暴力団による生活保護の不正受給がしばしば行われ、 生活保護の受給率は全国トップになっていた時期があった(暴力団の不正受給は今でもあちこちで問題になっている)。 もちろん、谷市政の下で暴力団の不正受給を取り締まるなど、まともな施策もちゃんと行われ、受給率を下げる成果は出ていた。
ところが、谷は「生活保護は人間をダメにする」とも言い出すようになり、 不正受給の取締りや生活保護脱出のための就職支援を通り越して、 正当な受給も受けづらくなっていき、現場の福祉事務所にもそのような空気が行き渡っていってしまったのである。
ちなみに、受給者の9割は高齢や病気などで最初から働くこと自体が不可能な人たちであった。(9割というと多いと感じるかもしれないが、全国平均と大して変わらない)。谷は1987年には引退したが、次の市長である末吉興一市長も実質谷の後継者であり、生活保護政策についても谷を踏襲していた。そのような生活保護行政の在り方は、以前から関係者に危機感を持たれていた。
 実際、受給者を増やさないために担当者の違法な申請拒否(申請を審査で落とすのではなく暴言を吐いて追い返すなど)が起こっている。こうした担当者の行動は単なる一担当者の個人的な暴走ではなく、市の方が組織的に違法な申請拒否を行っていた。2006年には、北九州市での生活保護が受けられず孤独死した事例が一部マスコミによって報道されていた。だが、北九州市サイドはこれらは偏向報道であるとして、報道と対決する姿勢を見せている。


醸楽庵だより   1528号   白井一道

2020-09-23 06:27:00 | 随筆・小説


「政治は希望であってほしい」

   親安倍派からバッシング受け続けた伊藤詩織さんの新政権への思い
 
 性暴力被害を訴えた伊藤詩織さんの事件で、準強姦容疑で告訴された元TBS記者に逮捕状は出たが、執行されず官邸によるもみ消しが疑われた。執行されなかった経緯は安倍政権が残した疑惑の一つになっている。伊藤さんは、安倍政権の「負の遺産」を引き継ぐ菅新政権をどう見ているのか。AERA 2020年9月28日号の記事を紹介する
菅義偉氏が路線を継承するという安倍政権下では、数々の疑惑がありました。伊藤さんの周辺でも、官邸の関与が疑われる案件が起きました。
 2015年に元TBS記者から性被害に遭い告訴しました。逮捕状が出たのですが、結果的に執行はされませんでした。刑事は不起訴となり、民事は一審で勝訴しましたが被告が控訴して係争中です。逮捕状については、なぜ執行されなかったのか説明を求めてきましたが、いまだに原因は分かりません。
──当時警視庁刑事部長だった中村格・警察庁次長が執行を止めたと報じられています。中村氏は菅氏の元秘書官で、告訴した男性は安倍総理と非常に近い記者でもありました。
──菅義偉氏が路線を継承するという安倍政権下では、数々の疑惑がありました。伊藤さんの周辺でも、官邸の関与が疑われる案件が起きました。
 官邸の関与については私の方からは何とも言いようがありません。ただ、突然、刑事部長の判断で執行が止まったという話は、誰に尋ねても「聞いたことがない」と言います。「なぜわざわざ刑事部長が?」という疑問もあります。説明は今でもしてほしいと考えています。このようなことは個人として経験した問題ですが、今後他の人にも同じことが起きるのでは、と心配しています。
■分断が生むバッシング
──事件は政治的な色みも帯びて、伊藤さんは“親安倍派”と言われる人たちから強いバッシングを浴びました。なぜだと考えましたか。
 18年に事件を扱ったドキュメンタリー番組が英国のBBCで放送されました。大きな反響があったのですが、日本で受けたような批判は出ませんでした。ここまで受け止められ方が違う理由は、日本国内での政治的な分断にひも付いているのかなと感じています。「こんな訴えを起こすなんて伊藤詩織は朝鮮人だ」というデマまで流されました。どこの国の人間かは事件に関係ないのに、そのようなデマが出たこと自体が不可解に感じました。
──分断を生んだ安倍政権を引き継ぐ菅氏は、日頃の会見でも質疑がかみ合いませんでした。事件を通じて権力とメディアとの関係をどう考えましたか。
 メディアの役割は「権力の番犬」だと思いますが、日本の記者会見を見ているとどういう姿勢で彼らが番犬としての役割を果たしているのか、と疑問に思うこともあります。日本の「報道の自由度」のランキングが低いのも、こうしたことに根ざしているのだと思います。
──ご自身の事件とは関係なく、今回の総裁選ではどのような点に注目されていましたか。
 政治は人々の希望であってほしいと願っています。コロナ禍では多くの方々が大変な状況に追い込まれていますが、ぜひ迅速で的確な対応をしてもらい、国民ひとりひとりが政治に希望を感じられるような政権運営をお願いしたいと思っています。
(聞き手/編集部・小田健司)

醸楽庵だより   1527号   白井一道

2020-09-22 12:13:05 | 随筆・小説




 大沢真理東京大学名誉教授の話

 一貫して強者に優しく弱者に冷たい社会保障改革が行われた


 安倍政権下の社会保障政策を一言で言い表すとすれば、このタイトルに尽きるだろう。問題は国民の間でそれが必ずしも広く認識されていないことなのではないか。
 以前、この番組で、「アベコベノミクス」という名言で安倍政権の経済政策を評した東大名誉教授の大沢真理氏は、安倍政権は給付抑制と負担増が徹底して行われた7年8カ月だったと指摘する。また、その中でも特に低所得層に対する負担増が顕著だった。実質賃金が低下するなかで、労働時間あたりの報酬額は先進国のなかで日本だけ伸びていない。社会保障関連の政策では、制度の持続可能性という言葉で給付抑制が図られてきた。
 税制についても、より格差を広げる形で制度改正が行われてきた。低所得層ほど負担増となる逆進性が強い消費税を5%から8%、そして10%へと増税する間に、個人所得税はむしろ累進性を緩和し、富裕層の税負担を軽くする税制改正が、継続的に行われてきた。その間、企業法人税も減税されている。富裕層と大企業の優遇は、この政権の常に一貫した政策方針なので、年表にまとめてみれば一目瞭然になるのだが、各年ごとの変化はそれほど大きくないため、ゆでガエルよろしく、個々人の負担がどれだけ増えているかに気づきにくい。昨今は、そのような長期的な視野に立った報道もほとんど見られなくなってしまった。
 真に経済成長を図るためには、まず何よりも貧困を削減し、低所得層の所得を底上げすることで家計消費の増大を図る必要がある。格差是正こそが成長につながるというのが、今やOECDでは共通の認識となっているが、安倍政権の経済政策はとうの昔に陳腐化している。富裕層を富ませばその恩恵が社会全体に滴り落ちてくるとされる「トリクルダウン理論」を未だに信望しているようだと、大沢氏は指摘する。
 また、安倍政権では官邸一強の弊害ともいうべき官僚機構のイエスマン化も、経済政策の決定過程に暗い影を投げかけている。内閣府は、毎年の予算編成の大きな方向性を示す「骨太の方針」を取りまとめる経済財政諮問会議に対し、「社会保障分野での安倍政権の成果」と銘打った資料を去年9月に提出しているが、これは正にタイトルが物語っているように、政権にとって都合のよいデータばかりを並べた広報資料以外の何物でもない。そのようなものを元に打ち出された予算の妥当性には大きな疑問符が付く。せめて「成果と課題」くらいにできなかったのだろうか。
 自助を強調する安倍政権の下では、公的な社会保障でカバーしきれない部分は、国民各々が自分で何とかすることが前提になっている。その証左の一つとして、福田康夫首相の下で設置された「社会保障国民会議」で、現行の社会保障制度には問題があることが指摘され、それを強化していく方法が議論され始めていたが、第二次安倍政権になってから、それまで同会議の大きなテーマだった「社会保障の機能強化」という言葉は、完全に会議の議題から消えてしまったと、大沢氏は指摘する。
 「国難」とまで呼ばれた少子高齢化についても、そのスピードを低下させる政策は打ち出されず、最新の数字では年間出生数は過去最少の90万人を切り、出生率も1.36にとどまっている。女性活躍、一億総活躍、全世代型社会保障と選挙のたびに次々に掲げられた方針も、その後その成果が検証されという話は聞こえてこない。
 安倍政権の検証第4回は社会保障と税をテーマに、大沢真理氏の独自のデータ分析を交えながら、大沢氏と社会学者・宮台真司氏、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。


醸楽庵だより   1526号   白井一道

2020-09-21 14:24:12 | 随筆・小説



 菅内閣の支持率 74%  読売新聞



「菅内閣の発足を受けNNNと読売新聞がこの週末に行った世論調査で、菅内閣を支持すると答えた人は74%でした。調査で、菅内閣を「支持する」と答えた人が74%だったのに対し、「支持しない」と答えた人は14%でした。
内閣発足時に調査を行うようになった大平内閣以降では、小泉内閣や鳩山内閣に次いで3番目に高い支持率です。支持する理由については、「他によい人がいない」が30%、「政策に期待できる」が25%などとなっています。
安倍前総理大臣が進めてきた政策などを菅総理が引き継ぐ方針であることについては、「評価する」が63%だったのに対し、「評価しない」は25%でした。閣僚人事については、全体として「評価する」が62%で、「評価しない」の27%を大きく上回りました。菅内閣に優先して取り組んでほしい課題についてたずねたところ、「新型コロナ対策」が最も多く34%、次いで「景気や雇用」が23%、「社会保障」が12%などとなっています。
衆議院の解散・総選挙の時期については、「任期満了まで行う必要がない」が59%だったのに対し、「来年前半」が21%、「ことし中」が13%となっています。〈NNN・読売新聞世論調査〉
9/19~20 全国有権者に電話調査
 固定電話 552人(回答率60%)携帯電話 523人(回答率46%) 合計 1075人が回答」

 このような「日テレnews24」電子版を読んだ。このような記事が世論を作っていく。電話では具体的にどのような質問をしたのかが書かれていない。叩き上げ、秋田の雪深い農村から出て来て、苦学して大学を卒業し、横浜市会議員から衆議院議員になった菅さんをどう思いますか。などと質問したのかもしれない。
 アベノミクスによって、日本経済を発展させた安倍前総理大臣が進めてきた政策などを菅総理が引き継ぐ方針だと言っています。このことをあなたは評価されますかと、読売新聞社に雇われた臨時職員は質問したのかもしれない。
 取り組んでほしい政治課題はいろいろあるかと思います。新型コロナ対策とか、特にコロナ禍のため、傷んだ景気や雇用、社会保障などいろいろあるかと思います。何を一番に取り組んでほしいですかと、質問しているのかもしれない。
 読売新聞社は世論調査によって世論を作っている。読売新聞電子版ニュースを読んで菅内閣は国民から高い支持を得ているということを読売新聞社は宣伝していると私は思った。
 菅内閣はまだこれといった施策を何もしていない。ただ不安を持っている国民に対して菅内閣は国民が安心して任せられる政権だという事をプロパガンダしているに過ぎない。新聞、テレビのニュースは国民への政府のプロパガンダに過ぎない。国民世論は新聞よりテレビニュースによって作られているように感じている。
 新聞、テレビが政府のプロパガンダ機関に成り下がっているのか、どうか、分からないが、新聞の発行部数は減少し続けている。テレビもまた視聴率は下がり続けているようだ。
 [かつては、「読売1000万部」、「朝日800万部」などと言われた。ところが、読売はまもなく800万部の大台から脱落する情勢で、朝日はすでに600万部を切っている。
18年7月
発行部数  前年同月比
朝日 5,841,951  − 325,986
毎日 2,733,053  − 225,206
読売 8,386,497  − 385,198
日経 2,407,722  − 292,840
産経 1,464,724  − 56,991
 右の表で着目すべき点は、前年同月比の著しい減部数である。
 読売がこの1年間で約39万部を減らしたのを筆頭に、朝日も約33万部を減らした。毎日は約23万部の減部数。毎日の総部数が約270万部であることを考慮すると、減少の規模は読売や朝日よりも大きく、もはや「危篤」寸前だ。
 日経に至っては、総部数の約240万部に対して年間の減部数が朝日なみの約30万部であるから、尋常ではない。しかも、2017年10月から11月にかけての日経のABC部数を調べてみると、信じがたいことにひと月で一気に約24万も減らしている。〕my news japanより

醸楽庵だより   1525号   白井一道

2020-09-20 10:31:26 | 随筆・小説


  
 藤井聡太二冠「自作PC」の値段にパソコンマニアもびっくり 
 


秋葉原にある日本最大規模のパソコンパーツショップ「ツクモeX.」の店員は驚きを隠さない。
「大学などの研究機関や、動画編集を業務とする企業が使うようなパーツです。一般の家電量販店ではまず取り扱っておらず、ウチのような専門店じゃないと手に入らない。ましてや藤井(聡太、18)さんのように将棋ソフトのために購入した人は見たことがない」
 将棋界で快進撃を続ける藤井二冠は棋譜の分析のためのパソコンを自作することで知られているが、9月10日付の中日新聞に掲載されたインタビューで、〈最新のはCPUに「ライゼンスレッドリッパー3990X」を使っています〉と明かした。
 CPUはコンピュータの頭脳にあたるパーツだが、藤井二冠が名前を挙げたのは今年2月に発売された最新モデルで、お値段なんと約50万円。通常の家庭用パソコンのCPUであれば価格は2万~3万円程度である。
 この高級品が「将棋の分析に最適」と評するのは、今年の世界コンピュータ将棋選手権で優勝した将棋AI「水匠」の開発者である杉村達也氏だ。
「CPUの性能で読みの速さが変わります。家庭用パソコンのCPUが1秒間に約200万手読むのに対し、藤井二冠が使っているCPUでは30倍の6000万手読めます。短時間でより多くの局面を検討できるので、効率よく研究できます」
 6月の棋聖戦第二局では、藤井二冠の妙手「3一銀」が、将棋ソフトが4億手読んだ段階では悪手なのに、6億手読むと最善手になることが話題となった。
「普通のCPUなら10分以上かかるが、藤井二冠と同じものなら10秒で導き出せます」(同前)
 将棋ライター・松本博文氏はこういう。
「高性能コンピュータが膨大な分析結果をはじき出しても、咀嚼して自分の力にできるかは別問題。超ハイスペックのCPUを使いこなせる藤井二冠の棋力こそ規格外です」
 天才棋士だからこそ活かせる“手駒”なのだ。
※週刊ポスト2020年10月2日号

醸楽庵だより   1524号   白井一道

2020-09-19 13:04:49 | 随筆・小説



  安保法制成立5年    『赤旗』主張より



 今こそ「戦争する国」の阻止へ
 日本国民の空前の反対世論・運動を無視し、違憲の集団的自衛権行使などを可能にした安保法制=戦争法の成立が強行されて、きょうで5年です。同法の成立は、歴代政府が憲法9条の下で許されないとしてきた海外での武力行使に道を開き、日本を「戦争する国」につくり変える歴史的暴挙でした。この5年間で、米国の戦争に自衛隊が参戦し、武力行使する危険が鮮明になっています。
軍事衝突の危険いっそう
 北朝鮮の核・ミサイル問題をめぐり、米国の著名ジャーナリスト、ボブ・ウッドワード氏の新著『レイジ(怒り)』(15日発売)が波紋を広げています。北朝鮮による大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験などで米朝間の緊張が極度に高まった2017年、トランプ政権の下で米軍が改定した朝鮮半島有事の作戦計画に「80発の核兵器の使用」が含まれていたことを明らかにしたためです。
 17年に自衛隊の制服組トップだった河野克俊・前統合幕僚長も著書『統合幕僚長』(8日発売)で、当時の状況を振り返り、「もし、北朝鮮が計算を誤り、米国のレッドラインを踏み越えたら軍事オプション(選択肢)は現実味を帯びる。米国が軍事攻撃に踏み切った場合、当然、日本には大きな影響がある。その時、自衛隊として取れるオプションは何か?」「私の責任の範疇(はんちゅう)で頭の体操は当然していた」と語っています。
 河野氏はかつて、この自衛隊のオプションが安保法制に基づくものであることを告白しています(「朝日」19年5月17日付インタビュー)。その際、想定したのは、「戦闘地域」でも自衛隊による米軍への兵站(へいたん)が可能になる「重要影響事態」や、米軍への武力攻撃に対し集団的自衛権の行使として自衛隊が反撃できる「存立危機事態」だとされます(同)。核兵器使用を含めた米軍の戦争に、自衛隊が参戦する検討をひそかに進めていたとすれば極めて重大です。
 安保法制は、集団的自衛権の行使や「戦闘地域」での米軍に対する兵站のほか、▽地理的制約なく米軍の艦船や航空機などを防護するための武器使用▽内戦などが続く地域での治安活動や「駆け付け警護」―も可能にしました。
 自衛隊による米艦や米軍機の防護は、初めて実施した17年から19年までに32回に上ります。安倍晋三前首相はこれによって「日米同盟はかつてないほど強固なものになった」とも述べています。
 防衛庁幹部を歴任し、内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)も務めた柳沢協二氏は、米中間の軍事緊張が高まる南シナ海で日米共同訓練が行われていることなどに触れ、「米軍と共同行動する自衛隊は、米艦が襲われたときに武器を使ってこれを守らなければならないのですから、不意の軍事衝突に巻き込まれる危険も『かつてなく強固』になる」と指摘しています(『抑止力神話の先へ』)。

敵基地攻撃能力保有狙う
 菅義偉・新政権は、安倍前政権の方針を継承し、敵基地攻撃能力の保有について年末までに結論を出すため検討を進めています。集団的自衛権の行使などを可能にした安保法制の下で日本が他国を攻撃できる能力を持つようになれば、東アジアの軍事緊張が激化するのは明らかです。安保法制の廃止はいよいよ急務となっています。

醸楽庵だより   1523号   白井一道

2020-09-18 08:10:54 | 随筆・小説


 ウラジオストクは「中国固有の領土」か=始まった極東奪還闘争
                          フォーサイト-新潮社ニュースマガジンより
                                    名越健郎拓殖大学海外事情研究所教授
 9月にアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会合を開催したロシア極東のウラジオストクは、2年前の2010年、市の創設150周年を盛大に祝った。ウラジオストクはもともと中国領で、1860年の北京条約によりロシア領に移管。帝政ロシアはこの天然の良港に、「極東を制圧せよ」を意味するウラジオストクという名前を付けた。だが、中国の新しい歴史教科書には、「極東の中国領150万平方キロが、不平等条約によって帝政ロシアに奪われた」との記述が登場した。中国はある日突然、ウラジオストクを「中国固有の領土」として返還を要求しかねない。中露間で歴史的なパワーシフトが進む中、ロシアにとって、尖閣問題は他人事ではない。
未解決はグルジアと日本のみ
 プーチン大統領は2004年ごろから周辺諸国との国境画定を重視し、次々に成果を挙げてきた。ロシアは14カ国と陸上国境を接し、ソ連崩壊後国境画定問題が積み残されたが、プーチン政権はこれまでに、中国、カザフスタン、アゼルバイジャン、ウクライナなどと国境を画定。バルト諸国ともほぼ合意した。ノルウェーとも懸案の海上国境を画定させたし、北朝鮮との17キロの国境線も画定した。

 プーチン大統領は05年、国民との対話で、北方領土問題の質問に対し、「われわれはすべての隣国とのあらゆる係争問題を解決したい。日本も含めてだ」と述べたことがある。大陸国家のロシア人にとって、国境が不透明なことは不安感、焦燥感を生むようだが、石油価格高騰で政治・社会が安定したことから、困難な国境問題の調停に乗り出す余裕が生まれた。周辺諸国で国境線が画定する見通しがないのは、南オセチア、アブハジアの独立を承認した対グルジア国境、それに日本との北方領土問題だけだろう。
 近隣諸国との国境問題で、プーチン政権はまず中国との懸案に取り組んだ。中露国境問題は長い歴史を持ち、1960年代末にはウスリー川の川中島の領有権をめぐって中ソ両軍が武力衝突し、数百人が死亡。中国が圧倒的なソ連軍の兵力を前に敗北し、以後、中国は米中接近に動いた。両国は80年代後半のゴルバチョフ時代に国境交渉を再開。91年に中ソ国境協定を結んで東部国境をほぼ画定、94年にエリツィン政権との間で西部国境も画定した。しかし、極東のアルグン川のボリショイ島、ウスリー川のタラバロフ島、大ウスリー島の3つの川中島をめぐる総面積375平方キロの境界線だけが未画定で、積み残された。

領土折半で合意
 969年2月に発生した中ソ国境の珍宝島(ソ連名=ダマンスキー島)をめぐる紛争で、珍宝島に進入したソ連国境警備隊員(装甲車の上)を連行する中国国境警備隊兵士(手前の後ろ姿)。翌3月には両国による武力衝突に発展した【AFP=時事】
 1969年2月に発生した中ソ国境の珍宝島(ソ連名=ダマンスキー島)をめぐる紛争で、珍宝島に進入したソ連国境警備隊員(装甲車の上)を連行する中国国境警備隊兵士(手前の後ろ姿)。翌3月には両国による武力衝突に発展した【AFP=時事】
 プーチン政権はこの3島の帰属交渉を中国側と秘密裏に進め、04年10月、北京での中露首脳会談で、(1)タラバロフ島は中国領(2)大ウスリー島とボリショイ島はほぼ2分割――という形で電撃的に決着。国境追加協定が締結され、05年に批准書を交換。08年に議定書に署名し、係争地の半分が中国に引き渡された。
 プーチン大統領は合意に際し、「中露の40年にわたる国境問題に終止符が打たれた。両国は英知を集め、相互利益に沿って、互いに受け入れ可能な決断を下した。専門家レベルでは対立した問題を首脳間で政治決着させた」と自賛した。その後、この折半方式はカザフとの国境やノルウェーとの海上国境でも適用されたが、ラブロフ外相は「日本との国境問題は中露とは歴史的経緯が異なり、適用されない」としていた。
 中露交渉は極秘裏に進められ、線引きの詳しい地図も公表されていない。どちらが先に折半を言い出したのかなど、交渉の内幕も不明だ。ハバロフスクなどで、領土割譲への反対デモが議会や住民の間から出たが、プーチン政権は押し切った。極東では、「中国側がプーチン政権幹部に賄賂を贈った」といった噂も流れた。当初は、相互譲歩が喧伝されたが、ロシアは領土を半分割譲し、中国も半分しか獲得できなかった敗北感が残り、近年は互いに言及を避けている。
 ロシアが長年実効支配してきた領土を半分中国に割譲したことは画期的だが、あえて譲歩した最大の理由は、「21世紀の超大国」である中国との紛争の芽を事前に摘んでおきたいとの思惑によるものだ。国境を未画定のまま放置すれば、中国はいずれ、極東への途方もない領土要求を持ち出しかねない。中露国境を早めに画定させた方が得策とロシアは考えたようだ。


醸楽庵だより   1522号   白井一道

2020-09-17 12:25:56 | 随筆・小説




 菅内閣誕生で完成「2012年体制」の悪夢 二階氏が後継指名した最大の狙いは
                                       全国新聞ネット 2020/09/17



 安倍晋三首相が突然の辞任表明記者会見をするや否や、瞬く間に菅義偉官房長官を後継とする流れが二階俊博自民党幹事長によって作られ、2週間余りのメディア旋風を経て首相指名がなされた。いったい何が終わり、何が変わるのか、あるいは変わらないのか。分かるようで分からない有権者も少なくないのではないか。
                                      上智大学教授 中野晃一


 安倍政権か、安倍内閣か

 まず「内閣」「政権」「体制」という、政治に関わる基礎的な概念の整理から入ることとしよう。
 言うまでもなく内閣は、最もシンプルには首相と閣僚、つまり政治家からなる政府のトップのことである。広義では、これに各省庁の官僚制を含めた政府全体を指すこともある。
 これに対して政権は、首相や閣僚たちで構成する内閣に加えて、一方ではその指揮下にある官僚制、そしてもう一方では立法府で政府を支える与党を含む。つまり、内閣と政権は重なる概念である。
 ところが内閣が行政府のみを指し、三権分立の下、国会にある与党とも緊張関係に立ちうる別個の組織であるのに対して、政権は、英国型の議院内閣制に倣って政府と与党の一体化を強調する点が決定的に異なる。
 体制となるとさらに概念は広がる。それは、与党だけでなく野党を含めた政党システムのあり方や、政府と市民社会の関係、憲法はじめ法体系などまでも包摂し、通常、より安定的なものである。
 かつて冷戦期に、政権交代が起きないまま自民党政権が38年続いた政治システムは1955年体制と呼ばれ、その下では内閣の交代や改造が頻繁になされていた。
 さて、本稿で論じたいのは、2012年12月26日から7年8カ月の長きにわたり続いた安倍首相の下で形成されたのが「安倍内閣」あるいは「安倍政権」だったのか、はたまた「2012年体制」とも呼ぶべきものなのか、そして菅への交代によって変わる、あるいは継承され定着が図られるのは何なのか、である。
 ■民主党政権に近似する皮肉
 朝日新聞記事データベース「聞蔵IIビジュアル」を活用して、安倍首相の在職期間中に絞って「安倍内閣」もしくは「安倍政権」のいずれかへの言及を含む記事を検索し、そのヒット件数(記事数)を在職日数で割ったものを、同様に何人かの他の自民党の首相と比較したグラフをここに示す(ただし、中曽根康弘についてはデータベースが1984年からの記事に限ることから期間を狭め、また安倍第2次政権についても執筆の都合から歴代最長在職期間記録を更新した2020年8月24日までとした)。
一見して明らかなのは、2006年から2007年までの第1次にせよ、つい終わりを迎えたばかりの第2次にせよ、「安倍政権」に言及する記事数が突出して多く、かつて一般的だった「内閣」をはるかに凌駕(りょうが)していることである。中曽根や竹下では、「内閣」と呼ぶ記事数が「政権」と言及するものの2倍であったものが、第2次安倍政権では「政権」という呼称が定着し、逆に「内閣」とする記事の3倍を超えている。
 実はこうした報道における用語法や政治認識の変化は、第2次安倍政権に先んじた民主党への政権交代を経て加速した。「政府与党一体化」や「政治主導」を強調した民主党では、鳩山由紀夫、菅直人、野田佳彦のいずれの首相でも、「政権」としての言及が「内閣」をゆうに上回っており、「鳩山政権」に至っては1日あたり9.9件も(「鳩山内閣」は4.7件)記事があったことが確認できた。皮肉なことに、「内閣」でなく「政権」であったという意味では、安倍は小泉よりも民主党政権に近似しているのである。

 ■2012年体制の本質と懸念

 もちろん根本的な違いは、民主党が政府与党一体化や政治主導によって二大政党制の一方を担うことを目指して挫折し3年3カ月で下野したのに対して、第2次安倍政権が7年8カ月も続き、かつ第1次政権の時から、「政権」たることに満足せず「戦後レジームからの脱却」をうたったように、「体制」変革までも射程に入れていたことである。
 つまり安倍は、2012年12月に民主党政権とともに二大政党制が崩壊した際に政権復帰を果たし、官邸支配と呼ばれる強権的な仕方で、不都合な公文書の隠蔽(いんぺい)、改ざん、廃棄までも自ら犯すほどに官僚制を掌握、操縦した。
その後も「1強体制」と言われるまでに与党内そして野党を圧倒したのみならず、マスコミを懐柔、圧迫してきた。さらには違憲の安保法制を強行しただけでなく、憲法53条に基づく臨時国会の開会請求を再三無視し、カジュアルに憲法違反を続けてきた。
 森友学園問題、加計学園問題、桜を見る会問題、検察幹部定年延長問題、カジノ汚職事件、河井夫妻による買収事件など枚挙にいとまがない数々のスキャンダルについて、法の支配をゆがめ、説明責任(アカウンタビリティー)の放棄を繰り返しても、菅官房長官が「全く問題ない」「適切に対応している」「その指摘は当たらない」と言えば済んでしまう、新しい政治体制(レジーム)――言うなれば2012年体制――を築いてきたのである。
 菅が、安倍や二階によって後継首相に選ばれたのは、安倍内閣が倒れても、安倍政権を存続させ、その取り組んできた体制変革を定着させるのに最適な人物だからにほかならない。
安倍政権とそのミッションを引き継ぐ以外に当面存在基盤がない以上、まずは菅内閣が安倍内閣にとって代わっただけで(用語法の変化を反映して菅政権との呼称が多用されるにしても)、実態としては安倍政権がそっくりそのまま続くと言って差し支えない。
 しかし、もし継承したはずの政権枠組みが早晩崩れるようなことがあったら、菅内閣は短命に終わるだろう。他方、菅内閣が安定し長期化した暁には、安倍政権に始まった2012年体制が内閣の交代を経てもなお存続することになり、アカウンタビリティーのない政治がニュー・ノーマルとして常態化することになる。
 菅内閣誕生のご祝儀相場に便乗した早期の解散総選挙がうわさされるが、現在のタガが外れた政治体制の起点に民主党の崩壊があることを想起すると、新生・立憲民主党を中心とした野党共闘が有権者に対して選択肢を示すことができるか、日本政治は重大な岐路に立っていると言わざるを得ない。