防衛費の異常な増加に抗議し、教育と社会保障への優先的な公的支出を求める声明を転載させていただきます。
2018年12月20日 研究者・実務家有志一同
声明の趣旨
世界的にも最悪の水準の債務を抱える中、巨額の兵器購入を続け、他方では生活保護や年金を引き下げ教育への公的支出を怠る日本政府の政策は、憲法と国際人権法に違反し、早急に是正されるべきである。
1.安倍政権は一般予算で史上最高規模の防衛予算を支出しているだけでなく、補填として補正予算も使い、しかも後年度予算(ローン)で米国から巨額の兵器を購入しており、これは日本国憲法の財政民主主義に反する。
2.米国の対日貿易赤字削減をも目的とした米国からの兵器「爆買い」で、国際的にも最悪の状態にある我が国の財政赤字はさらにひっ迫している。
3.他方で、生活保護費や年金の相次ぐ切り下げなど、福祉予算の大幅削減により、国民生活は圧迫され貧困が広がっている。
4.また、学生が多額の借金を負う奨学金問題や大学交付金削減に象徴されるように、我が国の教育予算は先進国の中でも最も貧弱なままである。
5.このように福祉を切り捨て教育予算を削減する一方で、巨額の予算を兵器購入に充てる政策は、憲法の社会権規定に反するだけでなく、国際人権社会権規約にも反する。
以下、具体的に理由を述べる。
1 莫大な防衛費増加と予算の使い込み
現在、安倍政権の下で防衛費は顕著に増加し続け(2013年度から6年連続増加)、2016年度予算からは、本予算単独でも5兆円を突破している。加えて、防衛省は、本来は自然災害や不況対策などに使われる補正予算を、本予算だけでは賄いきれない高額な米国製兵器購入の抜け道に使い、2014年度以降は毎年2,000億円前後の補正予算を計上して、戦闘機や輸送機オスプレイ、ミサイルなどを、米側の提示する法外な価格で購入している。
しかも、これには後年度負担つまり次年度以降へのつけ回しの「ローン」で買っているものが含まれ、国産兵器購入の分を合わせると、国が抱えている兵器ローンの残高は2018年度予算で約5兆800億円と、防衛予算そのものに匹敵する額に膨れ上がっている(2019年度は5兆3,000億円)。米国へのローン支払いが嵩む結果、防衛省が国内の防衛企業に対する装備品代金の支払いの延期を要請するという異例の事態まで起きている(「兵器ローン残高5兆円突破」「兵器予算 補正で穴埋め 兵器購入『第二の財布』」「膨らむ予算『裏抜』駆使」「防衛省 支払い延期要請 防衛業界 戸惑い、反発」東京新聞2018年10月29日、11月1日、24日、29日記事参照)。毎会計年度の予算は国会の議決を経なければならないとしている財政民主主義の大原則(憲法86条)を空洞化する事態である。
防衛省の試算によれば、米国から購入し又は購入を予定している5種の兵器(戦闘機「F35」42機、オスプレイ17機、イージス・アショア2基など)だけで、廃棄までの20~30年間の維持整備費は2兆7,000億円を超える(「米製兵器維持費2兆7,000億円」東京新聞11月2日)。さらに、これに輪をかけるように、政府は、「F35」を米国から100機追加取得する方向で検討しており、取得額は1機100億円超で計1兆円以上になる見込みである(2018年11月27日日本経済新聞)。
2 米国のための高額兵器購入による財政逼迫
このような防衛費の異常な膨張について、根源的な問題の一つは、米国からの高額の兵器購入が、トランプ政権の要請も受け、米国の対日貿易赤字を解消する一助として行われていることである。
歳入のうち国債依存度が約35%を占め、国と地方の抱える長期債務残高が2018年度末で1,107兆円(対GDP比196%)に途するという、「主要先進国の中で最悪の水準」(財務省「日本の財政関係資料」2018年3月)の財政状況にある日本にとって、他国の赤字解消のために、さらなる借金を重ねてまで兵器購入に巨額の予算を費やすことは、国政の基盤をなす財政の運営として常軌を逸したものと言わざるを得ない。
また、導入されている兵器の中には、最新鋭ステルス戦闘機「F35」のような攻撃型兵器が多数含まれている。戦闘機が離着陸できるよう海上自衛隊の護衛艦「いずも」を事実上「空母化」する方針も示されている。これらは専守防衛の原則を逸脱する恐れが強い。
政府は北朝鮮情勢や中国の軍備増強を防衛力増強の理由として挙げるが、朝鮮半島ではむしろ緊張緩和の動きが活発化しているし、近隣国を仮想敵国として際限なく軍拡に走ることも、武力による威嚇を禁じ紛争の平和的解決を旨とする現代の国際法の大原則に合致せず、それ自体が近隣国の警戒感を高める、かえって危険な政策というべきである。
3 福祉切り捨ての現状
このように防衛費が破格の扱いで膨張する一方、政府は、生活保護費や年金の受給額を相次いで引き下げている。
生活保護については、2013年からの大幅引き下げに続き、今年10月からは新たに、食費など生活費にあてる生活扶助を最大で5%、3年間かけて引き下げることとされ、これにより、生活保護世帯の約7割の生活扶助費が減額となる。
しかし、削減にあたってば、減額された保護費が最低限の生活保障の基準を満たすのかどうかにっいての十分な検討がされておらず、厚生労働省の生活保護基準部会の報告書がこの点で提起した疑問は反映されていない。特に大きな影響を受ける母子世帯や高齢者世帯を含め、受給当事者の意見を聴取することも一切されていない。
生活保護基準は、最低賃金や住民税非課税限度額など様々な制度の基準になっているため、引き下げによる国民生活への悪影響は多方面にわたる。
また、年金については、2013年からの老齢基礎年金・厚生年金支給額の減額に続き、長期にわたり自動的に支給額が削減される「マクロ経済スライド」が2015年から発動されており、高齢者世帯の貧困状況は悪化している。
政府は生活保護減額によって160億円の予算削減を見込んでいるが、そもそも、国家財政を全体としてみた場合、この削減は、青天井に増加している防衛費の増加、とりわけ米国からの野放図な兵器購入を抑えれば、全く必要がなかったものである。
日本の国家財政は、米国の兵器産業における雇用の剔出iと維持のために用いられるべきものではない。国民の生存権よりも同盟国からの兵器購入を優先するような財政運営は根本的に間違っている。
4 主要国で最も貧弱な日本の教育予算
日本は、GDPに占める教育への公的支出割合が、主要国の中で例年最下位である。特に、日本は「高等教育の授業料が、データのあるOECD加盟国の中で最も高い国の一つであり、過去10年、授業料は上がり続けている。「高等教育機関は多くを私費負担に頼っている。日本では、高等教育段階では68%の支出が家計によって負担されており、この割合は、OECD加盟国平均30%の2借を超える」(OECD.Educalion at a Glance 2018)。
給付型奨学金は2017年にようやく導入されたものの、対象は住民税非課税世帯に限られ、学生数は各学年わずか2万人、給付額は月2~4万円にすぎない。大学生の75%は私立大学で学んでいるが、国の私学助成が少ないため家計の負担が大きいところ、私大新入生のうち無利子奨学金を借りられるのは15%にすぎず(東京私大教連調査)、多くの卒業生は奨学金という名のローン返済に苦しんでいる。「卒業時に抱える平均負債額は32,170ドルで、返済には学士課程の学生で最大15年を要する。これは、データのあるOECD加盟国の中で最も多い負債の一つである」(OECD,supra)。2011年から2016年の5年間で延べ15,338入が、奨学金にからんで自己破産している(「奨学金破産、過去5年で延べ1万5千人 親子連鎖広がる」朝日新聞デジタル2018年2月12日)。
国立大学法人化後、その基盤経費となる運営費交付金も年々削減され(2004年から2016年までで実質1,000債円以上。文部科学省調査)、任期付き教員の増加など大学の教育・研究に支障をきたしている(「土台から崩れゆく日本の科学、疲弊する若手研究者たち これが『科学技術立国』の足元」Wedge Infinity2017年11月27日)。
高等教育だけではない。教育予算が全体としてきわめて貧弱であり人員が少ないため、公立の小・中・高等学校では半数以上の教員が過労死レベルで働いている(「過労死ライン超えの教員、公立校で半数 仕事持ち帰りも」朝日新聞デジタル2018年10月18日)。
教育に予算を支出しない国に未来はあるだろうか。納税者から託された税金を何にどう用いるかという財政政策において、教育を受ける権利の実現は最優先事項の一つでなければならない。
5 日本は社会権規約に違反している
憲法25条は国民の生存権を保障している。また、日本が批准している「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(社会権規約)は、社会保障についての権利(9条)、適切な生活水準についての権利(11条1項)を認め、国はこれらの権利の実現のために、利用可能な資源を最大限に用いて措置を取る義務があるとしている(2条1項)。
権利を認め、その実現に向けて措置を取る義務を負った以上は、権利の実現を後退させる措置を取ることは規約の趣旨に反する(後退禁止原則)。社会権規約の下で設置されている社会権規約委員会は「一般的意見」で、「いかなる意図的な後退的措置が取られる場合にも、国は、それがすべての選択肢を最大限慎重に検討した後に導入されたものであること、及び、国の利用可能な最大限の資源の完全な利用に照らして、規約に規定された権利全体との関連によってそれが正当化されること、を証明する責任を負う」としている。
このような観点から委員会は、日本に対する2013年の「総括所見」で、社会保障予算の大幅な削減に懸念を示している。また、日本の最低賃金の平均水準が最低生存水準及び生活保護水準を下回っていることや、無年金又は低年金の高齢者の聞で貧困が広がっていることにも懸念を表明した(外務省ウェブサイト「国際人権規約」参照)。
今年(2018年)5月には、10月からの生活保護引き下げについて、「極度の貧困に関する特別報告者」を含む国連人権理事会の特別報告者ら4名が連名で、引き下げは日本の国際法上の義務に違反するという声明を発表し政府に送る事態となった。「日本のような豊かな先進国におけるこのような措置は、貧困層の人々が尊厳をもって生きる権利を直接に掘り崩す、意図的な政治的決定を反映している。」「貧困層の人権に与える影響を慎重に検討しないで取られたこのような緊縮措置は、日本が国際的に負っている義務に違反している」。
また社会権規約は、国はすべての者に教育の権利を認め、中等教育と高等教育については、無償教育を漸進的に導入することにより、すべての人に均等に機会が与えられるようにすることと規定している。適切な奨学金制度を設立することも定めている(13条2項)。
教育に対する日本の公的支出の貧弱さはこれらを遵守したものになっていない。
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後年度負担まで組んで莫大な額の兵器を買い込み国家財政を逼迫させる一方で、十分な検討も経ずに生活保護を引き下げることや、きわめて貧弱な教育予算を放置し又は削減することは、憲法の平和主義、人権保障及び財政上の原則のみならず、国際法上の義務である社会権規約(及び、同様の規定をもつ子どもの権利条約や障害者権利条約など)に違反している。我々は、安倍政権による防衛予算の異常な運営に抗議し反対の意を表明するとともに、教育と社会保障の分野に適切に予算を振り向けることを強く求めるものである。
<呼びかけ人>(五十音順、*発起人)
荒牧 重人(山梨学院大学教授、憲法学・子ども法)
井上 英夫(金沢大学名誉教授・佛教大学客員教授、人権論・社会保障法学)
大久保 賢一(弁護士)
小久保 哲郎(弁護士、生活保護問題対策全国会議事務局長)
今野 久子(弁護士)
澤藤 統一郎(弁護士、日本民主法律家協会元事務局長・日本弁護士連合会元消費者委員会委員長)
*申 ホンヘ(青山学院大学教授、国際人権法学会前理事長、国際人権法学)
田中 俊(弁護士)
谷口 真由美(大阪国際大学准教授、国際人権法学)
角田 由紀子(弁護士)
*徳岡 宏一朗(弁護士)
戸室 健作(千葉商科大学専任講師、社会政策論)
根森 健(神奈川大学特任教授、新潟大学・埼玉大学名誉教授、憲法学)
尾藤 廣喜(弁護士、生活保護問題対策全国会議代表幹事)
藤田 早苗(エセックス大学研究員、国際人権法学)
藤原 精吾(弁護士・日本反核法律家協会副会長・日本弁護士連合会元副会長)
吉田 雄大(弁護士)