蕣(あさがお)や昼は錠おろす門の垣 芭蕉 元禄六年
この句には次のような前詞がある。「元禄癸酉(みづのととく)の秋、人に倦(う)んで閉関す」。
芭蕉はアサガオに秋の季節を感じていた。アサガオの花を見て、肌をなめていく風に秋を発見していた。一人でいたい。人が訪ねて来ることが疎ましい。人と逢うと疲れてしまう。独りになりたい。一日中、ひとりでいたい。
アサガオの花に元気をもらい、一日が過ごせる。アサガオの元気だけでいい。朝、元気をもらうと一日過ごすことができる。アサガオは話をしない。私が語るだけだ。私の話を聞いてくれる。それでいい。朝、花を開き、昼には萎んでしまう。それがいい。アサガオの季節はひとりがいい。
人が訪ねて来ると話をする。それぞれ皆自分の話をして帰っていく。他人の話を聞くことに疲れてしまう。他人とは勝手なものだ。私の話などに耳を傾ける人がいない。あぁー嫌だ。嫌だ。独りがいい。
人気俳諧師芭蕉はひとりいることに満足していた。それほどに芭蕉の人気は高かった。元禄時代、俳諧は生活に余裕のある人々にとって楽しみになっていた。