醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより   46号   聖海

2014-12-31 12:01:23 | 随筆・小説

 千葉県の地酒「木戸泉」さんのお酒

 四年前、野田市制六十周年を記念して、千葉県のお酒に親しむイベントを
私たちにしては大規模に行いました。楽しい会ができたことを皆して喜びあ
いました。醸造の街でこのようなイベントができたことを密かに自負したく
もあります。
 今、地場産業としての酒造業は衰退の一途を辿っています。地場産業の発
展なくして地域の発展はないのではないかと思います。私たち日本酒愛好家
にできることといったら地場産業としての酒造会社のお酒をおいしく飲むこ
とぐらいしかできません。遠いところから運ばれてきたお酒ではなく、同じ
県内のお酒を飲んで伝統産業としての酒造業を支えていく。これは地域の消
費者として大事なことではないかと思います。
 おいしいお酒、まがい物の入っていないきれいなお酒、真っ正直に造って
ある正しいお酒を飲みたい。そんなお酒は近場のお酒ではないかと思います。
千葉県のお酒を発見しましよう。
 私はインターネットを見ていて新しい千葉県のお酒を発見しました。その
お酒は木戸泉さんのお酒です。今までも何回か飲んだことはあるように思う
のですが、強い印象として残っていなかったのです。しかしネットに出てい
た「木戸泉物語上中下」を読み、すっかり木戸泉ファンになりました。その
最後の方に書いてあった言葉に深く感銘をおぼえたのです。それは次のよう
な文章です。
 日本酒業界の昨今の吟醸酒づくりはまことに結構なこどだが、吟醸の淡麗
味を礼賛するあまり、きれいな酒、きれいな酒と、ただきれいさだけを追い
かけている嫌いはないだろうか。別にきたない酒を呼びもどす気は毛頭ない
が、ほんとうの日本酒の味というものを忘れてはいないだろうか。あえてい
うならば雑味のうまみというものが昔のよき時代の日本酒にはあったのでは
ないだろうか。それが忘れられているような気がするのである。ちょうど、
八百屋の店先でコキコキと漂白したように洗ったダイコンやイモやネギばか
りが売れて、土のついた自然のそれらがそっぽを向かれているように、きれ
いに人工的にお化粧した酒ばかりが売れている、そんな気がしてならないの
である。
 ワイン先進国のワインをみても、高級ワインになればなるほど、かえって
人工を避けて自然そのものをバランスよく、たっぶりと含んでいるように、
私は思う。アフスにおける杜氏が攪拌する腕も、あれは自然の味を醸すひと
つの道具である。消毒した金属器具を使って撹杵しても、あのアフスの多彩
にして幅もあり深みもある味は出ない、と私は信じている。
 この文章には濃淳な味がする。濃淳なお酒、味のふくらみ、この中にお酒
を楽しむ喜びがある。単に酔うだけではなく、楽しむ、親しむ、味わう喜び
があるように思う。
 何年か前、秋田県大仙市の酒蔵「福の友酒造」を訪ねたことがありました。
ここのお酒もまた濃淳なお酒だったことを思い出します。「冬樹」とてもお
いしかった。これが日本酒だと感じたことが思い出されます。
 今年の正月は地元のお酒で新年を祝おう。


醸楽庵だより   45号   聖海

2014-12-30 10:31:03 | 随筆・小説

 酔いの楽しみを万葉集に読む

句郎 万葉集に酔いの楽しみを詠った歌があるのを華女さん、知っている。
華女 万葉集にそんな歌があるの。全然知らなかったわ。誰が詠っているの。
句郎 万葉集の歌人というと、華女さんが知っている歌人は誰?。
華女 高校生のころ、習った人でいうと、貧窮問答歌の山上憶良とか、柿本人麻呂、
   額田王、大伴家持といったところかな。
句郎 「春の苑紅におう桃の花下照る道にいで立つ乙女」。誰の歌だったか、覚え
   ている?。
華女 失礼ね。私は有名大学の日文科出身よ。もちろん、知っているわよ。大伴家
   持でしょ。
句郎 そう、その家持の父親が大伴旅人だ。この大伴旅人が大宰(だざいの)帥(そつ)
   だったときに詠んだ中に酒を讃(ほ)むる歌があるんだ。
華女 どんな歌なの。
句郎「驗(しるし)なき物を思(おも)はず一坏(ひとつき)の濁れる酒を飲むべくあるら
   し」という歌なんだ。
華女 「驗(しるし)なき物」って、どんなものなの。
句郎 成果のでないもの、考えても甲斐のないものというような意味のようだけどね。
華女 それじゃ、思っていても仕方がないようなときには酒でも飲んで気を紛らした方
   がいいと、いうような歌なの。
句郎 おおよそ、そんな解釈でいいと思うけどね。
華女 男って、昔からだらしがなかったのね。苦しいときに男は享楽的になるのね。
句郎 この歌を享楽的なものだと解釈するのは疑問だね。
華女 なぜ、この歌は酒でも飲んでどんちゃん騒ぎをして楽しめば憂さもはれるという
   歌じゃないの。
句郎 そうじゃないんだ。哀しみに耐えている歌なんだ。旅人は大宰府で妻を亡くして
   いる。亡くなった妻をいつまで思っていても、亡くなったものはしかたがない。
   更に大伴氏は宿祢(すくね)という姓(かばね)を持つ天孫降臨の氏にして大和朝廷
   の大貴族だったんだ。その氏族の長であった旅人にとって藤原氏の台頭によって
   大伴氏は衰退していっている。この哀しみがあった。このようなことをいつまで
   も悔やんでいても、どうなるものでもない。親しい仲間とお酒を楽しむ。酔いの
   楽しみに生きる力を育もうというような意味だと思うけれどもね。
華女 やっぱり、そうじゃない。哀しみを忘れるために酔っ払おうというんじゃないの。
   違うの。
句郎 うーん。難しいな。「哀しみを忘れるために酔っ払おう」というのじゃないと思
   うんだ。一坏(ひとつき)の濁れる酒を」飲んでどんちゃん騒ぎをするのじゃなく
   て哀しみに耐えようという気持ちを表現しているように考えているんだけどね。
華女 句郎君がそういう気持ちはわかるような気がするわ。そういって、句郎君もまた
   お酒を飲もうというのじゃないの。高尚そうな理由をくっ付けてみても、ようは
   お酒を飲みたいわけよね。それにつきると私は思うわ。
句郎 お酒を楽しまない人には酔いの楽しみがいかに大事なものかわからないのかもし
   れない。
華女 何言っているの。


醸楽庵だより   44号   聖海

2014-12-29 10:36:02 | 随筆・小説

 短編小説
 
  居酒屋で聞き、見た三人の美魔女の話

 すみれは小学生だったころ、口を膨らませて思い切り息をガラスに吹き付けてはガラス窓を磨いた。放課後、大掃除の時の教室の窓拭きが楽しかった。毎日、掃除の時には窓拭きをすればいいのにと思ったものだ。ガラス拭きが鏡磨きに変わったが、鏡磨きをすると気持ちが若返る。磨かれた鏡に写る自分を見ているうちに物思いにしずんだ。家付き、カー付き、ばばぁーぬき、そんな男へのあこがれが山形の美容学校を卒業したときの仲間たちの合言葉だった。色白のすみれにとっての理想は三高だった。背が高い、学歴が高い、給料が高い、そんな男を彼氏にしたいと東京に出てきた。ゆりに声をかけてくる男には一人として三高の男はいなかった。楽しみといったら食べることだった。そのためかいつしか四十を超えるとコレステロール値が高い、血圧が高い、中性脂肪値が高い。この三高になった。
あーあー、いやなっちゃったな、と思う一方、少しでも顔が白く見えますようにと、祈りながら毎日鏡に息を吹きかけては鏡を磨くのを毎朝の日課にしているすみれがいた。顔が白く見えると心なしか喜ぶお客さんが多い。自惚れ鏡なんて云う人もいるが、美容院に来ては自惚れてほしい。綺麗に見えるようになれば、お客さんは私の腕だと錯覚する。お客さんが座る椅子に登り、鏡の前にある棚に膝をつき、おっかなびっくり鏡を磨くのだ。すみれが経営する美容室は窓が北向きに開かれている。一日中、日が射すことはない。そのかわり光が一日中変わることがない。美顔術を施すには打って付けの部屋だ。今日も三面ある鏡を一面ずつ磨き始めた。二面目の鏡に取り掛かった時だ、レジの脇に置き忘れた携帯電話が都はるみの歌のメロディーを奏でた。誰だろう、こんなに朝早く電話をかけて来るのはと思いながら、どっこいしょとひとりでに言葉が出た。足を伸ばし椅子を確かめ、ゆっくりゆっくり、自分に言い聞かせながら棚から降りた。
 携帯を取り上げ確認すると居酒屋をしているさくらだった。何だろう。
「おはよう、何」
「すみれちゃん、今日空いている時間ある」
「今から十時までだったら、空いてるわよ」
「あー、良かった。今からすぐ行くわ」
 そう言うなり、さくらからの電話は切れた。何事だろう。こんなに早く、今日は月曜日なのになぁー、と思った。さくらがすぐ来ると言ったので、鏡拭きは後回しにして、床掃除を始めた。ゴミを取っていると突然ガバッとドアが開いた。さくらはジーパンをはき、起きぬけの顔をして入ってきた。眼の回りの皺を弛ませたままこれ以上の笑顔はないような顔をして言った。
「髪をカットしてほしいのよ。それからゆるくパーマをかけて、セットしてほしいの」
「洗髪はするの」
「もちろんよ。白髪染めもしてほしいな」
「そんなに飾りたてて、なんなの」
「きのう、店を閉めようと思って片付けていたら、ガラッと戸が開くから、お仕舞いですよ、と言って振り返ったら、ナベが微笑んで立っているのよ。何なの、こんなに遅くと言ったのよ。そしたらね。黙って新幹線の切符を二枚差し出すの。だから何って言ったのよ」
「オカリナの演奏をするんだ」
「どこで」
「琵琶湖の畔にある酒蔵でオカリナの独奏をするんだ」
「へぇー、いつ」
「明後日」
「その演奏に行こうというの」
「うん、そうだよ。俺のオカリナ演奏を聞かせたいと思ってね。ホテルももう二人分予約しておいたよ」
「こういうわけなのよ」
すみれはニコニコしどうしだった。
「いつ行くの」
「今日、午後の新幹線で京都まで行くのよ」
「今日は京都で泊まるのね」
「そうなのよ。明日、酒蔵に行くの。京都から四・五十分ぐらいで行くらしいわ」
「さくらちゃん、いいわね、私も今頃の京都に行ってみたいわ」
「そうね、来年はゆりちゃんを誘って三人で行こうよ」
「ほんとうね、いつもさくらちゃんは口ばっかしで、遊びに行くのはいつもナベちゃんとばっかり」
「そんなことないわよ、網走までカニをゆりちゃんと三人で食べに行ったことあったじゃない」
「もう五年も前のことだわ。さくらちゃんにもゆりちゃんにも彼氏がいていいわね」
「すみれちゃんにもいたじゃない」
「もう十年もいないわ」
「そんなことないんじゃないの、板金屋のウーさん、すみれちゃんにご執心だったじゃない」
「あー、気持ち悪い、そんな話、やめてよ。まだ、さくらちゃんの店にもウーさん来ているの」
「うん、たまに来るわね。来るとき、電話してきて、すみれ来ているなんて言うときあるわよ」
「あのハゲ、けっこうしつこいのよね。私、奥さんのいる人って、いやだわ。ナベちゃんは独り者だから、さくらちゃんはいいじゃないの」
「でもずっと子どもさんに毎月仕送りを滞りなくしているのよ」
「でも奥さんがいないというのはいいじゃない」
「確かに気を使うことないわね」
「そろそろ一緒に住み始めたら」
「私もそう思うんだけど、ナベが別々の方がいいと言うのよ。ナベ、朝が早いでしょ、独身生活が二十年近くになるでしょ、一人の方がいいみたいだわ、心配じゃないの」
「全然、心配してないわ、だって、全然夜の方は弱いんだもの」
そんな話をしているうちにセットが終わると飛んでさくらは帰って行った。すみれはまたほとんど使うことの無い鏡を棚に上り、磨き始めた。鏡を磨いているとすみれの心は落ち着いてくる。残っていた鏡を二面磨き終わると十一時になった。今日は西村のおばぁちゃんを迎えにいく日だ。一人住まいの西村さんは月に一回、すみれ美容室に来るのを楽しみしていてくれる。七十代の後半になる西村さんの家は和風の趣のある一軒家に一人で住んでいる。門を入るとまるで茶室に向うようなアプローチである。三年ぐらい前までは一人で乳母車を押してすみれ美容室まで近所に住んでいるお姉さんと一緒にやってきたが、お姉さんが亡くなると国道四号線を渡るのが怖いと家に閉じこもるようになった。すみれは軽自動車に乗って西村さんを迎えに行った。
「西村さん、こんにちわ、すみれです」
「すみれさん、すみれさん、いつも迎えに来ていただいてすみませんね。待っていたんですよ」
「ありがとうございます。西村さんは私にとってはとても大事なお客さまですから」
「ありがたいですね、こうして迎えに来てもらえるんですから」と腰を曲げて挨拶してくれた。
すみれは西村さんの手を引き、御影石の飛び石をつ
たってゆっくりと門を出た。後ろの席に西村さんを乗せ、発車させるとすみれは西村さんに話しかけた。
「西村さん、今日は白髪染めとカットでしょうか」
「そうですね、洗髪もお願いしますよ、明日、句会がありますからね」
「そうでしたね、いつも句会の前でしたね、今回は何か、いい句ができましたか」
「いやいや、他人(ひと)にはなかなか伝わりませんから、どうでしようか」
「去年の寒くなってくる頃だったかしら、西村さんが詠まれた句を私、覚えていますよ。『石(つわ)蕗(ぶき)や終(つい)の栖(すみか)は四畳半』だったかしら。何か、私、胸に沁みるものがあったわ。私なんか、団地の狭い部屋に住んでいるので分かります。山形の田舎から出てきて三十年近くになるけれども、いつまでたっても、団地から抜け        出せません。まさに『終(つい)の栖(すみか)』は四畳半だわ、私にもこんな句ができるといいんだけど、西村さんはこんな立派な家に住んでいるんでしょう、四畳半ということにはならないわ」
「そう、思う。本当はこの句、姉がK市に小さな家を建て引っ越したとき、姉が住むようになった部屋を見て私が詠んだ句のなのよ、姉の嫁いだ家は、県の重要文化財に指定されたような大きな民家だったのよ、庭には船も浮かべられるような大きな池があってね、家の周りには構え掘りが廻り、長屋門のある家だったのよ、けれども、農地解放があったでしょ、義兄さんは本当の旦那様だったから、全然農業の仕事をしない人だったのよ、だから姉は小作から田を取り返し、少しでもと土地を守ったのよ、だから今でも近所では、姉を悪く言う人がいるわよ、義兄さんはいつ行っても、ニコニコしてお茶をいれてくれて、本当にいい人だった、長男が高校の先生になってね、お嫁さんをもらって、一緒に暮し始めたんですけど、お嫁さんも同じ高校の養護の先生をしていたのよ、ある日、お嫁さんが家に帰ってこなくなっちゃったのよ、そしたら、長男までも家を出て行ってしまってね、義兄さんが亡くなって、長男に家に帰って来てくれるように頼んだんだけれども、それだったら、長男のお嫁さんが離婚すると言ったのよ、そんなに私が嫌ならと、姉さんは怒って、家の敷地を残して土地を実家の兄さんに買ってもらって、新しく便利なところに土地と家を買って、嫁いだ家を出てきたのよ、長男夫婦に家を継いでもらうために、姉は家を出たのよ、本当に辛くて、悔しかったと思うわよ、そんなことがあってね、新しい家の庭の隅に嫁家にあった石蕗を植えたのよね、その石蕗に黄色い花が咲いたのを見て、『これがまあ終の栖か雪五尺』という小林一茶の句があるでしょ、それを真似てね、詠んだ句が『石(つわ)蕗(ぶき)や終(つい)の栖(すみか)は四畳半』という句だったのよ、本当に姉の昔の家と比べたら、侘しい住いだったわ、この句には姉の哀しみが籠っているのよ」
「あー、そうだったんですか」
「そうなのよ、ここが『私の終の栖』になったわと姉が言った言葉を聞いて、私が詠んだ句のなのよ、今の句会に入る前に詠んだ句だけれどもね、昔の句帳を見ていたら、姉を思い出してね、それで投句してみようと思ったのよ」
「そうですか、高得点の句だったと聞いたような気がするわ」
「そうだったかしらね」
西村さんの長い話を聞いているうちに、すみれ美容室に到着した。白髪染めと洗髪をし、柔らかく首、肩、背中を揉み、マッサージをすると西村さんは生き返ったと言ってくれた。すみれは西村さんを自宅まで車で送って行った。帰りスーパーにより、昼食のおにぎりと胡瓜の糠漬けと夕食の弁当を買った。美容室に戻ると午後一時を過ぎていた。すみれはさっそく、胡瓜の糠漬けを洗い、まな板でトントンと切り、おにぎりで遅い昼食をとった。食べ終わると客用の椅子に腰掛け、休んでいるうちについウトウトしてしまった。気がついてみると二時を過ぎている。いけない、もうそろそろ花屋をしているゆりの来る時間だ。昼食の後片付けをしているとゆりがうつむきかげんに入ってきた。
「ゆりちゃん、どうしたの」
「どうしたも、こうしたもないわよ」
「何か、深刻な事態でも起こったの」
「和(なごみ)会館の支配人をしていた高ちゃんが奥さんと凄い喧嘩をしたみたいなのよ、それで私の処に転がり込んできてね、それに気づいた造園屋の鳶さんが怒りぬいてね、高ちゃんを殴ってしまったのよ、私が悪いんだけど、先週の土曜日、雨が降ったじゃない、それで鳶さんの仕事が無かったものだから、パチンコに行った帰りうちに寄ったのよ、一瞬ドキッとしたのよ、高ちゃんは仕事に行っていなかったんだけれどもね、男物の下着がベランダに干してあったのを見て、誰のなんだ、と問い詰められてしまったのよ、鳶さんも高ちゃんのこと知っているじゃない、それで、高ちゃんのよ、と言ったのよ、高ちゃん、奥さんに家を追い出されたというから、可哀想じゃない、それでしばらくうちに居ればと言ったのよ」
すみれが心配そうにゆりを見つめているとゆりは
話し始めた。
「高はここに泊まっているのかと、鳶さんが言うから、高ちゃんは家に帰ったわと、言ったのよ。どうしてここに高の下着が干してあるんだと言うから、奥さんが高ちゃんのものを洗濯してくれないというから、私が洗濯してあげたのよと、言ったら、鳶さんは納得しなかったみたいで、私を引っ叩いたの。ごめんね、許して、私が悪かったわと、泣いて言ったら、鳶さんが出て行ったきり、もう一週間も来ないのよ。すみれちゃん、どうしたらいい」
ゆりは泣きながらすみれを見た。
「ゆりちゃん、高ちゃんと鳶さんのどっちが好きな
の」
「そんなの無理よ。どっちも好きよ。どっちとも別れられないわ」
「高ちゃんはイケメンだしね。鳶さんは気風がいいからね。でも鳶さんの方かしらね。懐が温かいのは。高ちゃんはゆりちゃんの他にも女がいるんじゃないの」
「私にも高ちゃんの他に鳶さんがいるんだから、高ちゃんが私の他に女がいてもいいわ。私を大事にしてくれているもの。それでいいのよ。私からお金を取るようなこと今まで一度もなかったわ。それでいいのよ。鳶さんが高を認めてくれればそれでいいのよ。だって、高は私に鳶さんがいてもいいと言ってくれているのよ。高は優しいと思わない。心が広いと思うのよ」
「私には男がいないのよ。ゆりには二人も男がいていいわね。羨ましいわ。高ちゃんは狡いのよ。ただ弱々しいだけだと思うわ」
「そうかしら、私は優しいんだと思うわ、そりゃ、私を独占したいと思う気持ちはあるとは思うわ、でも、私のわがままを許してくれているんだと思うのよ」
「そうかしら、男だったら、一人の女を独占したいと思うのが当然だと私は思うわ。鳶さんは男なのよ。高ちゃんはゆりを遊んでいるだけじゃないの。自分の女が他の男に抱かれて平気だというが私には分からないわ」
「すみれちゃんだって、昔、奥さんのいる人と付き合っていたじゃない。すみれちゃん、自分の男が他の女と寝ていて平気だったの。そうじゃないでしよ。年下の人だったわね」
「そう、だから別れたのよ。私は嫌だったの。お金は全部、奥さんに入れていたのよ。私が彼との生活費は全部出していたのよ。それが嫌になっちゃったのかしらね。高ちゃんはお金は出してくれいるの」
「高ちゃんは奥さんとの生活も大事にしたいと言って、給料は奥さんに渡しているのよ。私は高ちゃんのその気持ちは分かるのよ。だから私との付き合いを奥さんが認めてくれたらいいのよ、そう思わない」
「ゆりちゃん、甘いわ。鳶さんはお金を出してくれているのよね。鳶さんが怒るのは当然じゃない」
「高ちゃんは仕事をまわしてくれているわ。和会館の結婚式に飾る花はすべて私に注文してくれているのよ。だから実質的にはお金をくれていると変わらないわ」
すみれはゆりのわがままを断固として理解しなかった。ゆりは俯いたまますみれ美容室を出て行った。
数日後、すみれがさくらの居酒屋に行くとニコニコしたゆりがいた。高ちゃんと鳶さんに挟まれてゆりがいた。高ちゃんも鳶さんも仲良くおしゃべりをしている。焼酎のお湯割りを一口飲むと高ちゃんがマイクを握り、『赤いグラス』を歌いだした。鳶さんはゆりの手を取るとチークダンスを始めた。すみれは鳶さんとチークダンスをしているゆりを見て、あっけにとられていた。

醸楽庵だより   43号   聖海

2014-12-28 11:40:04 | 随筆・小説

 私にとっての日本国内最大のニュースは 
        「翁長 雄志(おなが たけし)沖縄県知事誕生」でした

 オール沖縄候補翁長が自公候補の仲井真弘多を大差で破り、当選した。この
選挙結果は数年先の日本本土の総選挙の結果を予言するものであろう。オール
日本の候補が自公候補を破り、当選する日が来るに違いない。
 日本本土の保守政党、自民党・公明党・民主党・その他の小政党はアメリカ
合衆国の属国政党である。それらの政党に所属する政治家はアメリカの日本統
治を受け入れ、アメリカ政府に忠誠を誓う政治家たちである。それらの保守政
治家たちは日本の国と国民のために政治をしていると個人的には思っているが
それらの保守政治家が実際にしていることは日本の国と国民のための政治では
なく、アメリカ政府のための政治をしていることに気付いていない。日本国民
もまた自公に代表される政党が国民のための政治をしていれているに違いない
という幻想を抱いている。日本国民にとってそれら保守政治家の存在は悲劇で
あると同時に喜劇でもある。
 鳩山由紀夫元総理が告白している。日本の官僚は日本国の総理に忠誠を誓っ
ているのでなく、別の者に忠誠を誓っていると、本心を吐露している。日本の
政府も官僚も与党の政治家も日本国民のための政治をしていない。そのことに
気づいていないのか、それとも隠しているのか、わからない。
 アメリカ政府の意向が日本国民を苦しめていることに保守政治家が気付き、
勇気をもって現実に目を向け、自分だけの延命を図るのではなく、国民のため
の政治をする決断をするなら、日米安保条約の存在が日本経済発展を阻害して
いることが認識できるであろう。国民もまた自公政府への幻想を捨てオール日
本を代表する政治家の登場を望むようになるだろう。その日が近づいてきたこ
とを予言したのが翁長 雄志沖縄県知事誕生という出来事だった。
 米軍基地の存在が沖縄の経済発展を阻害している。この現実を沖縄県民が認
識したとき、自公政権が言っていることに反旗を翻したのだ。日本国防衛のた
めに米軍が日本に存在しているのではないという認識だけでは、自公政権のペ
テンと嘘に幻想を抱いてしまう。しかし日米安保条約の存在が日本国の平和と
国民生活の安全を危うくするものだと日本国民が認識したとき、自公政権は打
倒されるだろう。その日は案外近いのかもしれない。そのような日が来ること
を予感させる出来事がオール沖縄候補翁長の当選であった。
 私がこのようなことを感じる理由の一つに税金を払わない巨大企業の存在が
ある。富岡幸雄氏の『税金を払わない巨大企業』によれば三井住友銀行の今年
度の法人税納入額は300万円だったという。このような現実を国民が知るなら中
小企業が許すはずがないと思うからである。ごく少数の多国家籍化した巨大企
業の利益を代弁する自公政権だという認識が国民のものとなるならオール日本
を代表する候補が自公の候補を打ち破る日が来るのは間違いのないことだろう。
 

醸楽庵だより   42号   聖海

2014-12-27 10:02:14 | 随筆・小説

  和食文化について 

侘輔 「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録された
    ということは日本食が世界文化遺産として世界に認められたということ
    だよね。そうだろ、ノミちゃん。
呑助 ワビちゃん、日本食って、凄いんだね。
侘助 日本食がこんなに世界に認められた理由は何だと思う。
呑助 それは日本食が健康に良いからなんじゃないの。世界一の長寿国だしね。
   そうでしょ。
侘助 日本食を世界無形文化遺産にしたもの、そのもとになったのは日本酒造り
   の文化が決定的に重要な役割を果たしているんだ。
呑助 へぇー、日本食の味と日本酒とはどんな関係にあるのかねー。
侘助 日本食の味のもとになっているのは、出汁(だし)にあるんだ。この出汁を
   作るのは昆布と鰹節だろう。
呑助 その昆布と鰹節の出汁で作った味噌汁はうまかったな。俺が子供の頃おふ
   くろは削り節と昆布で出汁を採っていたのを覚えているよ。粉末の味噌汁
   の素とは味が違っていたように思うね。
侘助 そうだろう。昆布と鰹節で採った出汁がどうておいしいのかというと、そ
   れは昆布も鰹節も熟成したものを使っているからなんだ。熟成したものと
   いうのはカビの生えたものをいうんだ。
呑助 へぇー、カビなんだ。カビというと毒、そんな思いが強いけれどもねぇー。
   カビか。
侘助 そうなんだよ。カビはもともと毒だったんだ。その毒を無毒化し、旨味を
   作り出すカビにしたのは酒造りをしていた者たちだったんだ。酒造りはま
   ず、蒸した米に麹菌を撒き、カビを繁茂させるでしょ。それを麹と言って
   いるわけだけどね。そのカビが米のでんぷんをブドウ糖に変える。ブドウ
   糖を酵母が食べてアルコールをだす。そのアルコールが日本酒だ。
呑助 そんな技術を昔の日本人はどのようにして手に入れたのかね。
侘助 甘い水があれば、その水は酒になる可能性を持った水なんだ。その甘い水
   に酵母が入れば酒になる。原始の人は自然の中に酒を発見した。同じよう
   に炊いた飯米にカビが生え、その飯が甘くなることを知る。その偶然を意
   識的に作り出そうと試みたわけなんだ。
呑助 そりゃ、長い年月がかかったことだろうね。
侘助 もちろん、数千年かかったことだろうね。カビとはもともと毒だったんだ
   から。その毒のカビの中から旨味を作り出すカビを作り出していったのだ
   からね。それも経験を蓄積し、経験に経験を繰り返してカビづくりをした。
呑助 カビとはデンプンを糖に変えるものだよね。
侘助 そうだよ。そのカビが大豆のでんぷんを糖に変えると醤油や味噌になる。
   穀物のでんぷんを糖に変えると酒や酢になる。昆布に生えると熟成した昆
   布になる。魚のカツオに生えると鰹節になる。そのカビをアスペルス・オ
   リゼというんだ。
呑助 へぇー。なんか、難しい名前だね。そのオリゼとかいうカビが日本食の味
   を作っているということなのかね。
侘助 そうなんだよ。アスペルス・オリゼというカビがわれわれの祖先が作り出
   した物なんだ。

醸楽庵だより   41号   聖海

2014-12-25 12:10:45 | 随筆・小説
 
従軍慰安婦報道について感じたこと 2014.12.25

 朝日新聞社の「吉田証言」に基づく慰安婦報道が誤報であったと読売新聞、
産経新聞、週刊誌等が厳しく、朝日新聞を糾弾した。朝日バッシングを読み、
誤報は誤報として朝日新聞が認めたうえで謝罪すれば、それで済むものだと
思っていた。がそうはならなかった。慰安婦はいたが、韓国・朝鮮、中国人
女性を強制的に慰安婦にしたという証拠はない。慰安婦はいたが、従軍慰安
婦はいなかった。特に諸外国に日本の新聞が自国を貶める報道をした。この
ようなバッシングが長々と続いた。異例なことに朝日新聞社長が謝罪する事
態になった。さらに元木村伊量(ただかず)社長が謝罪してもバッシングが終
わることはなかった。
 12月22日、朝日新聞「慰安婦誤報問題」について、第三者委員会が報告書
を公表した。その中で岡本行夫、北岡伸一両委員は朝日新聞の報道が「韓国
における慰安婦問題に対する過激な言説をいわば裏書きし、さらに過激化さ
せた」と指摘した。一方、波多野澄雄委員は報告で「朝日新聞の吉田氏に関
する『誤報』が韓国メディアに大きな影響を及ぼしたとは言えない」。林香
里委員は報告で「朝日新聞による吉田証言の報道、および慰安婦報道は、国
際社会に対してあまり影響がなかった」という意見もあった。
 単なる公娼制度下の慰安婦ではなく従軍専門の慰安婦がいた。これが私の
見解である。「慰安所とは将兵の性欲を処理させるために軍が設置した兵站
付属施設」であると永井和京都大学文学研究科教授が述べている。兵站付属
施設である慰安所が将兵の性欲を処理する施設である以上、その施設で働く
女性が従軍慰安婦であることは間違いのない事実であろう。このような事実
を無かったものにしてしまう自由主義史観とはいかがなものであろう。この
ような歴史観に立つ安倍首相はアジア諸国に対して日本の尊厳を守ることが
できるのだろうか。疑問である。自国にとって受け入れがたい事実であって
も、その事実を認め、アジア諸国に謝罪してこそ、初めてアジア諸国に受け
入れてもらえるのではなかろうか。




 

醸楽庵だより   40号   聖海

2014-12-24 10:58:26 | 随筆・小説

 2014年ニュース  ウクライナ内戦

 今日(12月24日)、池上彰さんはテレビで今年の重大ニュースの第一に「ウクラ
イナ問題」をあげていた。その理由は欧米諸国とロシアとの冷戦がはじまる危険
性を指摘した。その危険性を6年前の著書で書いていると主張し、女性アナウンサ
ーがその箇所を読んだ。その内容は以下のようなものであった。1991年ソヴィエ
ト連邦が崩壊するとウクライナが独立した。ソ連邦最大の不凍軍港セバストポリ
がウクライナの領土になった。ロシアはウクライナと20年間セバストポリを軍港
として利用できる条約を結んだ。だがロシアがセバストポリをウクライナ領とし
て認めるはずがない。だから必ずロシアはウクライナと衝突するに違いない。こ
のような予言が当たった、と発言した。この池上さんの発言を聞き、池上さんの
ロシアに対する悪意を感じた。
 2013年11月21日、ウクライナ・EUの関係を強化する連合協定の締結直前、ヴィ
クトル・ヤヌコーヴィチ前大統領がそのプロセス凍結を決定した。この決定に反
対する市民たちが欧州広場(ユーロマイダン)に集まり抗議デモを始めた。この抗
議デモが拡大、暴動へと発展していった。その陰にはイスラエル退役軍人たちが
いた。この情報を私は東京大学名誉教授板垣雄三氏がジャーナリスト岩上安身に
話すビデオを見て知った。ヤヌコーヴィチ大統領が倒されるとアメリカ合衆国国
務次官補ヌーランドが新しい政府の組閣をしている電話が盗聴され、ネットに流
れた。ネオナチの右派セクターが政権に入った。ウクライナ危機を作り出したの
はアメリカ・イスラエルだったのだ。断じてロシアではない。確かにウクライナ
側に反ロシア感情を持っている住民がいることは確かであろう。またロシア側に
もウクライナはロシアの一部だという認識がロシア国民にあることも事実であろ
う。この対立を煽り、介入したのはアメリカなのだ。
池上さんはアメリカがしたことを知っているのかどうか分からないが、私が知っ
ているくらいだから、知っているに違いない。知ったうえでロシアの拡張主義が
ウクライナ危機を生んだという主張には悪意がある。
 

醸楽庵だより   39号   聖海

2014-12-23 14:17:40 | 随筆・小説
 
 消費税10%時代が来る

侘輔 いよいよ消費税10%時代がくるね。
呑助 1年半後の2016年からですから、まだまだですよね。
侘助 そうらしいね。日本酒もじりじり値上がりだしてきたよ。
呑助 そんな感じがしますよ。
侘助 お酒は酒税を払った他に消費税が課けられるからね。
呑助 税金に税が課けられるんですね。酒造会社は文句を言わないんでしよ
   うかね。
侘助 うーん。酒造会社は税務署に弱いからね。なか
   なか難しいんじゃないかな。でも消費者のことを考えて税に税を課け
   るのは辞めてもらいたいと言ってもいいよね。
呑助 日本酒にはいくらくらいの税金が課けられているんですかね。
侘助 1キロリットル当たり12万円だから、1升瓶にすると252円になる。それ
   に消費税が10%つくようになると、消費税25円と酒税を合わせると277
   円が税金ということになるかな。
呑助 ビールや焼酎はどうなんですか。
侘助 財務省は発泡性酒類と言っているがビールだよね。1キロリットル当たり
   22万円だ。ビールの大びんは何リットル入っているか知っている。
呑助 1升瓶が1.8ℓだから、1ℓははいっていないなー。0.6ℓ位かな。
侘助 いい線いっているよ。厳密に言うと633ml。不思議な半端な数字だね。
呑助 不思議ですね。
侘助 おおよそ、ビール大瓶1本に付き138円の酒税ということになる。ヒール
   は一番酒税が高い。その酒税に10%の消費税が付くようになるから151円
   が税金ということになるね。
呑助 飲むなら、ビールより日本酒ですかね。でもどうしてビールは酒税が高い
   んですかね。
侘助 それはビールが一番売れているからじゃないかな。
呑助 一番税収が上がるからということですか。焼酎はどうなんですか。
侘助 焼酎も上がってきているらしい。一キロリットル当たり20万円だ。だから
   1ℓ入りの焼酎だと200円が酒税になる。蒸留酒の場合、アルコール度数が
   1度上がるたびに1キロリットル当たり、1万円づつ酒税が上がっていくシ
   ステムになっている。だからアルコール度数の高い焼酎は高くなるわけだ。
   その上、酒税に消費税がかかるから高くなるね。
呑助 焼酎をお湯割りで飲むと税金の支払いは少なくなりますね。
侘助 低アルコールの焼酎にして飲むと確かに体にも懐にも優しい飲み方かもし
   れないね。
呑助 それにしても焼酎の酒税は日本史に比べて高いですね。
侘助 昔、焼酎を楽しんだ人々に比べて、今は中間層の人々が普段に飲むように
   なったから税金も少しづつ高くなってきたようだよ。
呑助 羊の毛を刈る良い職人は羊が啼かないように刈る。これが徴税吏の技だと
   財政学の先生が話していたのを覚えています。
侘助 ホントにそうなんだ。文句を言われずに取りやすいところから徴税する。
   これが政府の本音だろうね。だから消費税導入反対なんて言う人には厳し
   くマルサが入り、おとなしく賛成してくれる人には益税で優遇する。

 

醸楽庵だより   38号   聖海

2014-12-22 15:19:45 | 随筆・小説
 
 何に此(この)師走の市(いち)に行(ゆく)からす   芭蕉
 
句郎 「何に此(この)師走の市(いち)に行(ゆく)からす」という芭蕉の句がある
   でしよう。
華女 へぇー、そんな句が芭蕉にあったの。全然ピンとこないけど。何を言って
   いるの。
句郎 どんなことを詠んでいるのか。通じないかな。
華女 残念ながら、通じないんだけど。
句郎 カラスというのは、独り者の芭蕉のことなんだよ。
華女 はぁー、なるほどね。なんとなく、分かってきたわ。師走の市に行く必要
   のない独り者であっても、「何に此」師走の市に足が向くのかと、いう意
   味なのね。これは寂しい句ね。
句郎 侘しい句だよ。芭蕉は年の瀬に人恋しくなったんだよ。きっとね。それで
   人混みにぬくもりを求めて師走の市に行った。その市で餌をつつく、から
   すを見たんだ。
華女 なるほど。成程。絵が浮かんできたわ。
句郎 分かるでしょ。烏さん。お前さんも独りかい。賑わう市にひと肌の温もり
   を求めても得られるものではないなぁー。芭蕉は烏に話しかけた。
華女 わかるなぁー。私も若かった頃、女一人のクリスマスを過ごした時の侘し
   さったら、なかったわ。誰でもいいから、今夜、私と一緒にいてほしいと、
   いうような気持ちになったことがあったわ。
句郎 都会の孤独のようなものを芭蕉は感じていたのかな。
華女 元禄時代の江戸とか、京都とか、浪速というのはすでに今の都会だったの
   かしらね。
句郎 そうかもしれない。そうした都会を深く深く経験したからこそこのような
   句ができたのかしれない。
華女 その時代を深く感じるとその句は文学になるのかしら。
句郎 きっと、そうだと思うよ。芭蕉をまねて俺も句をつくったんだ。
華女 句郎君はどんな句をつくったの。
句郎 暮にスーパーに行ったんだ。レジに並んだ前の白髪が納豆一つ買っていた。
   「年の瀬や納豆一つ買う白髪(しらが)」。こんな句ができた。あー、芭蕉
   さんには及ばない。
華女 そうね。句郎君の句と比べてみると芭蕉の句の凄さというか、深さみたい
   なものが分かるわ。
句郎君の句は子どもの句よね。
句郎 そこまで言わなくともいいんじゃない。自分で十分わかっているんだから。
華女 自分で句郎君は言っているからいいのかなと思ったまでよ。悪気はないわ。
句郎 芭蕉は元禄三年正月二日、荷兮宛書簡に歳暮と記し、この「何に此」を挨
   拶句として書いている。元禄三年の正月を芭蕉は故郷の伊賀上野で迎えて
   いた。だから京や大坂の大都会ではないから、師走の市に行くときっと知
   り合いに出会うことは間違いなくあったに違いない。そこで人との出会う
   温もりを得ることはできた。そんな温もりを求めて特に買う物がなくとも
   出かけて行って、この句を詠んだのだろうと思うけど。
華女 それでも、伊賀上野の農村にあっても、都会の孤独のようなものを芭蕉は
   感じたのでしょう。そこが凄いことよね。
句郎 写生の中に確かに人間が表現されているね。

醸楽庵だより   37号   聖海

2014-12-21 10:45:54 | 随筆・小説
 
 伝統文化を想う 

 数年前の大晦日恒例の「朝まで生テレビ」という番組を見た。その番組に日本
共産党国会対策委員長の穀田恵二さんが和服姿で現れた。似合っていると思った
が違和感があった。着物も高級なもののように見える。共産党のイメージじゃな
い。こう思った。2012年10月23日放送されたニコニコ動画に日本共産党を紹介す
る一時間の番組があった。この番組に穀田恵二さんがやはり和服を着て出てきた。
「穀田さん、和服ですね」と司会役の日本共産党政策委員長の小池晃さんが穀田
さんに話しかけた。「そうですねん、小池さんが和服着て来いと言わはるから着
てきたんです」と穀田さんは京都弁で答えた。この会話を聞き、日本共産党に伝
えたい主張があるのだなと感じた。
 小池さんは穀田さんの羽織を摘み、「これは西陣織ですか」と聞いた。「そう
です。西陣織は京都の伝統産業ですからな。私、今日足袋を履いて来ました。今
や京都でも足袋を作る職人さんは一人きりになってしまいました」と穀田さんは
地場産業としての伝統産業が衰退してきていることを嘆いた。
 小池さんは日本各地で地域懇談会を開いている。この懇談会に出て来てくれる
商工会議所の方たちや中小企業の方たちが驚かれるのは日本共産党に経済成長戦
略があるということなんですと、穀田さんに話を向けると「私は京都の伝統産業
を宣伝するために着物を着てテレビにでているんです」と穀田さんは発言した。
着物を着てテレビ討論番組に穀田さんが出るのは西陣織のコマーシャルだったん
だと、納得した。初めて穀田さんの和服姿を見たときには論客の中でただ一人の
和服姿に気障だと思ったが理由があった。実はこの違和感に日本共産党の主張が
あったのだ。
 保守政党を自認する自民党総裁だった京都選出の谷垣禎一氏など和服を着てテ
レビに出演すれば違和感なく見えるように思うが谷垣氏の和服姿などテレビでは
見たことがない。伝統保守の自民党のイメージと日本の着物文化とは相性がよさ
そうだ。自民党は伝統文化や伝統産業を守り、支え、発展の道を探る政党のよう
なイメージがある。
 伝統産業は今や小規模企業、支えている人の高齢化が進んでいる。衰退産業で
ある。私が住む埼玉県春日部市にも伝統産業がある。今から三十年ほど前までは
桐箪笥製造の小規模工場がいくつもあったが、今やほとんどなくなった。数年前、
桐箪笥製造の一番腕のよい職人さんが桐箪笥作りでは生活できないという話を聞
いた。ワーキングプアの世界が我が住む街にあった。春日部には桐箪笥を売る大
きな家具屋さんが何軒もあったが今や一軒の家具屋もない。桐箪笥を作る職人さ
んたちの仕事はなくなった。自家製造していた家具屋の主人たちの中には職人さ
んたちの生活を思い、財産を食いつぶし、限界まで職人を抱え、頑張った人がい
る。
「オヤジは俺たちのことを思ってよ、毎月赤字でも頑張ってくれているんだ。気
の毒でよ。そう言ってもよ、俺たちだって、生活あるべ、だから今までだったら
引き受けなかったようなつまらない仕事でも請けるようにしているんだ。それで
も限界があるべ、だから店を辞めることにしたんだ」。
 居酒屋で仲良くなった箪笥職人さんから酒を飲みながら聞いた話である。職人
さんたちは主人を気の毒に思い自ら身を引いた。伝統産業には人情があった。主
人は職人さんを思い、職人さんは主人を思う。互いに思いやりをもつ、人情の伝
統があったが、伝統産業が衰退していくと街から人情もまたなくなっていった。
 保守政党には伝統文化や伝統産業を守り、支えていく政策があるのだろうか。
地場産業を守る保守政党の選挙用政策はあるかもしれないが本気になって取り組
む気持ちはあるのだろうか。衰退産業に金をかけるのは経済合理性に反する。も
っともっと成長産業にお金はかけなければいけない。国際競争に勝てるよう企業
は大規模化すべきだ。効率化しなければいけない。大企業を優遇してこそ日本の
発展はあるのだ。大企業が発展すればそこから富の分け前がこぼれ落ちてくる。
トリクルダウンなどという横文字を使い、権威をもった経済学者が保守政党の政
策を新聞、テレビ、雑誌で宣伝する。
 広告・宣伝の巨大企業、電通には国民に消費を促す十か条がある。買わせろ、
飽きさせろ、捨てさせろ、流行遅れにさせろ、これらが国民に消費を促す宣伝、
広告の原則だ。自分で好きなものを買っているつもりにさせる。これが消費させ
る戦略だ。消費は美徳なりの生活を普及した。これが保守政党政治の成果だった。
母が嫁入りしたときに持ってきた箪笥を娘は職人さんに作り直してもらう。母か
ら娘へ、娘から孫娘へと引きつながれていく桐箪笥のようなものは消費を喚起し
ない。同じように娘が母の着物を壊し、仕立て直しをする。このような伝統文化
は経済を成長させない。伝統的なものは流行おくれにする。新しい家具、洋服を
次々買わせては捨てさせる。これが経済を成長させる。このような政策を推進し
てきたのが保守政党だった。これが国の政策である以上、地場産業としての伝統
産業は衰退していく運命にあった。保守を自認する政党は本当に日本の伝統産業
を保守してきたのだろうか。
 地場産業としての伝統産業を守り、新しく発展の道を探る政策は保守政党には
ない。伝統文化や伝統産業を守り、発展の道を探る政策を追求する政党は保守政
党ではなく、革新政党である日本共産党である。このような主張を象徴するもの
が穀田さんの西陣織の着物姿なのかもしれない。