季語「涼しさ」を探る
句郎 夏の季語「涼し」を詠んだ芭蕉の句を検討してみたい。
華女 芭蕉が「涼し」を詠んだ有名な句は何なのかしら。
句郎 「涼しさをわが宿にしてねまるなり」。『おくのほそ道』、尾花沢で詠んだ句が知られている。
華女 羽黒山でも詠んでいるような印象が残っているわ。
句郎 あぁー、そうだった。「涼しさやほの三日月の羽黒山」だったかな。
華女 その句よね。句郎君はどちらの句が好きなの。
句郎 私は尾花沢で詠んだ句の方が好きかな。
華女 「涼しさを」の句の何がいいの。
句郎 涼しさというものの本意を見事に表現した句が「涼しさをわが宿にしてねまるなり」だと思う。
華女 「涼しさ」の本意とは何なのかしら。
句郎 それは夏の涼しさを心の底から味わう人の気持ちが詠まれている句が良い句なんだと思う。
華女 「涼しさ」そのものが詠まれているということなのね。
句郎 炎天下、歩いて旅する人にとって、木陰で休んだ時の涼風はまさに天国に上ったような気持ちになるのじゃないのかなと思ってね。
華女 体験した人にとっては身の染みて感じることなんでしよう。
句郎 そうなんだ。経験、体験に基づいて詠まれている句には力があるのじゃないのかな。
華女 読者に対する説得力があるということなのね。
句郎 「昼顔に米つき涼むあはれ也」。貞享4年、芭蕉44歳の時に詠んだ句がある。十七世紀前半の江戸時代には米つきを生業にしていた人が人がいたのじゃないかと思う。昼顔の咲く屋敷内で雇われている米つき人が一休みしている。その疲れ切った雇われ人が涼風を満喫している姿を芭蕉は詠んでいる。厳しい労働に従事している人こそが涼しさの有難さがわかる人なんだと芭蕉は考えていたのじゃないかと思う。そこに人間が生きていく哀れを芭蕉は見ていた。
華女 農民や町人などであってもより下層に生きる人々にも優しい眼差しが芭蕉にはあるのね。
句郎 そうなんだ。だから「涼しさをわが宿にしてねまる也」。この句は立派な文学作品になっているということが言える。だが高浜虚子の句に「女涼し窓に腰かけ落ちもせず」がある。私はこの句に文学があるとは思えない。だからそれほど有名な句でもない。季語「涼し」が軽薄なものとして表現されている。季語「涼し」は芭蕉によって文学として極められてしまった。結果として季語「涼し」は芭蕉以後文学になった句は存在しえないのかもしれない。
華女 芭蕉以後の俳人と言われている人々の句は文学になっていないということを句郎君は言いたいの。
句郎 そんなことはないよ。「涼し」という季語で表現される句が文学と言われるようになるのは極めて困難なのではないかということが言いたいだけなんだ。
華女 確かに虚子の句は女を揶揄するようなところがあるわね。
句郎 ちょっと軽薄な女と笑っているようなところがあるように感じるからね。
華女 女を笑う男、虚子はそういう人だったのかも。