遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『伏蛇の闇網 警視庁公安部・片野坂彰』   濱 嘉之   文春文庫

2024-11-25 22:56:44 | 濱嘉之
 警視庁公安部・片野坂彰シリーズの第6弾! 文庫のための書下ろしとして、2024年10月に刊行された。
 本作はまさに直近の世界情勢を片野坂彰をリーダーとする警視庁公安部長付特別捜査班が情報収集し、片野坂を中核に分析し論じあうというインテリジェンス・ストーリー、情報小説である。現下の世界情勢をこういう視点から見つめることができるものか、というところが、フィクションという形式を介して、大いに参考になる。

 本作はこれまでのシリーズとはちょっと全体構成の趣が違うという印象をまず抱いた。一つの特別捜査事案がメイン・ストーリーになって、いくつかのサブ・ストーリーが織り込まれていき、結果として集約統合されていくという展開とはかなり異なる。いわば、短編連作の底流に一つのテーマが横たわっていて、それぞれの短編のある局面が、その一つのテーマと接合していくというイメージである。
 
 片野坂は特別捜査班のリーダーであり、4人の部下がいる。しかし、片野坂は上司・部下という上下関係を主体とする一班ではなく、それぞれが専門領域での優秀な捜査員であり、お互いが同僚だという意識でのチーム作りを実践している。それぞれのメンバーは、己の担当する領域でテーマを主体的に追及しいく。特別捜査班全体での情報の共有化を図りつつ、海外各地域に分散し単独で諜報活動に従事していくとともに、片野坂の提起する特定事案の解決にチームプレイを発揮する。今回は、このそれぞれの活動を描くという側面の比重がこれまでの作品より大きくなり、ストーリーに色濃く反映されていると思った。

 これは、本作の目次をご紹介すれば、そこにその一端が現れていると思う。
 短編連作風の作品と感じる一つの要因は、各章での主体となり諜報活動をする人物が明確な点である。個々の主人公が片野坂と連絡を取り、一方で同僚間の相互協力とコミュニケーションを密にしている。目次と併せて主体となる人物を明記しておこう。

  目次              主体として活動する特別捜査員
    プロローグ         片野坂彰警視正  本筋の事案の始まり
  第1章 ロシア情勢       香川潔警部補
  第2章 中国情勢        壱岐雄志警部
  第3章 中東情勢        望月健介警視
  第4章 福岡          片野坂彰警視正
  第5章 経過報告        片野坂がメンバーと活動状況を共有化
  第6章 新たな問題       緊急事案への対処:片野坂・香川・壱岐
  第7章 事件捜査        緊急事案が事件捜査に転じる
  第8章 海外警察の拠点摘発   片野坂の扱う本筋の事案の解決へ
    エピローグ

 プロローグで、片野坂が京都の八坂の塔の近くに現れる。土地鑑のある地域から始まると情景のイメージが湧きやすく一層ストーリーに入り込みやすくなる感じがした。
 片野坂はそこから京都の中心地区に移動し、とあるビルにある監視カメラに情報収集のための小細工を加える。それは片野坂が友人から入手した情報を契機に、ある事象の殲滅をテーマとして着手する始まりとなる。ここからまず面白いのは、ウィーンを拠点とする白澤香葉子警部のもとに、監視カメラに加えた細工を通して得られる情報を送信し、白澤がリモートでアクセスして、そこを起点に情報源を遡っていき、さらに関連情報をハッキングするというルートを構築していくところにある。片野坂が国土防衛のために取り組む事案は、その進め方が頭からグローバルな展開となる点である。このシリーズに引き込まれるのは、グローバルな情勢分析感覚がベースにあることだ。
 では、片野坂が友人から協力依頼を受ける形で得た情報を契機に取り組み始めたのは何か? 中国公安が、日本に秘密警察の「海外派出所」を設営して、留学生などの在日同朋を脅迫する一方で、チャイニーズマフィアと連携して大規模詐欺に関与しているという事象だった。京都に海外派出所の一つがあることと場所を片野坂が特定した。片野坂はこの京都から得られる情報を起点に、日本に設営された中国の秘密警察派出所の殲滅を一挙に行うことを決意する。これがこの第6弾のメイン・ストーリーに相当する。

 しかし、この事案だけを主体に捜査を展開していくストーリーの構成になっていないところが面白いところである。片野坂は、ロシア、中国、中東の各エリアで活動している同僚たちと、コミュニケーションを取り、情報を共有しながら、片野坂の視点で諜報活動の目標について助言・指示したり、危険性の評価などをしたりする。また、各捜査員の入手情報は、ウィーンの白澤のもとに中継拠点として集約される。一方、白澤は情報源へのハッキング活動により、片野坂以下4名に収集・分析した情報をフィードバックする。このスケールの広がりが、このシリーズの魅力的なのだ。

 第1章~第3章のロシア・中国・中東各地域の情勢分析とグローバルな相互関係についての描写は、ほぼリアルタイムな世界の情勢・情報が扱われている。その情報分析を一つの視点として受け止めると有益である。見方が広がることは間違いない。リアルな情報が巧みに織り込まれ、その動向がこの5人のメンバーの分析の俎上に上ってくるのだから、おもしろい。
 
 3人の特別捜査員がこのストーリーではどこに出かけているかだけはご紹介しておこう。特別捜査班の全員が片野坂の指示で警視庁本部庁舎で一堂に会するのは、クリスマスイヴの前日になる。それまで、片野坂は日本で単独捜査。白澤はウィーンで主にハッカーとしての業務に従事し、ストレートに帰国。あとの3人は以下の通り。
 香川:ウラジオストク→(シベリア鉄道・北ルート)→モスクワ→サンクトペテルブルク
 壱岐:上海・長江河口地域→香港→江西省の南昌市
 望月:フォレストシティ(マレーシア・ジョホール州)→モルディブ

 全員が集合して会合した後、片野坂は皆に1月15日の集合を告げ、それまでは有給休暇を取るように指示する。だが、年が明けてから、思わぬ新たな問題が発生する。それは公安部のサイバー犯罪特別捜査官の出奔事件である。その重要性に鑑みて、片野坂は即刻捜査に取り組む。そこに香川と壱岐が加わっていく。サブ・ストーリーの進展なのだが、それがまた、片野坂の事案に繋がっていく。外国と国内が絡むと、広いようで狭い裏社会の繋がりが露呈する。まあ、そんなものかも・・・・と思ってしまう。
 このサブ・ストーリー、リアルにあるかもと思うような話であり、興味深い。

 本作は、メイン・ストーリーと思う片野坂の取り組む事案を描くボリュームが相対的に少ない。それ以外の世界情勢の話題と分析に結構拡散している。なので、世界情勢の論議をフィクションを介して読むことに関心がない人にはお勧めとはいいがたい。
 フィクションを介しながらも、ここまで一つの視点で、世界情勢と過去の歴史の一端を取り上げ、読み解き、書き込んでいるところが興味深くおもしろいと思う。

 香川潔警部補の発言は、いつも過激で極端な側面があるのだが、それ故に思考の刺激になる。香川と片野坂の会話をいつも楽しみながら読める。
 最後に、香川が毒舌・揶揄でネーミングし、会話に頻出させるあだ名を挙げておこう。
    プー太郎、チン平、黒電話頭。
 小説ならではのあだ名ではないか。

 ご一読ありがとうございます。


補遺
CISSPとは  :「ISC2」
OSCPとは? :「CONPUTERFUTURES」
ガスプロム  :ウィキペディア
鬼城(地理学):ウィキペディア
恐れていた事態が起こった「中国の不動産業界」…中国で「完成はしたけれど住む人がいない」マンションが急増   :「現代ビジネス」
南昌市   :ウィキペディア
江西省・南昌市 概況説明資料  :「JETRO」
ヒズボラ  :ウィキペディア
バース党  :「日本国際問題研究所」
ハマース  :ウィキペディア
フーシ   :ウィキペディア
イスラエル国   :「外務省」
イスラエル    :ウィキペディア
モルディブ共和国 :「外務省」
モルディブ    :ウィキペディア
AIアシスタントとは?   :「RAKUTEN」
生成AIのパワーを活用する :「intel」
生成AI    :「NRI](野村総合研究所)

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こちらもお読みいただけるとうれしいです。
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『プライド2 捜査手法』   講談社文庫
『孤高の血脈』   文藝春秋
『プライド 警官の宿命』   講談社文庫
『列島融解』   講談社文庫
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「遊心逍遙記」に掲載した<濱 嘉之>作品の読後印象記一覧 最終版
 2022年12月現在 35冊

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