遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『列島融解』 濱 嘉之  講談社文庫

2023-02-20 12:49:00 | 濱嘉之
 2011年3月11日に東日本大震災が発生し、さらに福島第一原子力発電所事故が起こった。本書は2012年3月に単行本が刊行された後、加筆、修正され2013年3月に文庫化されている。たぶん原発事故直後に構想され創作されたのだろう。政治家を主人公にエネルギー政策問題を中核に据えながら、中国への震災後の危うい企業進出問題を絡めた同時代情報小説という印象を抱いた。インテリジェンスという側面も含むが、主体はエネルギー資源情報そのものに焦点があたるという印象である。

 プロローグは、震災から1年半が過ぎた時点から始まる形で設定されている。中心となるのは、三度目の当選を果たした衆議院議員の小川正人である。彼は「東日本電力」の出身で、日本自由党に所属するが、派閥には参加せずフリーランスの立場で活動する姿勢を堅持する。小川が目指すのは、日本が直面するエネルギー問題に真摯に取り組み、国家のエネルギー政策を確立するための提言をすることである。
 メイン・ストーリーは、小川が衆議院議員中から厳選した議員に呼びかけて勉強会を主導し、エネルギー政策を提言するまでのプロセスを描き出す。そこに政界の舞台裏が見え隠れしていく。小川は安い電力供給を目指すためには、エネルギー問題を希望だけでは語れないと冷徹に判断する。現状での原子力依存を容認しつつ、電源ミックスを目指す。

 主要な登場人物の一人に小川の一期先輩の藤原兼重がいる。元経産省のキャリア官僚出身の衆議院議員。彼は日本自由党が与党に復帰した段階で、己の意図を持ち外務副大臣に就任する。彼は中国の情勢に特に関心を抱いている。藤原は、原発事故を国の責任と考えている立場に立つ。藤原は3回生の時に「勉強会」と称して40人を超える政策集団を運営している。将来の総理候補とみなされている一人である。小川は己の政治信念を国政に反映させるために、距離を置きつつ藤原との連携を維持する。

 さらに、主要な登場人物として、太田正治という企業経営者がいる。福島で自動車会社の第4次下請け工場を経営していたが、震災で家族を失う。工場が原発事故による汚染区域にあるため、移転を余儀なくされる。避難所生活の一方で自ら工場再建地を探索し、候補地をほぼ決めようとした頃に、「東洋商事」日本支社長の野田剛が現れる。太田は野田からアジア進出を持ちかけられてアジア各国の視察旅行をする。その結果、野田のシナリオどおりに中国への企業進出を決断する。そこから太田の中国での工場立ち上げが始まって行く。だがそこには予期せぬトラップがあった。

 もう一人、主要な登場人物に日比野孝之がいる。彼は内閣情報調査室事務官で、省庁派遣者ではなくプロパーの事務官である。国内部の政党担当班長で与野党を問わず、政党そのものや主な国会議員に関する情報を収集する任務を担っている。エネルギー政策に精通していて、小川・藤原の活動に注目し、関わりを持っていく。

 小川は、東日本電力時代に6年間政策秘書をして活動する時期を経験していた。そこで衆議院議員に初当選した後、政策秘書は自ら厳選した。後藤和也である。彼は警視庁公安部のノンキャリア警察官だが、内閣官房内閣情報調査室出向中に政策担当秘書の国家試験に合格した変わり種である。公安部人脈を維持していた。また、電力会社出身の優秀な人材、佐久間健を政策スタッフに加える。

 この小説をエネルギー資源情報小説と私が称したのは、小川が後藤と佐久間との間で、エネルギー政策を考えるための論議をする場面が要所要所に描き込まれていくことによる。この小説の比重の置き所は、この論議のプロセスを核にするところだと思う。論議の俎上にのるエネルギー資源情報は現在のリアルタイムな情報であり具体的である。この点は読者にとって再生可能エネルギーについての見方を広げるいい思考材料となる。
 その一方で、政策論議の基盤になる現実的で詳細な事実情報の収集と認識に関して、政党や国会議員の間での情報収集と状況認識がどれだけ頼りなく、無駄な論議が罷り通っているかが併せてアイロニカルに書き込まれている。フィクションという形であるが政界の裏側の一側面を暴いていると感じる。
 また、フィクションの話材の中に、リアルな事実とリンクしそうなストーリー部分も推察され、実に興味深いところもある。

 太田正治の中国への企業進出の経緯ストーリーは、知的所有権という概念が稀薄な中国の現状を背景としての問題事象として描き出されている。フィンションとして描かれているのだが、読み進めて行くとそこにはリアル感が漂ってくる。著者は思いきった状況設定をしているようにも思うが、事実は小説より奇なり、ともいう。現実はどうなのか・・・・・。絵空事とは思えないところにシリアスさを感じる。
 現地での工場運営の過程で、太田は徐々に状況を把握していき、彼の聡明さがリスクマネジメントとしての対策を講じていく。彼のとった対応策がおもしろい。

 このストーリーでは、衆議院議員の小川と藤原を、彼らの出身母体が民間企業とキャリア官僚という対比の形に設定されている。この背景の違いが議員活動とどのように関係する側面があるかも、描き込まれている。それは政界の舞台裏を垣間見せているように思えて、興味深い。

 最後の「第七章 この国の形を描き直す」では、小川の原子力政策とエネルギー政策が、ブリーフィング資料として開示される。この内容、現在の日本のリアルな政策状況と対比させて眺めてみるのも読者にとっては考える材料になり、おもしろい。

 エピローグでは、小川と日比野のそれぞれが交際している女性に関して、ちょっとしたオチがつくエンディングになるところがおもしろく、楽しめる。

 警察小説を主体にする著者にしては、ちょっと異色なアプローチが試みられた小説だと思う。

 ご一読ありがとうございます。

補遺 リアルな事実情報を少し検索してみた。
特集 東日本大震災  :「防災情報のページ みんなで減災」:「内閣府」
福島第一原子力発電所事故 :ウィキペディア
福島第一原子力発電所事故の経過と教訓 :「TEPCO」(東京電力ホールディングス)
再生可能エネルギー   :「資源エネルギー庁」
再生可能エネルギー  :「ENEOS」
シェールガス  :ウィキペディア
知っておきたいエネルギーの基礎用語 ~メタンハイドレートとは?:「資源エネルギー庁」
液化天然ガス  :ウィキペディア
液化石油ガス  :ウィキペディア
地熱発電  :ウィキペディア
日本風力発電協会  ホームページ
太陽光発電のメリット・デメリット :「EVDAYS」東京電力エナジーパートナー
ソフトバンクグループの自然エネルギー事業の歴史(前編):「みるみるわかるEnergy」
日本にメガソーラーを誕生させた、参考人・孫正義氏による国会でのプレゼン「電田プロジェクト」【全文】  :「logmiBiz」
ソフトバンクグループ 太陽光発電の子会社株式 大半を売却へ   :「NHK」
再エネ特措法って何?令和4年の改正点とは?わかりやすく解説!:「アスエネメディア」
再生可能エネルギー固定価格買取制度について  :「電気事業連合会」
再生可能エネルギー電気の利用の促進に関する特別措置法 :「eーGOV法令検索」
再生可能エネルギー電気の利用の促進に関する特別措置法 :「eーGOV法令検索」

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こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『群狼の海域 警視庁公安部・片野坂彰』  文春文庫
「遊心逍遙記」に掲載した<濱 嘉之>作品の読後印象記一覧 最終版
                 2022年12月現在 35冊

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