このクラシックシリーズを読み継いでいる。本書が第11弾となる。
本書は、2006年6月に刊行された『ブラッドタイプ』に修正が加えられて、平成21年(20095月に完全版と銘打って文庫化された。
今までの作品群とは趣がガラリと変わった作品となっている。闘争・対決シーンが数多く登場するプロセスを介在させてストーリーが展開する次元から、人間心理の絡む社会現象と医療分野の難病に苦しむ人々を扱うという次元にシフトした作品である。岬美由紀は証明することが難しいテーマに取り組まざるを得ない状況に置かれていく。証明することが困難な課題にどのようにチャレンジしていくか。その解決策はあるのか・・・・。読者にとっては、逆に身近な問題につながっているテーマが扱われていることになる。
ストーリーは、陸上自衛隊と米海兵隊の合同訓練をおこなっている米西海岸の施設を日本の防衛大臣が訪れ、海兵隊員がブーツに血液型を書き込んでいるのを目にして、「B型は撃たれやすいから前か」という迷言を発したという珍場面の報道記事から始まる。日高防衛大臣は、己が信じる血液型性格分類の知識を踏まえて勘違いな発言をしたのだ。この血液型性格分類というのがこのストーリーの核になっていく。特にB型の性格が問題視されるという現象がひろがっていくという社会現象が起こる。
そういえば、結構血液型性格分類に関連した書籍が市販されていることにも気づく。
日本でブームにもなった血液型性格分類というものの現象をベースに置きながら、それがどんな社会問題現象を生んでいるかの一面にも光を当てている。
本作の状況設定が興味深いのは、その巧みな構成にある。
日高防衛大臣の迷言は、事の発端にすぎない。だがそれを契機に、血液型性格分類が脚光を浴び、逆にそこから問題となる社会現象が頻出していることが明らかになる。それを解決するには、血液型性格分類に科学的根拠がないということを誰かが証明しなければ、世間の人々は納得しない。それを誰がやるか。
岬美由紀は臨床心理士である。臨床心理士は民間資格であるが、文部科学省の後押しを得て、日本臨床心理士会が国家資格を目指すという動きをしていた。一方、厚生労働省が後押しをする医療心理士という民間資格の方もまた、国家資格化の動きをとっていた。国家資格の心理カウンセラー職を目指すこの二つの団体が、国家資格化に鎬を削っている状況だった。そのため、この二団体が、血液型性格分類に科学的根拠がないことを証明するという課題に取り組まざるを得なくなる。岬美由紀はその渦中に巻き込まれて行く。
今回のストーリー展開での新機軸は、一ノ瀬恵梨香が臨床心理士の資格を再取得した。尊敬する美由紀の協力者として活動を共にするという要素が加わっていく。恵梨香の活躍がたくましさと面白味を加えることになる。また、彼女のキャラクターが楽しさを加える。
もう一つは、本作に美由紀にとり臨床心理士の先輩である嵯峨が再び登場する。だがその嵯峨は急性骨髄性白血病の再発で入院生活となる。嵯峨は入院した病院で、己自身が病人である一方、白血病で入院している患者さんたちに、心理カウンセラーとしての己の役割を果たして行こうと決意する。そのプロセスが、本作ではパラレルに進行していく。
丁度その時期に、「夢があるなら」という白血病患者を主人公にした泣ける恋愛ストーリーのドラマが爆発的にヒットしていた。だが、そのドラマが流布する白血病についての医療知識には誤解を生み出す間違いがあった。美由紀はこの点についても、その誤解を解き、世間の認識を変えさせていきたいと行動し始める。
このストーりーでは、嵯峨自身の容態という点での展開に加えて、2人の白血病患者が登場してくる。一人は、北見駿一で10代半ばから後半という年齢。彼は治療費をガスガンの改造で稼ぐということを密かにしていた。嵯峨はこの少年のカウンセラーとして自主的に関わっていく。北見駿一が関わるサブストーリーが、彼の恋愛問題とともに、危なっかしい側面も含めて、織り込まれて行く。
もう一人、厄介な女性の白血病患者霧島亜希子が登場する。彼女は骨髄移植を受けて己の血液型がB型に変化することを恐れ、適合する骨髄提供者がいたとしても、その提供を受けて、血液型がB型に変化するなら骨髄移植を拒否するという行動を取り続ける患者である。嵯峨はカウンセラーとしての意識から、骨髄移植を受けて健康を回復できるチャンスを実行するように彼女を導こうと努力し続ける。それが実行されるまでは、嵯峨自身が骨髄移植手術を受けるのを引き延ばそうと決意する。
ここで、患者である嵯峨が別の患者にカウンセリングしつづけるというサブストーリーが進展していくことになる。
ブラッドタイプの問題事象については、その実状の一例として、血液型性格判断研究所の所長で、血液型カウンセラーを自称する城ノ内光輝が登場してくる。世間でもてはやされているその道のプロとしてである。結局、美由紀はこの城ノ内との知的対決にも向かっていくことになる。
このストーリー、ブラッドタイプという身近な問題を扱っている故に、日常の感覚を重ね合わせて読み進められる側面があり、興味深い。いわば、人間は自分の知りたい部分だけを事実として受け止めて、納得していくという側面を暴き出しているとも言えよう。
白血病について、少しはイメージがわくようにもなった。治療の困難性も少しわかり、一方不治の病気ではないということも理解が深まったと思う。医療情報としては有益な側面を内包していると思う。
このシリーズの中では、異色のストーリー展開であるところが、違った意味で一気読みさせる動因になった。ブラッドタイプそのものについての落とし所がおもしろい。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『千里眼とニアージュ 完全版』 上・下 角川文庫
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅷ 太宰治にグッド・バイ』 角川文庫
『探偵の探偵 桐嶋颯太の鍵』 角川文庫
『千里眼 トオランス・オブ・ウォー完全版』上・下 角川文庫
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅵ 見立て殺人は芥川』 角川文庫
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅶ レッド・ヘリング』 角川文庫
「遊心逍遙記」に掲載した<松岡圭祐>作品の読後印象記一覧 最終版
2022年末現在 53冊
本書は、2006年6月に刊行された『ブラッドタイプ』に修正が加えられて、平成21年(20095月に完全版と銘打って文庫化された。
今までの作品群とは趣がガラリと変わった作品となっている。闘争・対決シーンが数多く登場するプロセスを介在させてストーリーが展開する次元から、人間心理の絡む社会現象と医療分野の難病に苦しむ人々を扱うという次元にシフトした作品である。岬美由紀は証明することが難しいテーマに取り組まざるを得ない状況に置かれていく。証明することが困難な課題にどのようにチャレンジしていくか。その解決策はあるのか・・・・。読者にとっては、逆に身近な問題につながっているテーマが扱われていることになる。
ストーリーは、陸上自衛隊と米海兵隊の合同訓練をおこなっている米西海岸の施設を日本の防衛大臣が訪れ、海兵隊員がブーツに血液型を書き込んでいるのを目にして、「B型は撃たれやすいから前か」という迷言を発したという珍場面の報道記事から始まる。日高防衛大臣は、己が信じる血液型性格分類の知識を踏まえて勘違いな発言をしたのだ。この血液型性格分類というのがこのストーリーの核になっていく。特にB型の性格が問題視されるという現象がひろがっていくという社会現象が起こる。
そういえば、結構血液型性格分類に関連した書籍が市販されていることにも気づく。
日本でブームにもなった血液型性格分類というものの現象をベースに置きながら、それがどんな社会問題現象を生んでいるかの一面にも光を当てている。
本作の状況設定が興味深いのは、その巧みな構成にある。
日高防衛大臣の迷言は、事の発端にすぎない。だがそれを契機に、血液型性格分類が脚光を浴び、逆にそこから問題となる社会現象が頻出していることが明らかになる。それを解決するには、血液型性格分類に科学的根拠がないということを誰かが証明しなければ、世間の人々は納得しない。それを誰がやるか。
岬美由紀は臨床心理士である。臨床心理士は民間資格であるが、文部科学省の後押しを得て、日本臨床心理士会が国家資格を目指すという動きをしていた。一方、厚生労働省が後押しをする医療心理士という民間資格の方もまた、国家資格化の動きをとっていた。国家資格の心理カウンセラー職を目指すこの二つの団体が、国家資格化に鎬を削っている状況だった。そのため、この二団体が、血液型性格分類に科学的根拠がないことを証明するという課題に取り組まざるを得なくなる。岬美由紀はその渦中に巻き込まれて行く。
今回のストーリー展開での新機軸は、一ノ瀬恵梨香が臨床心理士の資格を再取得した。尊敬する美由紀の協力者として活動を共にするという要素が加わっていく。恵梨香の活躍がたくましさと面白味を加えることになる。また、彼女のキャラクターが楽しさを加える。
もう一つは、本作に美由紀にとり臨床心理士の先輩である嵯峨が再び登場する。だがその嵯峨は急性骨髄性白血病の再発で入院生活となる。嵯峨は入院した病院で、己自身が病人である一方、白血病で入院している患者さんたちに、心理カウンセラーとしての己の役割を果たして行こうと決意する。そのプロセスが、本作ではパラレルに進行していく。
丁度その時期に、「夢があるなら」という白血病患者を主人公にした泣ける恋愛ストーリーのドラマが爆発的にヒットしていた。だが、そのドラマが流布する白血病についての医療知識には誤解を生み出す間違いがあった。美由紀はこの点についても、その誤解を解き、世間の認識を変えさせていきたいと行動し始める。
このストーりーでは、嵯峨自身の容態という点での展開に加えて、2人の白血病患者が登場してくる。一人は、北見駿一で10代半ばから後半という年齢。彼は治療費をガスガンの改造で稼ぐということを密かにしていた。嵯峨はこの少年のカウンセラーとして自主的に関わっていく。北見駿一が関わるサブストーリーが、彼の恋愛問題とともに、危なっかしい側面も含めて、織り込まれて行く。
もう一人、厄介な女性の白血病患者霧島亜希子が登場する。彼女は骨髄移植を受けて己の血液型がB型に変化することを恐れ、適合する骨髄提供者がいたとしても、その提供を受けて、血液型がB型に変化するなら骨髄移植を拒否するという行動を取り続ける患者である。嵯峨はカウンセラーとしての意識から、骨髄移植を受けて健康を回復できるチャンスを実行するように彼女を導こうと努力し続ける。それが実行されるまでは、嵯峨自身が骨髄移植手術を受けるのを引き延ばそうと決意する。
ここで、患者である嵯峨が別の患者にカウンセリングしつづけるというサブストーリーが進展していくことになる。
ブラッドタイプの問題事象については、その実状の一例として、血液型性格判断研究所の所長で、血液型カウンセラーを自称する城ノ内光輝が登場してくる。世間でもてはやされているその道のプロとしてである。結局、美由紀はこの城ノ内との知的対決にも向かっていくことになる。
このストーリー、ブラッドタイプという身近な問題を扱っている故に、日常の感覚を重ね合わせて読み進められる側面があり、興味深い。いわば、人間は自分の知りたい部分だけを事実として受け止めて、納得していくという側面を暴き出しているとも言えよう。
白血病について、少しはイメージがわくようにもなった。治療の困難性も少しわかり、一方不治の病気ではないということも理解が深まったと思う。医療情報としては有益な側面を内包していると思う。
このシリーズの中では、異色のストーリー展開であるところが、違った意味で一気読みさせる動因になった。ブラッドタイプそのものについての落とし所がおもしろい。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『千里眼とニアージュ 完全版』 上・下 角川文庫
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