1987年5月17日、ウィリアムはロンドン警視庁を辞めるつもりでホークスビー警視長と面談したが、逆に説得された。そして、捜査巡査部長から警部補への昇進を告げられ、新たな任務を命じられる。新設の内部監察特別捜査班を指揮して、囮捜査により、”腐った林檎を樽から取り除く”ことを求められる。
本書はウィリアム・ウォーイックのシリーズ第3作。2022年10月に文庫が刊行された。
この新設特別捜査班の最初の任務は、J・R・サマーズ捜査巡査部長の不正を捜査することだった。ウィリアムは、サマーズとはヘンドン警察学校で一緒になった同期であり、彼は最も優秀な一人だった。サマーズの上司が、サマーズにマフィアとの関わりの疑いがある旨を報告していたのだ。ウィリアムは同期の優秀な男を汚職警察官かどうか暴かねばならないという心理的な抵抗感を乗り越えなければならなくなる。
まず、ホークスビー警視長から、この新任務に<トロイの木馬作戦>でチームを組んだアダジャ捜査巡査部長とロイクロフト捜査巡査部長が既に異動することを受け入れていると知らされた。ウィリアムは班長として新たに2名の巡査を選抜する裁量を委ねられた。
彼は、レベッカ・パンクハースト捜査巡査とニッキー・ベイリー巡査を選抜する。レベッカ・パンクハーストは公立図書館司書助手を隠れ蓑としてサマーズを監視追跡し、一方ニッキー・ベイリーはサマーズの勤務するロムフォード署に勤務しながらサマーズに近づきつつ密かに捜査する役割を担う。
この小説、メイン・ストーリーは、勿論、新任務・内務監察特別捜査班がターゲットとするJ・R・サマーズ捜査巡査部長の不正を証拠立て逮捕することである。
しかし、それとパラレルに、サブストーリーが進展する。
一つはウィリアムが前回、麻薬取締独立捜査班の一員として行動し、<トロイの木馬作戦>によって逮捕した麻薬王アッサム・ラシディの裁判がこれから始まるのだ。ウィリアムは引き続き麻薬取締独立捜査班に所属し、ラシディの裁判準備に専念していると周囲に思わせておくことを彼の隠れ蓑にして、この裁判に深く関わっていくことになる。
なぜなら、ラシディはブース・ワトソン勅撰弁護士を裁判の代理人にしたからだ。手強い弁護士が被告側として裁判に加わる。刑務所に収監されているラシディと代理人ブース・ワトソン側が裁判の準備を進める側面から、このサブ・ストーリーが先行していく。
もう一つのサブ・ストーリーが、さらに点描的に織り込まれていく。それはウィリアムにとってはさらに遡った特別捜査班活動で逮捕した美術品の窃盗詐欺師、マイルズ・フォークナーに関係する。マイルズは刑務所を脱獄していた。そのマイルズが死んだという情報を入手し、ウィリアムはジュネーヴでの葬儀に列席して確認することになる。この葬儀には、フォークナーの妻・クリスティーナと彼の弁護士でもあったブース・ワトソンが列席していた。ウィリアムはマイルズ・フォークナーが火葬に付されるところに立ち会いはしたが、葬儀で遺体を実見できなかった。状況からは一応死亡と判断することになる。だが、そこから始まるという謎めいたところが、おもしろさとなる。
この第3作、ストーリーが三つ巴になって進展していく構成が、時間軸の奥行きと連続性を生み、一方で、事件の登場人物が相互にリンクしていく局面を持つという広がりを生みだしていく。
本作の特徴をいくつかご紹介しておきたい。
1.ラシディの裁判において、原告側・被告側の代理人の裁判戦略と裁判における攻防戦の面白さが描出される。双方の弁護人がどのような論法と指摘で、陪審員を納得させようとするか。リーガル・サスペンスのおもしろさを遺憾なく味わわせてくれる。
原告側が十分にラシディの罪を立証できると判断していた論証の筋書きが怪しくなっていく。弁証の落とし穴と表現の機微、陪審員心理への巧みな訴求など・・・。
2.イギリスの刑務所内の状況が描かれている。多少の誇張が含まれているかもしれないが、まんざら絵空事とは言えないだろう。そうすると、刑務所内の管理組織にも問題点が内在することをシニカルに描いていることになる。
日本の刑務所はどうなのだろうか・・・・。
3.日本では囮捜査は公認されていないという。本作によれば、イギリスでは公認されている。囮捜査がどのように使われているか。それが有効に使われている状況がイメージできる。
4.後半には、逮捕されたサマーズの裁判が進行する。ここでもサマーズの代理人になるのは、ブース・ワトソンである。原告・被告の両代理人が有罪とわかっていても、陪審員に対する弁証のしかたで、陪審員たちに「合理的な疑いを超えて」と形容できる評決への自信を無くさせることもできるという局面が描かれる。これもまた裁判という仕組みの興味深さと言える。
究極の土壇場で、ウィリアムが極めつけの証拠を発見するどんでん返し!!
これがこのストーリー展開の面白さとなる。
5.この小説、最後はウィリアムの妻・ベスが<クリスティーズ>の絵画オークションに電話入札で参加する場面とその結果で終わる。ここには、いわばブラックユーモアがあるように感じる。また、オークションがどのように進むのか、イメージできておもしろい。
それと、この結果が、終わりではなく再度の始まりというエンディングになっている。読者に今後の展開へ期待を抱かせ、さすがにうまい。
6.邦訳のタイトルは「悪しき正義をつかまえろ」。
ウィリアムの新任務は、J・R・サマーズ捜査巡査部長の不正を暴くことだ。だが、彼はロムフォード署においては、群を抜く逮捕記録を誇り、数多くの事件を解決して実績を積み上げている。法的な正義を実行している。それがなぜ「悪しき」を冠されることになるのか。その実態局面を巧みに表現しているところにネーミングの特徴が出ている。
本書の原題は「TURN A BLIND EYE」。
これって、イデオムなのかな・・・・と思い、手元の辞書を引いてみた。
”turn a blind eye to O ・・・・を見て見ぬふりをする”と説明されている。
本作を読了後、この文をまとめる際にふと辞書を引いてみたのだが、この小説の内容から考えて、さすがにうまく工夫した邦訳タイトルだなと感じた。
尚、翻訳には、サマーズの「そんな貴重な情報をどこで手に入れたんだ?」という質問に対し、ニッキーが「通りの売人からよ、見て見ぬ振りをするのと引き換えにね」という会話場面が出て来る。原文は知らないが、原文タイトルはこの会話の箇所に使われているのではないかと想像した。(p324)
ジェフリー・アーチャーはやはり楽しませてくれる。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしです。
『まだ見ぬ敵はそこにいる ロンドン警視庁麻薬取締独立捜査班』 ハーパーBOOKS
『レンブラントをとり返せ ロンドン警視庁美術骨董捜査班』 新潮文庫
本書はウィリアム・ウォーイックのシリーズ第3作。2022年10月に文庫が刊行された。
この新設特別捜査班の最初の任務は、J・R・サマーズ捜査巡査部長の不正を捜査することだった。ウィリアムは、サマーズとはヘンドン警察学校で一緒になった同期であり、彼は最も優秀な一人だった。サマーズの上司が、サマーズにマフィアとの関わりの疑いがある旨を報告していたのだ。ウィリアムは同期の優秀な男を汚職警察官かどうか暴かねばならないという心理的な抵抗感を乗り越えなければならなくなる。
まず、ホークスビー警視長から、この新任務に<トロイの木馬作戦>でチームを組んだアダジャ捜査巡査部長とロイクロフト捜査巡査部長が既に異動することを受け入れていると知らされた。ウィリアムは班長として新たに2名の巡査を選抜する裁量を委ねられた。
彼は、レベッカ・パンクハースト捜査巡査とニッキー・ベイリー巡査を選抜する。レベッカ・パンクハーストは公立図書館司書助手を隠れ蓑としてサマーズを監視追跡し、一方ニッキー・ベイリーはサマーズの勤務するロムフォード署に勤務しながらサマーズに近づきつつ密かに捜査する役割を担う。
この小説、メイン・ストーリーは、勿論、新任務・内務監察特別捜査班がターゲットとするJ・R・サマーズ捜査巡査部長の不正を証拠立て逮捕することである。
しかし、それとパラレルに、サブストーリーが進展する。
一つはウィリアムが前回、麻薬取締独立捜査班の一員として行動し、<トロイの木馬作戦>によって逮捕した麻薬王アッサム・ラシディの裁判がこれから始まるのだ。ウィリアムは引き続き麻薬取締独立捜査班に所属し、ラシディの裁判準備に専念していると周囲に思わせておくことを彼の隠れ蓑にして、この裁判に深く関わっていくことになる。
なぜなら、ラシディはブース・ワトソン勅撰弁護士を裁判の代理人にしたからだ。手強い弁護士が被告側として裁判に加わる。刑務所に収監されているラシディと代理人ブース・ワトソン側が裁判の準備を進める側面から、このサブ・ストーリーが先行していく。
もう一つのサブ・ストーリーが、さらに点描的に織り込まれていく。それはウィリアムにとってはさらに遡った特別捜査班活動で逮捕した美術品の窃盗詐欺師、マイルズ・フォークナーに関係する。マイルズは刑務所を脱獄していた。そのマイルズが死んだという情報を入手し、ウィリアムはジュネーヴでの葬儀に列席して確認することになる。この葬儀には、フォークナーの妻・クリスティーナと彼の弁護士でもあったブース・ワトソンが列席していた。ウィリアムはマイルズ・フォークナーが火葬に付されるところに立ち会いはしたが、葬儀で遺体を実見できなかった。状況からは一応死亡と判断することになる。だが、そこから始まるという謎めいたところが、おもしろさとなる。
この第3作、ストーリーが三つ巴になって進展していく構成が、時間軸の奥行きと連続性を生み、一方で、事件の登場人物が相互にリンクしていく局面を持つという広がりを生みだしていく。
本作の特徴をいくつかご紹介しておきたい。
1.ラシディの裁判において、原告側・被告側の代理人の裁判戦略と裁判における攻防戦の面白さが描出される。双方の弁護人がどのような論法と指摘で、陪審員を納得させようとするか。リーガル・サスペンスのおもしろさを遺憾なく味わわせてくれる。
原告側が十分にラシディの罪を立証できると判断していた論証の筋書きが怪しくなっていく。弁証の落とし穴と表現の機微、陪審員心理への巧みな訴求など・・・。
2.イギリスの刑務所内の状況が描かれている。多少の誇張が含まれているかもしれないが、まんざら絵空事とは言えないだろう。そうすると、刑務所内の管理組織にも問題点が内在することをシニカルに描いていることになる。
日本の刑務所はどうなのだろうか・・・・。
3.日本では囮捜査は公認されていないという。本作によれば、イギリスでは公認されている。囮捜査がどのように使われているか。それが有効に使われている状況がイメージできる。
4.後半には、逮捕されたサマーズの裁判が進行する。ここでもサマーズの代理人になるのは、ブース・ワトソンである。原告・被告の両代理人が有罪とわかっていても、陪審員に対する弁証のしかたで、陪審員たちに「合理的な疑いを超えて」と形容できる評決への自信を無くさせることもできるという局面が描かれる。これもまた裁判という仕組みの興味深さと言える。
究極の土壇場で、ウィリアムが極めつけの証拠を発見するどんでん返し!!
これがこのストーリー展開の面白さとなる。
5.この小説、最後はウィリアムの妻・ベスが<クリスティーズ>の絵画オークションに電話入札で参加する場面とその結果で終わる。ここには、いわばブラックユーモアがあるように感じる。また、オークションがどのように進むのか、イメージできておもしろい。
それと、この結果が、終わりではなく再度の始まりというエンディングになっている。読者に今後の展開へ期待を抱かせ、さすがにうまい。
6.邦訳のタイトルは「悪しき正義をつかまえろ」。
ウィリアムの新任務は、J・R・サマーズ捜査巡査部長の不正を暴くことだ。だが、彼はロムフォード署においては、群を抜く逮捕記録を誇り、数多くの事件を解決して実績を積み上げている。法的な正義を実行している。それがなぜ「悪しき」を冠されることになるのか。その実態局面を巧みに表現しているところにネーミングの特徴が出ている。
本書の原題は「TURN A BLIND EYE」。
これって、イデオムなのかな・・・・と思い、手元の辞書を引いてみた。
”turn a blind eye to O ・・・・を見て見ぬふりをする”と説明されている。
本作を読了後、この文をまとめる際にふと辞書を引いてみたのだが、この小説の内容から考えて、さすがにうまく工夫した邦訳タイトルだなと感じた。
尚、翻訳には、サマーズの「そんな貴重な情報をどこで手に入れたんだ?」という質問に対し、ニッキーが「通りの売人からよ、見て見ぬ振りをするのと引き換えにね」という会話場面が出て来る。原文は知らないが、原文タイトルはこの会話の箇所に使われているのではないかと想像した。(p324)
ジェフリー・アーチャーはやはり楽しませてくれる。
ご一読ありがとうございます。
こちらもお読みいただけるとうれしです。
『まだ見ぬ敵はそこにいる ロンドン警視庁麻薬取締独立捜査班』 ハーパーBOOKS
『レンブラントをとり返せ ロンドン警視庁美術骨董捜査班』 新潮文庫