珈琲一杯分の話

2018年2月26日スタートのただのボヤキカフェです。
毒とユーモアを楽しんで頂ければ幸いでございます。

見直した

2018-06-25 | 娘と夫の話
娘の中間試験の答案が返ってきた。
彼女いわく、他の先生は黙って返したんだけど、社会のオネエだけが耳元で
「次は頑張ってね!」
と、そっとささやいたそうである。

「私、オネエを見直しちゃった!!」
と彼女はうれしそうに言った。
「そんなこと言われたら、次は頑張ろうと思うよ」

へえ。
散々「あの先生、何言ってんのかさっぱりわからない。つまらない」ばっかり言ってたのに。
耳元でそっとささやいた先生を「うざい」じゃなくて「うれしく思った」という娘を、私は見直した。

そして二人とも答案は見直さなかった。
これを見直しなさいって!!\(;゚∇゚)/




大嘘w
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呟き

2018-06-25 | 日記
思うところがあって、私は「気が変わった」
ここ半年ほどでいろいろ変わった。
うんざりして、あーあ、アホくさ!やーめた!ということがいっぱいあったという感じ。
何かを辞めた時と似てるなあ。
いやそっくり。
考えたらそんなことくらい、人生にいろいろあるよね。

そしてカメレオンのように少しづつ、気づかれないように変わってすっとぼけるんじゃなくて、正々堂々ちゃんと書いて残した。

人間って気が変わるし、同じ気持ちじゃいられない。
「永遠」なんてよほど嘘くさいと思う。

でも性格は変わってないです。
これはそう変わるもんじゃないなあ。
そりゃもっとよくなりたいけどね(笑)
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目障りなもの

2018-06-25 | S教団関係
例えば我が子が、どうしようもない極道と付き合ったら、そんな相手が「撲滅」すればいいんだろうか?
潰せばいいんだろうか?

それは、別れればいいこと。
関わり合わなければいいこと。
選択すればいいこと。

その人がいいという人もいるのである。
自分がいいと思わなくても、理解できなくても、不思議でも、不快でも、いる。

ということは、人の見方によっては「その人に存在すべく理由がある」ということである。
くやしくても、気に入らなくても、勘に触っても、「自分には理解できるかは別にしても」そういうことだと思う。
※わざわざ嫌がる人のそばにいって言うことでは決してないと思うけど、これが認められなかったら危険と思う。
そして、この反対意見があっても「そんな意見は撲滅すればいい」というのは、違うと思う。

撲滅させるはかつて散々聞いた。
そうではなく選べばいいことではないのか。

撲滅するかどうかは知らない。
神のみぞ知る、のかも。
でもそれまで手中にしたかったら、それは「支配」になるのでは?
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