珈琲一杯分の話

2018年2月26日スタートのただのボヤキカフェです。
毒とユーモアを楽しんで頂ければ幸いでございます。

ただのボヤキ

2020-05-09 | 日記
最近…「専門家」という言葉が嫌いになってきた。
専門家会議なんて胡散臭いだけに思えてきた。

専門家ってその道のプロのことかと思ってたけど、いやいや正確には
「これさえ出せば印籠のように人を騙せる恰好の言葉」という意味かもね。
(例:「このままでは確実に医療崩壊が起きるよ。だって専門家がいってるからね~」など)

専門家であろうとプロであろうと、組織人になったら、権力を持ったら、お金や昇進が絡んだら、たいていの人は良心とそれを取引してしまうみたいですねえ。
平気でデタラメを言ったり、データを無視してマスコミが喜びそうな話をする。
(どこかと裏取引でもしているんだろうか?)

もちろん、そうならない専門家もいるけれど。

オマケ
私は聖人君子じゃなくて、単に本音が言いたい性分なだけ。
それがお金や権力より好きなだけ。
ちなみに、他人を「複数のHNで書きこみをしているのがいけない」なんて非難したことは一度もないよ。
私もここでは「海」だけど、他で「アイスティー」を使っているからね。(理由は過去に記載)
不快なのはそういういい加減なことを書かれることや、覚えもない掲示板の書き込みを私が書いたと言われて「間違ったら謝ります」と言ったきり逃げられたりすることかな。
間違えたり考えを改めることは私にもしょうちゅうあるし、あっさり言われれば「そんなの全然いいよ~」となったのにね。
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信バリ、活バリ、両バリ

2020-05-09 | S教団関係
私はSの信仰はしていたけど「組織活動にまつわること」は信心とは別に考えていたと思う。
Sというところは、確かにそれに線引きはなくて、信仰も組織活動も渾然一体という感じだったけどね。
「それもこれも信心よ」ってやつである。

でも私にはそれがピンとこず、いわゆるS活動というのは、全部とは言わないけど殆どが「信仰」とは思えなかった。
ただ決して活動を否定していたわけじゃなくて、活動に熱心だった人を信仰心とは別の意味で、尊敬はしていたし感謝もしていた。
人のためや組織のために、ここまで動けるなんてすごいなあと思っていた。

蛇足。
それをバリ活、ユル活ふうにいうなら
信心そのものに熱心な人=信バリ
活動に熱心な人=活バリ
その両方=両バリ
という感じだろうか?

私は典型的な「信バリ」で、活動で信心の厚薄が決まるとか、罰が当たるなんて考えたこともなかった。
だからできないことや不要な本など、あっさり断っていたんだと思う。
(できることはしっかりやった)
一方で逆の人もいて、イケイケの活動家が実は勤行もしていなかったなんて聞いた時は、こういう人は信仰に興味があったわけではなかったんだろうなあと思った。

先日、鯛焼きさんのブログで書いたので改めて考えてみた。
個人的にはもうどうでもいい話ですけどね。
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