日時:2015年1月13日火曜日
場所:小学校3階会議室
奏楽:伊澤さん
テーマ:「聖書とほかの宗教」「聖書と戦争」
参加者:13名
新年になり、初めての開催となりました。
寒い日でしたが、今回もたくさんの方と学びの時間を過ごしました。
はじめに校長先生の讃美歌ミニ講座
本日は讃美歌411『すべしらす神よ』の歌いだしで始まる歌で、これは新年を祝う歌で、神さまの恵みを感じ、またそれをお祝いする歌であるとのこと。
おそらく訳詩は、日本の習慣に合わせたのではないか、とのことでした。この頃の外国の習慣で、新年を祝う、ということはなかったのでは?と・・・。
もう1曲は313『この世のつとめ』。日本人による作だそうで、作詞は由木 康さん、作曲は津川 主一さん、日本の讃美歌界を牽引なさった方々でもあります。
由木先生は『まぶねの中に』『きよしこの夜』なども手がけられたそうです。
この詩は、由木先生が銀行の待ち時間の間のわずか10分ほどで書き上げたとのこと。才能は場所を選ばないのですね。
さて、今回の冨田先生のお話『聖書とほかの宗教』『聖書と戦争』です。
壮大なテーマを、わかりやすく比較されながらお話をしてくださいました。
まず『聖書とほかの宗教』
キリスト教→一神教・聖書がある・赦しがあり、過去は関係なく誰でも天の国へ迎えてくださる
仏教→多神教・経典がある・前世での良い行いに対して現世で良いことが返ってくる
神道→多神教・とくに経典などはない・自然や現象などたくさんのものを神とする
イスラム教→一神教・経典がある・神への奉仕、神のために戦い、復讐を肯定・神は遠い存在・イスラムとは「従う者」の意味
『聖書と戦争』
キリスト教では暴力や復讐は禁止され、平和主義としています。
もし戦うのであれば、イエスさまと同じようにするべきだとしています。
神さまは人間をご自分に似せて創られました。その者たち同士が殺しあうことはあってはならないのです。
聖書にある言葉に『右の頬を叩かれたら、左の頬を出しなさいせ』がありますが、これは叩かれたままでいなさい・・・ということではないそうです。
叩かれたからといって引き下がるのではなく、和解できるよう努力する、という解釈もあるそうです。
ごく簡単にまとめるとこのようになります。
本当はここから枝となり葉となってたくさんの実がついたほどにお話を伺ったのですが、とてもとても短くまとめきれません。
ご興味を持たれた方、冨田先生はいつでもお話をしてくださいますので、ぜひ集いにいらしてください。
この寒さの中、ふきのとうが顔を出しているのを見つけました。神さまからの「春」を感じたひとときでした。
次回は2015年2月10日火曜日、場所など詳細は『からしだね』でご確認ください。