花びらが、一つ一つのいかだの木切れのように固まって流れていく。その様子を昔の人は花筏とたとえた。
また、俳句の春の季語として「山嗤うとある。別に山が眠ったり笑ったりするわけない。さくらの花びらがなにか乗せて運べるような頑丈な筏」になるのでもない。
しかし、あたかもそうであるかのような、さらにはそうであってほしい気がしてくる四季の姿。このようなわが国の姿は学習しないとわからない。学習しないと習得する前に人生の時間切れが来て、結局知らずに死ぬ。
愛国とはそこにあるのだ。尖閣にヒステリーを起こすこととは関係なく、豊かな日本は、観念の世界ではない実在のそこにあるものとしてそこにある。
きたならしい日の丸とむすびつかない深い情の世界に愛国はある。
今後、君が代とともに登る日の丸に目頭を熱くする人が増える。形の無いものに酔ってないか常に検証しておく必要がある。
吉野作造が民本主義を掲げ、ちょうど今年は100年だ。これはまた後日。
彼の理想は、今、目の前しか見えない低俗な「だって攻められたら困るもん。」という夢見る酔っ払いたちのたわごとに今日本が引きずられている。
北鮮とわが国の核兵器の差は4000対1である。我が国には核兵器は無いというごまかしは、言うな。在日米軍が太平洋の途中で捨ててきているわけか。
4000のナイフに囲まれた国が核武装こそ生き残る道だという。どうだ。ネトウヨ。おまいらの考えと同じだろ。同じ考えで核武装して中国や米国と対等にわたろうというわけだ。
ネトウヨだろうが北鮮だろうが、高くつく賭けはするな。
こそこそバカラ賭博をすると人生を失う。晴天白日の下、建前抜きの話し合いをすれば必ず道は開けるものだ。ただ解決して困るのは安倍だ。病人がいなければ医者は失業する。泥棒がいなければ警察は失業する。悪者が死んでは困るのだ。戦う安倍を演出しているのはキムジョンウンだ。
日朝交渉の全文を入手した。秘密保護法で脅してくるかな。本来公開されるものを手に入れたに過ぎない。読むと斎木は交渉をまとめる気がまったく無いことがわかる。
弱者をゆする外交は破滅する。その情報を与えない国は破滅する。
僕らは、周りにけんかの種を振りまいて自分の人気取りをする。そういう卑怯な低脳安部のやり口からさよならすべきだ。
天神のこいのぼり。外交にはこういったドッカーーーンという隠しダマはない。