か ら け ん


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名張毒ぶどう酒事件(なばりどくぶどうしゅじけん) in dubio pro reo

2012年12月29日 | ニュース

1961年3月28日の夜、三重県名張市葛尾(くずお)地区の公民館で起きた毒物混入事件。5人が死亡し、「第二の帝銀事件」として世間から騒がれた。逮捕・起訴され、容疑者の奥西勝(おくにし・まさる)は死刑判決が確定している。 wikipedia

奥西死刑囚の裁判のやり直しを認めなかった5月25日の名古屋高裁決定は、再審のハードルの高さを示した。                                朝日新聞、2012,5,26

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日本は三審制度を採用している。一部の例外を除いて、3回の裁判により判決は確定するのだと決めている。もっともなことだ。一億人も住んでいるのにそんなに一つの事件に時間をかけてはいられない。現状ですら一つの事件に3回も裁判をするものだから、下級裁判所の裁判官はいきおい激務となる。

傍聴するとまるで工場の流れ作業のように裁判官と検事は息を合わせて多くの事件をさばいていく。被告人は不満を感じない。感じるほどの能力がない場合が多いからだ。何が何だか分からないまま窓のない部屋の儀式は進んで行く。国選弁護人は現場を見ることもなく15分ぐらいの弁論を仕事と心得ている。

裁判所には学生を連れて何十回も行った。「神」でもあるまいし、これじゃあ間違いも起きるな。というのが僕の傍聴しての実感だ。

クルマの下にもぐって修理をすると、どうしても早く終わらせたいという心理が働いて一万回に一回ぐらいは締め付けの甘いナットがあったりしてハッとする。

裁判所はそのようなときのため4回目の裁判として再審というものを開くことがある。この再審はみだりに開くと日本の三審裁判制度の根幹を揺るがすのでほとんど開かれることはない。

このように開かずの門であった再審制度に画期的なことが起こったのが白鳥事件再審の時である。最高裁は"in dubio pro reo"の原則(疑わしきは被告人の利益に)が再審においても適用されなければならないと1975年白鳥事件に関連して示した。

そこで今回の名張毒ぶどう酒事件だが勝手な判例変更がなされたようだ。名古屋高裁は再審棄却の理由として検察側と弁護人側との争点以外にも言及している。だが、恣意的な争点の取り上げ方には司法の傲慢さを感じる。まずは客観的合理的な棄却の理由を弁護側の再審請求に沿って提示すべきなのであり、弁護側が示した根拠には言及すらしてない点もある。

たとえば、名古屋高裁は弁護側の物証に対し、毒物が「ニッカリンT」ではなかったというほどの証拠能力はないと断じた。それは、あったかもなかったかもしれないという程度の言い訳だから、まさに被告人の有利に解釈すべきものである。

棄却の理由に、「自白」の信用性についても重きを置いている。調書の信用力を保障するため、可視化の必要性が常識となりつつある現代と、1964年当時をそのまま比較してはならぬ。その証拠に「奥西死刑囚」は、調書をとり終えるや否や自らの自供を否定しその後50年以上一貫している。調書をとる時点での一定の圧力を疑ってよい。そういった50年前の、瑕疵が予見される調書も被告人の有利に解釈すべきだ。

頑迷固陋をつらぬくと、たいていは恥の上塗りになる。再審開始をためらうほど名古屋高裁は、国民の信頼をなくしていく。


Posted at 2012/05/29

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