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宇佐神宮&大分県立歴史博物館&別府・大分・海部の博物館をめぐる旅(倭国33箇所めぐり)
燃え盛るように熱い日本古代史【ハルキー】@YouTube
@YO-high
今回は宇佐ですかぁ。あ、大分も。羨ましいです。
しかし、これは中々はしゃいでますなぁ。動画の隅々にまで嬉しさがにじみ出てますね。
宇佐神宮が「皇室の宗廟」であるならば、見逃せない地域なのは間違いありません。
今週の古庄さんのライブで、話してくれそうですかね>
@takedaharuki
ありがとうございます。旅行をめちゃめちゃ楽しんでいます。見知らぬ世界に我が身一つで出かけ、いろいろなものを見て、いろいろなことを学んで帰ってくる。旅している時にこそ生きている実感があります。(^^) 宇佐神宮の比売大神。気になる神様です。
@katumoku10
今週のライブですか!楽しみです。でも、折角ご忠告いただいたのに、年甲斐もなく、つい我を忘れますので、現在コメ禁されています。残念!
でも、宇佐説が本命ですよ(^_-)-☆
@katumoku10
@takedaharuki さん
そうです、そです、そうなんですよ!この神様が卑弥呼様ですよ(#^.^#)
宇佐神宮の奥座敷の安心院町下毛「宮ノ原(みやのはる)遺跡」に径百余歩の冢「三柱山古墳」がありますから。葦原中つ国の宇佐嶋が宗像三女神の降臨地です。
女王の宮室「三女神社」は地元では「さんみょうじんじゃ」と呼んでいますが、「三は妙だ!女は少ない」という謎かけでした。一の鳥居の神額が「二女神社」ですから本殿には「女王様おひとり」というのが答えでした(^_-)-☆
墓の遥拝所が河原にあって、見所満載ですよ(詳細は「卑弥呼の墓は見つかってるよ」「卑弥呼の墓の遥拝所に何がある?」参照)
また、安心院町佐田地区は卑弥呼様の死後の内戦に勝利した大国主(武内宿禰)が13歳の女王台与(神功皇后)を連れて弔問したあとに、祖霊に感謝の祈祷をするために日本一立派なストーンサークル佐田京石を造って、最初の国造りをした豊葦原の瑞穂の国ですよ。日本一の霊山「米神山(475m)」にも不思議な巨石群がいくつもあり、山頂にもストーンサークルがあります。今年の五月に山頂で、大国主に会ってきました(詳細は「米神山で大国主に会ってきた!」参照)( ^)o(^ )。
次回の旅行は、安心院家族旅行村に泊まられて是非見学してください!急登でちょっと厳しいですが米神山山頂の景色は最高ですよ。ワインと温泉もありますから。倭人伝にあるとおり、倭地温暖で冬でも生野菜を食べ、はだしで生活できますから( ^)o(^ )
詳しくは卑弥呼百科事典【刮目天の古代史】卑弥呼の謎!をご参照ください(^_-)-☆
通説と違うので、いろいろと疑問点をお寄せください(^◇^)
応援をしていただき、感謝します。
初めての方は「【刮目天の古代史】古代史を推理する(^_-)-☆」に基本的な考え方を説明していますので、是非ご参照ください!
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宇佐。これはなかなか強力な場所ですね。
皇室の宗廟として「宇佐神託事件」で神託を行ったってのは、アドバンテージがあると思います。
「徇葬者奴婢百餘人」の部分をハルキーさんは「弥生式集団墓」だとしてましたね。宇佐周辺にあったと言ってましたね。
ワイは、魏志だと北九州に王都がありそうなので、北九州も捨てがたいです。
で、本題なのですが、
魏志韓伝に謎の「辰王」というのがいるのですが、「辰王治月支國」と書いてあるということは、この王は「馬韓」の「月支国」にいるんですよね。辰王なのに辰韓に居ないんです。
また「辰王不得自立為王」とあって「自立」してないので、たぶん「共立」です。
何が言いたいかと言えば、「倭」「卑弥呼」も同じなのでは?ということ。
「卑弥呼」が「治_邪馬台国」とは書いてない。卑弥呼がいるのは「女王国」であり「邪馬台国」ではない。
辰韓の辰王が「馬韓」にいるのならば、倭の女王がどこに居ようとかまわないのでは?と考える次第です。
刮目天さまが、畿内が狗邪韓国だと考えてるのは知っておりますが、ワイは「卑弥呼」は九州にいるけれど、「邪馬台国」は畿内または関東で構わないと思っております。当然「九州」の宇佐でも構わない。
辰王が馬韓にいるというのは、実は「統治王」ではなく「祭祀王」かもしれません。すると「倭王卑弥呼」も「祭祀王」かもしれないですね。
ならば余計「畿内」にいる意味はないでしょうね。
ただその場合、畿内にいる大勢力は「狗奴国」なのか「邪馬台国」なのかは意見がわかれるところです。
と、だいぶ脱線してしまいましたが、卑弥呼の居場所と邪馬台国はリンクしないのでは? と思う次第です。
いつもいい、コメント有難うございます。
>刮目天さまが、畿内が狗邪韓国だと考えてるのは知っておりますが、
W!するどいですね(^_-)-☆
本人もあまり意識していなかったのですが、言われてみたらそういうことにもなるな!(*´Д`)
狗邪韓国は伽耶(加羅)地方の任那ですから、その国名の意味はナーガ(那=龍蛇神)を任せた国、つまり天御中主が早良平野に降り立った元は狗邪韓国に居た!その末裔の奴(ナーガ=龍蛇神)国が帥升の反乱と卑弥呼の共立で吉備から纏向遺跡に遷都した旧奴国=狗奴国ということなのですから。
つづきはまだまだあって、長くなりましたのでこれから記事にします。また、お越しいただきコメントいただければ幸いです。