榊原の屋敷で薬師に診てもらった愛美だが、依然意識も戻らず危険な状態だった。
「愛美、死なないで・・・。」
意識のない愛美の手を握って、さゆみは何度も呟いていた。
「さゆみさん、食事をしなさい。あなたまで身体を壊してしまうわ。」
「でも、私がいない間にもしも・・。」
「大丈夫よ、私がちゃんと見てるから。」
およねは、付きっ切りのさゆみを食事に行かせるため、お初に愛美の様子を見させた。
夕方になって、榊原の屋敷に供のものと一緒に男がやって来た。
「容態はどうじゃ。」
「は、意識はなく、何とも言えない状態です。」
家康だった。家康は、三津林の妻である愛美の急病を聞き、わざわざ榊原の屋敷までやって来たのだ。
愛美が寝ている部屋に、家康と榊原が榊原の妻お瑠衣に案内されて来た。
およね、お初、さゆみが揃って愛美を見守っていたが、急な家康の見舞いに驚き、三人とも下がって伏せた。
「三津林の留守に、奥方を死なせては申し訳がない。何とか快方に向かって欲しいものよのお。」
家康は、横に座って愛美の顔を眺めながら言った。
「まことにございます。」
榊原が相づちを打つ。
「茸は、間違って食したのか?」
家康は、およね達に聞いた。
「し、知らなかったと思います。」
「でも、変なんです。」
お初が言った。
「変とは?」
「はい、私達が合って話をした時には、食べ物はなかったはずなんです。それから愛美さんが出かけた様子もないし、だからどうして毒茸なんかがあったのか・・・。」
「そうか、だが愛美どのに毒を盛るような相手もおらぬだろう。とにかく良くなって欲しい。」
家康は、榊原の屋敷を出て城へ戻った。
家康が城に戻ってしばらくすると、伝令の渡名部が城へ帰って来た。渡名部は、すぐに対面所に控えさせられ、重臣達とともに家康を待った。
やがて家康が対面所に現れ、渡名部は重臣に促されて、武田軍と作久間隊の仔細を報告した。
「そうか、ところで三津林は無事か?」
「あ、はい、我ら部隊に討たれた者は無く・・・。」
「三津林じゃ。」
渡名部には、家康が足軽の三津林のことを気にかけることが判らなかった。
「は、はい、無事ですが・・・。」
「そうか・・・。大儀であった残っておれ。」
家康は、重臣達と対応策を協議し、とりあえず渡名部よりも先に、作久間隊へ伝令を出すことにして談義を終えた。
榊原以外の重臣達が対面所を出た後、家康は渡名部を近くに寄らせた。
「実はじゃ・・・。」
渡名部は、何を言われるのかと少し戸惑った。
「三津林の奥方、愛美どのが、毒茸にあたって死にかけておるんじゃ。」
「えっ、何ですって、愛美ちゃん、いえ、愛美どのが!」
「そうなんじゃ、今榊原の屋敷におるんじゃが、薬師の手当てを受けてもまだ意識が戻っておらぬのじゃ。」
「そ、そんな・・・。」
「とにかく、今から見舞うてくれぬか。そして様子を見たら、三津林を連れ戻して来て欲しいのじゃ。」
「は、申し受けてございます。」
渡名部は、すぐに榊原の屋敷へ向かった。榊原に案内されて愛美が眠る部屋へ行くと、さゆみ達が愛美に付き添っていた。
「さゆみさん・・・。」
さゆみは、渡名部の顔を見ると涙を流した。
「渡名部さん、愛美が、愛美が死んじゃう・・・。」
渡名部は、さゆみの肩を抱いた。
「大丈夫だよ、まだ死んじゃあいないんだろ。愛美ちゃんは、きっと元気になるよ・・・。」
「渡名部さん・・・。」
「俺は、また戻って三津林を連れて帰ってくる。だから愛美ちゃんを見てやっててくれ。」
「うん、先生が来れば愛美も良くなるかもしれないわ。」
二人は、廊下へ出た。中庭から月が見えていた。
「月が綺麗だ。」
「そうね、愛美も一緒に見れればいいのに・・・。」
庭の木に咲く花の花びらが、ひらひらと舞い落ちている。
「彼女のような良い娘が、こんな戦国時代に来てしまって、それでもせっかく幸せを掴んだというのに、もう儚く散ってしまうのか・・・。」
「渡名部さん、愛美は死なないよ。愛美は、先生が帰って来るまで待ってるって言ってたもん!」
今度はさゆみが渡名部を励ましている。
「うん、行ってくる。」
渡名部は、榊原の屋敷で少しの食料を持たされ、再び戦場へと向かった。
渡名部が出発する少し前、城下のある屋敷の前でのこと。足軽が一人通り過ぎようとしていた。
「欣太さん、使いに行くのね、気をつけて行ってらっしゃい。」
「これは、お良様。三河まで行ってきます。幾つか伝えることがあって急ぎの出立になりました。」
「そうそう、それと関係あるか判らないけれど、あちらに行ってる足軽の三津林とか言う方の若いお嫁さんが、少し前に亡くなったそうよ。」
「えっ、そうなんですか?病気だと聞いてたんですが・・・。」
「そうなのよ、残念ね。じゃ、早く伝えないと。」
「はい、行ってきます。」
使いの足軽は、お良の話を信じて走って城下を出て行った。
野駄城は、武田軍に包囲され籠城戦を強いられていた。
作久間隊は、その武田軍の後方にある麻田山から偵察していた。
「これでは落城は免れんが、少しでも長引くように策を練ろう。」
作久間達は、少しでも武田軍を混乱させ、城が落ちるのを先に延ばそうと策を練っていた。
そこへ使いの足軽がやって来た。
「殿からの使いにございます。」
足軽は、書状を作久間に手渡した。その書状を作久間が読み終わると、もう一つの書状を出した。
「こちらは、三津林どのへの報せにございます。」
「三津林に?」
さっそく開いて読んでみた。
「奥方が急病・・・。」
「急病ですか?書状ではそうかもしれませんが、城下を出る前には亡くなったと聞いております。」
「本当か?」
「はい。」
「うむ、何とすべきか・・・。」
作久間は、その書状を持って、見張りに出ている三津林の所へ向かった。
「三津林・・・。」
「これは、作久間様。敵はまだ城攻めに掛かっておりません。」
「そうか、三津林、御主に書状がきておる、読むがいい・・・。」
三津林は、手渡された書状を読み始めた。次第に顔色が変わる。
「そんな馬鹿な!何で毒茸なんか・・・。」
「言いづらいが、書状を持って来た伝令によると、城下を出る前に奥方は亡くなったそうだ。」
三津林は、書状を持ったまま膝をついた。
「愛美・・・。」
その時だった。
「うわああっ!」
「敵だ!」
二人の耳に味方の叫び声が聞こえた。
「三津林、ついて参れ!」
「はっ、はい!」
作久間隊が陣取っていた場所には、武田軍の部隊が雪崩を打って押し寄せていた。
「気付かれておったか!、引け!引けええい!」
だが抵抗していた味方も逃げる間もなく、次々討ち取られていった。
作久間達は、麻田山を奥へ奥へと逃げて行った。しかし途中で回り込んでいた別働隊に出くわし、挟まれる格好になってしまった。
「無念、これまでか・・・。」
「作久間様!」
「渡名部!」
「こちらに抜け道があります。」
作久間隊の危機的状況が察知出来た渡名部が抜け道を見つけて合流してきたのだ。
「そうか、行こう!」
渡名部の指示で作久間隊は、脇道へ入り挟み撃ちを回避した。
「渡名部さん・・。」
「三津林君、今はとにかく逃れよう!」
三津林達は、追っ手もあり逃げるのみだった。
「あの橋を渡って崖の向こう側に行けば、逃げ切れます。」
山の中腹に割れ目があり、その崖の間を人一人が渡れる幅の丸太とつるで作られたつり橋が掛けられていた。そこへたどり着いた作久間隊は、作久間を先頭に橋を渡り始めた。橋はギシギシと音を立て揺れた。半分以上が渡り終えた時、敵が現れた。
残っていた足軽達が応戦している。
「急げ!」
渡名部も橋を渡り始めたが、残されていた足軽達も続けて橋に殺到してしまった。
それを敵の弓隊が狙い済まして矢を放った。
「うわあっ!」
何人かは矢が当たり、谷へ落ちた。それでも渡名部のほか数名が渡り終えた。
「橋を落とせ!」
「しかし、まだ味方が残っています!」
反対側には、まだ数名の味方が武田部隊と戦っていた。しかしその数も次第に討たれて減っている。
「已むを得ん!」
「み、三津林君!」
応戦している味方の中に、三津林の姿があった。渡名部は思わず橋に戻り、反対側へ渡ろうとした。
「三津林君!来い!」
しかし、応戦していた三津林達味方の兵よりも先に、敵兵が橋を渡り始めてしまった。
「おのれ!」
渡名部は、橋を進み揺れる橋の上で敵兵と応戦した。何人かを倒して谷へ落としたが、敵兵は次々と渡ってくる。次第に渡名部も押し戻された。
「渡名部さん!戻って橋を落として下さい!」
「何を言ってる!今助けに行くから踏ん張れ!」
その時、三津林の左腕に敵兵の刀が当たった。
「あっ!」
三津林は、負傷しながらもその敵兵を倒し、そして大声を上げ、右手で刀を振りながら崖の淵を橋に向かって走った。一緒にいた味方の足軽も応戦しながらついて行った。
「渡名部さん!早く戻って!俺は愛美の元へ行きます!」
「何を言ってるんだ!愛美ちゃんは生きてるんだぞ!」
「えっ・・・。」
「うわっ!」
味方が斬られて倒れた。三津林は覚悟を決めた。
「渡名部さん!愛美に“先に行く”と伝えて下さい!」
三津林は、刀を振り上げ、橋を支えているつるに向けて振り下ろした。
「三津林君!」
渡名部が戻った時には、つるが次々音を立てて千切れ、橋は何人かの敵兵を振り落としながら崖の壁に衝突し、しがみついていた兵も衝撃で谷へ転がり落ちていった。
「三津林君、死ぬな!」
しかし、三津林は敵兵に囲まれていた。味方は皆討ち取られ、一人刀を振って応戦している。しかし敵兵達の槍に押されて、崖っぷちに立たされてしまった。足元を見ると深い谷だ。
「愛美っ!」
一本の槍が、三津林の腹巻の脇を突いた。三津林は、弾みで体勢を崩してしまい、足を滑らせた。
「三津林君!」
渡名部の叫びも空しく響くだけだった。三津林の身体は、ふわりと空中に投げ出され、そのまま谷底に向かって落ちて行った。そしてその姿は、白い光の中へと消え去った。
つづく
・・この物語は、すべてフィクションです。
「愛美、死なないで・・・。」
意識のない愛美の手を握って、さゆみは何度も呟いていた。
「さゆみさん、食事をしなさい。あなたまで身体を壊してしまうわ。」
「でも、私がいない間にもしも・・。」
「大丈夫よ、私がちゃんと見てるから。」
およねは、付きっ切りのさゆみを食事に行かせるため、お初に愛美の様子を見させた。
夕方になって、榊原の屋敷に供のものと一緒に男がやって来た。
「容態はどうじゃ。」
「は、意識はなく、何とも言えない状態です。」
家康だった。家康は、三津林の妻である愛美の急病を聞き、わざわざ榊原の屋敷までやって来たのだ。
愛美が寝ている部屋に、家康と榊原が榊原の妻お瑠衣に案内されて来た。
およね、お初、さゆみが揃って愛美を見守っていたが、急な家康の見舞いに驚き、三人とも下がって伏せた。
「三津林の留守に、奥方を死なせては申し訳がない。何とか快方に向かって欲しいものよのお。」
家康は、横に座って愛美の顔を眺めながら言った。
「まことにございます。」
榊原が相づちを打つ。
「茸は、間違って食したのか?」
家康は、およね達に聞いた。
「し、知らなかったと思います。」
「でも、変なんです。」
お初が言った。
「変とは?」
「はい、私達が合って話をした時には、食べ物はなかったはずなんです。それから愛美さんが出かけた様子もないし、だからどうして毒茸なんかがあったのか・・・。」
「そうか、だが愛美どのに毒を盛るような相手もおらぬだろう。とにかく良くなって欲しい。」
家康は、榊原の屋敷を出て城へ戻った。
家康が城に戻ってしばらくすると、伝令の渡名部が城へ帰って来た。渡名部は、すぐに対面所に控えさせられ、重臣達とともに家康を待った。
やがて家康が対面所に現れ、渡名部は重臣に促されて、武田軍と作久間隊の仔細を報告した。
「そうか、ところで三津林は無事か?」
「あ、はい、我ら部隊に討たれた者は無く・・・。」
「三津林じゃ。」
渡名部には、家康が足軽の三津林のことを気にかけることが判らなかった。
「は、はい、無事ですが・・・。」
「そうか・・・。大儀であった残っておれ。」
家康は、重臣達と対応策を協議し、とりあえず渡名部よりも先に、作久間隊へ伝令を出すことにして談義を終えた。
榊原以外の重臣達が対面所を出た後、家康は渡名部を近くに寄らせた。
「実はじゃ・・・。」
渡名部は、何を言われるのかと少し戸惑った。
「三津林の奥方、愛美どのが、毒茸にあたって死にかけておるんじゃ。」
「えっ、何ですって、愛美ちゃん、いえ、愛美どのが!」
「そうなんじゃ、今榊原の屋敷におるんじゃが、薬師の手当てを受けてもまだ意識が戻っておらぬのじゃ。」
「そ、そんな・・・。」
「とにかく、今から見舞うてくれぬか。そして様子を見たら、三津林を連れ戻して来て欲しいのじゃ。」
「は、申し受けてございます。」
渡名部は、すぐに榊原の屋敷へ向かった。榊原に案内されて愛美が眠る部屋へ行くと、さゆみ達が愛美に付き添っていた。
「さゆみさん・・・。」
さゆみは、渡名部の顔を見ると涙を流した。
「渡名部さん、愛美が、愛美が死んじゃう・・・。」
渡名部は、さゆみの肩を抱いた。
「大丈夫だよ、まだ死んじゃあいないんだろ。愛美ちゃんは、きっと元気になるよ・・・。」
「渡名部さん・・・。」
「俺は、また戻って三津林を連れて帰ってくる。だから愛美ちゃんを見てやっててくれ。」
「うん、先生が来れば愛美も良くなるかもしれないわ。」
二人は、廊下へ出た。中庭から月が見えていた。
「月が綺麗だ。」
「そうね、愛美も一緒に見れればいいのに・・・。」
庭の木に咲く花の花びらが、ひらひらと舞い落ちている。
「彼女のような良い娘が、こんな戦国時代に来てしまって、それでもせっかく幸せを掴んだというのに、もう儚く散ってしまうのか・・・。」
「渡名部さん、愛美は死なないよ。愛美は、先生が帰って来るまで待ってるって言ってたもん!」
今度はさゆみが渡名部を励ましている。
「うん、行ってくる。」
渡名部は、榊原の屋敷で少しの食料を持たされ、再び戦場へと向かった。
渡名部が出発する少し前、城下のある屋敷の前でのこと。足軽が一人通り過ぎようとしていた。
「欣太さん、使いに行くのね、気をつけて行ってらっしゃい。」
「これは、お良様。三河まで行ってきます。幾つか伝えることがあって急ぎの出立になりました。」
「そうそう、それと関係あるか判らないけれど、あちらに行ってる足軽の三津林とか言う方の若いお嫁さんが、少し前に亡くなったそうよ。」
「えっ、そうなんですか?病気だと聞いてたんですが・・・。」
「そうなのよ、残念ね。じゃ、早く伝えないと。」
「はい、行ってきます。」
使いの足軽は、お良の話を信じて走って城下を出て行った。
野駄城は、武田軍に包囲され籠城戦を強いられていた。
作久間隊は、その武田軍の後方にある麻田山から偵察していた。
「これでは落城は免れんが、少しでも長引くように策を練ろう。」
作久間達は、少しでも武田軍を混乱させ、城が落ちるのを先に延ばそうと策を練っていた。
そこへ使いの足軽がやって来た。
「殿からの使いにございます。」
足軽は、書状を作久間に手渡した。その書状を作久間が読み終わると、もう一つの書状を出した。
「こちらは、三津林どのへの報せにございます。」
「三津林に?」
さっそく開いて読んでみた。
「奥方が急病・・・。」
「急病ですか?書状ではそうかもしれませんが、城下を出る前には亡くなったと聞いております。」
「本当か?」
「はい。」
「うむ、何とすべきか・・・。」
作久間は、その書状を持って、見張りに出ている三津林の所へ向かった。
「三津林・・・。」
「これは、作久間様。敵はまだ城攻めに掛かっておりません。」
「そうか、三津林、御主に書状がきておる、読むがいい・・・。」
三津林は、手渡された書状を読み始めた。次第に顔色が変わる。
「そんな馬鹿な!何で毒茸なんか・・・。」
「言いづらいが、書状を持って来た伝令によると、城下を出る前に奥方は亡くなったそうだ。」
三津林は、書状を持ったまま膝をついた。
「愛美・・・。」
その時だった。
「うわああっ!」
「敵だ!」
二人の耳に味方の叫び声が聞こえた。
「三津林、ついて参れ!」
「はっ、はい!」
作久間隊が陣取っていた場所には、武田軍の部隊が雪崩を打って押し寄せていた。
「気付かれておったか!、引け!引けええい!」
だが抵抗していた味方も逃げる間もなく、次々討ち取られていった。
作久間達は、麻田山を奥へ奥へと逃げて行った。しかし途中で回り込んでいた別働隊に出くわし、挟まれる格好になってしまった。
「無念、これまでか・・・。」
「作久間様!」
「渡名部!」
「こちらに抜け道があります。」
作久間隊の危機的状況が察知出来た渡名部が抜け道を見つけて合流してきたのだ。
「そうか、行こう!」
渡名部の指示で作久間隊は、脇道へ入り挟み撃ちを回避した。
「渡名部さん・・。」
「三津林君、今はとにかく逃れよう!」
三津林達は、追っ手もあり逃げるのみだった。
「あの橋を渡って崖の向こう側に行けば、逃げ切れます。」
山の中腹に割れ目があり、その崖の間を人一人が渡れる幅の丸太とつるで作られたつり橋が掛けられていた。そこへたどり着いた作久間隊は、作久間を先頭に橋を渡り始めた。橋はギシギシと音を立て揺れた。半分以上が渡り終えた時、敵が現れた。
残っていた足軽達が応戦している。
「急げ!」
渡名部も橋を渡り始めたが、残されていた足軽達も続けて橋に殺到してしまった。
それを敵の弓隊が狙い済まして矢を放った。
「うわあっ!」
何人かは矢が当たり、谷へ落ちた。それでも渡名部のほか数名が渡り終えた。
「橋を落とせ!」
「しかし、まだ味方が残っています!」
反対側には、まだ数名の味方が武田部隊と戦っていた。しかしその数も次第に討たれて減っている。
「已むを得ん!」
「み、三津林君!」
応戦している味方の中に、三津林の姿があった。渡名部は思わず橋に戻り、反対側へ渡ろうとした。
「三津林君!来い!」
しかし、応戦していた三津林達味方の兵よりも先に、敵兵が橋を渡り始めてしまった。
「おのれ!」
渡名部は、橋を進み揺れる橋の上で敵兵と応戦した。何人かを倒して谷へ落としたが、敵兵は次々と渡ってくる。次第に渡名部も押し戻された。
「渡名部さん!戻って橋を落として下さい!」
「何を言ってる!今助けに行くから踏ん張れ!」
その時、三津林の左腕に敵兵の刀が当たった。
「あっ!」
三津林は、負傷しながらもその敵兵を倒し、そして大声を上げ、右手で刀を振りながら崖の淵を橋に向かって走った。一緒にいた味方の足軽も応戦しながらついて行った。
「渡名部さん!早く戻って!俺は愛美の元へ行きます!」
「何を言ってるんだ!愛美ちゃんは生きてるんだぞ!」
「えっ・・・。」
「うわっ!」
味方が斬られて倒れた。三津林は覚悟を決めた。
「渡名部さん!愛美に“先に行く”と伝えて下さい!」
三津林は、刀を振り上げ、橋を支えているつるに向けて振り下ろした。
「三津林君!」
渡名部が戻った時には、つるが次々音を立てて千切れ、橋は何人かの敵兵を振り落としながら崖の壁に衝突し、しがみついていた兵も衝撃で谷へ転がり落ちていった。
「三津林君、死ぬな!」
しかし、三津林は敵兵に囲まれていた。味方は皆討ち取られ、一人刀を振って応戦している。しかし敵兵達の槍に押されて、崖っぷちに立たされてしまった。足元を見ると深い谷だ。
「愛美っ!」
一本の槍が、三津林の腹巻の脇を突いた。三津林は、弾みで体勢を崩してしまい、足を滑らせた。
「三津林君!」
渡名部の叫びも空しく響くだけだった。三津林の身体は、ふわりと空中に投げ出され、そのまま谷底に向かって落ちて行った。そしてその姿は、白い光の中へと消え去った。
つづく
・・この物語は、すべてフィクションです。