作久間隊は、半分程に兵を減らして浜奈城へ帰還した。
「皆の者、ご苦労であった。」
家康は、対面所の外で並んでいた兵達をねぎらった。
「作久間、三津林は?」
「は、残念ながら敵に討たれました。しかしその最後は、我々のため自ら橋を落とし、追っ手の盾となり、見事な討ち死にでした。」
「そうか、残念じゃ・・・。」
家康は、兵の中に渡名部を見つけた。
「渡名部、お主も辛かろう。」
「はい、助けることも出来ず、目の前で敵に討たれて谷へ落ちる三津林の姿が、今でも頭から消えません・・・。」
「そうか・・・。」
「しかしながら、三津林は不死身です。敵に討たれて谷へ落ちましたが、それでも生きて帰って来るような気がしてなりません。」
「そうだな、あの時もそうであったように、奥方共々わしの前に現れようぞ。」
家康も渡名部も、ありえない事と判っていても、望みは同じものだった。
渡名部は、足取りも重く榊原の屋敷に向かった。屋敷に入るとお瑠衣の案内で愛美の眠る部屋へ。部屋には、さゆみが一人愛美に付いていた。
「渡名部さん。」
渡名部はさゆみの横に、お瑠衣は愛美を挟んで反対側に座った。
「先生は?」
渡名部は、答えることが出来ない。
「渡名部さん、先生はどうして来ないの?連れて帰るって言ったじゃない!」
「すまない、助けることが出来なかったんだ・・・。」
「助けられなかったって、じゃあ先生は、どうなったの?」
「敵に、敵に・・・。」
「殺されちゃったの?先生が死んじゃったら、愛美も死んじゃうかもしれないじゃない!どうして助けられなかったのよ!どうして!」
さゆみは、取り乱し渡名部に掴みかかった。
「さゆみさん、渡名部さんに罪はないわ。」
「だけど、連れて帰るって・・・。」
「すまない・・・。」
さゆみは、渡名部の胸で泣き崩れた。

日も暮れた川原に男が一人倒れていた。男は気を失っていたが、気が付くと明かりの見える方へ刀を杖代わりにして歩いた。そして土手を上がると異変に気付いた。
「ここは・・・。」
アスファルトの道路に水銀灯の灯り。男は、自分の目的を見出し、道を進んだ。やがて灯りが多くなり、車も行き来する。それらの車の運転手は皆、男の姿に怪訝な顔をして通り過ぎて行く。それでも男は気にすることも無く、進んで行った。
「あった!」
男の目に、足利内科医院の文字が映った。診療時間は終わっているだろうが、扉が開いたので、男は構わず中に入って行った。
「もう、診察はおわりました。」
事務仕事をしながら看護師が答えた。
「お願いがあるんですが・・・。」
「きゃっ!」
若い看護師が、男の姿を見て思わず声を上げた。
「何ですかあなたは?」
「けっして怪しいものでは・・・。」
と言っても、凄く怪しい姿だ。
「どうした、安達さん?」
奥から出て来た医者らしき中年の男が、受付の看護師に尋ねたが、来客者の姿を見て、こちらも驚きの表情を見せた。
「いったい君は・・・、芝居でもしてたのかい、その格好は?」
それにしても、戦国時代の兵士のように、籠手や腹巻をし、刀まで持っている。
「先生、警察を呼びましょうか?」
「それは、困ります。」
男は、受付の中まで押し入り、二人に刀を向けた。
「お二人に、危害を加える気持ちはありません。しかしながら、事情あってお願いしたいことがあるので、静かに聴いて欲しいのです。」
格好は怪しいけれど、人間的には、悪人ではなさそうなので、医者と看護師は、とりあえず要求通り静かにした。
「君、怪我をしているんじゃないか?」
その通りに、男は腕や腰の辺りに血を滲ませていた。
「とにかく手当てをしよう、そこへ座りなさい。」
医者の足利は、男を受付から隣の診察室の椅子に座らせた。
「すみません、私は、三津林と言います。高校の歴史の教師をしていました。」
男は、自分のことを素直に話すことにした。
「信じては頂けないと思いますが、私は教え子の女子生徒と一緒に、洞窟の中で戦国時代へタイムスリップしてしまい・・・。」
「タイムスリップですか?」
看護師の安達久留美が聞き返した。
「最初は、私も信じられませんでしたが、丁度味方ヶ原の戦いの時に遭遇して、こんな格好で戦にも出ることになってしまったんです。」
「ううむ、それが真実だとしても、なぜまた現代に・・・。」
「戻って来たのは初めてじゃないんです。なぜか地震で出来た地割れや谷などに落ちると、白い光の中に吸い込まれて、戦国時代と現代を行ったり来たりするんです。」
「映画のような話だが、この腕や腹の傷は、刃物によるものではあるが・・・、しかし信じられん。」
当然のことだが、足利は話をしながらも手当てはしてくれていた。
「じゃ、このまま現代に居れば、もう戦わなくていいわけね。」
「それは出来ない。」
「どうして?戦国時代の方がいいんですか?」
「愛美が居るんだ!あっ、さっき言った生徒が戦国時代に残っているんだ。」
三津林の顔色が変わった。
「そうだ先生、毒茸を食べてしまった時に効く薬はありませんか?」
「毒茸か・・。効きそうな薬はあるにはあるが・・・。」
「それを下さい。お金は無いし、返すことも出来ませんが、生徒の命がかかっているんです。お願いします。」
三津林は、床に跪き頭を下げた。
「話はまだ信じられないが、君が嘘を言ってるようには見えない。とりあえず薬を用意するからベッドで休んでいなさい。その傷は本物だから・・・。」
足利は、薬のある別室へ行き、久留美が三津林を立たせ、ベッドへ寝かせた。

三津林は眠っていた。
「安達さんは、彼の話を信じるかい?」
「普通は、信じられない話だと思うし、頭おかしいんじゃないって誰もが言うと思いますけど・・・。」
「確かにそうだな。だけどあの防具や刀は、偽物とは思えないし、彼もそんな馬鹿げた嘘を言うような人間には見えないから、本当かもしれない。」
「でも先生、もし本当だったら、凄いことですよね。」
「そうだな・・・。」
足利は、とりあえず毒消しになる薬を用意し、久留美に渡して袋に入れさせた。
「君は帰りなさい。」
「先生、大丈夫ですか?誰かに報せたらどうですか?」
「私は、彼を悪人ではないと信じてみるよ。後のことは大丈夫だから、心配しないで帰りなさい。」
久留美は、気がかりではあったが、足利の言う通りにして帰った。
「先生、遅かったじゃないですか。早く行きましょ、さゆみ達が待ってるわ。」
「そうだな愛美、俺達の生きる世界は、戦国時代だからな。」
愛美が、先に走り出した。
「そうよ、早くしないと花も散っちゃいそうよ・・・。」
「ちょっと待ってくれ、まだ薬がないんだ。」
三津林の制止も聞かず、愛美はどんどん先へ進んで行ってしまう。
「早く、早く、私も散っちゃいそうなの・・・。」
「愛美、待ってくれ、愛美!」
三津林の足はなかなか進まない。だが愛美はもう崖の所まで行っていた。
「愛美!行くな!俺が行くまで待ってろ!」
「先生、先に行くね。」
振り返った愛美は、涙を流していた。そして愛美の姿は、崖の上から消えてしまった。
「愛美!」
膝をつく三津林は、何度も愛美の名を呼んだ。
三津林が気付いた時には、もう朝になっていた。
「夢でも見ていたようだね。薬は用意したよ、持って行きなさい。」
「私の話を信じてくれるんですか?」
「さあ、信じたと言うか・・・、そんな夢のような話があっても面白いんじゃないかと思っただけかな・・・。」
「ありがとうございます。ついでにもう一つお願いしてもいいでしょうか?」
「何かね?」
「車で山まで連れて行って欲しいんです。」
「乗りかかった船だ、行きましょう。」
三津林と足利は、医院を出て山に向かった。途中、その車を見つけた久留美が追いかけた。
「絶対に散らせたくないんです。・・・一番大切な花だから。」
崖の上に立つ三津林は、空を見ながら言った。
「しかし本当に大丈夫かね、もしものことがあれば、私は目の前で人を死なせてしまうかもしれないんだからね・・・。」
「大丈夫です。必ずタイムスリップします。」
三津林は、足元を見た。敵に追い詰められて落ちた崖と同じくらいの深い谷だ。
「待って下さい。」
久留美だった。久留美は足利の前を通り過ぎ、三津林の所まで行った。
「馬鹿なことはやめて下さい、死んじゃいます。せっかく手当てしたのに、なぜ足利先生は止めないんですか。」
久留美は、足利を睨んだ。
「安達さん・・・。」
久留美は、三津林の腕を掴んだ。
「ありがとう、心配してくれるのは嬉しいけど、行かなきゃいけないんだ。」
「駄目です、こんな所から飛び降りたら、あっ!」
久留美が足を滑らせてしまい、体が谷の方へ倒れこんでしまった。
「危ない!」
「きゃあっ!」
慌てて三津林が久留美を抱きかかえたが、一緒に谷に落ちる体勢になってしまった。
「安達さん!」
足利も二人の所へ進もうとしたが、時すでに遅く二人は谷へ向かって落ちてしまった。足利は崖の上で倒れ込み下を見たが、二人は重なって落ちて行く。
「安達さん・・・。」
その時、谷の底の方から白い光が昇って来た。やがてその光は二人を包み込み消えた。
「本当なんだ・・・。」
足利は、しばらくそこから動くことが出来なかった。

「何、その女は、愛美どのが死んだと、使いの足軽に言ったというのか?」
家康は、家臣の報告に顔色を変えた。
「は、さらに聞いて回ったところ、愛美どのが、毒茸を食す前に、その女が訪れていたのを見た者がおりました。」
「なんと・・・。」
「さらに、噂では、以前浪人を雇い、気に入らぬ何人かの女を死に追いやったとのこと。」
「むむ、なぜ愛美どのまでを・・・。ええい、阿下隆作とその妻お良を詮議せよ。」
家康は、命令を下した。
つづく
「皆の者、ご苦労であった。」
家康は、対面所の外で並んでいた兵達をねぎらった。
「作久間、三津林は?」
「は、残念ながら敵に討たれました。しかしその最後は、我々のため自ら橋を落とし、追っ手の盾となり、見事な討ち死にでした。」
「そうか、残念じゃ・・・。」
家康は、兵の中に渡名部を見つけた。
「渡名部、お主も辛かろう。」
「はい、助けることも出来ず、目の前で敵に討たれて谷へ落ちる三津林の姿が、今でも頭から消えません・・・。」
「そうか・・・。」
「しかしながら、三津林は不死身です。敵に討たれて谷へ落ちましたが、それでも生きて帰って来るような気がしてなりません。」
「そうだな、あの時もそうであったように、奥方共々わしの前に現れようぞ。」
家康も渡名部も、ありえない事と判っていても、望みは同じものだった。
渡名部は、足取りも重く榊原の屋敷に向かった。屋敷に入るとお瑠衣の案内で愛美の眠る部屋へ。部屋には、さゆみが一人愛美に付いていた。
「渡名部さん。」
渡名部はさゆみの横に、お瑠衣は愛美を挟んで反対側に座った。
「先生は?」
渡名部は、答えることが出来ない。
「渡名部さん、先生はどうして来ないの?連れて帰るって言ったじゃない!」
「すまない、助けることが出来なかったんだ・・・。」
「助けられなかったって、じゃあ先生は、どうなったの?」
「敵に、敵に・・・。」
「殺されちゃったの?先生が死んじゃったら、愛美も死んじゃうかもしれないじゃない!どうして助けられなかったのよ!どうして!」
さゆみは、取り乱し渡名部に掴みかかった。
「さゆみさん、渡名部さんに罪はないわ。」
「だけど、連れて帰るって・・・。」
「すまない・・・。」
さゆみは、渡名部の胸で泣き崩れた。

日も暮れた川原に男が一人倒れていた。男は気を失っていたが、気が付くと明かりの見える方へ刀を杖代わりにして歩いた。そして土手を上がると異変に気付いた。
「ここは・・・。」
アスファルトの道路に水銀灯の灯り。男は、自分の目的を見出し、道を進んだ。やがて灯りが多くなり、車も行き来する。それらの車の運転手は皆、男の姿に怪訝な顔をして通り過ぎて行く。それでも男は気にすることも無く、進んで行った。
「あった!」
男の目に、足利内科医院の文字が映った。診療時間は終わっているだろうが、扉が開いたので、男は構わず中に入って行った。
「もう、診察はおわりました。」
事務仕事をしながら看護師が答えた。
「お願いがあるんですが・・・。」
「きゃっ!」
若い看護師が、男の姿を見て思わず声を上げた。
「何ですかあなたは?」
「けっして怪しいものでは・・・。」
と言っても、凄く怪しい姿だ。
「どうした、安達さん?」
奥から出て来た医者らしき中年の男が、受付の看護師に尋ねたが、来客者の姿を見て、こちらも驚きの表情を見せた。
「いったい君は・・・、芝居でもしてたのかい、その格好は?」
それにしても、戦国時代の兵士のように、籠手や腹巻をし、刀まで持っている。
「先生、警察を呼びましょうか?」
「それは、困ります。」
男は、受付の中まで押し入り、二人に刀を向けた。
「お二人に、危害を加える気持ちはありません。しかしながら、事情あってお願いしたいことがあるので、静かに聴いて欲しいのです。」
格好は怪しいけれど、人間的には、悪人ではなさそうなので、医者と看護師は、とりあえず要求通り静かにした。
「君、怪我をしているんじゃないか?」
その通りに、男は腕や腰の辺りに血を滲ませていた。
「とにかく手当てをしよう、そこへ座りなさい。」
医者の足利は、男を受付から隣の診察室の椅子に座らせた。
「すみません、私は、三津林と言います。高校の歴史の教師をしていました。」
男は、自分のことを素直に話すことにした。
「信じては頂けないと思いますが、私は教え子の女子生徒と一緒に、洞窟の中で戦国時代へタイムスリップしてしまい・・・。」
「タイムスリップですか?」
看護師の安達久留美が聞き返した。
「最初は、私も信じられませんでしたが、丁度味方ヶ原の戦いの時に遭遇して、こんな格好で戦にも出ることになってしまったんです。」
「ううむ、それが真実だとしても、なぜまた現代に・・・。」
「戻って来たのは初めてじゃないんです。なぜか地震で出来た地割れや谷などに落ちると、白い光の中に吸い込まれて、戦国時代と現代を行ったり来たりするんです。」
「映画のような話だが、この腕や腹の傷は、刃物によるものではあるが・・・、しかし信じられん。」
当然のことだが、足利は話をしながらも手当てはしてくれていた。
「じゃ、このまま現代に居れば、もう戦わなくていいわけね。」
「それは出来ない。」
「どうして?戦国時代の方がいいんですか?」
「愛美が居るんだ!あっ、さっき言った生徒が戦国時代に残っているんだ。」
三津林の顔色が変わった。
「そうだ先生、毒茸を食べてしまった時に効く薬はありませんか?」
「毒茸か・・。効きそうな薬はあるにはあるが・・・。」
「それを下さい。お金は無いし、返すことも出来ませんが、生徒の命がかかっているんです。お願いします。」
三津林は、床に跪き頭を下げた。
「話はまだ信じられないが、君が嘘を言ってるようには見えない。とりあえず薬を用意するからベッドで休んでいなさい。その傷は本物だから・・・。」
足利は、薬のある別室へ行き、久留美が三津林を立たせ、ベッドへ寝かせた。

三津林は眠っていた。
「安達さんは、彼の話を信じるかい?」
「普通は、信じられない話だと思うし、頭おかしいんじゃないって誰もが言うと思いますけど・・・。」
「確かにそうだな。だけどあの防具や刀は、偽物とは思えないし、彼もそんな馬鹿げた嘘を言うような人間には見えないから、本当かもしれない。」
「でも先生、もし本当だったら、凄いことですよね。」
「そうだな・・・。」
足利は、とりあえず毒消しになる薬を用意し、久留美に渡して袋に入れさせた。
「君は帰りなさい。」
「先生、大丈夫ですか?誰かに報せたらどうですか?」
「私は、彼を悪人ではないと信じてみるよ。後のことは大丈夫だから、心配しないで帰りなさい。」
久留美は、気がかりではあったが、足利の言う通りにして帰った。
「先生、遅かったじゃないですか。早く行きましょ、さゆみ達が待ってるわ。」
「そうだな愛美、俺達の生きる世界は、戦国時代だからな。」
愛美が、先に走り出した。
「そうよ、早くしないと花も散っちゃいそうよ・・・。」
「ちょっと待ってくれ、まだ薬がないんだ。」
三津林の制止も聞かず、愛美はどんどん先へ進んで行ってしまう。
「早く、早く、私も散っちゃいそうなの・・・。」
「愛美、待ってくれ、愛美!」
三津林の足はなかなか進まない。だが愛美はもう崖の所まで行っていた。
「愛美!行くな!俺が行くまで待ってろ!」
「先生、先に行くね。」
振り返った愛美は、涙を流していた。そして愛美の姿は、崖の上から消えてしまった。
「愛美!」
膝をつく三津林は、何度も愛美の名を呼んだ。
三津林が気付いた時には、もう朝になっていた。
「夢でも見ていたようだね。薬は用意したよ、持って行きなさい。」
「私の話を信じてくれるんですか?」
「さあ、信じたと言うか・・・、そんな夢のような話があっても面白いんじゃないかと思っただけかな・・・。」
「ありがとうございます。ついでにもう一つお願いしてもいいでしょうか?」
「何かね?」
「車で山まで連れて行って欲しいんです。」
「乗りかかった船だ、行きましょう。」
三津林と足利は、医院を出て山に向かった。途中、その車を見つけた久留美が追いかけた。
「絶対に散らせたくないんです。・・・一番大切な花だから。」
崖の上に立つ三津林は、空を見ながら言った。
「しかし本当に大丈夫かね、もしものことがあれば、私は目の前で人を死なせてしまうかもしれないんだからね・・・。」
「大丈夫です。必ずタイムスリップします。」
三津林は、足元を見た。敵に追い詰められて落ちた崖と同じくらいの深い谷だ。
「待って下さい。」
久留美だった。久留美は足利の前を通り過ぎ、三津林の所まで行った。
「馬鹿なことはやめて下さい、死んじゃいます。せっかく手当てしたのに、なぜ足利先生は止めないんですか。」
久留美は、足利を睨んだ。
「安達さん・・・。」
久留美は、三津林の腕を掴んだ。
「ありがとう、心配してくれるのは嬉しいけど、行かなきゃいけないんだ。」
「駄目です、こんな所から飛び降りたら、あっ!」
久留美が足を滑らせてしまい、体が谷の方へ倒れこんでしまった。
「危ない!」
「きゃあっ!」
慌てて三津林が久留美を抱きかかえたが、一緒に谷に落ちる体勢になってしまった。
「安達さん!」
足利も二人の所へ進もうとしたが、時すでに遅く二人は谷へ向かって落ちてしまった。足利は崖の上で倒れ込み下を見たが、二人は重なって落ちて行く。
「安達さん・・・。」
その時、谷の底の方から白い光が昇って来た。やがてその光は二人を包み込み消えた。
「本当なんだ・・・。」
足利は、しばらくそこから動くことが出来なかった。

「何、その女は、愛美どのが死んだと、使いの足軽に言ったというのか?」
家康は、家臣の報告に顔色を変えた。
「は、さらに聞いて回ったところ、愛美どのが、毒茸を食す前に、その女が訪れていたのを見た者がおりました。」
「なんと・・・。」
「さらに、噂では、以前浪人を雇い、気に入らぬ何人かの女を死に追いやったとのこと。」
「むむ、なぜ愛美どのまでを・・・。ええい、阿下隆作とその妻お良を詮議せよ。」
家康は、命令を下した。
つづく