Light in June

文学やアニメ、毎日の生活についての日記。

壁抜け男

2009-06-06 01:21:35 | 文学
千と千尋が金曜ロードショーで放映されたので、これについて書く、と思いきや、7月3日にエヴァ序が金曜ロードショーで初、というニュースに驚いたのでそのことを、と思いきや、今日やっと英語の本を読み終えたのでそのことについて喜びを表します。

と思いきや、マルセル・エイメの短篇集『壁抜け男』について書きます。
非常におもしろい短篇集でした。ぼくの読んだのは、異色作家短篇集ではなく、角川文庫から出ている独自の選集版。収録作品は、

壁抜け男
変身
サビーヌたち
死んでいる時間
七里のブーツ

解説を読んで知ったのですが、エイメの小説は昔かなり翻訳が出たそうですね。ぼくが『壁抜け男』の存在を知ったのは、異色作家短篇集がきっかけで、そのラインナップに連なっているのを見て、気になっていました。ずーっと前、こち亀で壁抜けのエピソードがあって、それを思い出してどんな小説だろう、と興味が湧いたのです。

この短篇集は、奇想小説集と言えそうです。
「壁抜け男」は、どんな壁も自由に通り抜けできる男の話。手品とかではなく、文字通り壁をすり抜けられるのです。「変身」は、大人から一夜にして赤ん坊になってしまう男が登場するし、「サビーヌ」たちは極め付きの分身小説で、同時存在の能力、すなわち自分の分身をいたるところに出現させる能力を持った女性の話で、「死んでいる時間」の主人公は二日に一遍は死んでいるという(今日は生きているが、明日になると消滅し、また次の日になると現れる)奇妙な男で、「七里のブーツ」だけがわりとオーソドックスな児童小説っぽく作られています。とはいえ七里のブーツが関わっていますが。

奇妙奇天烈な設定を冒頭から紹介し、それから物語が動いてゆく、というのが主な作品の構成。こんな奇抜な設定を思いつけば、後はもういかようにも物語を作り出せるような気がします。実際、「死んでいる時間」などは、もっと多用な物語を潜在させているように思えます。例えば、二日に一遍しか生きていないのだから、逆に生命に喜びを感じて他の人より有意義な人生を送れるようになるとか、人生に執着しすぎて失敗するとか、そういう話を。この小説では、もっと生きていたいと思っていた主人公の発想が、もっと死んでいたいという発想に切り替わるところに物語の妙があります。

どの作品も本当に本当におもしろくて、すっかりマルセル・エイメのファンになってしまいました。ただ、5段階評価をするなら、4ですね。何かが足りない気がして。「壁抜け男」は結末が容易に予想できるし。表題にもなっていますが、この短篇集では一番評価が低いです、ぼくの中では。ああでもやっぱり、もっとよく考えてみると、その他の小説はどれもすばらしいなあ。設定負けしてないんですよね。

「七里のブーツ」は、児童文学の趣きがありますが、終わり方がなんとも詩的で神々しくさえあり、とても気に入りました。こういう小説も書くんだなあ。この人の他の本も是非読んでみたくなりました。でもあんまり読んでいる時間がないんだよなあ…あ、昼間から読めば時間は間に合いそうかな…でも昼間はだるいことが多いしなあ…

内容には踏み込まないように、と思って書いていたら、ぺらい記事になってしまった…
まあいっか、ユーモアのある、場合によっては冷たさも温かみもある奇想小説が好きな人にはお薦めの短篇集です。