こんばんは。
あともう何時間かで今年も終わろうとそております。
今日と明日でどのくらい違いがあるのか、そう問われてもさほど違いなどないように感じます。
人間の都合で年が変わるだけ、そう言ってしまえば身も蓋もありませんけれど自然の営みにはそれほど差異があるとも思えません。
それでもこの年が終わり、次の年になる、そのように考えるだけでどことなく背筋が伸びるのは自分達自身の長年の性であるのかもしれませんね。
朝は曇っており、陽射しは全くありませんでした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/19/85805554394b21c6add89420f1bc79c4.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/22/96075b87072a7a23d1f8ba45d06692ac.jpg)
昨夜もシリウスが綺麗に見えておりました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/34/ee/2b981e30178d44de30aad13fdd8b87e3.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/d0/d67681b9d2f25e4478b4e3f1eb45b279.jpg)
今日は大晦日、先にさほど変わりもないのにとは申しましたが、やはり暮らしの中ではそうも言えないところでもありますね。
今日の一日を過ぎれば新しい年へと替わる、その節目をどこよりも大事にしてきたのではないでしょうか。
もともとは太陰暦で廻って月日が替わる、それであれば月の運行も理にかなったものであったでしょうが、グレゴリオ暦では一年という変わり目
にしか過ぎません。
それでもこの変わり目を大事にしてきた自分達日本人なのではと思います。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/c7/e1d94ab032846404efa62e12f0437d4b.jpg)
朝の祝詞奏上ではテラの香りと瀬織津比売の香りを付けて致しました。
共に言葉を受け取りました。
大神
“ この一年(ひととせ) どうであったか
次の年には ちょうど そなたの一巡りが来るようじゃな
また新たなる始まりぞ
越えて行け ”
瀬織津比売
“ ひとつの節目が終わり 新たなる次へと向かいます
穢れを拭い 新たな心持で進みなさい ”
どちらの神様にも同様のことをいわれたようでした、但し幾分ニュアンスは違いますけれど。
大神はこの一年がどうであったか、それをまず問われました。
どうであったのか、一年を思い起こしておりましたが、これは昨日聞かせて頂いた言葉とはまた違いますね。
過去を振り返るのではなく、今を生きよという言葉とは隔たりがあります。
けれどやはりこのように振り返ることも大事であるということでしょうか。
自分にとりこの一年は新しい方との出会いや香りを始めたことなど、変化のある年でした。
それを思うとこうして過ぎた日々を振り返ることも必要なことなのかも、とも感じております。
過去を振り返るなというのは、ああしてなかったらこんなになってなかったとか、あの時こうしていなければなどの後悔を感じることがどうである
のか、そこを言われたようにも感じます。
過去を振り返ったとしても、そこへ自分の嬉しいこと、楽しいことを思い出せたなら、それはそれで良いことなのではと思えます。
誰しも辛いこと、思い出したくないことは少なからずあるはずです。
それが今の自分に取り、どのように作用しているのかで過去のその状態も今の自分にポジティブに働いているのか、或いはネガティブに囚われて
しまっているかになるのでは、と感じます。
たとえその時点でネガティブであったとしても、今の自分はあの時があったからこそ今の自分がある、そう思えるのならその瞬間にネガティブは
途端にポジティブに変わるのではと思います。
ネガティブの中にもポジティブを見出すこと、それが大事なのではと感じました。
また来年は自分の干支が一巡して戻ってきます。
それも一年の最後の方、11月ですけれどね;。
自分がこの歳まで生きてきて、こんなものなのかなぁと感じておるのか実のところですね。
もっと感慨深いものなのかしらと思っておりましたけれども;。
しかし、これからがまた新たなる始まりと言われました。
言われるように越えて参りたいと思います。
瀬織津比売からも同じような事を受け取りました。
穢れを拭い、新たな気持ちで進みなさい、これは祓えの神様ならではかと存じます。
一年(ひととせ)の穢れをこの日で落とし新しい一年を迎える、それがこの大晦日の大祓いなのだと思います。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/ec/777d253729ca9bc9d480b849d23cf48a.jpg)
今夜はその大祓いを行い、続いて新年のお祝詞を奏上させて頂きたいと思います。
皆様におかれましても、どうぞ良き年をお迎えになられますように。
この一年間、本当に有難うございました。
来たる年も何卒宜しくお願い申し上げます。
あともう何時間かで今年も終わろうとそております。
今日と明日でどのくらい違いがあるのか、そう問われてもさほど違いなどないように感じます。
人間の都合で年が変わるだけ、そう言ってしまえば身も蓋もありませんけれど自然の営みにはそれほど差異があるとも思えません。
それでもこの年が終わり、次の年になる、そのように考えるだけでどことなく背筋が伸びるのは自分達自身の長年の性であるのかもしれませんね。
朝は曇っており、陽射しは全くありませんでした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/19/85805554394b21c6add89420f1bc79c4.jpg)
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昨夜もシリウスが綺麗に見えておりました。
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今日は大晦日、先にさほど変わりもないのにとは申しましたが、やはり暮らしの中ではそうも言えないところでもありますね。
今日の一日を過ぎれば新しい年へと替わる、その節目をどこよりも大事にしてきたのではないでしょうか。
もともとは太陰暦で廻って月日が替わる、それであれば月の運行も理にかなったものであったでしょうが、グレゴリオ暦では一年という変わり目
にしか過ぎません。
それでもこの変わり目を大事にしてきた自分達日本人なのではと思います。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/c7/e1d94ab032846404efa62e12f0437d4b.jpg)
朝の祝詞奏上ではテラの香りと瀬織津比売の香りを付けて致しました。
共に言葉を受け取りました。
大神
“ この一年(ひととせ) どうであったか
次の年には ちょうど そなたの一巡りが来るようじゃな
また新たなる始まりぞ
越えて行け ”
瀬織津比売
“ ひとつの節目が終わり 新たなる次へと向かいます
穢れを拭い 新たな心持で進みなさい ”
どちらの神様にも同様のことをいわれたようでした、但し幾分ニュアンスは違いますけれど。
大神はこの一年がどうであったか、それをまず問われました。
どうであったのか、一年を思い起こしておりましたが、これは昨日聞かせて頂いた言葉とはまた違いますね。
過去を振り返るのではなく、今を生きよという言葉とは隔たりがあります。
けれどやはりこのように振り返ることも大事であるということでしょうか。
自分にとりこの一年は新しい方との出会いや香りを始めたことなど、変化のある年でした。
それを思うとこうして過ぎた日々を振り返ることも必要なことなのかも、とも感じております。
過去を振り返るなというのは、ああしてなかったらこんなになってなかったとか、あの時こうしていなければなどの後悔を感じることがどうである
のか、そこを言われたようにも感じます。
過去を振り返ったとしても、そこへ自分の嬉しいこと、楽しいことを思い出せたなら、それはそれで良いことなのではと思えます。
誰しも辛いこと、思い出したくないことは少なからずあるはずです。
それが今の自分に取り、どのように作用しているのかで過去のその状態も今の自分にポジティブに働いているのか、或いはネガティブに囚われて
しまっているかになるのでは、と感じます。
たとえその時点でネガティブであったとしても、今の自分はあの時があったからこそ今の自分がある、そう思えるのならその瞬間にネガティブは
途端にポジティブに変わるのではと思います。
ネガティブの中にもポジティブを見出すこと、それが大事なのではと感じました。
また来年は自分の干支が一巡して戻ってきます。
それも一年の最後の方、11月ですけれどね;。
自分がこの歳まで生きてきて、こんなものなのかなぁと感じておるのか実のところですね。
もっと感慨深いものなのかしらと思っておりましたけれども;。
しかし、これからがまた新たなる始まりと言われました。
言われるように越えて参りたいと思います。
瀬織津比売からも同じような事を受け取りました。
穢れを拭い、新たな気持ちで進みなさい、これは祓えの神様ならではかと存じます。
一年(ひととせ)の穢れをこの日で落とし新しい一年を迎える、それがこの大晦日の大祓いなのだと思います。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/ec/777d253729ca9bc9d480b849d23cf48a.jpg)
今夜はその大祓いを行い、続いて新年のお祝詞を奏上させて頂きたいと思います。
皆様におかれましても、どうぞ良き年をお迎えになられますように。
この一年間、本当に有難うございました。
来たる年も何卒宜しくお願い申し上げます。