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2015年10月まで、右半身麻痺で車いす生活だった母を介護しながら、日々の出来事や思いを書き綴っていました。

在宅介護の様子や心の葛藤をできるだけ隠さず書いたつもりです。 もし参考にしていただける部分があればと思い、古い情報になる日記もそのままにしてありますのでお許しください。



オジーサン緊急入院 顛末記その2

2013-10-16 22:51:02 | 父、肺がんの経過

台風26号、たいへんな被害になってしまいましたね。
言葉もなく・・ ただ祈ります


さて続きですが、 結局オジーサンは今回は肺とは別に心臓のほうで、狭心症でも重症のものだったわけですが、
どうして最初の強い発作の時に内科クリニックで心電図が 「異常ナシ」 だったのか、
大学病院の先生によると、そういうことはよくあるんだそうです。 だから胸が痛いなら大きい病院へ行くほうがいいと… 普通の心電図よりも、感度のイイ心電図(?) てのがあって、それで見ると出てくる波形があるとか。
そして血液を調べれば、心臓の筋肉にダメージをきたしていることを示すタンパク質(?)てのが出ていればすぐに心筋梗塞の可能性があるとわかるそうです。 へ~ですね。

でも私もまるっきり予測しなかったわけではなく、
12~3年前の狭心症の時の痛みとどう違うのか、似てるのか、
とオジーサンに聞いていたのです。
でもオジーサン、「狭心症の痛みとはぜんぜん違う。 あんな転げ回るほどの痛みに比べたら今度のはぜんぜん軽い。」 と言うし、
吐き気はなく食欲もあるし痛みは胸だけで放散痛(胸以外に広がる痛み) もないようだし、やっぱり心臓じゃなさそうだな~と思ってしまったのです。
これについてもカテーテルをやってくれた先生によると、
高齢になると痛みを感じにくくなることもあり、だからいつのまにか重症化してしまうことがあるそうです。
どなたかにも参考になることがあれば幸いです。

うちのオジーサンは88才という超高齢者にしては体力がある人なので、糖尿病や痛風、高血圧など持病はありますがカテーテル治療ができるということもわかりました。
当日は血圧が上200前後と高いままなかなか下がらなくて心配してもらったみたいですが、
経過は良くて次の日に先生から 「急性期治療は終わりましたから明日、説明の後ひとまず退院でいいですよ」 と言われ、まったくなんて丈夫な人なんだろう…と呆れるくらいです。
近年、高齢者の体力が向上しているというニュースもあり、だんだんこれぐらい普通になっちゃうかもですね。


退院の日、先生との約束は11時でしたが、「もしも急な処置が必要な患者さんが入ってしまったら、申し訳ありませんがお待たせすることになるかもしれません」 と言われていたので
待つ覚悟で行ったらその通りになってしまいかなり待たされましたが、
たいへんコマメに看護師さんが 「先生から連絡入りました。 もう少しで終わるそうですよ」 「あと10分程で来られそうですよ」 などと何度も言いに来てくれて、
そもそも病棟の看護師さんの人数も多くて、対応も良かったそうです。
先生方も、一年前から今まで3つの科を回っていますが いまのところ対応がそっけないとか不満を感じることは一度もないです。 むしろ丁寧過ぎて恐縮するくらいで。
いつも母の付き添いで行く公立病院との違いに驚きです。

退院手続きも済んで家に帰ったのは3時でしたが、母のデイから帰宅までには充分間に合いました。
帰宅するとオジーサンは調子に乗ってすぐに発泡酒なんか飲んで、 次の日は食欲もなく寝込んで… まったく世話がやける人です


ところで先生からの話ですが、
経過説明を個室でパソコン画面を見ながら… は普通ですが、
カテーテル治療の執刀医 (ていうのかわかりませんが) の先生と、もう一人、外来で診断を下した先生もいました。
もちろん執刀医の先生が説明をして、… (それにしてもいきなりカテーテルをして そのまま冠動脈2本治療してしまう、しかも刺す場所が脚の付け根ではなく手首からなので身体への負担も比較的軽いという、この10年程でいかに技術が進歩したかにも驚きました。)

それで、今回治療した冠動脈は2本で、もう1本も詰まりかけている箇所があるけど、今回治療せずに残してあって、そこは治療した2本ほど緊急性はないけれど、
「でもなるべく早くやったほうがいいです。」
そこで初めてもう一人の先生が口を開いて 「いや、やらなきゃダメです!」
は… はい…?
「そう! やらなきゃダメです! そこで・・・ここからはご相談、というか、お願いなんですが…」 て、なんだか話の方向が変わってきて…

つまりカテーテル治療をもう1回やらなきゃならないんだけど、それを先生方の都合のいい時にやらせてくれないか、と。
つまり先生方は大学病院という性質上、最先端の機器と技術を広める役割もある。
大学内外から心臓カテーテルの権威と言われる先生が大勢集まる来月の研究会で、うちのオジーサンを実験台(とは言わないけど) にやらせてくれないか、 という話。

普通にやるのと違うのは、かなり賑やかなところでやる (ギャラリーが大勢いる)ことと、 最先端の機器を使うから、より身体の負担も軽くなるし安全。 かかる費用は普通と同じ。
「次の外来の日までに、ぜひ考えておいていただけませんか~」 って・・・
これ どう~~思います?

オジーサンは本音のところ、またすぐやるのはいやだ、もう少し先伸ばししたい。
私も、来月また入院て… 正直言ってかなりめんどくさい
これって絶対、本当は先伸ばしできる治療なんじゃないか、やらなくても大丈夫なんじゃないかって気がしますが…
その研究会のために残しておいてあるのは見え見え… 大学病院で治療する以上こういうことは当たり前なんですけどね。
オジーサンきっと断れずに言う通りにしちゃうんじゃないかと思います。  あぁめんどくさい
このごろは実家にいると母か父かどっちかの世話しかしてない気がして・・余裕がなくてまた嫌になっちゃってきてます。
姉が交代しに来るので休める日もあるからなんとかやってます。

たいへん長くなってしまいましたが、今回の緊急入院の話はこれでおしまいです。
読んでくださった方がいたらありがとうございました。




オジーサン緊急入院 顛末記その1

2013-10-11 23:26:50 | 父、肺がんの経過

はじめに… 今はすでに治療が一段落して退院してます。 入院は2泊3日でした。 大袈裟なタイトルでスミマセン。

「胸が痛い」 って ずっと言ってたんですよ。
2週間前に、朝食後しばらくして急に強い痛みがあって苦しそうになって、(前回書いた出来事ってこのことです) でも意識はしっかりしてるし歩くこともできるので、私の判断で近くのかかりつけ内科クリニックへ連れて行ったら (後で思えばこの時、救急車で大学病院へ行くべきだったそうです。 お医者さんはじめいろんな人に言われました)  すぐに心電図などとってくれたんですが 「どこも異常ないので筋肉痛でしょう」 と言われ、
痛み止めでよくなってきたので私は安心しちゃって

その後も市販のバファリンみたいの飲ませて 痛み良くなった?ヨカッタヨカッタ なんて言ってました いいかげんなムスメですよね
でもオジーサン自身は、「どうもやっぱり胸がおかしい。 肺のせいかもしれねえ」 と言って、定期的に行ってる大学病院の呼吸器科の先生を受診してみると、(これまたオジーサン1人で行かせたので)
先生が 「すぐに家族の人を呼んで循環器科を受診しなさい」 と言われて 仕方なく私が行き… 
この時点ですでに午後3時半だったので、 母がデイから帰って来るのを迎えるために姉に来てもらい…

私が病院へ行くと、すぐに循環器の先生から 「心筋梗塞をおこしかけてる可能性があるから緊急入院」 と言われ、
それからアレヨアレヨというまにオジーサンは検査着に着替えさせられ心電図やらいろ繋がれて
私は次々現れる医者やら看護師さんから説明受けたり同意書類に何枚もサインサインサイン、こんなにいっぺんにサインしたのも初めてかも

どんどんあわただしくなって 「緊急処置準備!」 「オーダー入れて!」  とかいろいろ緊迫した声が飛び交って…
つまり今すぐカテーテル術やるってこと いやいやあのー 困るんです~ 入院はいいけどカテーテルやるとなると私もこのまま夜までいなきゃならないのは困るんです。
と母がいることを話したんですが、
先生は 「しかし今夜一晩このままにしておくわけにはいかない状態です。 猶予はありません。 すでに危険な状態になっている可能性があります」 と

結局アレヨアレヨとカテーテルが始まってしまい
私はHCUの待合室に一人残され…
これじゃあ仕方ない、姉に無理させて夜まで母をみててもらうしかない・・

~~ カテーテルとは、手首や脚の付け根から細い管を心臓の冠動脈の病変部まで通して治療するものですが、オジーサンは12~3年前にも狭心症で別の病院でやったことがあります。
その時は冠動脈3本のうちの1本だったんですが、

今回は3本とも詰まりかけて心筋梗塞起こして一環の終わりになる寸前だった、 と先生は得意げに言うんですが…。

先生 「良かったですね~。 やっぱり緊急でやってヨカッタですね~。 もしも今日お帰りになってたらしんじゃってたかもしれませんね~」 って、

ホンマカイナ~ と私は失礼ながら半信半疑。
本当に緊急でやる必要あったんだろうか… 病院側の都合もあったんじゃ…

おかげで父がHCUに入るのを見届けて、必要書類を急いで殴り書きして私が母の元へ帰りついたのは夜8時半。
疲れた疲れた


今日はここまで・・・ また続きは後日書きますね



もう10月

2013-10-02 14:43:56 | 日常よもやま話

10月ですよ~~~  今年も残すところあと3ヶ月  どうしてこうも月日が経つのが早いのでしょう。
変化の早さに体がついていってませんよね。 皆様、体調など崩していませんでしょうか・・   私はそれなりに元気ですが

思えばうちのオジーサン、大学病院で肺がんらしきものが見つかってからちょうど1年。
その後 定期的に精密検査を受けてますが、 ・・私は今年に入ってからずっと一緒に行ってなかったんですよ
だって母の世話もしながらオジーサンの通院にも… は無理  一人の人の介護だって私は一人じゃできないもん。
でも次回は姉に母をたのんで一緒に行くつもりです。  先生も診察のたびに 「今日もムスメさん一緒じゃないの?」 って言われるそうで

とにかく1年経って オジーサン今もいちお元気ですけど、体調不良で数日間寝込む ということがホント多くなりました。
突然体調悪化されると焦るのなんの
もう90も近い年だし いつ何があってもおかしくないし、こんなに長生きしたんだからもういいデショ とか 元気な時には思うけど、やっぱり突然の体調悪化には焦ります。
どうすればいい?  救急車? それともかかりつけ医?  母はどうする?
いろんな判断を瞬時にしなきゃならない。
そしてやっぱり、心配でたまらなくなって胸がバクバクして、急に心細くなって、・・・

・・でもきっとこんなの序の口なんですよね。
これからまだまだいろんなことが起こるのですよね…

でも私は幸運なほう、 ってしみじみ感じます。  きょうだいがいるから。
オジーサンを急に病院へ連れて行く、 母も父を心配するあまりプルプル震える、 …不安にさせないように努力してるつもりなんですが空気は感じ取ってしまうのですね。 難しいですね
そんな時、電話一本で駆けつけてもらえる姉が、今病気ではなく いてくれることが不可欠になってきました。
姉が体調を崩していた去年だったら…と思うとゾッとします。
一人っ子だったり、きょうだいがいても事情があって頼れないというような友達が、今まで親御さんを介護したり見送る ということは、どんなに大変だったことだろう… と思いを馳せずにいられません。

なんか一年前にも同じようなこと書いてた気がしますが あらためて考えさせられる出来事もあったこのごろです。

あ、オジーサンは大丈夫みたいです 今は落ち着いてケロッとしてます。  ホント人騒がせな人です





  (これは母がデイで持ち帰ったフラワーアレンジ)