元BBCの音響技師が創設したPristine Classicalという配信サイトの復刻音源を、今月のレコード芸術が紹介している。その音質は「細部すべてが水晶のように透明で、かがやかしい光に包まれていて、かつて聴いたことのないほど雄弁」なんだと。
クラシック評論家のゴマスリはいまに始まったことじゃないが、ここまでホメちぎるのは珍しいよね。もっとも、記事の筆者自身の評言ではなく、イギリスの音楽誌に載ったお世辞の翻訳だけど。
ともあれ、歴史的録音の復刻サイトなら復刻録音で一番人気のマリア・カラスがないわきゃない、とアクセスしてみたら、シメシメ、ありましたよ6点も。で、さっそく1955年の『ノルマ』スカラ座ライヴをダウンロード。
ところが! なんだよこれ。まるっきりアルゼンチンDIVINA盤のパクりやんけ。
いや、“まるっきり”は言い過ぎで、開幕から15分間の欠損部分はDIVINAと違い、ガヴァッツェーニの頼りない演奏じゃなくセラフィンの雄渾きわまりない演奏で補ってある。2幕冒頭のアリアにかぶる酷いノイズも、きれいに消してある――というより、ノイズのない別の音源をはめ込んである。
しかしだね、こんなことはDIVINA盤のほかにイタリアのIDIS盤とパソコンと音楽編集ソフトがあれば、シロウトだってできるんだよ。現にオレ自身がやってら。
何より許せないのは、第1幕フィナーレのトリオと終幕の二重唱でDIVINA盤の欠点をそっくり引き継いでいることだ。このパッセージで、カラスはまるで断末魔の老婆の絶叫のようにギスギス痩せた金切り声を張り上げているが、それはLPバージョン(米Limited Editions盤)の彼女とはまるで別の歌である。LPのカラスの声は温かくまろやかに、余裕でうたってんだよね。
DIVINAやEMIに限らず、復刻CDは大体においてノイズ削りすぎの嫌いがあって、これがカラスといわずあらゆる人間の歌声をダメにする。NoNoiseだのCeDarだのといったノイズ・リダクション・システムに音楽を通すと、決まって音楽の微妙なニュアンスが失われてしまうのだ。
こういうノイズ削減プログラムはノイズの波形を記憶しておいて、音楽信号の中から該当の波形をカットするのだが、人声や弦のように複雑な微細信号を大量に含むデータからノイズ波形だけを正確に識別して打ち消すなんて、土台ムリな話じゃね?
どんなプログラムもコンピューターも、人間の耳ほど敏感じゃない。だから音楽信号をノイズ・リダクションに掛けると、骨粗鬆症で骨からカルシウムが溶け出すみたいに音楽からコクと味わいが抜け落ちていく。
Pristineのサイトは、古い録音に劇的な新生命を吹き込んだだの、カラスの声に前例のない透明感と魅惑が加わっただのと、大層な自画自賛の弁を綴ってあるが、こんな他人のフンドシ商品をアップしといて、よく言うよ。いやしくも音響技師が最高の音質を目指すんなら、できるだけオリジナルに近い音源から音を起こすべきだろが。安直に既存のCDなんか元ネタにすんなよ。
クラシック評論家のゴマスリはいまに始まったことじゃないが、ここまでホメちぎるのは珍しいよね。もっとも、記事の筆者自身の評言ではなく、イギリスの音楽誌に載ったお世辞の翻訳だけど。
ともあれ、歴史的録音の復刻サイトなら復刻録音で一番人気のマリア・カラスがないわきゃない、とアクセスしてみたら、シメシメ、ありましたよ6点も。で、さっそく1955年の『ノルマ』スカラ座ライヴをダウンロード。
ところが! なんだよこれ。まるっきりアルゼンチンDIVINA盤のパクりやんけ。
いや、“まるっきり”は言い過ぎで、開幕から15分間の欠損部分はDIVINAと違い、ガヴァッツェーニの頼りない演奏じゃなくセラフィンの雄渾きわまりない演奏で補ってある。2幕冒頭のアリアにかぶる酷いノイズも、きれいに消してある――というより、ノイズのない別の音源をはめ込んである。
しかしだね、こんなことはDIVINA盤のほかにイタリアのIDIS盤とパソコンと音楽編集ソフトがあれば、シロウトだってできるんだよ。現にオレ自身がやってら。
何より許せないのは、第1幕フィナーレのトリオと終幕の二重唱でDIVINA盤の欠点をそっくり引き継いでいることだ。このパッセージで、カラスはまるで断末魔の老婆の絶叫のようにギスギス痩せた金切り声を張り上げているが、それはLPバージョン(米Limited Editions盤)の彼女とはまるで別の歌である。LPのカラスの声は温かくまろやかに、余裕でうたってんだよね。
DIVINAやEMIに限らず、復刻CDは大体においてノイズ削りすぎの嫌いがあって、これがカラスといわずあらゆる人間の歌声をダメにする。NoNoiseだのCeDarだのといったノイズ・リダクション・システムに音楽を通すと、決まって音楽の微妙なニュアンスが失われてしまうのだ。
こういうノイズ削減プログラムはノイズの波形を記憶しておいて、音楽信号の中から該当の波形をカットするのだが、人声や弦のように複雑な微細信号を大量に含むデータからノイズ波形だけを正確に識別して打ち消すなんて、土台ムリな話じゃね?
どんなプログラムもコンピューターも、人間の耳ほど敏感じゃない。だから音楽信号をノイズ・リダクションに掛けると、骨粗鬆症で骨からカルシウムが溶け出すみたいに音楽からコクと味わいが抜け落ちていく。
Pristineのサイトは、古い録音に劇的な新生命を吹き込んだだの、カラスの声に前例のない透明感と魅惑が加わっただのと、大層な自画自賛の弁を綴ってあるが、こんな他人のフンドシ商品をアップしといて、よく言うよ。いやしくも音響技師が最高の音質を目指すんなら、できるだけオリジナルに近い音源から音を起こすべきだろが。安直に既存のCDなんか元ネタにすんなよ。