蒲田耕二の発言

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無欲

2010-09-10 | アート
オレは人並み以上の美術マニアじゃないから、ハーブ&ドロシーのヴォーゲル夫妻のことは、この映画を観るまで知らなかった。しかし画壇では、コレクターとして世界的に有名な夫婦だそうだ。


普通、美術品蒐集というとカネの遣い道に困った大金持ちが税金対策にやるもんだが、驚いたことにヴォーゲル夫妻は元郵便局員と図書館司書の慎ましくも平凡な老夫婦なのである。二人の住まいは、日本の平均的アパートに照らしても広くない1DKの賃貸だ。


当然ながら、収入も格別多いわけではない。生活費には妻の収入を充て、夫の収入をすべて美術品購入に注ぎ込んだ。少ない収入でも蒐集できたのは、夫妻に審美眼があったからだ。のちに画壇の売れっ子になるアーティストを彼らの無名時代に人に先んじて見出し、作品の値段が高騰する前に買い取ってきたのだ。


こうして数十年にわたりコツコツ買い込んだ結果、蒐集した絵画は2000点を超える。ロバート・マンゴールド、ソル・ルーイット、河原温など、現代アートの逸品ぞろいである。


さらに驚くべきことには、膨大なコレクションを夫婦はすべて自宅の狭いアパートに詰め込んで保管してきた。壁面も床もベッドの下も美術品に埋め尽くされ、足の踏み場もないほどだ。中には数百万ドルの値がついている作品もあるから1~2点売ればたちまち億万長者なのだが、二人は絶対にカネに換えようとはしなかった。


無論、美術評論家として名を揚げよう、なんてさもしい魂胆もない。ただひたすら絵が好きで買い集めた、それだけなのである。動機に濁りがない。


だからこそアーティストたちも破格の値段で夫妻に作品を売り、画商たちも不承不承、夫婦が彼らから直接買うことを黙認せざるを得なかったのだろう。夫婦とアーティストは人間的な信頼で結ばれている。


アメリカのサクセス・ストーリーって、大半がカネ儲けの賛歌である(たとえば、映画『エリン・ブロコビッチ』)。しかしNY在住の日本人女性がヴォーゲル夫妻の人生に迫ったこのドキュメンタリーは、現代社会の一種の奇跡、とでも呼びたいほど清らかな魂の存在を教えてくれる。観たあと、こっちの心も豊かになった気がした。

http://www.herbanddorothy.com/jp/

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