承前です。
『フィッターXの異常な愛情』はランジェリーショップを舞台にした小説です。
そのなかで、女装クラブでランジェリーの展示即売会を行う章があります。
提案者は広告代理店に勤める32歳の國枝颯子。
クライアントの社長が、ランジェリーショップと同じビルにある女装サロン「髭女将」の会員であることを知り、そして女装姿をみます。そして彼女はその醜悪なブラのラインに気づいてしまったのです。
「いま思いついたんだけど、『女装サロン 髭女将』の客をここの店のお客さんにしちゃうのはどう? せっかくご近所さんなんだし、出版ランジェリーレッスンとかやって交流したら? どう? いいアイデアじゃない?」
「当店は女性のお客さまに向けたお店です。女性を幸福にするために存在しています。 男性用の下着は扱っておりません」
「そんなにかたいこと言わないでよ。 ファストファッションが充実してて下着も安くてそこそこのやつがいっぱい売られている昨今、 高級ランジェリーを買ってくれるなんて限られているでしょ。積極的に新しい顧客を開拓していかなきゃ。 その点、あそこの客は社会的地位が高い富裕層が多いから、まさにうってつけじゃない! たんまりお金を落としてくれるはず」 われながら冴えたアイデアだ。しかし興奮ぎみに語っても、 伊佐治は渋い顔をして首を左右に振るばかりだった。
「あらゆる衣服のなかで、女と男物の差がいちばん大きいのはなんだと思う?」
颯子は少しアブローチを変えて説得を試みる。
「それはやはり下着でしょうね」
「そのとおり! シャツやジャケットは女物でも基本的な構造は似ているし、同じ素材のものもあるけど、下着は男女でデザインも素材もぜんぜん違う。 男のひとって、女性の下着に使われているサテンのすべすべが好きだったりするじゃない。 サテンとかフォンとか普段縁がないない手触りだから、特別な感じがするのかも。ほら、脱がせる前にショーツの上からさんざんこすったりするでしょう。 手触りを愉しむみたいに。...ま、その手のことはここ数年ごぶさたですけど」
ケホン、と伊佐治がわざとらしい咳払いをした。
「とにかく、女装の神髄はランジェリーにあると思う。 女装に憧れを抱いているひとが生まれてはじめて女物の下着を身につける瞬間、涙がこぼれそうになるほど胸が震えるはずよ。それなのにあそこの客ときたら!」。
大狼社長の背に透けていた安物のブラを思い出し、颯子は声を荒らげる。 車につかう金はいくらでもあるのに、あんなブラをつけているとは。
「しかし.」と伊佐治はまだつれない反応だ。
「やってみましょうよ。面白そうじゃない」
いつのまにか背後に立っていた店長が、声と胸を弾ませて言った。
「アタシがあそこのママに話をしてみるわ。もう顔馴染みなんだし」
「店長がそう言うなら、やってみましょう」
伊佐治はシャープな目もとをゆるませて苦く笑った。
それから数日で、 出張ランジェリーレッスンの話はトントン拍子に進行した。
『フィッターXの異常な愛情』はランジェリーショップを舞台にした小説です。
そのなかで、女装クラブでランジェリーの展示即売会を行う章があります。
提案者は広告代理店に勤める32歳の國枝颯子。
クライアントの社長が、ランジェリーショップと同じビルにある女装サロン「髭女将」の会員であることを知り、そして女装姿をみます。そして彼女はその醜悪なブラのラインに気づいてしまったのです。
「いま思いついたんだけど、『女装サロン 髭女将』の客をここの店のお客さんにしちゃうのはどう? せっかくご近所さんなんだし、出版ランジェリーレッスンとかやって交流したら? どう? いいアイデアじゃない?」
「当店は女性のお客さまに向けたお店です。女性を幸福にするために存在しています。 男性用の下着は扱っておりません」
「そんなにかたいこと言わないでよ。 ファストファッションが充実してて下着も安くてそこそこのやつがいっぱい売られている昨今、 高級ランジェリーを買ってくれるなんて限られているでしょ。積極的に新しい顧客を開拓していかなきゃ。 その点、あそこの客は社会的地位が高い富裕層が多いから、まさにうってつけじゃない! たんまりお金を落としてくれるはず」 われながら冴えたアイデアだ。しかし興奮ぎみに語っても、 伊佐治は渋い顔をして首を左右に振るばかりだった。
「あらゆる衣服のなかで、女と男物の差がいちばん大きいのはなんだと思う?」
颯子は少しアブローチを変えて説得を試みる。
「それはやはり下着でしょうね」
「そのとおり! シャツやジャケットは女物でも基本的な構造は似ているし、同じ素材のものもあるけど、下着は男女でデザインも素材もぜんぜん違う。 男のひとって、女性の下着に使われているサテンのすべすべが好きだったりするじゃない。 サテンとかフォンとか普段縁がないない手触りだから、特別な感じがするのかも。ほら、脱がせる前にショーツの上からさんざんこすったりするでしょう。 手触りを愉しむみたいに。...ま、その手のことはここ数年ごぶさたですけど」
ケホン、と伊佐治がわざとらしい咳払いをした。
「とにかく、女装の神髄はランジェリーにあると思う。 女装に憧れを抱いているひとが生まれてはじめて女物の下着を身につける瞬間、涙がこぼれそうになるほど胸が震えるはずよ。それなのにあそこの客ときたら!」。
大狼社長の背に透けていた安物のブラを思い出し、颯子は声を荒らげる。 車につかう金はいくらでもあるのに、あんなブラをつけているとは。
「しかし.」と伊佐治はまだつれない反応だ。
「やってみましょうよ。面白そうじゃない」
いつのまにか背後に立っていた店長が、声と胸を弾ませて言った。
「アタシがあそこのママに話をしてみるわ。もう顔馴染みなんだし」
「店長がそう言うなら、やってみましょう」
伊佐治はシャープな目もとをゆるませて苦く笑った。
それから数日で、 出張ランジェリーレッスンの話はトントン拍子に進行した。