第三章 小鹿との出会い
次の日、少しこの地の雰囲気に落ち着きを取り戻し、散歩の途中で会社に帰るか死を選ぶかを真剣に考え始めた。
「私はこれまで自分を顧みないで頑張ったわ。
もちろん、時々愚痴はこぼしていたけれど、仕事一筋に頑張ったのよ。
青春を会社に捧げてきたのよ。
一緒に入社した令子もユリも会社を去って行ったけれど、私だけは頑張ったのよ。
そうよ、私のミスで会社に大きな損失を生じさせてしまったけれど、忙しすぎたのよ。
言い訳にしたくないけれど、毎日忙しく疲れていたのよ。
そうよ、私が悪いのではなく、会社も悪くないのよ。
そういう時代なのよ。」
治子は昨日も来た小高い山の中腹で眼下の街並みを眺めながら、今日も決心がつかないでいた。しかし、この場所は治子の気持ちが安らぐところで、昨日もここで半日過ごしていた。今もこの場所で費やしている時間も、頭の中の整理も、昨日となんら変わりが無かった。
治子が予定も無く宿泊し始めてから三日目に、セミが鳴いている近くの丘を散策していた時にパーン、パーンと音がしたので近くへ行ってみると猟師が鹿を仕留めていた。
「最近は鹿が増えて畑の野菜や森の木の芽が被害を受けているので、頭数を減すようにしているんだよ。」
治子は可哀相に思ったが、人間と鹿との共存には仕方無いと納得させられた。
そして、温泉宿に帰っている時に道のすぐ近くの笹藪で何か動いているのに気が付いた。近付いてみると頭から血を流している小鹿で、先ほどの猟師によって母親と死に別れて逃げてきていたのである。
治子は可哀相に思い温泉宿へ抱いて連れて帰ろうとしたが、小鹿はおびえて暴れるので抑えきれないでいると、
「私が連れて行ってあげましょう。」
と言って年配の男性が現れて小鹿を抱きかかえて旅館に連れて帰ってくれた。
「おかあさん、この子がかわいそうだから私が旅館で介抱をしてやりたいの。」
とお願いをしたところ、
「母親が猟師に射殺されて小鹿だけが残ることがよくあるのよ。」
と教えてくれて、快く引き受けてくれたので治子は安心した。
よく見ると小鹿の傷は弾がかすっただけなので消毒をするだけで大丈夫な様子であり、そのまま温泉宿で治子が面倒をみることにした。
治子は小鹿に対して
「生きて、生きて、私が見守ってあげるから、絶対生きて。」
と言い続けて小鹿の母親代わりとなって一生懸命に面倒をみてやったので、最初はビクビクしていた小鹿も、何日かすると治子の手からエサを食べるようになって、治子を本当の母親のように甘えるようになっていった。
治子は小鹿の死の危機からの脱出と、自分の死への願望とで、自分の心の不思議な対立が感じられた。
宿のおかみさんも、治子の献身的に面倒を看ている姿から、彼女の人柄に安心感を持ち始めたのだった。
治子が初めて旅館に来たときは若い女性が一人で予約も無く宿泊に来たので、今まで不審がられても仕方が無かった。
次の日、少しこの地の雰囲気に落ち着きを取り戻し、散歩の途中で会社に帰るか死を選ぶかを真剣に考え始めた。
「私はこれまで自分を顧みないで頑張ったわ。
もちろん、時々愚痴はこぼしていたけれど、仕事一筋に頑張ったのよ。
青春を会社に捧げてきたのよ。
一緒に入社した令子もユリも会社を去って行ったけれど、私だけは頑張ったのよ。
そうよ、私のミスで会社に大きな損失を生じさせてしまったけれど、忙しすぎたのよ。
言い訳にしたくないけれど、毎日忙しく疲れていたのよ。
そうよ、私が悪いのではなく、会社も悪くないのよ。
そういう時代なのよ。」
治子は昨日も来た小高い山の中腹で眼下の街並みを眺めながら、今日も決心がつかないでいた。しかし、この場所は治子の気持ちが安らぐところで、昨日もここで半日過ごしていた。今もこの場所で費やしている時間も、頭の中の整理も、昨日となんら変わりが無かった。
治子が予定も無く宿泊し始めてから三日目に、セミが鳴いている近くの丘を散策していた時にパーン、パーンと音がしたので近くへ行ってみると猟師が鹿を仕留めていた。
「最近は鹿が増えて畑の野菜や森の木の芽が被害を受けているので、頭数を減すようにしているんだよ。」
治子は可哀相に思ったが、人間と鹿との共存には仕方無いと納得させられた。
そして、温泉宿に帰っている時に道のすぐ近くの笹藪で何か動いているのに気が付いた。近付いてみると頭から血を流している小鹿で、先ほどの猟師によって母親と死に別れて逃げてきていたのである。
治子は可哀相に思い温泉宿へ抱いて連れて帰ろうとしたが、小鹿はおびえて暴れるので抑えきれないでいると、
「私が連れて行ってあげましょう。」
と言って年配の男性が現れて小鹿を抱きかかえて旅館に連れて帰ってくれた。
「おかあさん、この子がかわいそうだから私が旅館で介抱をしてやりたいの。」
とお願いをしたところ、
「母親が猟師に射殺されて小鹿だけが残ることがよくあるのよ。」
と教えてくれて、快く引き受けてくれたので治子は安心した。
よく見ると小鹿の傷は弾がかすっただけなので消毒をするだけで大丈夫な様子であり、そのまま温泉宿で治子が面倒をみることにした。
治子は小鹿に対して
「生きて、生きて、私が見守ってあげるから、絶対生きて。」
と言い続けて小鹿の母親代わりとなって一生懸命に面倒をみてやったので、最初はビクビクしていた小鹿も、何日かすると治子の手からエサを食べるようになって、治子を本当の母親のように甘えるようになっていった。
治子は小鹿の死の危機からの脱出と、自分の死への願望とで、自分の心の不思議な対立が感じられた。
宿のおかみさんも、治子の献身的に面倒を看ている姿から、彼女の人柄に安心感を持ち始めたのだった。
治子が初めて旅館に来たときは若い女性が一人で予約も無く宿泊に来たので、今まで不審がられても仕方が無かった。
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