中国は膨大な金額になって持っている米国債を売って、それを金(ゴールド)の現物に換えて来ている。
国内の景気は世界の国々とおなじで悪いから、仕方が無いんだということで売り続けている。
ドル高になり、アメリカの金利が上がっても、金(ゴールド)も上がっている現状はその中国の大きな動きが原因になっている。
中国だけではなく、BRICS諸国はみな同じ動きを取り始めている。
そりゃ~金(ゴールド)は上がってゆくに決まっているし、軽快な銀(シルバー)は金銀比価60に向かってもっと上がってゆくかな。
日本も膨大な米国債を買わされているが、売りたいと呟いた政府関係者はことごとく消されたか冤罪やスキャンダルに巻き込まれて失脚させられて来た。
国家として持っている金(ゴールド)も、スズメの涙ほどでストップかけられている。
親分アメリカ・ドルを守る為に、だ。
メディア洗脳の土台になっているのが幼児教育や義務教育だから、メディア奴隷を作り上げてるのはこの国の教育そのものだという事実を知れば、俺のまわりにいる利口な自営業者はみな今の社会では若い時分から落ちこぼれのドロップアウトしたツワモノばかりなのも当たり前のことだろう。
落ちこぼれだとかドロップアウトだとかは猿の衆の表現であって、俺なんかは自由自在の悠々自適だとガキの頃から想って笑って居る。
国民への洗脳構造はすでに2重3重と念入りに仕上げられているから、それを解くのは難しいだろうから、外圧によって木っ端微塵になるのを待つしかない。
完全に社会は二分化三分化してしまっておって、水と油のように混ざり合うことは無くなってしまっている。
自営の仕事ではそのメディア洗脳を利用してやれば儲かるだけの話で、仕事を離れた時間の大半はメディア奴隷らとは会話も付き合いも興味すら持てない。
古い付き合いを深くしていってるのは、残念ながら偏差値社会から早くに突き抜けた連中ばかりになっている。
あらゆる業界で、おなじように孤立無援でドロップアウトした叩き上げばかりが、長く続けている自営の関わり合いの中で濃い時間を共有するようになっている。
まっとうに、ナニにも拠らずに、堂々と、逃げ隠れもせずに大笑いして生きて居ると、それが非常識で過去にいなかった変人であっても、何十年も続けていると信用になる。
・・・あいつはそういう男だ・・・人間の関わり合いで一番に大事な信用はお勉強や知識で身につくものではなく、金では買えず、個性豊かな毎日の積み重ねと常識や良識に捉われない日々の濃密な関わり合いの積み重ねでしか得られず、そうなるのが解っていたからこう生きて来た。
自由自在に、自分の好きなように、後悔だけは絶対にしないように、笑い転げて生きて来たが、どん底・不景気・孤立無援に四面楚歌は何度も味わって、それでも他人や社会の為にと笑っている。
こういうとんでもない人間のところには、門戸開け放っておっても悪知恵・下心のある馬や鹿は近づかなくなって、真面目な人すら近づかなくなる。
ニセモノはすぐに炙り出される、笑っているうちに溶けてしまってる感じ。
どんな大企業の名前であっても、どんな政治家の名前が出て来ようとも、どんな裏社会のオヤジの名前が出て来ようとも、どんな有名・著名人がついていようとも、まったく通用しない爺ィの前では、煽りや脅しや嘘や作り話は即座に化けの皮が剥がれてしまう。
お前らよりも、俺の方がそ奴らとは仲がエエわな! そ奴らから逆にお前さんは締め上げられて痛い目に遭うで!? という立場なのが長くやってる自営の周旋屋だ。
堂々と、怖いモノ無しに生きて行ける人間は、それなりの生の経験を積み上げているさ。
偉そうに抜かしているメディア洗脳なんざ粉々にしてやれば、愕然として生きる気力すら失ってしまうウサギちゃん。
そこから自分自身の独自の生を生きて行くべきだが、呆然自失、俺に寄り掛かってくるようでは、あんた人間の社会では通用しない。
高級なホームの話は、銀座や青山で永く周旋屋を続けているとアチコチで生の声を聴く。
入居時に1億円、毎月40万円の費用がかかるとか、たくさんあるが皆さん現地視察を終えて戻って来ると・・・冗談じゃ~ない!・・・と怒っておられる。
なんでもそうだが、付加価値と言う劣悪な拘束がついていると自由など失ってしまう。
どういう馬鹿が喜んで入居してるのか? 結局は俺が紹介する公共のケアや在宅医療によって今の住まいにいる方が幸せだと、皆さん仰っている。
知識が無い、知らない、だから騙された・・・は、人間の日常では通用しないんだがね。
死後の世界など、無意味なもんさ。
産まれて、死ぬ、その中ですべては創造され、それ以外には私の存在は無い。
死後の世界に意味を持たせるのは、抑圧されて我慢と辛抱に苦痛を味わう人たちに逃げ場を用意するという卑怯なやり口でしかなく、それを習慣づけさせているのは管理する側の都合だけだ。
墓を豪勢に飾り、墓地も高額な名所に置く、これは生きて居る時に後悔なく生きてなかった連中の負け惜しみ。
俺は無縁仏や合同墓で充分だと思って生きて来て、その通りにすでに名を刻んでいる。
海や山に散骨してもらうのが理想だったが、下らない法律にオツムを使うことが馬鹿馬鹿しいから止めといた。
後悔なく生きて来た。
だから死ねばすべてが終わるだけ。
こういう心持ちになるには、相当な生の時間を創造し、そこで自由自在に過ごし、笑い転げて生きていなければ難しいだろう。
下らない社会の習慣や、意味も無い怖れや崇拝や、神や仏を言うものならば自分が神や仏を越えてみせる。
そんな感じだ。
子供をアチコチで自分の手でキチンと育てあげて来てると、みな積極的に独自に考えて生きて行くことに熱心になっているが、若いということは経験が無いということだから、何度も壁にぶち当たって七転八倒する。
俺自身30歳代の半ばでやっと独立自営したが、そのくらいまでは見境なく泥だらけ血だらけになるべきだ。
そういう経験は遺伝子の中には無いから、みなそれぞれが自分なりに今の時代を考えて、世界の動きも見据えて、自分の生涯というキャンパスに自分で描いて行くしかない。
手助けはできず、ダメならば寿命、そういうことになる。
なかなかどいつもこいつも強い肉体と強い気持ちだけは遺伝しているから、見ていて愉しい笑いばかりが湧いて来る。
エエんじゃないか、そうやって好き放題に自由自在に生きて行けばエエのんさ。
小さな一つだけの家庭ですらバラバラで、仮面夫婦を続けて子育て介護も金を払って他人頼み、そういう愚かな猿の巣が氾濫している現代社会では、ナニも怖れるものなどないがな。
堂々と、自分を主張して、他も巻き込んで、笑って生きて行けばエエ。
そういう奴はトコトン応援してやるわいな。