オストメイトで山賊と海賊・・・銀座のコテコテ周旋屋のよもやま話

去年は100の山を愛し、今年は108の山に恋をする。
夏は太平洋の大波で泳ぎ続け、日本の自然を愛して66年。

先進国と自惚れてた猿芝居の終演

2024-10-25 11:12:27 | 地球と生きる

 

 

 多摩川の方に出掛けていた。

 そんな場所でも中古のマンションは高騰している。

 1億や2億円くらいの金を手にして喜んで勘違いしている日本人とは違って、10億・100億円という桁の資産を持っている中国人や台湾人たちが、何百万人という勢いで島国日本を老後のユートピアとして考えている訳だから、どうせ西洋人に奪われるのなら同じ東洋人に買ってもらう方が良いだろう。

 いまや東・南アジアでは一番に貧しい国家に落ちぶれ果てている日本は、メディア奴隷として内向きな自画自賛ばかりをしているうちに、こんなに貧しい国家に成り果てた。

 不動産バブルの前には、エコノミック・アニマルと言われて東南アジアで猛威をふるっていた猿の島国の民は、なんの反省も無い。

 日本人同士で百万・千万の争いをしているうちに、何十億・何百億円という資産を抱えた外国人らが大挙してやってくる。

 土地も企業もすべてを買って頂く、貸して頂いて、働かせて頂いて、可愛がって頂く、メディア奴隷はそんな方向へと煽動されて向かっている。

 理想的な、従順なオモテナシの国になってる。

 愚かな猿の集まりなんだから、もうどうしようもないだろう。

 自分の目先のことすら解ってないのに、愛する人がどうとか、子供や親がどうとか、よくもま~阿呆面さげてほざいていることだ。

 足元が燃えているのに、美味しいアイスを食べたいと夢見ている。

 コロナワクチンは人口削減が一番の目的だったから、島国では特に熱心に念入りに何度もうたされていた。

 不妊にもなるし、免疫異常からいろんな難病・奇病も多くなるし、皆さんが憧れて拍手をしている連中に、弱ったところで喰われる訳だ。

 神に祈って、仏に手を合わせたところで、な~んの意味も無い。

 日本人に子供が産まれないのなら、外国人を受け入れるしか方法は無いという口実。

 そうやってこの島国は玩具になって行くのさ。

 もっと残酷で、もっと冷酷で、もっと肉食な時代になっていることを自覚すべきだが、残念ながらこの島国では大正浪漫、昭和の感傷で心を震わせて喜んでいるさ。

 自業自得の、笑い話でしかなくなっている。

 一気にすべての価値観を変えてしまうしか方法などないのに、協調して、穏便に、波風立てずに、粛々と・・・なんてやってるからナニも変わらないのだ。

 俺は自分の家のことを、自営の会社のことを、独断即決で遠慮などナニもせずに一気に好き放題に乱暴狼藉・些細丁寧に片付けてやって来たから上手く行ってる。

 信用と人脈だけ作り上げておけば、弱い者らは手も足も出やせんのだよ。

 新しいモノが出来上がってしまえば、あとはナニを言われようが関係ない。

 強い個性だけが生き残る。

 これは獣の世界では当たり前のことだ。

 

 ドル建て金(ゴールド)は1週間連騰でしかも円建てでも毎日グラム100円を超えるような上げが続いていたが、ここで短期の売りが入り50ドルくらいの健康的な下げで一服したが、すぐに買い戻されつつある。

 しかも円安が153円台にまで進んだので、日本人の円建て金(ゴールド)は下げも微々たるものだった。

 どうせもっと遥か上を目指すので、短期も売れないね。

 ロシアや中国というBRICS諸国の取引では、もっと高い値で取引されている。

 米・英・西側先進国の詐欺にも等しい資源原産国からの安い調達価格設定は、もう過去の話になってる。

 資源大国が束になってるBRICSは、公平で平等で誰にも納得できる取引を目指している訳で、じきにすべてはそれに従うしかなくなるのさ。

 メディアの封印によって目には見えない地獄の底で、人類最古の価値でもある金(ゴールド)を巡っての最後の戦いが始まっている。

 ゼニカネには興味を失った獣らが、支配というゲームを始めてしまったね。

 長く続いた米・英・西側変態先進国群が自惚れて続けて来た奴隷・植民地支配が、終わりを告げる。

 世界の価値の大転換という、勝負はすでについている戦いは、世界にはっきりと知らしめる為にと大袈裟に進められて行く。

 先進国だと自惚れている可哀相で痛すぎる嘘は、我が国の内部からも露出する。

 

 新聞やテレビやネットの報道で流れて来る情報だけで、ナニかを選択する、すでに目の前に提示されている選択肢すべてには色付けは終わり、誘導するシナリオ通りに皆さんは与えられた多様性という選択肢を眺めているが、どれを選んでもゴールは一ヶ所に集められている。

 メディア奴隷の愚かさは、昭和の時代からそんな間抜けな猿の日常を続けて疑問すら感じないところで、与えられてる選択肢はすべて猿をコントロールするために用意された罠ばかりで、そこには本来の自由な多様性などナニも無い。

 豚舎の中の論理、豚舎の中のセオリー、豚舎の中の取り決め事で、豚舎の中の道徳観。

 ガキの時分から教育に染まらなかった幸せな俺は、自由自在に愉しく笑っている。

 みみっち~世の中社会の日常は、AIロボッのト管理下で、与えられるコンビニな幸せを選ぶ日常と化している。

 大きな再生には、大きな破壊が必要になるが、大きな戦争並みのダメージを与えるには現代ではナニをするのか??

 軍事利用の核や経済制裁よりも、金(ゴールド)という人類最古の価値・輝きを使うのさ。

 あなたがた一人一人が気がつかなければ、子や孫の未来は先に終わってしまうぜよ。

 

 墓参りとは、亡くなった者の屍・遺った骨が埋められている場所を訪れることを言う。

 仏壇とは、その亡くなった者の想い出を日常に忘れないようにするために、家の中にいつまでも拝み語りかける場所として設けている。

 これに宗教的な意味合いをイロイロと付けては、金儲けの儀式が幾らでもある。

 死んだ場所のことを終焉の地と呼ぶが、屍や骨が埋められている場所のことを墓地と呼び、墓であれば墓標の下に骨の入った骨壺を埋めて、死んでも他者との線引きをする。

 無から生まれて来たものならば、無に帰するのが条理。

 父親と母親の遺伝子を持って生まれて来たものでも、無からの誕生と、無への帰還だ。

 俺は死んだら骨壺は遠慮して、地球の土に還してもらうことになっている。

 終焉の地も無く、いつまでも陰湿な骨壺に入れられて頑なに埋められるのは御免蒙る。

 地球が産まれ故郷ならば、地球に還るのが筋。

 戒名もいらず、本名を記して、いずれナニも無かったと消えてしまえばそれで充分。

 現世に後悔や後ろめたさや自戒に反省ばかりの欲ボケ野郎に限って、自分の死後のことを考え、飾ろう!遺そう!とする。

 子や孫にも墓守をさせるように教育し、形だけの家を守ろうと躍起になってる。

 下等の猿のやることだろう。

 俺はいまでも十二分に生きて来たと満足しているし、後悔なぞナニも無い。

 肉体はボロボロになるまで生きたし、心も空そのもの、ナニも無くなっている。

 笑うことしかなくなってる。

 ざま~みろ!! だな。

 

 



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