庭先の四季

庭先や近隣の四季の変化や歳時記、自然観察、動植物等を中心に
綴ります。

「年暮る」と「数え日」

2016-12-27 10:38:53 | 日記・エッセイ・コラム

今年も残すところあとわずかとなりました、街は歳末大売出しで賑わい、
何かとあわただしくなってきました。

12月も押し詰まって、いよいよ今年も終わりが近づいた頃を「年暮る」と
いいます。 

どの家庭でも、大掃除や新年を迎える準備に追われる頃ですね。。

この頃の事を「数え日」と言います、去りゆく年を惜しむ思いと、新しい年
への期待をこもごも感じさせる言葉です。

子供の頃は日数を数えて楽しみに待っていたものですが・・・
歳を重ねた今となっては、また一つ歳をとるのかと思うと・・・

なんだかなぁ~ という気分。。。

冬空に咲く山茶花。

ユリオプス・デージー 。

たわわに実る万両の実。
 

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(再掲)人間をダメにした三つのクラの話

2016-12-26 10:03:58 | 日記・エッセイ・コラム

この記事は2年前にも書いたブログ記事ですが・・・
新しい読者の方も増えたので、加筆修正して再掲したいと思います。

お金や物を必要以上に所有することに対して、色々と考えさせられる
良い話だと思います。 

作家でエッセイストの、阿川佐和子さんの対談本に書いてあった話ですが、
人間をダメにしたのは、冷蔵庫と金庫と倉庫の三つのクラである」と
言う
話が、印象深く残ったので書いてみたい。

1、冷蔵庫ができてモノが保存できるようになり、
2、倉庫ができて大量のモノをとって置くことができるようになり、
3、金庫ができてお金をストックできるようになった、
  この三つが人間をどんどん欲張りにしてダメにした。


冷蔵庫がなければ食品は腐ってしまうので、今日食べるものしか手に入れ
ない、
魚を根こそぎ獲ってしまったら、来年困るから今必要な分だけにして
おこう、と言う考
え方を捨ててしまった。

保存方法と流通が発達したおかげで、モノはどこからでも運ばれてきて無限
あると思い込んだ結果、モノには限りがあることを忘れてしまった。

グローバル化で地球の端にあるものまで手に入れられるようになり、欲望を
発達さ
せ、それが幸せと言うものだと勘違いしてしまった・・・

ホームレスの人が寝ていると、
金持ちが「君、そんなところでごろごろ寝てな
いで働きなさい」と言うと、
ホームレス、「なぜ働かなきゃいけない?」
金持ち、「働けば金
が入る」
ホームレス、「なぜ金を儲けなきゃいけないんだ?」

金持ち、「金が入れば家や服が買える」
ホームレス、「なぜ家や服を買わなきゃいけないんだ?」
金持ち、「ゆったりとした家の中に座って
ゆったりと本が読める、
    ゆったりとした時間が使える、色々なことが考えられ
る」

そうしたらホームレスは、「もうゆったりしているから、今のままでいい!
と言ったというジョーク話があるが、本当は人生に余分なお金や荷物なんか
いらないのでは?と色々と考えさせられる話である。。

ちょうど年末の大掃除の季節、この際いらない不要品は思い切って断捨離して、
スッキリとした気分で、新しい年を迎えたいものだと思う。。

隣の森に住むタヌキ君、自然界の動物達は余計なものを貯め込んだりしない・・・

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冬の夜。。囲炉裏端

2016-12-25 10:33:58 | 日記・エッセイ・コラム

今年も残すところわずかとなり、何かとあわただしく
なってきましたね。。


幼い子供の頃、寒い冬の夜は家族皆んなが囲炉裏端に
集まって過ごし、もういくつ寝るとお正月~と、日数を数え
ながら、新年や春の訪れを楽しみに待っていたことなどを、
懐かしく思い出します。。。 

 唱歌 「冬の夜」

♪ 燈火ちかく衣縫ふ母は
  春の遊びの楽しさ語る
  居並ぶ子どもは指を折りつつ
  日数かぞへて喜び勇む
   囲炉裏火はとろとろ
  外は吹雪

 ♪ 囲炉裏の端に繩なふ父は
  過ぎしいくさの手柄を語る (過ぎし昔の思い出語る)
  居並ぶ子供は ねむさを忘れて
  耳を傾け こぶしを握る
  囲炉裏火はとろとろ
  外は吹雪

横浜三渓園内の旧矢箆原家住宅囲炉裏にて撮影。

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クリスマスはなぜX’masと書くのか?

2016-12-24 09:53:58 | 日記・エッセイ・コラム

クリスマスの事をX’masと書く場合があるが、今まで何故Xと書くのか?
よく分からな
かったのだが・・・ 

調べてみると、これはギリシャ語のキリストがXで始まるからだそうです。

ちなみに、X’masと’を付けるのは日本だけの誤用だそうで、masはミサ
で「祭り」の意味なので、クリスマスはキリストの祭
りと言う意味ですね。

クリスマスを代表する花ポインセチア、赤い色が魔除けになると云う、
北欧の伝説に結びついたものだそうです。

 赤いポインセチアの花言葉は、「祝福」、「聖なる願い」、「聖夜」、
「私の心は燃えている」。

さすがにクリスマスに相応しい花言葉ですね~ 
赤はたしかに、情熱的な色だけど・・・ 
「私の心は燃えている」って、スゴイですね!

今日はクリスマスイブで明日はクリスマス、子供らが幼かった頃は家族
揃って祝う楽しいイベントの日だったが・・・

子供らが自立して家を離れた今は、カミさんと二人でささやかに祝うのみ。。

クリスマスが過ぎると、街は一気に歳末風景に変わり、松飾りや正月用品
などが溢れだします。。

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ささやかな喜び「日脚伸ぶ」

2016-12-23 09:23:58 | 日記・エッセイ・コラム

昨夜来の嵐も止んで、今朝はこの時季とは思えないような、
暖かで穏やかな陽射しが降り注いでいます。

冬至を過ぎて、これからは昼間の時間が毎日少しずつ長く
なって行きますが、この様子を冬の季語で「日脚伸ぶ」と
いいます。 

冬至は冬に至ると表現されているように、文字通り本格的な
寒さはこれからですが・・・ 
冬来たりなば春遠からじ」 です。

厳しい冬の寒さの後には、やがて暖かい春が巡ってきます。

たとえ今は辛くても、辛抱強く耐えて待っていれば、やがて
運も巡ってくる。。

日々の平凡な暮らしの繰り返しのなかで、ささやかな喜びや
希望を感じさせてくれるのが巡り来る自然や季節の変化です。

日脚伸ぶ」という季語からは、そんなささやかな喜びや
希望が伝わってきます。。。

隣の森では、昨日の嵐で散り残った黄葉が、朝日を受けて
最後の輝きを放っている。

 

ハゼの木の紅葉も、まだ残っている。

 

庭先で真っ赤に色づく万両の実。

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