≪西岡文彦『二時間のモナ・リザ』を読んで 【読後の感想とコメント】その10≫
(2020年12月20日投稿)
今回のブログでは、レオナルド・ダ・ヴィンチは「モナ・リザ」をいつ描いたのかについて、ダイアン・ヘイルズ氏の年表を通して考えてみる。
あわせて、ダイアン・ヘイルズ氏の次の著作の意図するところを紹介しておこう。
〇Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014.
〇ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年
【Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discoveredはこちらから】
Mona Lisa: A Life Discovered
【ダイアン・ヘイルズ『モナ・リザ・コード』はこちらから】
モナ・リザ・コード
さて、今回の執筆項目は次のようになる。
「モナ・リザ」はいつ描かれたのかについて考えるために、ヘイルズ氏の年表(1499年~1507年)を検討してみよう。
ツォルナー氏の年表をみたときに、1502年から1503年のレオナルドの行動に注目したが、果たしてヘイルズ氏は、どのような年表を付しているのだろうか。
MONA LISA TIMELINE
1499: Death of Lisa’s daughter Piera del Giocondo.
Birth of Lisa’s daughter Camilla del Giocondo.
France occupies Milan; Leonardo flees.
1500: Leonardo returns to Florence.
Birth of Lisa’s daughter Marietta del Giocondo.
1502: Leonardo works as military engineer for Cesare Borgia.
Birth of Lisa’s son Andrea del Giocondo.
1503: Leonardo works on a portrait of Lisa Gherardini.
Michelangelo’s David installed in the Piazza della Signoria.
Leonardo receives a commission to paint the Battle of
Anghiari in the Palazzo Vecchio.
1504: Death of Leonardo’s father, Ser Piero da Vinci.
1506: Leonardo summoned to Milan to complete a long-disputed work.
1507: Birth of Lisa’s son Giocondo del Giocondo, who dies a month later.
(Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014, p.266.)
【単語】
TIMELINE (n.)(特定の時代の)年表
≪訳文≫
【関連年表】
1499年 リサの長女ピエラ・デル・ジョコンド、死亡。
リサの次女カミッラ・デル・ジョコンド生まれる。
フランス軍がミラノ占領。レオナルド・ダヴィンチは逃亡。
1500年 レオナルド、フィレンツェに戻る。
リサの三女マリエッタ・デル・ジョコンド生まれる。
1502年 レオナルド・ダヴィンチ、チェーザレ・ボルジアの軍事エンジニアになる。
リサの次男アンドレア、生まれる。
1503年 レオナルド・ダヴィンチ、リサ・ゲラルディーニの肖像画の制作に取りかかる。
ミケランジェロのダヴィデ像、シニョリーア広場に設置される。
レオナルド・ダヴィンチ、ヴェッキオ宮殿に「アンギアーリの戦い」の壁画を依頼される。
1504年 レオナルドの父ピエロ・ダヴィンチ死去。
1506年 レオナルド、ミラノに呼び戻され、議論の的になっている作品の完成を急かされる。
1507年 リサの三男ジョコンド・デル・ジョコンドが生まれたが、ひと月で死亡。
(ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年、366頁~367頁)
前回のブログで見たように、ツォルナー氏の年表は、レオナルドの行動と作品に焦点をあてて、事項をまとめてあった。それに対して、ダイアン・ヘイルズ氏の年表は、リザの家族関連の出来事を中心として、まとめられている。
次に、1499年より以前の年表についても、主な出来事をみてみよう。
【関連年表】
1452年 レオナルド・ダヴィンチ生まれる。
1465年 リサの将来の夫、フランチェスコ・デル・ジョコンド生まれる。
1479年 アントンマリア・ゲラルディーニと妻ルクレツィアとの間に、リサが誕生。
1493年 フランチェスコ・デル・ジョコンドの長男、バルトロメオが誕生。
1494年 フランチェスコ・デル・ジョコンドの最初の妻カミッラが死亡。
1495年 リサ・ゲラルディーニが、フランチェスコ・デル・ジョコンドと結婚。
1496年 リサが長男ピエロ・デル・ジョコンドを出産。
1497年 リサの長女ピエラが生まれる。
(ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年、367頁)
ちなみに、原文には次のようにある。
1452: Birth of Leonardo da Vinci.
1465: Birth of Francesco del Giocondo, future husband of Lisa Gherardini.
1479: Birth of Lisa to Antonmaria Gherardini and his wife, Lucrezia.
1493: Birth of Francesco del Giocond’s son Bartolomeo.
1494: Francesco del Giocondo’s first wife, Camilla, dies.
1495: Wedding of Lisa Gherardini and Francesco del Giocondo.
1496: Birth of Lisa’s son Piero del Giocondo.
1497: Birth of Lisa’s daughter Piera del Giocondo.
(Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014, pp.265-266.)
さて、レオナルドが「モナ・リザ」を制作したとされる1503年前後、つまり1500年~1503年の出来事をもう少し詳細にみてみよう。なお、1507年当時のリサの家庭生活については、のちに詳述する。
〇1500年4月25日
〇1502年
〇1502年12月12日
〇1503年4月5日
〇1500年4月25日
1500年4月25日の出来事について、ヘイルズ氏は、「第III部 新しい世紀(1500~12)第9章 新時代の始まり」において、次のように述べている。
PART III : A NEW CENTURY (1500-1512) Chapter 9: New Beginnings
In the early years of the sixteenth century, the lives of three men would
converge in this beloved shrine : Francesco del Giocondo, thirty-five, who
supplied altar linens and vestments and handled currency exchanges for
the friars ; Ser Piero da Vinci, seventy-three, who managed the richly en-
dowed church’s complex financial and legal affairs ; and Ser Piero’s son
Leonardo, forty-eight, who arrived in Florence on April 24, 1500, with no
job and no place to live, ready for a new beginning.
(Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014, p.143.)
【単語】
converge (vi., vt.)集中する(させる)、(人が~の回りに)群がる
linen (n.)亜麻布、リンネル
friar (n.)修道士
endow (vt.)(基本財産として)寄付する
≪訳文≫
16世紀はじめ、この本の主役たち三人の軌跡が、だれからも愛されるこの教会で交わることになった。フランチェスコ・デル・ジョコンドは35歳で、祭壇で使うリネンや聖職者の式服の供給、修道士たちの通貨換金を受け持っていた。セル・ピエロ・ダヴィンチは73歳で、公証人としてこの教会に寄せられる寄進などで豊かな財務状況や法的な問題を担当していた。そしてセル・ピエロの息子レオナルドは48歳。彼は1500年4月24日にフィレンツェに戻って来たが職がなく、住む場所も決まらず、新たな進路を模索していた。
(ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年、205頁)
受胎告知教会にて、この著作の主役3人の軌跡が交わったとされる。つまり、35歳で絹商人のフランチェスコ・デル・ジョコンド、73歳で公証人としてのセル・ピエロ・ダヴィンチ、その息子の48歳のレオナルドである。レオナルドは、「1500年4月24日にフィレンツェに戻って来たが職がなく、住む場所も決まらず、新たな進路を模索していた」という状況であった。
〇1502年
当時のレオナルドについて、ヘイルズ氏は、どのように叙述しているのだろうか。
In Vasari’s depiction, Leonardo emerges as a self-taught, clear-eyed
dispassionate scientist who relied on observation and reason and could
not be “content with any kind of religion.” But perhaps to Leonardo in
1500, Santissima Annunziata seemed ― as it did to me as I paused in its
tranquil courtyard ― a heaven-sent haven offering serenity and stability
when he needed them most.
In 1502, during Leonardo’s residence at Santissima Annunziata, Fran-
cesco del Giocondo, one of the church’s regular suppliers, had a particular
bone of contention to discuss with Ser Piero da Vinci, who represented
the Servites. The friars were contesting one of his bills of exchange. Fran-
cesco, a man of business, and Ser Piero, a man of law, could have worked
together at least once before, when the notaio got involved in another
matter concerning the del Giocondo enterprises and the Servites.
(Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014, p.146.)
【単語】
depiction (n.)描写、記述
emerge (vi.)現れる、(人が貧困・苦境から)身を起こす、台頭する(as)
self-taught (a.)独学の
clear-eyed (a.)明敏な、洞察力のある
dispassionate (a.)冷静な、公平な
rely on 頼る、あてにする
observation (n.)観察
reason (n.)理性、道理、理由
content (a.)満足して、喜んで (vt.)満足させる (n.)満足
heaven-sent (a.)天与の、幸運な、時を得た (cf.) heaven-sent opportunity願ってもない機会
haven (n.)港、避難所
serenity (n.)晴朗、平静
stability (n.)安定(性)
supplier (n.)(しばしば~s)供給者、供給業者
bone (n.)骨 (cf.)have a bone to pick with O(人に~の件で)苦情がある、不平がある
contention (n.)争い、議論 (cf.)bone of contention争いの種(もと)
Servite (n.)[カトリック]聖母マリアの下僕会の修道士、修道女(1233年、フィレンツェで設立された修道会)
contest (vt., vi.)争う、競う、異議を唱える
<例文>
His brothers are contesting the will. 彼の兄弟はその遺言書に異議を申し立てている。
bill (n.)勘定書、証書、為替手形 (cf.)bill of exchange 為替手形
notaio (イタリア語 ノタイオ)公証人(=notary)
involve (vt.)巻き込む、関係する get involved in ~に巻き込む、かかわる
≪訳文≫
ヴァザーリが描くレオナルド・ダヴィンチ像は、独学でのし上がってきた、頭脳明晰で冷静な科学者で、観察と理詰めに基づいて結論を出すタイプで、「宗教に満足して埋没することはなかった」という評価だ。だが1500年の時点では受胎告知教会で仕事に励んでいたと思われ、私もこの教会の静かな中庭で憩いながら、この安らかで清純な安定した環境が、レオナルドが最も必要としていた安寧を与えてくれたのだろう、と思いを馳せていた。
レオナルドが受胎告知教会で寝起きしていた1502年、彼はフランチェスコ・デル・ジョコンドやセル・ピエロ・ダヴィンチとひんぱんに話をする機会があったはずだ。修道士たちは、フランチェスコに通貨交換を頼んでいた。フランチェスコは交易商人だし、セル・ピエロは公証人として司法に携わっていたから、フランチェスコの事業に関して、あるいは聖母マリア奉公人に絡んで、仕事のうちで交点があったに違いない。
(ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年、209頁)
1500年の時点では、レオナルドは受胎告知教会で仕事に励んでいた。そして、ヴァザーリが描くレオナルド像について、紹介している。
レオナルドが受胎告知教会で寝起きしていた1502年、レオナルドは、交易商人フランチェスコ・デル・ジョコンドや、公証人セル・ピエロ・ダヴィンチと話をする機会があったと、ヘイルズ氏は推察している。
〇1502年12月12日
“For two days,” Vasari recounts, “it attracted to the room where it was
exhibited a crowd of men and women, young and old, who flocked there
as if to a great festival to gaze in amazement at the marvels he had cre-
ated.” Florentines, Vasari reports, were “stupefied by its perfection.”Fran-
cesco del Giocondo would surely have been among them. We can’t be
sure about the pregnant Lisa, who would give birth to her fifth child and
second son, Andrea, on December 12, 1502.
Perhaps Leonardo’s impressive cartone sparked Francesco’s interest in ac-
quiring a painting by the acclaimed artist. Vasari, in the earliest account
of the origins of La Gioconda (literally “the Giocondo woman”), provides
only this minimal description: “For Francesco del Giocondo, Leonardo
undertook to paint a portrait of his wife, Mona Lisa.”
The arrangement would have made sense. Leonardo needed income.
And the affluent merchant, who would commission other works from
well-regarded painters in the future, would have been proud to acquire a
work by the acclaimed artist. Some have speculated that Ser Piero, as he
had done with other artists, might have commissioned his son to paint Lisa
as a gift for Francesco del Giocondo, but no evidence supports this theory.
A historical document from the French curator Père (Father) Dan,
who first catalogued the Mona Lisa as part of the royal art collection in
the seventeenth century, suggests another possibility: that the portrait
was Leonardo’s idea. According to the scholarly prelate, head of the mon-
astery at the royal palace of Fontainebleau, Leonardo asked Francesco
del Giocondo, a “close friend,” for permission to paint his wife.
(Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014, pp.147-148.)
【単語】
recount (vt.)詳しく話す
exhibit (vt.)公開する、陳列する
marvel (n.)驚くべきもの、驚嘆
stupefy (vt.)麻痺させる、ぼうっとさせる、驚かせる
pregnant (a.)妊娠している
give birth to ~を産む(bear)、生じる
<例文> He was beside himself with joy when his wife gave birth to their first child.
彼は妻が最初の子供を出産したとき、うれしくて有頂天になった。
cartone (イタリア語)板紙、厚紙
spark (vi., vt.)火花を出す、刺激を与える
acclaim (vt.)歓呼して迎える、賞賛する
undertake (vt.)引き受ける、企てる
≪訳文≫
ヴァザーリは、次のように書き残している。
「この下絵は、完成品が置かれる場所に二日間にわたって展示され、老若男女が押し寄せて、レオナルドが創作した絵を驚愕の眼差しで眺めた」
さらに、こう書き足した。
「フィレンツェの人びとは、絵の完成度の高さに呆然となった」
フランチェスコも、間違いなく見に行ったと思われる。妊娠中だったリサが見に行ったかどうかは分からない。1502年12月12日、彼女は第五子となる次男アンドレアを出産しているから。
レオナルドのインパクトの強い下絵を見たフランチェスコは、おそらくこの傑出した画家の作品を手に入れたいと思ったことだろう。「ラ・ジョコンダ(ジョコンド夫人)」の絵について、ヴァザーリは次のように簡単にしか触れていない。
「フランチェスコ・デル・ジョコンドのために、レオナルドは夫人モナ・リザの肖像を描くことにした」
この話がまとまるまでの筋道は、容易に想像できる。レオナルドは、カネが欲しかった。フランチェスコは豊かな商人だったし、有名画家の作品を手に入れて自慢したいと考えていた。実際、のちに一級の絵画を手に入れる。もう一つ考えられるシナリオとしては、セル・ピエロはほかの一流画家をエージェントのような形で他人に斡旋したことがあり、リサの肖像画を息子レオナルドに描かせてフランチェスコへのプレゼントにした、という見方もある。だが、それを裏づける証拠は何もない。
さらに、別の説もある。フランスの学芸員ダン神父は、17世紀に「モナ・リザ」をはじめて「超貴重作品」に分類したが、彼の推察では肖像画の話を持ちかけたのはレオナルドのほうではないか、とする。ダン神父は高位聖職者で、フォンテーヌブローの修道院長を務めた学者でもあるが、レオナルドが「親友」のフランチェスコに奥さんの肖像画を描かせてもらえないか、と許可を求めたのだという。
(ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年、211頁~212頁)
レオナルドのインパクトの強い下絵を見たフランチェスコは、この傑出した画家レオナルドの作品を手に入れたいと思ったとヘイルズ氏は推測している。1502年12月12日、彼女は第五子となる次男アンドレアを出産しているから、レオナルドの下絵を見たかは不明とする。
その他、「モナ・リザ」にまつわる見解を紹介している。
〇1503年4月5日
With his inheritance defined, Francesco made financial arrangements
for his own children. In the presence of several friars at the church of
San Gallo, he signed papers prepared by his notaio to divide “omnia et sin-
gula bona mobilia et immobilia”(all of his movable and immovable goods)
among his sons ― Bartolomeo (from his first marriage), nine ; Piero,
seven; and the infant Andrea ― and to set aside dowries for his daugh-
ters. A month later, in a deed signed on April 5, 1503, Francesco bought a
house on Via della Stufa next to the del Giocondo family homestead.
(Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014, p.153.)
【単語】
inheritance (n.)相続(権)
define (vt.)定義する、明確にする
in the presence of ~の面前で
friar (n.)修道士
set aside 取りのけて[貯えて]おく
dowry (n.)持参金、天賦の才
<例文> In old Roman Empire times, brides were expected to bring a big enough dowry.
古代ローマ時代、花嫁は十分な持参金をもってくることになっていた。
deed (n.)行為、証書(不動産譲渡証書)
<例文> This is a photocopy of the deed to my house and land.
これは私の家と土地の譲渡証明書のコピーです。
homestead (n.)家屋敷、農場
≪訳文≫
フランチェスコは自分の相続分がはっきりした段階で、自分の子どもたちの取り分も確定するよう図った。公証人が作成した証書は、サンガッロ修道院で修道士たちも立ち会いのうでで調印された。フランチェスコの場合は、先妻の子で9歳のバルトロメオ、7歳のピエロ、幼児のアンドレアが該当する。それに、娘たちの持参金も別に取っておかなければならない。協定に署名してから1か月後の1503年4月5日、フランチェスコはデラ・ストゥーファ通りにあるジョコンド家本家の隣の家を購入した。
(ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年、219頁)
このように、1503年4月5日に購入した新居の住所まで具体的にヘイルズ氏は記している。
その著作に付された「モナ・リザ時代のフィレンツェ(MONA LISA’S FLORENCE)」地図によれば、デラ・ストゥーファ通りは、メディチ宮殿の北側に位置し、サン・トルソラ修道院の近くである。
(Hales, 2014, p.xiv-xv. ヘイルズ(仙名訳)、2015年、8頁~9頁)
「モナ・リザ」が描かれたとされる1503年が、リサ・ゲラルディーニにとって、どのような意味を持っていたのか。
この点、リサの24歳の誕生日に当たる1503年6月15日について、ヘイルズ氏は「第10章 肖像画の制作が進行中」において、次のように、興味深い想像を叙述している。
Chapter 10 : The Portrait in Progress
If I could freeze-frame one day in Lisa Gherardini’s life, it would be her
twenty-fourth birthday, June 15, 1503. At this sweet moment in time she
would have had every reason to smile. She had married into a secure
and comfortable life. In the eight years since her wedding, she had embraced
a stepson as her own and given birth to five children. Although she could
hold Piera, swept away at age 2, only in her heart, she would have given
thanks for her seven-year-old son, Piero, growing fast as summer wheat ;
Marietta and Camilla, her three- and four-year-old bambole (dolls) ; and
Andrea, her darling baby boy. Her husband, Francesco del Giocondo, who
had already gifted her with gowns and jewels, had purchased a new home
for their growing family. And now this: an unexpected moment in the sun.
Leonardo da Vinci, most biographers agree, was working on his por-
trait of Lisa in 1503…
(Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014, p.156.)
【単語】
freeze-frame (vt.)(画面を)こま止め[一時停止]する (n.)(映画フィルム[テレビ]の画面の)こま止め、静止画面(the act of stopping a moving film at one particular frame)
secure (a.)安全な、安定した
embrace (vt.)抱擁する
sweep away 一掃する、心を奪う、夢中にさせる
≪訳文≫
「第10章 肖像画の制作が進行中」
もしリサ・ゲラルディーニのある一日をストップモーションで見ることができるのであれば、私は彼女の24歳の誕生日に当たる1503年6月15日を見てみたい。この日、彼女は間違いなく微笑んでいたと思える。リサは結婚して8年目、満ち足りた人生を送っていた。先妻の子を引き継いだほか、自分でも5人の子を産んだ。ピエラも一時的には現実に抱いたけれど、2歳で他界してしまったから抱いているのはイメージだけだ。7歳のピエロは夏の小麦のように成長が早いし、カミッラとマリエッタは4歳と3歳のお人形だ。アンドレアはまだ赤ちゃんの男の子。夫のフランチェスコ・デル・ジョコンドは妻リサにたくさんのガウンや宝石をプレゼントしたし、家族が増えたため、新居を買ってくれた。そして今回は、思いもかけず、たっぷり陽光を浴びることになった。
レオナルドダ・ヴィンチの伝記作家たちの多くは、彼が「モナ・リザ」の制作に入ったのは1503年だとしている(下略)
(ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年、223頁)
24歳の誕生日に当たる1503年6月15日、リサは結婚して8年目、満ち足りた人生を送っていた。先妻の子を引き継いだほか、自分でも5人の子を産んだ。ピエラは、2歳で他界してしまったものの、7歳のピエロ、4歳と3歳のカミッラとマリエッタ、前年の12月に生れたアンドレアは順調に育っていた。夫のフランチェスコ・デル・ジョコンドは妻リサに宝石などをプレゼントし、新居を買ってくれた。
ヘイルズ氏は、「第10章 肖像画の制作が進行中」において、リサの魅力について、次のように、叙述している。
Chapter 10 : The Portrait in Progress
Something in the depths of Lisa’s eyes ensnared Leonardo, although no
one knows exactly what….
Maybe Lisa’s obscurity was part of her appeal. Rather then molli-
fying a vain monarch, Leonardo could bring to bear every technique he
had honed, every theory he had developed, every insight he had acquired
to capture una donna vera, a fully dimensional human being rather than
someone’s pawn, property, or fantasy. And perhaps with his discerning
eye Leonardo saw more than an ordinary young wife and mother caught
up in the delights and distractions of small children, with a blustering
husband and a big quarrelsome blended family.
“Give your figures an attitude that reveals the thoughts your charac-
ters have in mind”, Leonardo advised young painters. “Otherwise your
work will not deserve praise.” Perhaps what intrigued Leonardo was Li-
sa’s “attitude,” her own personal variant of Gherardini-ness: a spirit large-
hearted enough to love another’s child as her own; tender enough to tame
a temperamental spouse; determined enough, as she would prove in the
decades ahead, to make wrenching choices; and flinty enough to sus-
tain her family through the dark years of upheaval that the future would
bring. Beyond the girl Lisa once was, Leonardo might have glimpsed the
essence of the woman she was still in the process of becoming.
(Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014, p.157.)
【単語】
ensnare (vt.)わなにかける、だます、誘惑する
obscurity (n.)薄暗さ、無名(の人)
(cf.) rise from obscurity to renown無名から身を起こして有名になる
mollify (vt.)和らげる、なだめる
vain (a.)虚栄心の強い、うぬぼれの強い
bring O to bear (注意・圧力などを)注ぐ、かける(on)
<例文> I will bring my full energy to bear on my study.
私は自分の研究に全力を注ぐつもりです
hone (vt.)砥石でとぐ、磨く (cf.) hone one’s skill 技術を磨く
insight (n.)洞察(力)
capture (vt.)(映画・文字・音楽などでとらえにくい物などを)保存[表現]する
<例文>
・The artist captured the charm of the lady. 画家はその婦人の魅力をうまく捕まえた。
・In his paintings Picasso tries to capture the essence of his subjects.
ピカソは作品の中で自分の主題の本質をとらえようとしている。
dimensional (a.)寸法の、次元の
pawn (n.)質、抵当物
discerning (a.)識別力のある、明敏な
distraction (n.)気が散ること、気晴らし
bluster (vi.)(風が)吹きすさぶ、いきまく、どなりちらす
quarrelsome (a.)けんか[口論]好きな
attitude (n.)姿勢、態度
praise (n.)称賛、賛美
intrigue (vt.)現わす、示す、見せる
variant (n.)変形、異形
temperamental (a.)気質の、かんの強い、気まぐれにふるまう
wrench (vt.)急激にねじる、曲げる、(心を)痛める
flinty (a.)火打ち石のような、非常に堅い、強情な
upheaval (n.)持ち上げ、激変、動乱
glimpse (vt., vi.)ちらりと見る[見える]
≪訳文≫
リサの瞳の奥に、レオナルドはインスピレーションを感じ取った。だがそれがどのようなものであったのかは、だれにも分らない。(中略)
あるいは、リサが有名人でないことに魅力があったとも考えられる。王族のようにおべっかを使う必要はないから、レオナルドとしてはそれまで磨いてきたあらゆる技法や論理を実践できるし、生身の女性美を画面に定着させることができる。だれかのために、だれかが家宝として自慢するために描く作品ではない。そのうえ、レオナルドがリサの瞳から感じ取ったものは、単に若い奥さんでも子どもの面倒に明け暮れる母親像ではなく、だんなさんにガミガミ言われ、もめごとの多い大家族のなかで揉まれている主婦である点も、モデルとしては新鮮だ。
レオナルドは若い画家たちに、こう戒めている。
「モデルには、当人が日常的に考えていることが表面に出るよう仕向けよ。それができなければ、高い評価は得られない」
レオナルドが惹かれたのは、おそらくリサの「内面の姿――いわば彼女の心に宿っている、ゲラルディーニ家が伝統的に持ち続けてきた心の広さに見られるような家風だったような気がする。彼女は、継子(ままこ)も実子と同じようにかわいがることができた。気むずかしい亭主を、やさしくなだめるのもうまかった。のちに、人生の岐路に立ったときに見せた決断力。社会・政情不安で先が読めない時期に一家を守ろうとした断固たる意志。レオナルドがかつて見たことがあるかもしれない幼かったころのリサとは違って、彼女はなおも発展途上人だった」
(ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年、224頁~225頁)
リサが有名人でないことに魅力があったとも考えられるとする。王族のようにおべっかを使う必要もなく、生身の女性美を画面に定着させることができる。
レオナルドが惹かれたのは、リサの「内面の姿」だったとヘイルズ氏はみている。いわばリサの心に宿っている、ゲラルディーニ家が伝統的に持ち続けてきた心の広さに見られるような家風だったというのである。
1507年当時のリサの家庭生活について、ヘイルズ氏は、「第11章 家族の事情」(Chapter11 Family Matters)において、次のように述べている。
Lisa’s family life revolved around her children, her days a blur of cuddling,
comforting, laughing, drying tears, fretting over coughs and fevers, giving
and getting thousands of good-night kisses. By 1507, the oldest boys ―
Bartolomeo in his early teens and eleven-year-old Piero ― had grown to
strapping lads who were mastering the abacus and learning the intricacies
of the silk trade from their father.
Tutors would teach eight-year-old Camilla and seven-year-old Mari-
etta the basics of reading, writing, and arithmetic along with music and
dancing. Lisa, like other Florentine mothers, would have taken charge
of almost everything else they needed to know. As Andrea, her young-
est son, turned five, she might have begun teaching him the alphabet by
forming letters out of “fruits, candies, and other childish foods”, as a hu-
manist tutor advised.
No longer sharing a residence with her in-laws, Lisa had become the
donna governa, or lady in charge, of a busy household. With a ring of keys
dangling from her belt, she managed every detail ― overseeing servants,
planning meals, ordering supplies, supervising repairs and renovations,
keeping a close inventory of silver, jewels, and other valuables, inspecting
linens (washed in a solution of ashes and perfumed with quince apples),
hemming dresses for her daughters and jerkins for her sons. Every season
brought special tasks, whether preparing for summers in the country or
organizing banquets for holiday celebrations.
Of course, Lisa couldn’t neglect her many social obligations…
(Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014, pp.179-180.)
【単語】
revolve (vi., vt.)回転する[させる](about, around)
<例文>
Galileo Galilei found that the earth revolves around the sun.
ガリレオ・ガリレーは地球が太陽の回りを回っていることを発見しました。
blur (n.)もうろう、ぼやけ (vi., vt.)ぼやけ(させ)る
cuddle (vt., vi.)(子供を)抱いてかわいがる、抱きしめる (n.)抱擁
fret (vt., vi.)いら立たせる[立つ]、やきもきさせる(する)、悩ます(悩む) (n.)いら立ち、苦悩
strapping (a.)(話)なりの大きい、背が高くてがっしりした
lad (n.)少年、若者
abacus (n.)そろばん
intricacy (n.)複雑さ [しばしばintricacies]込み入った事柄[事情]
tutor (n.)家庭教師
arithmetic (n.)算数、算術
take charge of ~に責任を持つ、担当する
residence (n.)居住(地)、住宅、邸宅
dangle (vi., vt.)ぶら下がる(げる)
oversee (vt.)監督する
supervise (vt.)監督(管理)する
renovation (n.)修理、改装
inventory (n.)財産目録、在庫品
inspect (vt.)調べる、検査する
quince (n.)[植物]マルメロ(の実)
banquet (n.)宴会
≪訳文≫
リサの家庭生活は、子どもを中心に回っていた。彼女の一日は、あやしたり、なだめたり、笑ったり、涙を拭ったり、いらついたり、咳や熱に悩んだり、おやすみのキスをしたりされたりなどで、なんとなく過ぎていった。1507年になると、ティーンエイジャーになったバルトロメオと11歳のピエロという上の男の子たちは立派な体格になりつつあり、ソロバンも巧みにこなせるようになり、複雑な絹取引のコツも父親から学んでいた。
女の子たち――8歳のカミッラ、7歳のマリエッタには家庭教師が読み書き算数の基本を教え、音楽やダンスの手ほどきもした。リサは、フィレンツェのお母さん方と同じように、生活するうえで必要なことすべてを教えた。一番小さな息子アンドレアは5歳になったところで、家庭教師のアドバイスに従って、身の回りのフルーツやキャンディー、食べものなどを使ってアルファベットを覚えさせた。
デル・ジョコンド家の義理の親類たちと一緒に暮らすことがなくなったため、リサは自分で主体的に家事をこなせるようになった。ベルトにカギ束をぶら下げ、多くの細かな点にも目配りした。使用人たちを統括し、食事の仕度をし、食品や消耗品の補充を命じ、備品の修理や補修に立ち会い、銀器や宝石など貴重品の管理を自らおこない、シーツなどリネンの洗濯(灰をまぶした水で洗い、マルメロ[カリン]の実の香りを付ける)を監督し、娘たちの衣類の端をかがり、息子たちの袖なし胴着を調節する。季節の変わり目ごとに、着るものを準備し、夏の前には田舎に出かける準備、お祭りの前には祝宴の用意を整える。
リサはそのほか、社交的な任務もこなさなければならなかった。
(ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年、255頁~256頁)
リサの家庭生活は、子どもを中心に回っていたようだ。子供の教育について、大いに関心を払うと同時に、主婦として、主体的に家事をこなしていた。ベルトにカギ束をぶら下げ、使用人たちを統括し、食事の仕度をし、食品や消耗品の補充を命じ、備品の修理や補修に立ち会うなど、家事全般を管理していた。
続けて、1507年当時、28歳のリサの家庭生活について、次のような悲しい出来事も付言している。
In 1507, the year Lisa turned twenty-eight, she discovered that she
was expecting another baby. This time, older and busier, she may have
felt wearier than she remembered in her previous pregnancies. In Decem-
ber of 1507, she gave birth to a third son. Perhaps Giocondo, as he was
named, was born too soon or too small. Perhaps he developed a stubborn
fever or difficulty breathing. Francesco would have summoned a doctor.
Anxious relatives would have offered fervent prayers. But little Giocondo
del Giocondo lived only about a month. Once again Lisa and Francesco
would have felt the stab of a parent’s greatest grief.
We don’t know if the sad news reached Leonardo in Milan.
(Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014, pp.180-181.)
【単語】
pregnancy (n.)妊娠
develop (vt.)発達させる、(病気に)かかる (cf.) develop (a) fever熱を出す
stubborn (a.)頑固な、(病気などが)治りにくい
(cf.) a stubborn cough なかなかとまらないせき
summon (vt.)呼び出す、呼びつける
(cf.)summon a doctor 医者を呼ぶ(◆「呼びにやる」はsend for)
anxious (a.)心配な、不安な
fervent (a.)熱い、熱烈な
prayer (n.)祈り
stab (n.)(突き)刺すこと、刺すような痛み、心の痛み (vt.)刺す
≪訳文≫
1507年、28歳になったリサは、また妊娠の兆候を感じた。今回は加齢もあったし、多忙になっていた。そのため、前のときより不安があったかもしれない。この1507年の12月にリサは三男ジョコンドを出産した。だが、早産で小さかった。発熱し、呼吸も困難だったようだ。フランチェスコは、医師を呼んだだろう。親類も集まって熱心に祈りを捧げたが、ジョコンド・デル・ジョコンドはひと月でこの世とお別れした。リサとフランチェスコは、また深い悲しみに暮れた。
その悲しい知らせがミラノのレオナルドにも伝わったのかどうか、資料はない。
(ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年、257頁)
1507年の12月にリサは三男ジョコンドを出産したが、早産でひと月で死去してしまった。リサとフランチェスコは、また深い悲しみに暮れた。
(ミラノのレオナルドに、この悲しい知らせが伝わったのかどうか、資料はないそうだ)
ヘイルズ氏は、この著作で、リサ・ゲラルディーニを「生身の人間」として捉えることに関心がある。
その問題関心は、第1章のタイトルにも如実に表現されている。つまり、「1. Una Donna Vera(A Real Woman)」とある。仙名紀氏の訳は、「これぞ生身のモデル」と訳している。
その第1章で、次のように述べている。
Who was she, this ordinary woman who rose to such extraordinary
fame? When was she born? Who were her parents? Where did she grow
up? How did she live? What did she wear, eat, learn, enjoy? Whom did
she marry? Did she have children? Why did the most renowned painter
of her time choose her as his model? What became of her? And why does
her smile enchant us still?
Mona Lisa Gherardini del Giocondo, we now know with as much cer-
tainty as possible after the passage of half a millennium, was a quin-
tessential woman of her times, caught in a whirl of political upheavals,
family dramas, and public scandals. Descended from ancient nobles, she
was born and baptized in Florence in 1479. Wed to a truculent business-
man twice her age, she gave birth to six children and died at age sixty-
three. Lisa’s life spanned the most tumultuous chapters in the history of
Florence, decades of war, rebellion, invasion, siege, and conquest ― and of
the greatest artistic outpouring the world has ever seen.
Yet dates and documents limn only the skeleton of a life, not a
three-dimensional Renaissance woman. I yearn to know more about
la donna vera and how she lived, to time-travel to her world and see it
through her eyes. And so I decide to launch my own quest.
(Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014, p3.)
【単語】
renowned (a.)有名な
enchant (vt.)魔法をかける、魅惑する
millennium (n.)一千年の期間
quintessential (a.)真髄の、典型的な
<例文> His ‘Japaneseness’ was quintessential to his self-identity.
彼の「日本人らしさ」は、彼が自分らしくあるための本質であった。
whirl (n.)旋回、次々に起こる出来事、混乱
(cf.) in a whirl 混乱して、旋回して
upheaval (n.)激変、動乱
descend (vi.)降りる、(性質・財産が子孫に)伝わる
⇒descended (a.)~の出身で、子孫で、末裔で(from)
baptize (vt.)洗礼を施す
wed (vi., vt.)~と結婚させる[する](◆通例新聞用語)
truculent (a.)野蛮な、残酷な、けんかっぱやい
span (vt.)指を広げて測る、~にわたる、(期間・範囲に)及ぶ
<例文> The research spanned no less than ten years.その研究は10年にも及んだ。
tumultuous (a.)騒々しい、荒れ狂う、混乱した
chapter (n.)(書物の)章、(歴史・人生の)区切り、時期
<例文> The invention of the steam engine opened a new chapter in the history of civilization.
蒸気機関の発明は文明の歴史に新しい1章を開いた。
siege (n.)包囲(攻撃)
outpouring (n.)流出(物)(a large amount of sth produced in a short time)
limn (vt.)≪古≫描写する、絵を描く
skeleton (n.)骨格、骨子、(作品・計画の)粗筋
dimensional (a.)次元の three-dimensional 三次元の、立体的、3Dの
yearn (vi.,vt.)あこがれる、しきりに~したがる、切望する(to do)
la donna vera イタリア語
la (定冠詞)英語のtheに相当 donna (女性名詞)女性、婦人
vera(形容詞)本物の、本当の、真実の
launch (vt.)進水する、始める
<例文> They decided to launch a search for Noah’s ark.
彼らはノアの方舟の調査を開始することを決定した。
quest (n.)探索、探求
≪訳文≫
リサとは、いったいどのような女性だったのだろう。平凡な女性だったはずなのに、超有名人になってしまった。彼女は、いつ生まれたのか。両親はだれ? どこで育ち、どのような暮らしをしていたのか。子どもはいたの? だれと結婚したのか。何を着て、何を食べ、何を学び、何を楽しんでいたのか。この時代で最も有名な画家は、どうして彼女をモデルに選んだのだろう? 彼女の微笑みが、いまだに私たちを魅了するのは、なぜなのだろう。
それ以後、「1000年期」の半分500年が過ぎた現在、モナ・リサ・ゲラルディーニ・デル・ジョコンドという名の女性の実像および当時の状況は、かなり具体的に判明してきた。激しい政治抗争があり、一族一門のドラマが展開され、醜聞も見え隠れした。ゲラルディーニ家は古くからの名門だったが斜陽になり、そのような状況のなかでリサは1479年にフィレンツェで生まれ、すぐに洗礼を受けた。当時の女性としては典型的だが、やがて年齢が倍も多いやり手の商売人と結婚し、6人の子どもを産む。享年は63歳。彼女が生きた時代は、フィレンツェの歴史のなかでも最大の激動期だった。戦争や反乱、侵略、包囲、占領が何十年も続いたが、その反面、類を見ないほど優れた芸術家たちを数多く排出(ママ)した。
だが日付や資料が判明しても、生涯の骨格が分かるだけで、ルネサンス期の特定の女性の生きざまが立体的に描けるわけではない。「生身の姿」を、そしてどのような生涯を送ったのかを、もっと詳しく知りたい。彼女が生きた時代にタイムスリップして、彼女の目で世の中を見てみたい。そこで、探索の旅に出ることにした。
(ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年、18頁~19頁)
ヘイルズ氏は、リサにまつわる、いつ、どこで、なぜといった5W1Hの疑問をジャーナリストらしく、列挙している。
つまり、次のような問題を列挙している。
〇リサとは、いったいどのような女性だったのだろうか
〇彼女は、いつ生まれたのか。
〇両親はだれ?
〇どこで育ったのか。
〇どのような暮らしをしていたのか。
〇何を着て、何を食べ、何を学び、何を楽しんでいたのか。
〇だれと結婚したのか。
〇子どもはいたの?
〇この時代で最も有名な画家は、どうして彼女をモデルに選んだのだろう?
〇彼女の微笑みが、いまだに私たちを魅了するのは、なぜなのだろう。
その中で、章のタイトルになっているUna Donna Vera(A Real Woman)、または文中にもあったla donna veraとして、リサ・ゲラルディーニを理解することがこの著作の意図するところであることがわかる。このイタリア語がヘイルズ氏の著作全体を通してのキーワードになっている。
Una Donna VeraはA Real Womanと英訳されているように、Unaは英語の不定冠詞Aに相当するイタリア語の不定冠詞、 Donna はWoman つまり「女性、婦人」、VeraはReal 「本当の、真実の」を意味する。
後述するように、ヘイルズ氏は、
Leonardo presented the merchant’s wife as una donna vera in under-
stated but refined garments appropriate to her role as a respectable, re
spected married lady.
(Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014, p.160.)
と表現している。
≪訳文≫
レオナルドは絹商人の妻を、「真実の生身の女(ウナ・ドンナ・ヴェラ)」として地味に描いた。周囲から尊敬される既婚女性として、それなりに洗練された衣装をまとっている。
(ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年、228頁)
リサ・ゲラルディーニという女性を、歴史的文脈の中に位置づけ、現実的実像として浮かび上がらせるために、時空をこえた時間旅行に旅立つという展開が、ヘイルズ氏の著作である。
(2020年12月20日投稿)
【はじめに】
今回のブログでは、レオナルド・ダ・ヴィンチは「モナ・リザ」をいつ描いたのかについて、ダイアン・ヘイルズ氏の年表を通して考えてみる。
あわせて、ダイアン・ヘイルズ氏の次の著作の意図するところを紹介しておこう。
〇Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014.
〇ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年
【Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discoveredはこちらから】
Mona Lisa: A Life Discovered
【ダイアン・ヘイルズ『モナ・リザ・コード』はこちらから】
モナ・リザ・コード
さて、今回の執筆項目は次のようになる。
・「モナ・リザ」はいつ描かれたのか ヘイルズ氏の年表(1499年~1507年)より
・ヘイルズ氏の年表(1499年以前)
・1500年~1503年の出来事
・リサ・ゲラルディーニにとっての1503年の意味
・リサの魅力について
・1507年当時のリサの家庭生活について
・ヘイルズ氏の問題関心~リサの「生身の姿」
「モナ・リザ」はいつ描かれたのか ヘイルズ氏の年表(1499年~1507年)より
「モナ・リザ」はいつ描かれたのかについて考えるために、ヘイルズ氏の年表(1499年~1507年)を検討してみよう。
ツォルナー氏の年表をみたときに、1502年から1503年のレオナルドの行動に注目したが、果たしてヘイルズ氏は、どのような年表を付しているのだろうか。
MONA LISA TIMELINE
1499: Death of Lisa’s daughter Piera del Giocondo.
Birth of Lisa’s daughter Camilla del Giocondo.
France occupies Milan; Leonardo flees.
1500: Leonardo returns to Florence.
Birth of Lisa’s daughter Marietta del Giocondo.
1502: Leonardo works as military engineer for Cesare Borgia.
Birth of Lisa’s son Andrea del Giocondo.
1503: Leonardo works on a portrait of Lisa Gherardini.
Michelangelo’s David installed in the Piazza della Signoria.
Leonardo receives a commission to paint the Battle of
Anghiari in the Palazzo Vecchio.
1504: Death of Leonardo’s father, Ser Piero da Vinci.
1506: Leonardo summoned to Milan to complete a long-disputed work.
1507: Birth of Lisa’s son Giocondo del Giocondo, who dies a month later.
(Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014, p.266.)
【単語】
TIMELINE (n.)(特定の時代の)年表
≪訳文≫
【関連年表】
1499年 リサの長女ピエラ・デル・ジョコンド、死亡。
リサの次女カミッラ・デル・ジョコンド生まれる。
フランス軍がミラノ占領。レオナルド・ダヴィンチは逃亡。
1500年 レオナルド、フィレンツェに戻る。
リサの三女マリエッタ・デル・ジョコンド生まれる。
1502年 レオナルド・ダヴィンチ、チェーザレ・ボルジアの軍事エンジニアになる。
リサの次男アンドレア、生まれる。
1503年 レオナルド・ダヴィンチ、リサ・ゲラルディーニの肖像画の制作に取りかかる。
ミケランジェロのダヴィデ像、シニョリーア広場に設置される。
レオナルド・ダヴィンチ、ヴェッキオ宮殿に「アンギアーリの戦い」の壁画を依頼される。
1504年 レオナルドの父ピエロ・ダヴィンチ死去。
1506年 レオナルド、ミラノに呼び戻され、議論の的になっている作品の完成を急かされる。
1507年 リサの三男ジョコンド・デル・ジョコンドが生まれたが、ひと月で死亡。
(ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年、366頁~367頁)
前回のブログで見たように、ツォルナー氏の年表は、レオナルドの行動と作品に焦点をあてて、事項をまとめてあった。それに対して、ダイアン・ヘイルズ氏の年表は、リザの家族関連の出来事を中心として、まとめられている。
ヘイルズ氏の年表(1499年以前)
次に、1499年より以前の年表についても、主な出来事をみてみよう。
【関連年表】
1452年 レオナルド・ダヴィンチ生まれる。
1465年 リサの将来の夫、フランチェスコ・デル・ジョコンド生まれる。
1479年 アントンマリア・ゲラルディーニと妻ルクレツィアとの間に、リサが誕生。
1493年 フランチェスコ・デル・ジョコンドの長男、バルトロメオが誕生。
1494年 フランチェスコ・デル・ジョコンドの最初の妻カミッラが死亡。
1495年 リサ・ゲラルディーニが、フランチェスコ・デル・ジョコンドと結婚。
1496年 リサが長男ピエロ・デル・ジョコンドを出産。
1497年 リサの長女ピエラが生まれる。
(ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年、367頁)
ちなみに、原文には次のようにある。
1452: Birth of Leonardo da Vinci.
1465: Birth of Francesco del Giocondo, future husband of Lisa Gherardini.
1479: Birth of Lisa to Antonmaria Gherardini and his wife, Lucrezia.
1493: Birth of Francesco del Giocond’s son Bartolomeo.
1494: Francesco del Giocondo’s first wife, Camilla, dies.
1495: Wedding of Lisa Gherardini and Francesco del Giocondo.
1496: Birth of Lisa’s son Piero del Giocondo.
1497: Birth of Lisa’s daughter Piera del Giocondo.
(Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014, pp.265-266.)
1500年~1503年の出来事
さて、レオナルドが「モナ・リザ」を制作したとされる1503年前後、つまり1500年~1503年の出来事をもう少し詳細にみてみよう。なお、1507年当時のリサの家庭生活については、のちに詳述する。
〇1500年4月25日
〇1502年
〇1502年12月12日
〇1503年4月5日
〇1500年4月25日
1500年4月25日の出来事について、ヘイルズ氏は、「第III部 新しい世紀(1500~12)第9章 新時代の始まり」において、次のように述べている。
PART III : A NEW CENTURY (1500-1512) Chapter 9: New Beginnings
In the early years of the sixteenth century, the lives of three men would
converge in this beloved shrine : Francesco del Giocondo, thirty-five, who
supplied altar linens and vestments and handled currency exchanges for
the friars ; Ser Piero da Vinci, seventy-three, who managed the richly en-
dowed church’s complex financial and legal affairs ; and Ser Piero’s son
Leonardo, forty-eight, who arrived in Florence on April 24, 1500, with no
job and no place to live, ready for a new beginning.
(Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014, p.143.)
【単語】
converge (vi., vt.)集中する(させる)、(人が~の回りに)群がる
linen (n.)亜麻布、リンネル
friar (n.)修道士
endow (vt.)(基本財産として)寄付する
≪訳文≫
16世紀はじめ、この本の主役たち三人の軌跡が、だれからも愛されるこの教会で交わることになった。フランチェスコ・デル・ジョコンドは35歳で、祭壇で使うリネンや聖職者の式服の供給、修道士たちの通貨換金を受け持っていた。セル・ピエロ・ダヴィンチは73歳で、公証人としてこの教会に寄せられる寄進などで豊かな財務状況や法的な問題を担当していた。そしてセル・ピエロの息子レオナルドは48歳。彼は1500年4月24日にフィレンツェに戻って来たが職がなく、住む場所も決まらず、新たな進路を模索していた。
(ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年、205頁)
受胎告知教会にて、この著作の主役3人の軌跡が交わったとされる。つまり、35歳で絹商人のフランチェスコ・デル・ジョコンド、73歳で公証人としてのセル・ピエロ・ダヴィンチ、その息子の48歳のレオナルドである。レオナルドは、「1500年4月24日にフィレンツェに戻って来たが職がなく、住む場所も決まらず、新たな進路を模索していた」という状況であった。
〇1502年
当時のレオナルドについて、ヘイルズ氏は、どのように叙述しているのだろうか。
In Vasari’s depiction, Leonardo emerges as a self-taught, clear-eyed
dispassionate scientist who relied on observation and reason and could
not be “content with any kind of religion.” But perhaps to Leonardo in
1500, Santissima Annunziata seemed ― as it did to me as I paused in its
tranquil courtyard ― a heaven-sent haven offering serenity and stability
when he needed them most.
In 1502, during Leonardo’s residence at Santissima Annunziata, Fran-
cesco del Giocondo, one of the church’s regular suppliers, had a particular
bone of contention to discuss with Ser Piero da Vinci, who represented
the Servites. The friars were contesting one of his bills of exchange. Fran-
cesco, a man of business, and Ser Piero, a man of law, could have worked
together at least once before, when the notaio got involved in another
matter concerning the del Giocondo enterprises and the Servites.
(Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014, p.146.)
【単語】
depiction (n.)描写、記述
emerge (vi.)現れる、(人が貧困・苦境から)身を起こす、台頭する(as)
self-taught (a.)独学の
clear-eyed (a.)明敏な、洞察力のある
dispassionate (a.)冷静な、公平な
rely on 頼る、あてにする
observation (n.)観察
reason (n.)理性、道理、理由
content (a.)満足して、喜んで (vt.)満足させる (n.)満足
heaven-sent (a.)天与の、幸運な、時を得た (cf.) heaven-sent opportunity願ってもない機会
haven (n.)港、避難所
serenity (n.)晴朗、平静
stability (n.)安定(性)
supplier (n.)(しばしば~s)供給者、供給業者
bone (n.)骨 (cf.)have a bone to pick with O(人に~の件で)苦情がある、不平がある
contention (n.)争い、議論 (cf.)bone of contention争いの種(もと)
Servite (n.)[カトリック]聖母マリアの下僕会の修道士、修道女(1233年、フィレンツェで設立された修道会)
contest (vt., vi.)争う、競う、異議を唱える
<例文>
His brothers are contesting the will. 彼の兄弟はその遺言書に異議を申し立てている。
bill (n.)勘定書、証書、為替手形 (cf.)bill of exchange 為替手形
notaio (イタリア語 ノタイオ)公証人(=notary)
involve (vt.)巻き込む、関係する get involved in ~に巻き込む、かかわる
≪訳文≫
ヴァザーリが描くレオナルド・ダヴィンチ像は、独学でのし上がってきた、頭脳明晰で冷静な科学者で、観察と理詰めに基づいて結論を出すタイプで、「宗教に満足して埋没することはなかった」という評価だ。だが1500年の時点では受胎告知教会で仕事に励んでいたと思われ、私もこの教会の静かな中庭で憩いながら、この安らかで清純な安定した環境が、レオナルドが最も必要としていた安寧を与えてくれたのだろう、と思いを馳せていた。
レオナルドが受胎告知教会で寝起きしていた1502年、彼はフランチェスコ・デル・ジョコンドやセル・ピエロ・ダヴィンチとひんぱんに話をする機会があったはずだ。修道士たちは、フランチェスコに通貨交換を頼んでいた。フランチェスコは交易商人だし、セル・ピエロは公証人として司法に携わっていたから、フランチェスコの事業に関して、あるいは聖母マリア奉公人に絡んで、仕事のうちで交点があったに違いない。
(ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年、209頁)
1500年の時点では、レオナルドは受胎告知教会で仕事に励んでいた。そして、ヴァザーリが描くレオナルド像について、紹介している。
レオナルドが受胎告知教会で寝起きしていた1502年、レオナルドは、交易商人フランチェスコ・デル・ジョコンドや、公証人セル・ピエロ・ダヴィンチと話をする機会があったと、ヘイルズ氏は推察している。
〇1502年12月12日
“For two days,” Vasari recounts, “it attracted to the room where it was
exhibited a crowd of men and women, young and old, who flocked there
as if to a great festival to gaze in amazement at the marvels he had cre-
ated.” Florentines, Vasari reports, were “stupefied by its perfection.”Fran-
cesco del Giocondo would surely have been among them. We can’t be
sure about the pregnant Lisa, who would give birth to her fifth child and
second son, Andrea, on December 12, 1502.
Perhaps Leonardo’s impressive cartone sparked Francesco’s interest in ac-
quiring a painting by the acclaimed artist. Vasari, in the earliest account
of the origins of La Gioconda (literally “the Giocondo woman”), provides
only this minimal description: “For Francesco del Giocondo, Leonardo
undertook to paint a portrait of his wife, Mona Lisa.”
The arrangement would have made sense. Leonardo needed income.
And the affluent merchant, who would commission other works from
well-regarded painters in the future, would have been proud to acquire a
work by the acclaimed artist. Some have speculated that Ser Piero, as he
had done with other artists, might have commissioned his son to paint Lisa
as a gift for Francesco del Giocondo, but no evidence supports this theory.
A historical document from the French curator Père (Father) Dan,
who first catalogued the Mona Lisa as part of the royal art collection in
the seventeenth century, suggests another possibility: that the portrait
was Leonardo’s idea. According to the scholarly prelate, head of the mon-
astery at the royal palace of Fontainebleau, Leonardo asked Francesco
del Giocondo, a “close friend,” for permission to paint his wife.
(Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014, pp.147-148.)
【単語】
recount (vt.)詳しく話す
exhibit (vt.)公開する、陳列する
marvel (n.)驚くべきもの、驚嘆
stupefy (vt.)麻痺させる、ぼうっとさせる、驚かせる
pregnant (a.)妊娠している
give birth to ~を産む(bear)、生じる
<例文> He was beside himself with joy when his wife gave birth to their first child.
彼は妻が最初の子供を出産したとき、うれしくて有頂天になった。
cartone (イタリア語)板紙、厚紙
spark (vi., vt.)火花を出す、刺激を与える
acclaim (vt.)歓呼して迎える、賞賛する
undertake (vt.)引き受ける、企てる
≪訳文≫
ヴァザーリは、次のように書き残している。
「この下絵は、完成品が置かれる場所に二日間にわたって展示され、老若男女が押し寄せて、レオナルドが創作した絵を驚愕の眼差しで眺めた」
さらに、こう書き足した。
「フィレンツェの人びとは、絵の完成度の高さに呆然となった」
フランチェスコも、間違いなく見に行ったと思われる。妊娠中だったリサが見に行ったかどうかは分からない。1502年12月12日、彼女は第五子となる次男アンドレアを出産しているから。
レオナルドのインパクトの強い下絵を見たフランチェスコは、おそらくこの傑出した画家の作品を手に入れたいと思ったことだろう。「ラ・ジョコンダ(ジョコンド夫人)」の絵について、ヴァザーリは次のように簡単にしか触れていない。
「フランチェスコ・デル・ジョコンドのために、レオナルドは夫人モナ・リザの肖像を描くことにした」
この話がまとまるまでの筋道は、容易に想像できる。レオナルドは、カネが欲しかった。フランチェスコは豊かな商人だったし、有名画家の作品を手に入れて自慢したいと考えていた。実際、のちに一級の絵画を手に入れる。もう一つ考えられるシナリオとしては、セル・ピエロはほかの一流画家をエージェントのような形で他人に斡旋したことがあり、リサの肖像画を息子レオナルドに描かせてフランチェスコへのプレゼントにした、という見方もある。だが、それを裏づける証拠は何もない。
さらに、別の説もある。フランスの学芸員ダン神父は、17世紀に「モナ・リザ」をはじめて「超貴重作品」に分類したが、彼の推察では肖像画の話を持ちかけたのはレオナルドのほうではないか、とする。ダン神父は高位聖職者で、フォンテーヌブローの修道院長を務めた学者でもあるが、レオナルドが「親友」のフランチェスコに奥さんの肖像画を描かせてもらえないか、と許可を求めたのだという。
(ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年、211頁~212頁)
レオナルドのインパクトの強い下絵を見たフランチェスコは、この傑出した画家レオナルドの作品を手に入れたいと思ったとヘイルズ氏は推測している。1502年12月12日、彼女は第五子となる次男アンドレアを出産しているから、レオナルドの下絵を見たかは不明とする。
その他、「モナ・リザ」にまつわる見解を紹介している。
〇1503年4月5日
With his inheritance defined, Francesco made financial arrangements
for his own children. In the presence of several friars at the church of
San Gallo, he signed papers prepared by his notaio to divide “omnia et sin-
gula bona mobilia et immobilia”(all of his movable and immovable goods)
among his sons ― Bartolomeo (from his first marriage), nine ; Piero,
seven; and the infant Andrea ― and to set aside dowries for his daugh-
ters. A month later, in a deed signed on April 5, 1503, Francesco bought a
house on Via della Stufa next to the del Giocondo family homestead.
(Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014, p.153.)
【単語】
inheritance (n.)相続(権)
define (vt.)定義する、明確にする
in the presence of ~の面前で
friar (n.)修道士
set aside 取りのけて[貯えて]おく
dowry (n.)持参金、天賦の才
<例文> In old Roman Empire times, brides were expected to bring a big enough dowry.
古代ローマ時代、花嫁は十分な持参金をもってくることになっていた。
deed (n.)行為、証書(不動産譲渡証書)
<例文> This is a photocopy of the deed to my house and land.
これは私の家と土地の譲渡証明書のコピーです。
homestead (n.)家屋敷、農場
≪訳文≫
フランチェスコは自分の相続分がはっきりした段階で、自分の子どもたちの取り分も確定するよう図った。公証人が作成した証書は、サンガッロ修道院で修道士たちも立ち会いのうでで調印された。フランチェスコの場合は、先妻の子で9歳のバルトロメオ、7歳のピエロ、幼児のアンドレアが該当する。それに、娘たちの持参金も別に取っておかなければならない。協定に署名してから1か月後の1503年4月5日、フランチェスコはデラ・ストゥーファ通りにあるジョコンド家本家の隣の家を購入した。
(ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年、219頁)
このように、1503年4月5日に購入した新居の住所まで具体的にヘイルズ氏は記している。
その著作に付された「モナ・リザ時代のフィレンツェ(MONA LISA’S FLORENCE)」地図によれば、デラ・ストゥーファ通りは、メディチ宮殿の北側に位置し、サン・トルソラ修道院の近くである。
(Hales, 2014, p.xiv-xv. ヘイルズ(仙名訳)、2015年、8頁~9頁)
リサ・ゲラルディーニにとっての1503年の意味
「モナ・リザ」が描かれたとされる1503年が、リサ・ゲラルディーニにとって、どのような意味を持っていたのか。
この点、リサの24歳の誕生日に当たる1503年6月15日について、ヘイルズ氏は「第10章 肖像画の制作が進行中」において、次のように、興味深い想像を叙述している。
Chapter 10 : The Portrait in Progress
If I could freeze-frame one day in Lisa Gherardini’s life, it would be her
twenty-fourth birthday, June 15, 1503. At this sweet moment in time she
would have had every reason to smile. She had married into a secure
and comfortable life. In the eight years since her wedding, she had embraced
a stepson as her own and given birth to five children. Although she could
hold Piera, swept away at age 2, only in her heart, she would have given
thanks for her seven-year-old son, Piero, growing fast as summer wheat ;
Marietta and Camilla, her three- and four-year-old bambole (dolls) ; and
Andrea, her darling baby boy. Her husband, Francesco del Giocondo, who
had already gifted her with gowns and jewels, had purchased a new home
for their growing family. And now this: an unexpected moment in the sun.
Leonardo da Vinci, most biographers agree, was working on his por-
trait of Lisa in 1503…
(Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014, p.156.)
【単語】
freeze-frame (vt.)(画面を)こま止め[一時停止]する (n.)(映画フィルム[テレビ]の画面の)こま止め、静止画面(the act of stopping a moving film at one particular frame)
secure (a.)安全な、安定した
embrace (vt.)抱擁する
sweep away 一掃する、心を奪う、夢中にさせる
≪訳文≫
「第10章 肖像画の制作が進行中」
もしリサ・ゲラルディーニのある一日をストップモーションで見ることができるのであれば、私は彼女の24歳の誕生日に当たる1503年6月15日を見てみたい。この日、彼女は間違いなく微笑んでいたと思える。リサは結婚して8年目、満ち足りた人生を送っていた。先妻の子を引き継いだほか、自分でも5人の子を産んだ。ピエラも一時的には現実に抱いたけれど、2歳で他界してしまったから抱いているのはイメージだけだ。7歳のピエロは夏の小麦のように成長が早いし、カミッラとマリエッタは4歳と3歳のお人形だ。アンドレアはまだ赤ちゃんの男の子。夫のフランチェスコ・デル・ジョコンドは妻リサにたくさんのガウンや宝石をプレゼントしたし、家族が増えたため、新居を買ってくれた。そして今回は、思いもかけず、たっぷり陽光を浴びることになった。
レオナルドダ・ヴィンチの伝記作家たちの多くは、彼が「モナ・リザ」の制作に入ったのは1503年だとしている(下略)
(ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年、223頁)
24歳の誕生日に当たる1503年6月15日、リサは結婚して8年目、満ち足りた人生を送っていた。先妻の子を引き継いだほか、自分でも5人の子を産んだ。ピエラは、2歳で他界してしまったものの、7歳のピエロ、4歳と3歳のカミッラとマリエッタ、前年の12月に生れたアンドレアは順調に育っていた。夫のフランチェスコ・デル・ジョコンドは妻リサに宝石などをプレゼントし、新居を買ってくれた。
リサの魅力について
ヘイルズ氏は、「第10章 肖像画の制作が進行中」において、リサの魅力について、次のように、叙述している。
Chapter 10 : The Portrait in Progress
Something in the depths of Lisa’s eyes ensnared Leonardo, although no
one knows exactly what….
Maybe Lisa’s obscurity was part of her appeal. Rather then molli-
fying a vain monarch, Leonardo could bring to bear every technique he
had honed, every theory he had developed, every insight he had acquired
to capture una donna vera, a fully dimensional human being rather than
someone’s pawn, property, or fantasy. And perhaps with his discerning
eye Leonardo saw more than an ordinary young wife and mother caught
up in the delights and distractions of small children, with a blustering
husband and a big quarrelsome blended family.
“Give your figures an attitude that reveals the thoughts your charac-
ters have in mind”, Leonardo advised young painters. “Otherwise your
work will not deserve praise.” Perhaps what intrigued Leonardo was Li-
sa’s “attitude,” her own personal variant of Gherardini-ness: a spirit large-
hearted enough to love another’s child as her own; tender enough to tame
a temperamental spouse; determined enough, as she would prove in the
decades ahead, to make wrenching choices; and flinty enough to sus-
tain her family through the dark years of upheaval that the future would
bring. Beyond the girl Lisa once was, Leonardo might have glimpsed the
essence of the woman she was still in the process of becoming.
(Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014, p.157.)
【単語】
ensnare (vt.)わなにかける、だます、誘惑する
obscurity (n.)薄暗さ、無名(の人)
(cf.) rise from obscurity to renown無名から身を起こして有名になる
mollify (vt.)和らげる、なだめる
vain (a.)虚栄心の強い、うぬぼれの強い
bring O to bear (注意・圧力などを)注ぐ、かける(on)
<例文> I will bring my full energy to bear on my study.
私は自分の研究に全力を注ぐつもりです
hone (vt.)砥石でとぐ、磨く (cf.) hone one’s skill 技術を磨く
insight (n.)洞察(力)
capture (vt.)(映画・文字・音楽などでとらえにくい物などを)保存[表現]する
<例文>
・The artist captured the charm of the lady. 画家はその婦人の魅力をうまく捕まえた。
・In his paintings Picasso tries to capture the essence of his subjects.
ピカソは作品の中で自分の主題の本質をとらえようとしている。
dimensional (a.)寸法の、次元の
pawn (n.)質、抵当物
discerning (a.)識別力のある、明敏な
distraction (n.)気が散ること、気晴らし
bluster (vi.)(風が)吹きすさぶ、いきまく、どなりちらす
quarrelsome (a.)けんか[口論]好きな
attitude (n.)姿勢、態度
praise (n.)称賛、賛美
intrigue (vt.)現わす、示す、見せる
variant (n.)変形、異形
temperamental (a.)気質の、かんの強い、気まぐれにふるまう
wrench (vt.)急激にねじる、曲げる、(心を)痛める
flinty (a.)火打ち石のような、非常に堅い、強情な
upheaval (n.)持ち上げ、激変、動乱
glimpse (vt., vi.)ちらりと見る[見える]
≪訳文≫
リサの瞳の奥に、レオナルドはインスピレーションを感じ取った。だがそれがどのようなものであったのかは、だれにも分らない。(中略)
あるいは、リサが有名人でないことに魅力があったとも考えられる。王族のようにおべっかを使う必要はないから、レオナルドとしてはそれまで磨いてきたあらゆる技法や論理を実践できるし、生身の女性美を画面に定着させることができる。だれかのために、だれかが家宝として自慢するために描く作品ではない。そのうえ、レオナルドがリサの瞳から感じ取ったものは、単に若い奥さんでも子どもの面倒に明け暮れる母親像ではなく、だんなさんにガミガミ言われ、もめごとの多い大家族のなかで揉まれている主婦である点も、モデルとしては新鮮だ。
レオナルドは若い画家たちに、こう戒めている。
「モデルには、当人が日常的に考えていることが表面に出るよう仕向けよ。それができなければ、高い評価は得られない」
レオナルドが惹かれたのは、おそらくリサの「内面の姿――いわば彼女の心に宿っている、ゲラルディーニ家が伝統的に持ち続けてきた心の広さに見られるような家風だったような気がする。彼女は、継子(ままこ)も実子と同じようにかわいがることができた。気むずかしい亭主を、やさしくなだめるのもうまかった。のちに、人生の岐路に立ったときに見せた決断力。社会・政情不安で先が読めない時期に一家を守ろうとした断固たる意志。レオナルドがかつて見たことがあるかもしれない幼かったころのリサとは違って、彼女はなおも発展途上人だった」
(ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年、224頁~225頁)
リサが有名人でないことに魅力があったとも考えられるとする。王族のようにおべっかを使う必要もなく、生身の女性美を画面に定着させることができる。
レオナルドが惹かれたのは、リサの「内面の姿」だったとヘイルズ氏はみている。いわばリサの心に宿っている、ゲラルディーニ家が伝統的に持ち続けてきた心の広さに見られるような家風だったというのである。
1507年当時のリサの家庭生活について
1507年当時のリサの家庭生活について、ヘイルズ氏は、「第11章 家族の事情」(Chapter11 Family Matters)において、次のように述べている。
Lisa’s family life revolved around her children, her days a blur of cuddling,
comforting, laughing, drying tears, fretting over coughs and fevers, giving
and getting thousands of good-night kisses. By 1507, the oldest boys ―
Bartolomeo in his early teens and eleven-year-old Piero ― had grown to
strapping lads who were mastering the abacus and learning the intricacies
of the silk trade from their father.
Tutors would teach eight-year-old Camilla and seven-year-old Mari-
etta the basics of reading, writing, and arithmetic along with music and
dancing. Lisa, like other Florentine mothers, would have taken charge
of almost everything else they needed to know. As Andrea, her young-
est son, turned five, she might have begun teaching him the alphabet by
forming letters out of “fruits, candies, and other childish foods”, as a hu-
manist tutor advised.
No longer sharing a residence with her in-laws, Lisa had become the
donna governa, or lady in charge, of a busy household. With a ring of keys
dangling from her belt, she managed every detail ― overseeing servants,
planning meals, ordering supplies, supervising repairs and renovations,
keeping a close inventory of silver, jewels, and other valuables, inspecting
linens (washed in a solution of ashes and perfumed with quince apples),
hemming dresses for her daughters and jerkins for her sons. Every season
brought special tasks, whether preparing for summers in the country or
organizing banquets for holiday celebrations.
Of course, Lisa couldn’t neglect her many social obligations…
(Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014, pp.179-180.)
【単語】
revolve (vi., vt.)回転する[させる](about, around)
<例文>
Galileo Galilei found that the earth revolves around the sun.
ガリレオ・ガリレーは地球が太陽の回りを回っていることを発見しました。
blur (n.)もうろう、ぼやけ (vi., vt.)ぼやけ(させ)る
cuddle (vt., vi.)(子供を)抱いてかわいがる、抱きしめる (n.)抱擁
fret (vt., vi.)いら立たせる[立つ]、やきもきさせる(する)、悩ます(悩む) (n.)いら立ち、苦悩
strapping (a.)(話)なりの大きい、背が高くてがっしりした
lad (n.)少年、若者
abacus (n.)そろばん
intricacy (n.)複雑さ [しばしばintricacies]込み入った事柄[事情]
tutor (n.)家庭教師
arithmetic (n.)算数、算術
take charge of ~に責任を持つ、担当する
residence (n.)居住(地)、住宅、邸宅
dangle (vi., vt.)ぶら下がる(げる)
oversee (vt.)監督する
supervise (vt.)監督(管理)する
renovation (n.)修理、改装
inventory (n.)財産目録、在庫品
inspect (vt.)調べる、検査する
quince (n.)[植物]マルメロ(の実)
banquet (n.)宴会
≪訳文≫
リサの家庭生活は、子どもを中心に回っていた。彼女の一日は、あやしたり、なだめたり、笑ったり、涙を拭ったり、いらついたり、咳や熱に悩んだり、おやすみのキスをしたりされたりなどで、なんとなく過ぎていった。1507年になると、ティーンエイジャーになったバルトロメオと11歳のピエロという上の男の子たちは立派な体格になりつつあり、ソロバンも巧みにこなせるようになり、複雑な絹取引のコツも父親から学んでいた。
女の子たち――8歳のカミッラ、7歳のマリエッタには家庭教師が読み書き算数の基本を教え、音楽やダンスの手ほどきもした。リサは、フィレンツェのお母さん方と同じように、生活するうえで必要なことすべてを教えた。一番小さな息子アンドレアは5歳になったところで、家庭教師のアドバイスに従って、身の回りのフルーツやキャンディー、食べものなどを使ってアルファベットを覚えさせた。
デル・ジョコンド家の義理の親類たちと一緒に暮らすことがなくなったため、リサは自分で主体的に家事をこなせるようになった。ベルトにカギ束をぶら下げ、多くの細かな点にも目配りした。使用人たちを統括し、食事の仕度をし、食品や消耗品の補充を命じ、備品の修理や補修に立ち会い、銀器や宝石など貴重品の管理を自らおこない、シーツなどリネンの洗濯(灰をまぶした水で洗い、マルメロ[カリン]の実の香りを付ける)を監督し、娘たちの衣類の端をかがり、息子たちの袖なし胴着を調節する。季節の変わり目ごとに、着るものを準備し、夏の前には田舎に出かける準備、お祭りの前には祝宴の用意を整える。
リサはそのほか、社交的な任務もこなさなければならなかった。
(ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年、255頁~256頁)
リサの家庭生活は、子どもを中心に回っていたようだ。子供の教育について、大いに関心を払うと同時に、主婦として、主体的に家事をこなしていた。ベルトにカギ束をぶら下げ、使用人たちを統括し、食事の仕度をし、食品や消耗品の補充を命じ、備品の修理や補修に立ち会うなど、家事全般を管理していた。
続けて、1507年当時、28歳のリサの家庭生活について、次のような悲しい出来事も付言している。
In 1507, the year Lisa turned twenty-eight, she discovered that she
was expecting another baby. This time, older and busier, she may have
felt wearier than she remembered in her previous pregnancies. In Decem-
ber of 1507, she gave birth to a third son. Perhaps Giocondo, as he was
named, was born too soon or too small. Perhaps he developed a stubborn
fever or difficulty breathing. Francesco would have summoned a doctor.
Anxious relatives would have offered fervent prayers. But little Giocondo
del Giocondo lived only about a month. Once again Lisa and Francesco
would have felt the stab of a parent’s greatest grief.
We don’t know if the sad news reached Leonardo in Milan.
(Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014, pp.180-181.)
【単語】
pregnancy (n.)妊娠
develop (vt.)発達させる、(病気に)かかる (cf.) develop (a) fever熱を出す
stubborn (a.)頑固な、(病気などが)治りにくい
(cf.) a stubborn cough なかなかとまらないせき
summon (vt.)呼び出す、呼びつける
(cf.)summon a doctor 医者を呼ぶ(◆「呼びにやる」はsend for)
anxious (a.)心配な、不安な
fervent (a.)熱い、熱烈な
prayer (n.)祈り
stab (n.)(突き)刺すこと、刺すような痛み、心の痛み (vt.)刺す
≪訳文≫
1507年、28歳になったリサは、また妊娠の兆候を感じた。今回は加齢もあったし、多忙になっていた。そのため、前のときより不安があったかもしれない。この1507年の12月にリサは三男ジョコンドを出産した。だが、早産で小さかった。発熱し、呼吸も困難だったようだ。フランチェスコは、医師を呼んだだろう。親類も集まって熱心に祈りを捧げたが、ジョコンド・デル・ジョコンドはひと月でこの世とお別れした。リサとフランチェスコは、また深い悲しみに暮れた。
その悲しい知らせがミラノのレオナルドにも伝わったのかどうか、資料はない。
(ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年、257頁)
1507年の12月にリサは三男ジョコンドを出産したが、早産でひと月で死去してしまった。リサとフランチェスコは、また深い悲しみに暮れた。
(ミラノのレオナルドに、この悲しい知らせが伝わったのかどうか、資料はないそうだ)
ヘイルズ氏の問題関心~リサの「生身の姿」
ヘイルズ氏は、この著作で、リサ・ゲラルディーニを「生身の人間」として捉えることに関心がある。
その問題関心は、第1章のタイトルにも如実に表現されている。つまり、「1. Una Donna Vera(A Real Woman)」とある。仙名紀氏の訳は、「これぞ生身のモデル」と訳している。
その第1章で、次のように述べている。
Who was she, this ordinary woman who rose to such extraordinary
fame? When was she born? Who were her parents? Where did she grow
up? How did she live? What did she wear, eat, learn, enjoy? Whom did
she marry? Did she have children? Why did the most renowned painter
of her time choose her as his model? What became of her? And why does
her smile enchant us still?
Mona Lisa Gherardini del Giocondo, we now know with as much cer-
tainty as possible after the passage of half a millennium, was a quin-
tessential woman of her times, caught in a whirl of political upheavals,
family dramas, and public scandals. Descended from ancient nobles, she
was born and baptized in Florence in 1479. Wed to a truculent business-
man twice her age, she gave birth to six children and died at age sixty-
three. Lisa’s life spanned the most tumultuous chapters in the history of
Florence, decades of war, rebellion, invasion, siege, and conquest ― and of
the greatest artistic outpouring the world has ever seen.
Yet dates and documents limn only the skeleton of a life, not a
three-dimensional Renaissance woman. I yearn to know more about
la donna vera and how she lived, to time-travel to her world and see it
through her eyes. And so I decide to launch my own quest.
(Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014, p3.)
【単語】
renowned (a.)有名な
enchant (vt.)魔法をかける、魅惑する
millennium (n.)一千年の期間
quintessential (a.)真髄の、典型的な
<例文> His ‘Japaneseness’ was quintessential to his self-identity.
彼の「日本人らしさ」は、彼が自分らしくあるための本質であった。
whirl (n.)旋回、次々に起こる出来事、混乱
(cf.) in a whirl 混乱して、旋回して
upheaval (n.)激変、動乱
descend (vi.)降りる、(性質・財産が子孫に)伝わる
⇒descended (a.)~の出身で、子孫で、末裔で(from)
baptize (vt.)洗礼を施す
wed (vi., vt.)~と結婚させる[する](◆通例新聞用語)
truculent (a.)野蛮な、残酷な、けんかっぱやい
span (vt.)指を広げて測る、~にわたる、(期間・範囲に)及ぶ
<例文> The research spanned no less than ten years.その研究は10年にも及んだ。
tumultuous (a.)騒々しい、荒れ狂う、混乱した
chapter (n.)(書物の)章、(歴史・人生の)区切り、時期
<例文> The invention of the steam engine opened a new chapter in the history of civilization.
蒸気機関の発明は文明の歴史に新しい1章を開いた。
siege (n.)包囲(攻撃)
outpouring (n.)流出(物)(a large amount of sth produced in a short time)
limn (vt.)≪古≫描写する、絵を描く
skeleton (n.)骨格、骨子、(作品・計画の)粗筋
dimensional (a.)次元の three-dimensional 三次元の、立体的、3Dの
yearn (vi.,vt.)あこがれる、しきりに~したがる、切望する(to do)
la donna vera イタリア語
la (定冠詞)英語のtheに相当 donna (女性名詞)女性、婦人
vera(形容詞)本物の、本当の、真実の
launch (vt.)進水する、始める
<例文> They decided to launch a search for Noah’s ark.
彼らはノアの方舟の調査を開始することを決定した。
quest (n.)探索、探求
≪訳文≫
リサとは、いったいどのような女性だったのだろう。平凡な女性だったはずなのに、超有名人になってしまった。彼女は、いつ生まれたのか。両親はだれ? どこで育ち、どのような暮らしをしていたのか。子どもはいたの? だれと結婚したのか。何を着て、何を食べ、何を学び、何を楽しんでいたのか。この時代で最も有名な画家は、どうして彼女をモデルに選んだのだろう? 彼女の微笑みが、いまだに私たちを魅了するのは、なぜなのだろう。
それ以後、「1000年期」の半分500年が過ぎた現在、モナ・リサ・ゲラルディーニ・デル・ジョコンドという名の女性の実像および当時の状況は、かなり具体的に判明してきた。激しい政治抗争があり、一族一門のドラマが展開され、醜聞も見え隠れした。ゲラルディーニ家は古くからの名門だったが斜陽になり、そのような状況のなかでリサは1479年にフィレンツェで生まれ、すぐに洗礼を受けた。当時の女性としては典型的だが、やがて年齢が倍も多いやり手の商売人と結婚し、6人の子どもを産む。享年は63歳。彼女が生きた時代は、フィレンツェの歴史のなかでも最大の激動期だった。戦争や反乱、侵略、包囲、占領が何十年も続いたが、その反面、類を見ないほど優れた芸術家たちを数多く排出(ママ)した。
だが日付や資料が判明しても、生涯の骨格が分かるだけで、ルネサンス期の特定の女性の生きざまが立体的に描けるわけではない。「生身の姿」を、そしてどのような生涯を送ったのかを、もっと詳しく知りたい。彼女が生きた時代にタイムスリップして、彼女の目で世の中を見てみたい。そこで、探索の旅に出ることにした。
(ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年、18頁~19頁)
ヘイルズ氏は、リサにまつわる、いつ、どこで、なぜといった5W1Hの疑問をジャーナリストらしく、列挙している。
つまり、次のような問題を列挙している。
〇リサとは、いったいどのような女性だったのだろうか
〇彼女は、いつ生まれたのか。
〇両親はだれ?
〇どこで育ったのか。
〇どのような暮らしをしていたのか。
〇何を着て、何を食べ、何を学び、何を楽しんでいたのか。
〇だれと結婚したのか。
〇子どもはいたの?
〇この時代で最も有名な画家は、どうして彼女をモデルに選んだのだろう?
〇彼女の微笑みが、いまだに私たちを魅了するのは、なぜなのだろう。
その中で、章のタイトルになっているUna Donna Vera(A Real Woman)、または文中にもあったla donna veraとして、リサ・ゲラルディーニを理解することがこの著作の意図するところであることがわかる。このイタリア語がヘイルズ氏の著作全体を通してのキーワードになっている。
Una Donna VeraはA Real Womanと英訳されているように、Unaは英語の不定冠詞Aに相当するイタリア語の不定冠詞、 Donna はWoman つまり「女性、婦人」、VeraはReal 「本当の、真実の」を意味する。
後述するように、ヘイルズ氏は、
Leonardo presented the merchant’s wife as una donna vera in under-
stated but refined garments appropriate to her role as a respectable, re
spected married lady.
(Dianne Hales, Mona Lisa : A Life Discovered, Simon & Schuster, 2014, p.160.)
と表現している。
≪訳文≫
レオナルドは絹商人の妻を、「真実の生身の女(ウナ・ドンナ・ヴェラ)」として地味に描いた。周囲から尊敬される既婚女性として、それなりに洗練された衣装をまとっている。
(ダイアン・ヘイルズ(仙名紀訳)『モナ・リザ・コード』柏書房、2015年、228頁)
リサ・ゲラルディーニという女性を、歴史的文脈の中に位置づけ、現実的実像として浮かび上がらせるために、時空をこえた時間旅行に旅立つという展開が、ヘイルズ氏の著作である。
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