ある夏の晩、母はツナと桃の料理を作り、わたしたちはそれを庭に面した青い石のテラスで食べた。父はもう食卓を逃げ出してテレビの前にすわり、グレンフィディックの瓶を抱えていた。父はわたしたちと一緒に過ごすのが好きではなかった。この家族では夕食を囲んで家族が集まる時間が好きな人は一人もいなかったと思う。でも、父はこの儀式をわたしたちに押しつけていた。もちろん自分自身にも。そういうものだからだ。家族というのは楽しいかどうかは別にして一緒に食事をとるものだからだ。テレビではそうなっていた。ただ、テレビの人たちは、楽しそうだったけれど。
こんなふうに食卓を囲む家族が、この地球上でどれだけいるのだろう、と、ふと思った。
機能不全の家族。悲惨で陰鬱な食卓。
こんな景色は、外側からはなかなか見えないけれど、案外ありふれているのかもしれない。
家族によって壊されていく子どもたちも。