{ 殻ちゃん~23回 }
☀ 打ち寄せる波がギラギラ光ってたあの八月にはもう戻れない 松井多絵子
朝のベランダに洗濯ものを干したのち、アキは朝刊をひろげる。「三陸海岸大縦走3日間の旅」の広告、海が広がる。アキの海が。潜りたいなあ、ウニたちに会いたいなあ。アキはケータイで夏バッパにメールを。半月ほどご無沙汰していた祖母の夏へ。
「お元気ですか。こちらは皆元気で忙しくしてます。いま、新聞の旅の広告で三陸海岸を見ていたら、ウニの匂いがしてきました。ところでユイのパパ、ママ、お兄さんは変わりありませんか。アキ」 夏からすぐに返信が来る。「変わりねえよ。オラは。ユイの家族は引っ越したらしい。何処へ行ったか知らねえ。アキは知ってると思ってたよ。 夏バッパ」
その夜、珍しく水口が7時に帰宅、久しぶりに家族そろっての夕食。
水口 ♠ 「学校は楽しいかい」
殻 ♠ 「うん、部活は文芸部にしようと思う」
アキ ♠ 「飛鳥ちゃんも文芸部?」
殻 ♠ 「飛鳥もさやかも美術部に入るってさ。二人ともタワーにのぼせてるから」
水口 ♠ 「タワー? 外国人の生徒もいるの?」
殻 ♠ 「日本人の男の子だよ。足立塔は。痩せてノッポなんでタワーなのさ。お母さんがデザイナーなんで、彼は絵が好きらしい。」
水口 ♠ 「そんな子もいるんだね。受験校に。」
タワー君が足立ユイの息子だってことを水口はまだ知らない。知ったら驚くだろう。アキはなぜか夫の水口に知らせない、オシャベリなアキがなぜか気軽に言えない。
水口のグラスのビールの泡が消えてゆく。春が去ろうとしている夜。 (続く)
「殻ちゃん」はまだまだ続きます。どうぞよろしくね。 7月6日 松井多絵子