
【人の行く裏に道あり】5343
川北義則氏の心に響く言葉より…
いまでも親は、子に「出る杭になるな」と教えているのだろうか。
「出る杭は打たれる」という格言は、「だから出すぎないように」という教訓を含んでいる。
少なくとも私の子供時代の親たちは、そういう意味で使っていた。
意気地がないように感じられなくもなかったが、「大人の知恵とはそういうものなのだろう」と思っていた。
日本のように和を尊ぶ精神が強い民族には、この格言は受け入れられやすい。
寄らば大樹で、出る杭にならず、ひたすら爪を隠して生きていれば、相応の出世ができたのが、これまでの日本社会だった。
しかし、こういう成功体験が通用したのは二十世紀まで。
いまはむしろ「出る杭」を探し、「出る杭」を養成しようとしている。
たとえば早稲田大学には、理数系に興味のある中高生を対象に「出る杭プログラム」というセミナーがある。
チャレンジ精神旺盛な若者を育てて、将来は早稲田大学へ誘致しようという計画だ。
また、ある地方ではNPO法人が「出る杭大会」というのを開催している。
ここでは毎年「出る杭大賞」というものまであるそうだ。
また、企業でも「出る杭制度」を設けて、社員の主体的行動、貫徹力などの養成に努めている。
早い話が、鉦や太鼓を叩いて「出る杭ヤーイ」と叫んで、探しているのだ。
こんな時代に、「一生、御社にお世話になります」などといっていていいのか。
「派遣はイヤです。 正社員になることが当面の目標です」でいいのか。
「解雇の心配がない公務員がいちばんです」 なんて、ちょっと情けなくないか。
世の中は広いのだから、いろいろな人がいていい。公務員志望もいいだろう。
正社員になりたいのもわかる。
だが、私がどうかと思うのは、何かというと、みんなが一斉にそちらへ向いてしまうことだ。
世の風潮がある方向へ向かうのなら、「オレは逆の道を行く」という人間が、もう少し現れてもいい。
そうならないのは、マスコミが画一的な記事しか書かないからだろう。
探せば、どの世界にも出る杭人間はいる。
少数でも必ずいる。だが、そういう人間の存在がまるでクローズアップされない。
こういう偏向報道が長らく続いてきた。
その傾向はまだ改まっていない。
だから、私はあえて、そのような動きを紹介している。
これからの時代、出る杭人間は、間違いなく人材として求められる資質である。
出る杭について調べていたら、次のような応援メッセージが見つかった。
少しでも「自分にその気があるな」と思われる人は、次の言葉を覚えておいてほしい。
「出る杭は打つな。手を添えて伸ばしてやれ」 (化学者・登山家 西堀栄三郎)
「出ない杭はそのうち腐る。 出る杭は伸ばす」(サントリー元会長 佐治敬三)
『「人間的魅力」のつくり方』三笠書房
https://amzn.to/3Bjgxal
あえて、出る杭になろうとしなくても、競争のない世界を探せば、そこでは、自然に「出る杭」になってしまう。
つまり、「レッドオーシャン」で戦わず「ブルーオーシャン」で戦うということだ。
「レッドオーシャン」とは、その市場には、競争相手が非常に多く、血で血を洗うような激烈な競争が繰り広げられている市場(レッドオーシャン・赤い海)のこと。
「ブルーオーシャン」とは、従来まったく存在しなかったような新しい事業領域で、競争相手のいない新しい市場のこと。
血で血を洗うような激しい競争を勝ち抜いて、出る杭になるのもいいが、それでは満身創痍になってしまう。
孫子の兵法の中に、「百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。 戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」というものがある。
百戦して百勝するのは、一番よい方法とはいえない。
なぜなら、戦えば、勝った方にも必ず被害が出る、だからこそ、戦わないで勝つのが、最善の方法なのだ、と。
同じ土俵に乗らないこと。
まともに、正面からぶつからないこと。
戦いを避け、人と違ったフィールド、戦いのない分野を見つけ、そこに参入することこそが、「戦わずして勝つ」こと。
それが、結果的に「出る杭」となる。
まさに、投資の格言「人の行く裏に道あり、花の山」だ。
あえて、人と違う道を行くことを恐れない人でありたい。
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川北義則氏の心に響く言葉より…
いまでも親は、子に「出る杭になるな」と教えているのだろうか。
「出る杭は打たれる」という格言は、「だから出すぎないように」という教訓を含んでいる。
少なくとも私の子供時代の親たちは、そういう意味で使っていた。
意気地がないように感じられなくもなかったが、「大人の知恵とはそういうものなのだろう」と思っていた。
日本のように和を尊ぶ精神が強い民族には、この格言は受け入れられやすい。
寄らば大樹で、出る杭にならず、ひたすら爪を隠して生きていれば、相応の出世ができたのが、これまでの日本社会だった。
しかし、こういう成功体験が通用したのは二十世紀まで。
いまはむしろ「出る杭」を探し、「出る杭」を養成しようとしている。
たとえば早稲田大学には、理数系に興味のある中高生を対象に「出る杭プログラム」というセミナーがある。
チャレンジ精神旺盛な若者を育てて、将来は早稲田大学へ誘致しようという計画だ。
また、ある地方ではNPO法人が「出る杭大会」というのを開催している。
ここでは毎年「出る杭大賞」というものまであるそうだ。
また、企業でも「出る杭制度」を設けて、社員の主体的行動、貫徹力などの養成に努めている。
早い話が、鉦や太鼓を叩いて「出る杭ヤーイ」と叫んで、探しているのだ。
こんな時代に、「一生、御社にお世話になります」などといっていていいのか。
「派遣はイヤです。 正社員になることが当面の目標です」でいいのか。
「解雇の心配がない公務員がいちばんです」 なんて、ちょっと情けなくないか。
世の中は広いのだから、いろいろな人がいていい。公務員志望もいいだろう。
正社員になりたいのもわかる。
だが、私がどうかと思うのは、何かというと、みんなが一斉にそちらへ向いてしまうことだ。
世の風潮がある方向へ向かうのなら、「オレは逆の道を行く」という人間が、もう少し現れてもいい。
そうならないのは、マスコミが画一的な記事しか書かないからだろう。
探せば、どの世界にも出る杭人間はいる。
少数でも必ずいる。だが、そういう人間の存在がまるでクローズアップされない。
こういう偏向報道が長らく続いてきた。
その傾向はまだ改まっていない。
だから、私はあえて、そのような動きを紹介している。
これからの時代、出る杭人間は、間違いなく人材として求められる資質である。
出る杭について調べていたら、次のような応援メッセージが見つかった。
少しでも「自分にその気があるな」と思われる人は、次の言葉を覚えておいてほしい。
「出る杭は打つな。手を添えて伸ばしてやれ」 (化学者・登山家 西堀栄三郎)
「出ない杭はそのうち腐る。 出る杭は伸ばす」(サントリー元会長 佐治敬三)
『「人間的魅力」のつくり方』三笠書房
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あえて、出る杭になろうとしなくても、競争のない世界を探せば、そこでは、自然に「出る杭」になってしまう。
つまり、「レッドオーシャン」で戦わず「ブルーオーシャン」で戦うということだ。
「レッドオーシャン」とは、その市場には、競争相手が非常に多く、血で血を洗うような激烈な競争が繰り広げられている市場(レッドオーシャン・赤い海)のこと。
「ブルーオーシャン」とは、従来まったく存在しなかったような新しい事業領域で、競争相手のいない新しい市場のこと。
血で血を洗うような激しい競争を勝ち抜いて、出る杭になるのもいいが、それでは満身創痍になってしまう。
孫子の兵法の中に、「百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。 戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」というものがある。
百戦して百勝するのは、一番よい方法とはいえない。
なぜなら、戦えば、勝った方にも必ず被害が出る、だからこそ、戦わないで勝つのが、最善の方法なのだ、と。
同じ土俵に乗らないこと。
まともに、正面からぶつからないこと。
戦いを避け、人と違ったフィールド、戦いのない分野を見つけ、そこに参入することこそが、「戦わずして勝つ」こと。
それが、結果的に「出る杭」となる。
まさに、投資の格言「人の行く裏に道あり、花の山」だ。
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