濱野章吉編『懐舊紀事-阿部伊勢守事蹟-』 明治32刊を岡山市内の古書店から正誤表付き元版と言うことで入手した。
革装で目立つ傷みなどはないが品良く古びていた。
本文は普通に綺麗であったが、裏表紙(見返し)の隅に、福山市内、
木綿橋南詰にあった千華堂書店(古書店)のラベルがついていた。いろいろ転蔵を繰り返しながら、遂にわたしのところに辿り着いたといった感じの書籍だった事が判る。とりあえず手持ちの戦前戦後の住宅地図を含む福山市街地図を調べてみたが
1938年まで存在した木綿橋南詰(神島地区)にその古書店を見つける事は出来なかった。
奥付ページはこんな感じでその直前にはこんな押印があった。曰く「
調査完了・福山市 ふくやま書林」。
探してみたところこんな調子の印影が大小6ヵ所見つかった。すべて紹介しておこう。
表紙裏(見返し)には正誤表と大きめの蔵書印:「
研智備徳/図書/小早河家」・・・・これを見て旧蔵者が誰であったのかわたしには直ぐに見当がついた。
後述するとおり「
土肥日露之進(古物/古書商で郷土史家だった土肥日露之進[1905-1968])」の名前も記載されており、本書は正しくこの人の旧蔵本だったのだ。「ふくやま書林」というのがご本人の経営した書店名だったのだろう(要確認)。
ハワイ大学梶山文庫に雑誌「
豊艶」第三号「
豊艶文庫主人」(1947年)とあるのがこの御仁である。
おやおやこちらには「
土肥小早河家弐拾八・世孫土肥日露之進平篤」と力んだ名前。この御仁は「
小早河家」を名乗ったり、こんな力んだ名前を使ったり、
1963年に児島書店から出した南郷土史研究=末顕真実= : 第2輯には確か日本刀を脇に正座した肖像写真が掲載されていたような・・・、すこぶるユニークな人だったようだ。参考までに
『松永市本郷町誌』の近世史料部分は殆どこの人の研究成果に依拠していた。『松永市本郷町誌』(例えば205-218頁)には「小早川家文書」からの引用が散見されるが、これは土肥日露之進所蔵文書のこと。。
『懐舊紀事-阿部伊勢守事蹟-』の編纂・校正作業に関わった
人物(ジャンボな土肥の印影付き、曰く「弐拾八代・・・」)。資料集めの責任者は濱野章吉一人、それに濱野の教え子世代に当たる田辺新七郎(建築家
田辺淳吉の親父)・
山岡謙介(
岡田吉顕の兄貴)・
関藤成緒(関藤藤陰の養子、京都帝大内藤湖南の秋田師範時代の恩師)が資料提供を含め全面協力。
引用書目(旧幕府要人からの聞取り資料を含む)
全体の構成は阿部伊勢守の年譜(7頁)・事蹟(872頁)・行略(15頁)・弁疏(弁明、14頁)・付録(157頁)。要するに伝記ではなく阿部伊勢守関係編年史料集成だ。
誤植だらけの本なので正誤表が不可欠だ。
この書籍に対する私自身の関心は優柔不断な”瓢箪鯰”と陰口をたたかれながらも幕閣として
安政の改革を中心的に断行した、福山藩第七代藩主阿部正弘にではなく、もっぱら
編者濱野章吉の方。とりあえず濱野が執筆したと思われる行略(15頁)・弁疏(弁明、14頁)は通読しては見たが・・・・(先ほど「旧福山藩学生会雑誌」第二十二号、明治33を見ていたら
「阿部伊勢守行略」は次号で取り上げるという一文を見つけた)。濱野章吉の名前を挙げたので、ここではついでに阿部の指示で
蝦夷地探索を行った関藤籐陰(『
観国録(1856-57年)・・・阿部正弘の死亡によりお蔵入りした蝦夷地調査報告書(松永史談会2019年5/6月例会にて『観国録』の博物誌的水準に言及)』)・寺地強平(松永史談会2019‐4例会にて一部言及)らについてもこれまで通り注視するつもりだとしておこう。
それにしてもわたしが入手したものはそこら中に土肥日露之進の印影による”汚損”があった。
ネット上に転がっていた土肥情報(
みはら玉手箱17号 平成28年9月)⇒土肥日露之進の
寄進物@小早川家菩提寺米山寺。
『小場家文書 上巻』123-124頁に土肥日露之進「検地説は事実無根なり」からの引用あり(土肥さんは古文書はある程度読める郷土史家だったが、研究者としては素人)。
メモ)
阿部伊勢守正弘(1819-1857)福山藩主、幕閣。ペリー来航当時の幕府老中首座=”徳川幕府の首相” 。阿部正弘の死後幕府の実権を握る大老井伊直弼とは対立。阿部は江戸城西の丸の再建の功績で1万石の加増となり、それを元に困窮する領民救済ではなく将来を見据えた領民(士庶に開かれた)教育機関「誠之館」を創設している。
福山・誠之館高校蔵
本書の中の阿部伊勢守についてだが、私的には「
藩主信仰」という切り口を絡めた検討を行うことになろう。
阿部正弘事蹟に関しては渡辺修二郎本(人物評伝・史伝)が最良。濱野編集本(編年史料物、誤植が200か所近くあり、正誤表は不可欠)は副次的価値しかない。やはり、渡辺と浜野との間には能力差がある。
最近刊行された後藤敦史『阿部正弘-挙国体制で黒船来航に立ち向かった老中-』、戎光祥選書ソレイユ011、2021年刊、228頁は等身大の阿部正弘像の提示(私信の中で吐露した文面から阿部の人柄批判とか異国船監視のために行った農繁期の農民徴用などの苛政等指摘)ということをセールスポイントした貴重な書籍だが、渡辺修二郎の阿部正弘研究を越えるものではない。