東京をベースにした前半のツアー。
4日目は都内観光の2日目。
半日観光で午後はフリーだった。
行程表には、観光後ホテルに戻り午後は自由、となっている。
だが、管理型になったためソリマチは帰るわけにいかず。午後は行きたいところにお連れしますね、ということになった。
あとからエージェントさんと協議した結果、そういう場合は、「ー箇所訪問地を決め、訪問地に連れて行ったら待ち合わせ場所と時間を決め、自分はどこかで待機していれば良い」ということだったが、そんなことはまだ知らない。
食事は全くついていないので、ゲストのために食事場所も決めてあげなければならないし。アレルギーが多いので、これまた大変。
その結果、ランチは築地場外、午後の場所は銀座となった。
ランチは二手に分かれ、1グループは寿司、もう1グループはラーメンに。まずは、ラーメンチームを座らせ、注文を手伝い、待ち合わせ場所を決め、そこから寿司チームを寿司屋に連れて行き、ずらりとカウンターに並ばせる。ソリマチも一緒にお寿司をいただいた〜🍣わ〜い。ラーメンチームはチキンののったラーメンなり🍜
さて、午後のソリマチ、案内する気満々で挑んだフリータイム。
築地でも銀座でもひと通りご案内をして、その後銀座では自由時間をもうけた。
ところが、待ち合わせ時間になっても戻ってこない人たちがいる。
先日明治神宮で写真を撮るためにグループを離れて戻ってこなかった人たちと同じだった。3つのご家族は親類同士なので、本当にゆるゆるなのだ。
それに、もともとフリータイムなんだから、自由に買い物したいよね。
炎天下、マスクをした三越ライオンの前で40分。
他の人たちは、戻ったり離れたりを繰り返して、帰ってこない人たちを待つが、反町はそういうわけにもいかない(と思っていた)。どこにも動かずじっと立って待っている。銅像のごとく。
思うに通訳案内士、自分は長時間労働でも、歩いて案内している分には疲れないと思う。それが仕事だから。
しかし、一定の場所に、何をするでもなく立ちっぱなしで待ちぼうけほど、気力と体力を消耗するものはなかった。
40分しても戻らないのでしびれを切らし、ついにはその場に居合わせたゲストとともに向かいの喫茶店に移動を提案。結局待ちぼうけに1時間半も費やしてしまった。
さて、高齢者もいるし、夕方になったので、一度ホテルに戻り、休息をとってから夕食に行くようご提案。
しかしゲストはホテルに戻りたくないという。
このまま時間を潰して夕食を食べてから戻りたいというのだ。
あとからの協議によると、「自分が仕切ってプランを立てる」でよかったそうだ。でも、その時そんなことは知らない。
そうして、ゲストが求めるまま、渋谷に移動。
するとそこでもまた、銀座と同じ状態になった。
またもや同じ人たちが、待ち合わせの時間に戻ってこない。センター街で立ちっぱなしの40分。
薄々わかっていたので「自由時間なし」と言ったのに、本人たちがふてくされたため「じゃあ少しだけ」とご家族が許してしまう。甘いなあ。
「絶対戻って来いよ」と言うけれど、そんなわけないのだ。
だんだんわかってきたぞ。
結局、その後、夕食場所の新宿歌舞伎町に30分遅れて行き、アレルギーが多いので注文するのにさらに30分かかり、ホテルにお戻しして自宅に帰ったら零時を回っていた。。
その後、エージェントからリクエストのあったレポートを書くと1時。
翌日からは東京を離れるので、荷物を詰めていると2時。
風呂に入って寝る準備をしたらもう3時ではないか。
翌日はさらにいつもより早めの出発なので、目覚まし時計は4時半セット。マジか。
初日の東京も、前日の鎌倉も、結局夕飯後まで付き合って家に帰ると23時台だし、睡眠時間は5時間を切る。とても休息できない。ホテルなくてもいいですよ、なんて、とんでもなかったなあ。
それに、仕事で動いていて長時間なら良いけど、待機待機で時間が読めないストレスがすごい。
これじゃ身体がもたないよ。
案の定、翌日の温泉ホテルでは、夕食もホテル内だったし、部屋もあるので「あ〜今日はラクだなあ」と思ったけれど、夕食後、部屋に戻るとそのままベッドに倒れて寝ていた。そして、はっと夜中に目が覚めた。かなりお疲れだった様子。
こんな調子じゃあ長くは続かない。体力温存の方向に変えていかなくては。
そう実感した夜だった。(つづく)