ギャラリー 一間

骨董ルクラシックの画像庫

李朝熊川茶碗

2024年09月17日 15時12分41秒 | 骨董
熊川茶碗


朝鮮王朝時代16〜17世紀頃。
熊川は慶尚南道の地名だそうですが、
名前の由来はわかっていないようです。
ただ、谷晃氏の「高麗茶碗」にもあるように
おそらく会寧付近の窯で焼成されたものであることは間違いなさそうです。
本品は熊川の約束通り、
端反りの口、大きな高台、
そして見込みに鏡が認められます。
この伝世味の肌は秀吉の朝鮮出兵の際に日本に招来されたものと当方は捉えていますが、
箱はありません。
口縁に丁寧な直し(やや劣化があります)、
見込みに釉の剥落、ひっつき跡などあります。
古格ある姿は凡百の海千山千とは一線を画するものであることは一目瞭然かと思います。
銘は「猿翁えんおう」
でいかがでしょうか。


口径 約12.9cm前後
高さ 約7.7cm前後


実物と画像とでは多少色合いが異なる場合があります。
古いものですので画像と説明文にない疵等ある場合があります。
サイズは前後と記載の通り誤差を含みます。
口縁には小疵等あります。
ブラックライトによる蛍光反応はありません。























志戸呂焼半筒茶碗

2024年04月28日 10時09分45秒 | 骨董
志戸呂焼半筒茶碗。

志戸呂焼の裏に刻印されたのがこの「祖母懐」だそうです。
1716年以降は志戸呂と刻印されるようになったらしいので、
当然それ以前の作かと思われます。
志戸呂の歴史は室町時代まで遡るそうですので、
本品もその可能性があります。

しかし祖母懐印が押されたものはほかにもあり
尾張藩戸山焼別邸の作品、
尾張藩御庭焼御深井焼、
19世紀の作品、などです。

特徴の通り、堅牢な造りです。
この陶質が湿気を嫌がる茶壷に良いとして、
現存するものはそれらの茶壷が多いようです。

深い色合い、手におさまる感じは楽にも劣らないかと。
現存するものがほとんどないのではないでしょうか。

画像のように、見込み・高台付近に直しがあります。
ほか畳付きに欠けあり。
径 約12.5センチ前後
高さ 約7センチ前後

実物と画像とでは多少色合いが異なる場合があります。
サイズは前後と記載の通り誤差を含みます。
古いものですので画像と説明文にない傷等ある場合があります。






















呂宋織部茶碗

2024年04月27日 07時52分36秒 | 骨董
呂宋織部茶碗。

18世紀後半から19世紀前半ころ。
半筒形の非常に好ましい姿です。
画像の通り口縁にはいくつかの直しがありますが、
それだけ大切にされてきたことの証でしょう。
薄く鉄釉をかけた上に灰釉がかけられています。
一般にルスといえばはっきりと濃緑の発色ですので、
こう言ったものは珍しいかと思います。
画像の箱が付属します。貼り札は単に当方の管理札です。

口径 約11.6cm前後
高さ 約7.7cm前後

サイズはおおよそです。
実物と画像とでは多少色合いが異なる場合があります。
古いものですので時代なりのスレ疵汚れ等あります。





















李朝井戸手盃

2024年04月21日 10時08分11秒 | 骨董
李朝井戸手盃


李朝時代末期の作品。
厳密に言って井戸ではありませんので、
ご承知おきください。
すでに魅惑的な肌ですが、
今後のご使用で佳き肌に育っていくものと思っています。
全体に細かな貫入、
高台畳付きに欠けがありますが、座りは良いです。
箱はありません。


口径 約7.4cm前後
高さ 4〜4.3cm前後

サイズはおおよそです。
実物と画像とでは多少色合いが異なる場合があります。
古いものですので時代なりのスレ疵汚れ等あります。

















李朝井戸手盃

2024年04月21日 09時46分37秒 | 骨董
李朝井戸手盃

李朝時代末期の作品。
厳密に言って井戸ではありませんので、
ご承知おきください。
当方ではまだそれほど使用していませんが、
今後のご使用で佳き肌に育っていくものと思っています。
全体に細かな貫入、
ほか窯疵があります。
箱はありません。

口径 約7.1cm前後
高さ 4cm前後

サイズはおおよそです。
実物と画像とでは多少色合いが異なる場合があります。
古いものですので時代なりのスレ疵汚れ等あります。