ラヴェンダーの咲く庭で

「みゃーきんぐ・ぷあ」から変更。保護猫と綴る日々の備忘録、独り言にすぎない半径5mの記録です!基本、読み専です。

思い出の童話

2019-09-04 23:13:53 | 日常

一日中曇り。ついに26-23℃ 過ごしやすい。

だが心は晴れず…。

正確ではないが、猫の老い(三月に亡くなった猫と同じ症状)と、書けない悩みと、もう慢性的な疲れ。

もじゃ公は、三月にやいやいが亡くなるまでは、その老化がやいやいに隠れて目立たなかったが、居なくなってからは粗相続きであり、それと、食べさせても、がーがーと野太い声で夜通し鳴いている、そして新たな餌を食べては寝て、再び騒いでの繰り返しが数か月続いている、クロも似たようなモノだ。(輸液も、酸素も、流動食も準備万端だが…。)強制給餌しないだけ、今はましだが。

きーじは歩けない。こいつの老後も色々と考えてしまう。

猫の老いについては、いつまでも忘れられない名作がある、

私はシートン、戸川幸夫動物全集は今も手元にあるし、手放したが、ムツゴロウシリーズもかなり読んでいた。ジェイムズ・ヘリオットも集められるだけ、今も手元にある宝物だ、

でもやはり、教科書にも載っていた椋鳩十の作品の数々が忘れられない。冬の小鳥の給餌に備えて、毎日盃一杯のご飯を残す男の子とか、片足スズメの子育てとか。

その中でもベストだと思う作品が、(松谷みよ子さんの「モモちゃんとアカネちゃん」シリーズと紛らわしいが、)椋鳩十「モモちゃんとあかね」だ。

1971にポプラ社から出たが、いくら調べても出てこないけれど、最初は実は学研の学習という雑誌に書下ろしで掲載されたものだったと記憶。本は持っていないし、持っていた雑誌はやがて処分された。

内容は、猫が娘と一緒に成長し、やがて命を産み、その命が尽きるまでのお話しなのだが、描写の美しさに子供でも鳥肌がたったのだ。だから覚えているのだと思う。

ここからは記憶と検索した断片を頼りに書くけど、本にならない前、雑誌に掲載された時に、これは嫁ぐ娘への贈り物だとあとがきが添えてあったのを子供の私すら覚えている。

さて、どこまで覚えているか、あらすじ。

よちよち歩きの娘を連れて、作者は毎日散歩へ港へ行く。ある日セーラー服を着た青い目の、まだ子供のような水兵さんと出会う、彼の膝には真っ白なペルシャ猫、水兵さんは楽し気に膝の猫をあやしている。

穏やかな春の日、猫の目も、水兵さんの眼も、ただただ海のように、空のように青い、作者はその光景に見惚れる。

そういう港での出会いの機会が幾度かあり、言葉は通じなくても水兵さんと、親子には親しみが湧いてゆく。

やがて船が港を離れる時に、水兵さんは「娘さんにこの子猫をプレゼントする」と身振り手振りで言って、船は去っていく。桃の節句の時期だからモモ、桃の花がはらはらと散っていく、季節は移ろう。

その猫と娘さんは、以後ぴったりとくっついて成長していく、寝るときは枕を並べて。

猫は母親になり、真っ白で青い目の猫を沢山産むが、母猫になっても娘と寝るときは一緒、娘の隣の座を子猫たちに威嚇して譲らない。

産まれた子猫の名前は母猫のモモをはじめララ、ポポ、キキ、ミミなど皆2文字で統一、どれがどれやらわからなくなり、「誰がつけたんだ紛らわしい」と親子で大笑いをする。

娘は枕もとにはモモを、布団の周りには真っ白な猫達に周りをぐるりと取り巻かれて眠り、作者は、自分の娘を牡丹の花びらに囲まれて眠るようだと思うのだった。

やがて、猫には人よりも先に老いが忍び寄ってくる。港での出会いから17年たっており、娘さんは社会人として就職している。ついにそのお別れの日はやってくる。猫は娘さんの帰宅を待っていた。

最後のシーンは、ようやく見つけましたので抜粋。

「モモはすっかり年をとってボケてしまいました。モモは、死ぬときがいよいよ迫ってきたのを、動物の、あの不思議な心で感じ取ったのでしょう。そしてあかねの側で死にたかったに違いありません。とても考えられないような力をふりしぼって、あかねの声を頼りに階段を這い上がっていったのです。「おおモモ」あかねは、いとしさと感動のこもった気持ちでモモを抱き上げました。モモは、あかねに抱きかかえられながら、あかねの小指をくわえました。力尽きたモモは、あかねのひざにだかれたまま、あっという間に、冷たくなってしまったのです」 

そして娘さんは、モモ、モモと、ぼたぼたと大粒の涙を流すのではなかったのか?と思う。

 

※アマゾンレビューより抜粋

モモちゃんとあかね“は27ページの作品。この作品のみ1ページ半の大きさのカラーの3枚の挿絵が入っている。平凡社発行の”作家の猫“によれば、この作品に書かれたことは、ほとんどが実話で、モデルは椋鳩十の娘のあかねさんと、その飼い猫のモモで、実際のモモはトラ猫である点が異なる(物語では真っ白なペルシャ猫)。小説の中の17年に及ぶモモとあかねの愛情は感動的だが、それ以上に感動的なのは、椋鳩十が作品を書いた動機で、”(あかねの嫁入りに際して)貧しい物語作家である私は、永久の記念になるお宝物も、持たしてやることができませんでした。そのかわりに、お嫁にゆく、あかねのために、私は、この物語を書いたのでした“とのことである(作家の猫p87)。この作品と椋鳩十のコメントは、多くの読者にとって”永久の宝物”といえるだろう。“

この本ではない、ポプラ社の初版本を200円台で見つけたので注文した。

読み返せば間違っているかもしれないが、まっ、こういうあらすじという事で。猫を飼う人には、是非読んでいただきたい名作です。 

私は今、椋鳩十は「人間は素晴らしい」の一冊しか手元にないが、82歳で肺炎で息を引き取る間際に、ご家族が書き残した最後の言葉がこれだそうです。

 

日本の村々に

人たちが

小さい小さいよろこびを

追っかけて生きている

ああ美しい

夕方の家々の窓のあかりのようだ

 

今はネットで誰でも詩人になれますが、綺麗ごとの詩を聞きすぎて食傷気味の私でも、この最後の言葉を美しいと思いました。こういうシーンが脳裏に見えて、もしくはこういう思考で死んでいけたら、それは素晴らしい最期なのではないでしょうか…。

 

さてっ、 

皆さんが涼しくなってお元気になって来たのに、本当に元気が出ない私です。喝を入れたいわっ!

ああ、頭は昨日のヘナで艶々なのに、元気ナシ。練習も気が乗りません。

今日は相互でフォローしている「くりまんじゅうの日記」さんで、有名俳優さん達のビフォーアフター、若き日と老いの姿をワイワイ拝見してきました。皆様も私のフォロー一覧から記事をどうぞ。

そこで、やがて誰にも忍び寄る老いというものについて語っていたのですが、自然な老い、抗う美容整形など、皆さんお金がかかるのと、怖い、痛いのが嫌な事、直すとこが切りない、宝くじ当たったら、などをカキコしていたのですが、

ふと、今の整形技術は、まだ姿勢までは簡単に直せない!と思うに至りましたwww

猫背を直すには最適、最短が、私にはコレなんだと。安上りぃいい。

そういう意味でも、ええ、私は練習を頑張ろうと思ふのでしたよ…。

同じく相互フォローの「独り言」さん、kiyasumeさんも、ダイエットなさるそうですし、体脂肪率がワロエナイ、少し筋肉欲しいので頑張ろうと思います。目指せ、元気な婆!!

巷に溢れる情報でSNS疲れになるのは確かだ、時には羨ましくなったり、劣等感を覚えたり、

でも人は皆違う、その中で、私にとっての宝石のようなお話や音を心に詰め込もう!

コメント (16)
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