気ままなピークハンターズの山旅

日本百名山の頂と風景や国内旅行を中心とした絶景を掲載致します

馬籠宿(まごめじゅく)馬籠峠を越えて前編

2024-01-11 09:38:52 | 旅行
こんにちは!
本日の記事は昨年、2度目の訪問地中山道43番目の宿場馬籠宿を
掲載してみたいと思います
2023年1度目の馬籠宿(まごめじゅく)はAM6:00頃に訪れて、天気は曇り
街道沿いの民芸品店、お土産処etc開店しておらず、2023年12月、2度目の
再訪となりました 同行した弟は茸、山菜収穫用に手編みの篭が欲しかったようです
2度目の馬籠宿(まごめじゅく)は青空が広がる好天で、観光客が多数訪れる
時間帯でした

馬籠峠(まごめとうげ)
長野県木曽郡南木曽町と岐阜県中津川市の境にある旧中山道の峠
標高790メートル

馬籠峠から馬籠宿(まごめじゅく)へは2.2㎞の道程

妻籠宿より馬籠峠(まごめとうげ)を越えて
中山道43番目の宿場馬籠宿へ
妻籠宿と馬籠宿の両宿の間にあり、中山道の宿場町の中でも史蹟として
保存状態の良い両宿を含めて観光地として訪れる人も多い 峠

馬籠峠(まごめとうげ)にある峠の茶屋

馬籠峠(まごめとうげ)景観

中山道43番目の宿場 馬籠宿に到着

青空が広がる中山道六十九次木曽11宿 馬籠宿景観
馬籠宿(まごめじゅく)は、中山道43番目の宿場
(→中山道六十九次)で、木曽11宿の一番南の宿場町である
かつては長野県木曽郡山口村に属したが、
2005年(平成17年)2月の山口村の越県合併により
岐阜県中津川市に編入された
1895年(明治28年)と1915年(大正4年)の火災により、
古い町並みは石畳と枡形以外はすべて消失したが、
その後復元され現在の姿となった
石畳の敷かれた坂に沿う宿場かつ近代を代表する作家の一人である
島崎藤村の故郷として知られ、
馬籠峠を越えた長野県側の妻籠宿(木曽郡南木曽町)とともに人気があり、
多くの観光客が訪れる
石畳の両側にお土産物屋がならび、商いをしていない一般の家でも
当時の屋号を表札のほかにかけるなど、
史蹟の保全と現在の生活とを共存させている
ほぼ中間地点に、旧本陣であった藤村記念館(島崎藤村生家跡)がある

藤村記念館(島崎藤村生家跡)



石畳の敷かれた坂に沿う馬籠宿(まごめじゅく)街並み



弟目当ての民芸品店で山菜収穫用 竹手編みの篭ゲット



『中山道宿村大概帳』によれば、馬籠宿の宿内家数は69軒、
うち本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠18軒で宿内人口は717人であった
と言われる街道沿いの街並み

12月中旬の馬籠宿 積雪もなく穏やかな街道沿いの景観


最後まで御覧頂きありがとうございます
次の投稿までご機嫌よう

コメント
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