盗人宿

いまは、わかる方だけ、おいでいただければ。

三種の神器

2019-05-09 13:50:15 | にゃんころ
きのう新天皇が、即位後初の宮中祭祀を行いました。
即位によって受け継がれた剣と勾玉を携えて、儀式に臨んだそうです。

さて、ここで誰もが思う疑問

「三種の神器」なのになぜ剣と勾玉だけなの? 鏡はどこ行った?

上皇の退位の儀式の時も、持ってこられたのは剣と勾玉、そして御璽でしたよね。
鏡はどこに行ってしまったのでしょうか。

実はこれにはまことに多くの説があって、そもそも持ってこられた剣と勾玉も、天皇本人でさえ見ることを許されていないので、実際に何が入っているかは誰にもわからないのです。

なぜ儀式に鏡がないのか。
ひとことでいえば「八咫鏡(やたのかがみ)は宮中のご神体のため動かせない」からだそうです。

しかし八咫鏡の本体(とされるもの)は伊勢神宮に、 草薙剣(くさなぎのつるぎ)の本体は熱田神宮に祀られており、皇居にあるのは「形代」、いわばレプリカです。
そして八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)だけは、皇居にあるのが本物とされています。

鏡はレプリカなのに動かしてはいけない、勾玉は本物なのに動かしていい。
私たち庶民にはどうにも合点がいきません。

私はその道の研究者ではないのでネットで調べて書いているだけですが、そもそも神話から始まる天皇家。
長い歴史の中で三種の神器ができたとか受け継がれたとか紛失したとか発見されたとか、おびただしい書物に様々な記述があって、どれが本物なのか誰にもわからない。
神話もあれば南北朝の時代もあり、三種の神器が実在した時代も確かにあったでしょう。

いま、皇居・伊勢神宮・熱田神宮にある「本物とされるもの」のは、おそらく「ある時代に確かに三種の神器といわれた」ものにすぎず、過去にも多くの本物が存在して失われた、と考えるのがいちばん合点がいきます。
つまり天皇が国と国民の象徴であるように、三種の神器もいまは象徴が残っていて、粛々と次世代に受け継がれていく。
つまり儀式用のアイテムなのです。


私たち庶民の中にも、何百年も先祖代々受け継がれているものを持つ家は存在します。
しかしそれが本物であるかどうかは、1枚の紙切れに書かれているだけだったり、口伝だったりして、もしかすると本物ではないかもしれません。
近年、聖徳太子、源頼朝、足利尊氏などの肖像画が本人ではないという説が有力視され、教科書業界が困っています。
でも別に私たちは困らないし、「〇〇とされる人」でまったく支障はありません。

有名人は大変ですね。私たちには何の関係もない話です。
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