今年一月の秋田地方は、皆様もご存知の通り、大雪に見舞われ、そちらへの対応で随分と消耗してしまった。
そういう天気の時は当然だが鳥海山は雲に包まれて見えないし、近くに寄ることもままならなかった。
1月23日になって初めて晴れる日が続くようになった。
しかし薄く靄がかかったり、背景に白く輝く雲が有ったりして、白い鳥海山はクリアーとは言えなかった。
少し待ってみよう。
1月26日はよく見えそうな予感がした。
この日は4時半に家を出て、山麓の(由利本荘市)猿倉に向かった。
猿倉には6時ちょうどに到着。まだ真っ暗で鳥海山は見えなかった。
15分くらいしたらぼんやり青白い姿がみえるようになった。
6時半頃、指はかじかんだままだ。
東側の朝焼けがだんだん濃くなって来た。
鳥海山は・・・
6時40分頃、それは始まった。
以前見たモルゲンロート(こちらの1,2枚目写真)に較べると淡い色だった。
6時50分頃、それは終わった。
淡いまま終わったのは東側に薄い雲が広がってしまったせいだろう。
鳥海山の背景にも薄い雲が広がり出し、メリハリはイマイチだった。
まあ、それでも鳥海山は美しく立派だ。
今日は2021年になって初めて鳥海山を間近から見ることが出来た。
7時、帰宅の途に着く。
以上。
種田山頭火
「ふるさとは あの山なみの 雪の耀く」
石川 啄木
「ふるさとの山に向かいて言うことはなし、ふるさとの山は有り難きかな」
菅少年は朝な夕なに山伏山方面から、眺めては大志を抱いたことでしょう。
厳密には菅少年の育った秋宮地区は西側に山が迫り、
鳥海山はそのかげなので姿は見えません
(近くにある高松岳や山伏岳の山頂に立てば見えますが、
登山道が整備されたのはここ40年くらいですか)。
菅少年の通った湯沢高校よりホンの少し北に移動すると、やっと見え出します。
ただし秋田(県南地方)では鳥海山が山に隠れて見えない町村でも
校歌や町民歌などの出だしには鳥海山が必ずと言っていいほど歌い込まれています。
見える見えないに関係なく、鳥海山は秋田(県南地方)の人々にとって心の拠り所だったんでしょうね。
そうですね。
ご指摘されるように、小学校から高校までの校歌を改めて振り返えれば、ふるさとの山が漏れなく歌詞に挿入されて居ります。
*○○の山の頂きに 今日も漂う白い雲 (小学校)
*雲井に聳ゆる○○の嶺の たかきは (中学校)
*○○の山の 嶺高く (高校)
*鳥海山も伯耆大山のように、観る方向でガラリと印象が変わりますね。
過去ブログを参照して、私の個人的な好みでは「K点からの眺望」に一票を入れます。